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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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最終章:無限の可能性
  第241話「戦線瓦解」

 
前書き
前回の根源接続について補足をば。
あれは、司の強化だけの効果ではなく、司達のいる世界(他次元世界含む)に来た神々の“性質”によるバフを打ち消しています。中には、デバフすら掛かっている神も。
さらには、戦場を世界そのものの“領域”で覆ったため、物理的な戦闘で神々と決着が付けられます。
味方を強化し、敵を弱体化させ、さらには戦闘の法則を従来のモノにするという、とんでもない状態を引き起こしています。
というか、そこまでしないと詰んでいるという……
 

 












「ッ……!!」

「くっ……!!」

 海鳴市に隣接する海。
 その海上で、いくつもの火花と衝撃波が迸る。

「なぜ……なぜ、こうも“圧倒”される……!!」

「(司ちゃん、間に合ったみたいだね……なら、私も終わらせないと……!)」

 息を切らすも、無傷なとこよ。
 対し、敵の神は体中傷だらけになっていた。
 四肢や首を何度も斬り落とされ、その度に理力で補填、再生していた。
 眷属の“天使”は既に全滅し、とこよが完全に圧倒していた。

「はぁっ!!」

「ッ、がぁっ!?」

 神速の剣戟が繰り広げられる。
 とこよは刀一本で、神の扱う不定形な理力の武器を退け、斬りつけた。
 それまでは、とこよ優勢とはいえ拮抗していた戦いが、ここに来てさらにとこよにとって有利になってきた。

「この世界にいる限り、例え神界の神であろうと、この世界の法則に囚われる……!故に!ただ物理的に“強い”だけで、貴方を倒せる!」

「そんな……それだけで、この“性質”を無効化出来るはずが……!」

「“性質”が弱まったのは、ついさっきだよ。……そっか、本人であろうと、自身の“性質”を全て理解している訳じゃないんだね。良い事を聞いたよ」

「しまっ……!?」

 失言をしてしまったと悟る神。
 有用な情報を聞き、とこよは笑みを深める。

「このまま決めさせてもらうよ!」

「くそっ……!ぐぁっ!?」

 攻撃を受け止め、逸らし、反撃し……空ぶった。
 神の反撃を避けたとこよは、そのままカウンターばりに蹴りを決め、吹き飛ばす。

「……森羅万象を以って、森羅万象を……そして、空を斬る……!」

 霊力が、妖力が、そして、神力がとこよの刀に集束する。
 それだけでなく、五行の属性をも宿す。

「……シッ!!」

   ―――“森羅断空斬”

 転移の霊術が起動し、神に肉薄。
 そして、刀が振るわれた。

「……終わったから言うけど、一撃でも貰えば私が負けていたんだよね」

 たった一撃。それだけで決着がついた。
 神は左右に分かたれ、そのまま海へと墜ちた。

「……よっ………と」

 宙を蹴り、とこよはそのまま岸まで辿り着く。
 そして―――



「っ、ごほっ、ッ、ぁ、ぐっ……!」

 ―――血を吐いた。

「や、やっぱり……八柱は、無茶過ぎたかな……」

 吐血だけでなく、目から、そして体の所々の血管から血が出ていた。
 多重神降しの反動が、ここに来てとこよを襲っていた。

「ぐ……ぁ、ふっ……!」

 四肢に力を入れても、激痛が走るだけ。
 これ以上の戦闘行為は不可能だった。

「(司ちゃんの根源接続がこんな所で裏目に出ちゃうなんてね……)」

 神界の法則から、従来の法則に近寄ったために、多重神降しの反動は決して無視できないものとなっていた。
 本来なら、無理を通せば動かせるはずの体が、もう動かないのだ。

「ごめ……ん、紫陽、ちゃん。………助けに、いけないや……」

 血塗れのまま、とこよはその場に転がる。
 幸いにも、生死の概念は壊れたままだ。
 妖も各地で戦闘や支援を行っているため、とこよも妖に見つけてもらえば治療をしてくれるかもしれない。
 加えて、今のとこよは式姫の身だ。
 いざとなれば、式姫としての自分を破棄し、幽世に一度戻る事も出来る。
 それらを頼みの綱とし、とこよはしばし意識を閉じた。













