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勿忘草-ワスレナグサ-

作者:樫吾春樹
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大きな罪
  被害者

 日差しが眩しくて目を覚ますと、キッチンで宏が朝食を作ってくれていた。
「おはよう。」
「おはよう、玲。朝ご飯、作っておいたからね。」
「ありがとう。」
 二人の間に沈黙が流れた。互いに、次の言葉が見つからない。このような状況では、どうすればいいのだろうか。玲は言葉を探した。何故だかわからないけど、少しでも長く宏と一緒にいたかった。
「あの。」
「あのさ。」
 二人同時に話しかけた。
「宏、先に言って。」
「僕はいいよ。玲からどうぞ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
 とはいえ、何を話そう。
「えっと、一緒に朝ご飯を食べよう。」
「いいよ。」
 そして今回も、二人で食べることになった。テレビを点けると、ニュースが流れていた。その中には姿無き犯罪者についても話題として取り上げられていた。被害者の数は日に日に増えて行く一方だと、アナウンサーが告げていた。
「やっぱり。」
 姿無き犯罪者。名前の通り、犯罪に手を染めていたのか。
「また、このような悪質な行為に対して、警察も捜査を検討中のようです。」
 警察も重い腰を上げざるおえない状況か。
「大変になってるな。」
「そうだね。」
 これからはもっと被害者が増えるだろう。私に出来ることは、無いのだろうか。
 テレビを眺めていたら、私の携帯が鳴り出した。
「誰だろう。」
 携帯を開くと一軒のメールが届いていた。相手は私の友人、川瀬菻(カワセリン)からだった。彼女は私のもう一つの顔を知っている、数少ない人の一人だ。菻からのメールを開き、内容を読みはじめた。
「玲、ニュースを見た。これから、依頼が多くなりそうだね。」
 菻の言う通りだと思った。これから依頼は今までの二倍、もしくはそれ以上にまで増えるだろう。しかしそれなら、状況は彼女も同じではないのだろうか。菻にメールを返信して、ニュースに視線を戻した。
 再び携帯がなり、菻からのメールを見た。
「それはそうだけど。私は今、大きなヤマを抱えているから。姿なき犯罪者の方は、任せたよ。」
 私は今回、参加しない。彼女も忙しいのだろう。菻は万屋「春」と同じように、ネット上での話題が絶えないサイトの管理人だ。そのサイトは、探偵「秋」だ。そこでは沢木秋という名前で活動している。
「菻も大変だな。」
 そんなことを思いながら、私は朝食を終えたのだった。
「さてと、依頼を確認しよう。」
 パソコンを開くと、電源が点いていた。そのまま寝てしまったようだ。パソコンのネットを開き、万屋「春」に接続した。依頼のところをクリックすると、ざっと二百件以上はありそうだった。一日来ないだけで、このような状況になってしまう。早く処理してしまおう。
「手帳、どこだっけ。」
 探していると、宏が話しかけてきた。
「玲が探しているのは、これかい。」
 彼が差し出したのは、B5版の黒いノートだった。それは確かに、私の使っている手帳だった。
「ありがとう。どうしてこれだって、わかったの。」
「玲って持ち物には名前じゃなくて、サインとかペンネームを書くよね。」
「そういえばそうだった。よく見てるね。」
 私は宏が持ってきた手帳を受け取り、パソコンに戻った。まずは急いで終わらせなければいけないのと、そうでないもの。至急の依頼の中から、早く終わらせられるものと、時間が必要なものとを分ける。こういう作業はなれているせいか、そこまで時間はかからなかった。
「そういえば、帰らないの。」
「大丈夫。連絡はしておいた。」
「そう。」
 いつ連絡したのだろうか。そんなことよりも、頭を働かさないと。
 カタカタカタ
 部屋には、キーボードの音とそれぞれの呼吸する音だけ響いていた。
「ふう。終わった。」
 作業を始めてから、約二時間。溜まっていた依頼は、全て完遂させることが出来た。
「お疲れさま、玲。」
 そう言って彼は、コーヒーを差し出した。
「ありがとう。」
「それにしても、大変だね。」
「そうかな。」
「携帯は常に鳴ってるし、サイトの書き込みは絶えないようだし。」
「もう慣れたよ。はじめの頃は、慌てたけどね。」
 私はそういって、苦笑いした。確かに宏の言う通り、この仕事は大変だ。だけど、誰かが私を必要としてくれている。それだけで、私は頑張れる。
「玲、携帯が鳴ってるよ。」
 考え事をしていたせいで、聞こえていなかった。
「ありがとう。」
 携帯を取って開くと、また不明なアドレスからだった。嫌な予感がした。
「ニュースをご覧になりましたか、式川春さん。いや、柏木玲さんかな。」
 何故、私の名前を知っているのだろう。すると、もう一通メールが届いた。
「なせ、君の名前を知っているか。」
 メールの始まりはそうだった。心理を読まれている。私は次の文に目を向けた。
「それは、これから出す謎に答えられたら、教えるか考えよう。」
 交換条件か。こちらが呑まなくても、あちらは拒否させないだろう。仕方ないから、条件を呑むしかないのだろう。
「わかりました。条件を呑みましょう。」
 返信をすると、またメールが来た。
「では、問題だ。」
 私は知らないうちに、緊張していた。おそらく、とんでもないものがくる。
「ライオン、犬、狼、熊、狐、豚、山羊。これらの対になる動物を答えよ。」
 一瞬、理解が出来なかった。対になる動物とは、一体なんなのだろう。私には、まったく想像が出来なかった。まだ続きがあるようなので、読み進めた。
「期限は一週間だ。それ以後になると、このアドレスは通じなくする。そして、チャンスは一回のみ。」
 厳しいな。答えにつながるようなことは、教えてはくれないようだ。つまり、自力で解けということだ。間違えてしまえば、もう接触することが出来なくなってしまう。絶対に間違えてはいけない。
「この七体の対になる動物か。一体、どういう繋がりなんだろう。」
 七体は全て、哺乳類に分類されるだろう。ならば、哺乳類の反対の動物か。しかし、それはどんな動物なんだろう。
「うーん。」
 私は早速、頭を抱えてしまった。ここまで難題なのは、いつ以来だろう。
「大丈夫、玲。」
「だめかも。こんなに大変なのは、久しぶりだから。」
 さすがに今回は、私一人の力では無理だと思った。誰かの手を借りたい。
「こんな僕でよければ、手伝うよ。」
 宏の言葉を聞いて、私は顔を上げた。私を見る彼の目は、とても真っ直ぐだった。自然と私は首を縦に振っていた。
「お願いできる、宏。」
「どこまで出来るか分からないけど、やれるだけやってみるよ。」
 互いに頷いて、私は説明をした。
「ということなんだよね。」
「難しいな。どういう意味だろうか。」
 宏も頭を抱えていた。しばらくしてから、彼が口を開いた。
「それぞれの反対の動物を探したら、どうかな。例えば、ライオンならシマウマとか。」
 そういう発想か、なるほど。犬は猫か。
「狼や熊はどうなるの。」
「狼は兎じゃないかな。熊は蛇とか。」
「何で。」
 宏は黙り込んでしまった。やはり、難しいな。だけど一つの鍵を、見つけた気がする。
「まあいいや。ありがとう、宏。」
「ごめん。」
「なんで、謝るの。」
「役に立たなかったみたいだから。」
「そんなことないよ。」
 私は宏に笑ってみせた。宏のせいではないのだから。
「とりあえず息抜きしようよ。宏。」
「そうしようか。」
 宏がソファーに座り、私はその隣に座った。気を抜いたらそのまま寝てしまいそうなほど、私は疲れていた。
「お疲れ様。寝ても大丈夫だよ、玲。」
 私の心を呼んだかのような言葉が、宏の口から出てきた。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。」
 宏の肩に頭を乗せ、目を閉じた。大きな温かい手が頭を撫で、私は夢の中に落ちていった。
「おやすみ、玲。」
 夢に落ちていく私が、聞いた言葉だった。そしてそのまま、眠りの海に沈んでいった。
 どれくらいの時間経ったのだろう。目を覚ますと、私は宏のひざの上にいた。慌てて起き上がろうとすると、ソファーから落ちてしまった。
「いたた。」
 派手に転んでしまい、背中を打ってしまった。
「大丈夫、玲。」
 差し伸ばされた手を握り、立ち上がった。