「きゃぁっ!?」

「玲菜!」

 爆撃が迸る。
 その様子は、かつての世界大戦など比較にならないだろう。
 まさに神話の再現とも言える規模で、攻撃が飛び交う。

「ったく……!優輝の友人ってだけで、ここまで狙うのか……!」

「なんで、それだけで……?」

「黒幕が優輝にご執心なのさ!完全に自分のモノにするために、あたしらだけでなくあんた達のような友人関係すら、奴らは消しに来ている!」

 霊術で敵の攻撃を相殺しながら、紫陽は言う。

「……けど、これは僥倖さね。さっきまでは押されるのみだったけど……この感覚、手応え……間に合わせたか、司……!」

「司……?なんで、そこであの子が……」

「一つの世界において、最も強いのは“世界そのもの”だ。司は、世界の根源に接続して、文字通り世界最強になってる。……その力で、あいつらの影響を抑えている」

「同時に、世界の法則も従来のものに寄っています。つまり、あの神々はもう法則を度外視した行動を取れません」

 かいつまんだ説明だが、それでも聡と玲菜は理解しきれない。
 元々一般人である二人には、常識外の出来事に変わりないからだ。

「要は、こっちの方が有利な条件になった訳さ。そうなれば……!」

「っづ……!?」

 突撃してきた“天使”の一体を、紫陽が障壁で受け止める。
 障壁で受け止められた“天使”は、ビルに激突した鳥のように弾かれる。

「はっ!!」

 そこを、容赦なく葉月が槍で貫く。
 さらには久遠の雷も直撃し、那美の霊術による拘束で身動きが取れなくなった。

「潰れな」

   ―――“瘴潰(しょうかい)

 そして、紫陽が瘴気で握り潰し、消滅させた。
 尤も、存在そのものを抹消した訳ではないので、その内復活するだろう。

「どうするの紫陽。妖も押しとどめるだけで、倒しきれないわよ」

「所詮妖どもは有象無象に過ぎないさ。重要なのは、妖を構成する瘴気と、それを集めるための時間さね。それも、もう充分だ」

 “天使”の攻撃を避け、別の“天使”を踏み台に紫陽の元まで鈴がやってくる。
 その鈴の問いに、紫陽は答え、同時に掌を上空へ向けた。

「全員に伝えな。敵に回避行動を取らせないようにしろ、とね」

「……っ……なるほど、分かったわ」

 掌に集まってくる瘴気を見て、鈴は紫陽がやろうとする事を理解する。
 すぐさま戦場へ戻り、同時に伝心で紫陽の言葉を伝えていく。

「な、なにを……」

「那美、久遠。そこの二人を避難させておきな。葉月ならともかく、あんた達は巻き添えを喰らったらタダじゃ済まない」

「そ、そうだね……久遠、そっちの子お願い」

「分かった……!」

 具体的に何をするのか、それには那美にもわからない。
 それでも、集束する瘴気を見て、すぐに聡と玲菜を避難させようとする。

「ま、待ってくれ!一体、何をするつもりなんだ!?」

「私も良くは知らないよ。……でも、多分集めた瘴気を使って殲滅するんだと思う。瘴気は、人の身にとっては有害だからね。いくら生死の概念が壊れていても、苦しいのには変わらないからね」

「瘴気……」

「毒ガスみたいなものだよ。とにかく、君達二人はこっちに!」

 紫陽から離れた場所に陣取り、身を隠すように那美が霊術を張る。
 その時には、既に紫陽が準備を終えていた。

「さぁ!あんたらの自業自得だ!あんたらの積み上げた罪、積み上げた業を以って、魂をも蝕む瘴気は完成された!!」

   ―――“禍式(まがしき)瘴罪之業獄(しょうざいのごうごく)

「耐えられるものなら、耐えてみな!!」

 あちこちで倒された妖やトバリの残滓が蠢く。
 それらは棘や触手となって神や“天使”へと襲い掛かる。

「なっ……!?」

 それだけなら、敵は対処してきただろう。
 だが、恐るべきはその棘や触手の速さや鋭さ、そして瘴気の濃さだ。
 理力の障壁すら、瘴気で侵食し、瞬く間に“天使”を貫き、引き裂く。

「ッ……余波だけで、こんな……!」

 紫陽を中心に、途轍もない量の瘴気が渦巻く。
 その影響を那美達も障壁越しに受けており、それだけ強さを感じ取っていた。
 
「(イリスみたいな“闇”とかの“性質”には効かないが……それで洗脳されてる程度の奴らなら、こいつで行けるはずだ……!)」
 
 妖の残滓だけでなく、紫陽が集束させていた瘴気からも、枝葉が分かれるかのように“天使”達へ群がっていく。
 まさに、どこまでも殺そうと追いかける呪いのようだ。

「が、ぁああああああああああ……!?」

「妖やトバリを蹂躙した分だけ、その業がのしかかる……あたし達が妖を繰り出したのは、ただの数合わせだけじゃないさ。このためでもあったんだよ!」

「因果を用いた術……概念に通ずるモノであれば、神界の存在にも効く……姉さんやとこよさんの予想通りですね……!」

 さすがに制御が難しいのか、瘴気を操る紫陽を支援するように葉月が傍にいた。
 だが、葉月にも瘴気の影響はあり、顔色を悪くしていた。

「葉月……!」

「まだいけます……!とこよさんも限界を超えて戦っている……!もう、姉さんやとこよさんだけに背負わせる訳にはいかないんです……!私だって、まだ戦えます!!」

「っ……それでこそ、あたしの妹だ……!」

 それでもなお、葉月は力強く立ち続ける。
 いくら人一倍耐性があっても、影響は遠くで障壁を張った那美達より大きい。
 それを、葉月は信念の元、耐え続けていた。

「ならば、術者を叩く……!」

「させません!」

 瘴気を避け続ける神が、紫陽を狙おうとする。
 だが、それを式姫が阻止する。
 式姫もまた、元は幽世の存在だ。
 瘴気を祓う役割を担っている事もあり、瘴気には耐性があった。
 そのため、瘴気の中を突っ切って神を妨害する。

「そら、足元が留守になっているぞ?」

「っ、しまっ……!?がぁぁああああああっ!?」

 一人、また一人と紫陽の瘴気で神や“天使”が倒れていく。
 あれほどの劣勢を強いてきた神界の勢力が、紫陽によって覆されていた。

「……司による“領域”の塗り替え、妖やトバリを使った瘴気。……そして、限界の壁をいくつも超えた、特大規模の禁忌の術。……本来なら、あたしの命や魂を……それどころか、現世と幽世の均衡すら破棄する術なんだ。……効果がないと困るって事さね」

「姉さん……」

 口の端から、とめどなく血が零れていく。
 口だけではない。目や鼻からも、まるでオーバーヒートしたかのように血が溢れる。
 迸る霊力で舞い上がる服や髪は、かすれていくかのようにボロボロだった。
 そう。紫陽はまさに自身の“総て”を投げ打って戦っていたのだ。

「……しばらく、あたしは戦えなくなる。それでも、この町にいる連中は片付ける。……後の事は任せたよ」

「……わかりました」

「それと、幽世を経由すれば短時間で他の町にも行ける。活用しな」

 そう言って、最後の力を振り絞るように紫陽は戦場を睨む。

「……これで……仕舞いだ!!」

 ついに、街にいた全ての神と“天使”を捕捉する。
 瘴気によって貫かれ、引き裂かれた神達は、ほとんどがそれだけで倒れた。
 残った者も、すぐに式姫達によってトドメを刺される。

「……っづ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 全滅させた事を確認し、紫陽はその場に崩れ落ちた。
 葉月もかなり精神力を使ったのか、肩で息をしていた。

「ね、姉さん!」

「……悪い、もう立つのも無理だ。……しばらく、休ませてもらうよ」

「……はい。後は、任せてください」

 力なくそう言った紫陽は、最後の力で幽世への門を顕現させる。
 顕現させた場所は優輝達も通っていた学校の校庭だ。
 避難している人も多い学校近くの方がいいという判断から、ここに顕現させた。