「ありがとう。」
 パソコンの前の椅子に座り、再び問題と向き合った。姿無き犯罪者からの謎を解かなければ。
「そういえば、サイトの方はどうかなっているかな。」
 気になり、自分のサイトを開いた。
「嘘でしょう。」
 依頼件数が今までの約五倍、数時間で百件以上の依頼が来ていた。これには、私も驚きを隠せなかった。菻の言っていたように、忙しくなってしまった。
「とりあえず、片付けよう。」
 私は増え続ける依頼の、処理をはじめた。しかし、依頼は増え続ける一方だった。
「どうして。」
 依頼は手が終えないほど今も増え続け、処理が間に合っていなかった。だからと言って、依頼が来ないようにすることは出来ない。ならば、どうすればいいのだろうか。
「玲、焦らないで。」
 宏の声が聞こえた。そうだ。慌てていても、答えは見つからない。
「ありがとう。」
 落ち着こう。今日と明日を乗り切ればきっと大丈夫なはずだ。私は徹夜を覚悟で作業に取りかかろうとしていたとき、宏に声をかけられた。
「玲、僕はも帰るね。」
「そっか、ごめんね。何も出来なくて。」
「そんなことないから、ありがとう。じゃあ、もう行くね。」
「またね。」
 宏が帰って行くのを見送り、作業に戻った。この多くの依頼を、少しでも多く完了させたかった。その後私は、パソコンとずっとにらめっこをしていたのだった。
 慌しい休日を過ごして、今日からまた授業だ。だけど、睡眠不足のせいで頭が働かない。この休日は、一睡もしてない。おかげで、授業の内容が頭に入ってこない。
「頭、痛い。」
「大丈夫か、玲。」
「まあ。ありがとう、宏。」
 長かった今日の授業も終わり、あとは部活だけだった。相変わらず携帯は静かにならないけど、休日よりはいくらかましだ。
「手を動かさないと間に合わなくなるよ。」
 そう言って私は、笑顔を取り繕った。
「さてと、私もやろう。」
 そして私は、筆を取った。だが、限界が来たようだ。視界が狭くなっていって、ついに消えた。
 バタン
 彼女は床に倒れてしまった。疲労が積み重なった結果だった。
「玲。おい、しっかりしろ。玲。」
 宏が呼びかけても玲は反応しなかった。彼は玲を抱きかかえて、保健室へと向かった。
 どれほどの時間が流れたのだろう。私が目を覚ますと、そこは保健室のベットの上だった。横を見ると、宏が椅子に座ったまま寝ていた。
「宏。」
「起きたか。大丈夫か、玲。」
「うん。」
 私、確か美術室にいて。そこから、思い出せない。
「もしかして、宏が私を。」
「そうだよ。いきなり倒れたから、驚いた。」
「ありがとう。」
 ベットから起きて、上履きを履いた。
「もう平気なのか。」
「うん。もう心配はかけられないから。」
 わたしは先生にお礼を言い、保健室を出た。廊下はすでに、赤く染まりはじめていた。前を宏が、その後を私が歩いていた。そのまま部室にいると思っていたが、拓真と結城が私達の荷物を持ってきてくれた。
「他の部員達は、どうしたの。」
「少し前に帰らせた。部長が倒れたら、部活はできないし。」
 そう言って拓真は肩をすくめた。
「二人の荷物を持ってきた。」
「ありがと、結城。」
 私と宏は荷物を受け取って、四人一緒に帰った。駐輪場に行き、自転車を出した。結城以外の二人も同じくだった。
「今日もいくか。」
「行きたいな。」
「大丈夫なのか、玲。」
「平気だよ。」
 私は笑った。あまり迷惑をかけられないから。
「そうか。」
 私と拓真が自転車を押しながら歩き、結城と宏が後に歩いていた。学校の帰りはいつもと言っていいほど、結城の家の前に集まるのだ。そして他愛もない話を、そこでしているのだ。
「玲。この後、少し空いてるか。」
「空いてるけど、どうして。」
「話しがある。」
「わかった。」
 話って何だろう。気になるけど、今はよそう。
 空が蜜の色に染まりはじめた頃、私と宏は喫茶店にいた。
「話って何。」
 宏は黙り込んでいる。私はただその様子を見ていた。しばらくしてから、宏の口が開いた。
「僕は。」
 そこで言葉を一旦止めて、一呼吸置いてから宏は再び、言葉を紡いだ。
「君のことが好きだ。」 
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