「……とこよの方も、勝ったはいいが力尽きたらしい……。ま、あんな無茶を通り越した神降しをして、それだけで済んだのが奇跡だけど」

「そうですか……」

 妖を通じて、紫陽はとこよの状態も把握していた。
 葉月や他の式姫にとって、とこよと紫陽は大黒柱とも言える存在だ。
 その二人が戦線離脱を余儀なくされるというのは、かなりつらい。

「(だからこそ、私達だけで頑張らないと……)」

 故に、葉月はその不安を塗り潰すように、決意を改めた。

「見た所、神界の連中は直接幽世には行けないらしい。いや、世界の壁を破るのだから、可能と言えば可能だろう。……でも、世界そのものの“領域”が強まったためか、それを為すのにかなりの労力を割くと見た」

「つまり……幽世は、比較的安全と?」

「そうだ。飽くまで、比較的、だけどね」

「なら、先程の二人や、一般の方々の避難を……」

「ああ。幸い、現世と幽世の境界が壊れているおかげで、生者が幽世に行っても何ら悪影響はないだろう」

 本来であれば、二つの世界の均衡を崩す行為。
 だが、そんな禁忌を無辜の人々を……ひいては世界のため、紫陽は容易く破る。

「じゃあ、葉月。後は……頼んだよ」

「……はい」

 そう言って、紫陽は消滅した。
 死んだ訳ではない。
 式姫としての肉体を破棄し、一度幽世に戻ったのだ。
 元々幽世の存在であるため、回復するにしてもそちらの方がいい。
 さらには、式姫として顕現した時と違い、現在は二つの世界の境界が完全に崩壊しているため、式姫の体を経由せずとも現世に来れる。

「…………」

「……葉月ちゃん……」

 聡と玲菜、そして久遠を連れ、いつの間にか戻ってきていた那美が声を掛ける。
 仮初の肉体とはいえ、親しい姉の消失だ。
 ショックを受けたのかもしれないと、那美は思ったが……

「行きますよ、那美さん」

「葉月ちゃん?」

「姉さんが後を託してくれました。皆さんも、まだまだ頑張っています。私達が立ち止まる訳にはいきませんよ」

 ……葉月は、一切動揺していなかった。
 むしろ、より決意を固めた目をしていた。

「まずは、お二人を避難させましょう。現世よりも、幽世の方が安全です」

 聡と玲菜に向かって、葉月はそう言った。
 そのまま、幽世の門がある方向へ走っていく。

「幽世の門は、姉さんが校庭に顕現させました。おそらく、妖や門の出現に他の人達は混乱しているでしょう。……事情説明は任せますが……いいですね?」

「……何が何だか、よくわからんが……」

「貴女達は優輝の知り合いなのよね?……だったら、信じるわ」

 あまりに現実離れした出来事の連続に、二人はまだ理解が追いついていない。
 だけど、だからこそ葉月たちを信じて、葉月の言う通りにする事にした。

「私達は各地への助力……もしくは国守山に戻って皆さんの加勢に行きます。敵の大半を殲滅しましたが、肝心の存在があそこにいるので……」

「……わかったよ。葉月ちゃんも覚悟を決めたなら、私も倣わないとね」

 勝ち筋の見えない、だが負ける訳にはいかない戦いは続く。
 ここで立ち止まる訳にはいかないと、誰もが決意を新たに足を進めた。













「はぁっ!!」

「ッ……そこっ!!」

 閃光、極光、魔力弾、炎、氷、雷、斬撃。
 ありとあらゆる攻撃が飛び交う。
 司による“領域”の展開により、劣勢だった戦況はほとんど覆っていた。

「ふっ……!!!」

「効きませんよ!」

 しかし、一部の戦況は未だ劣勢だ。
 覆したきっかけである司も、その一人だった。

「ッ……!」

 絶え間なく全てを呑み込もうとする“闇”が司を襲う。
 世界そのものの“領域”を利用し、強化した天巫女の力で、それを相殺する。
 だが、明らかに司の方が押されていた。
 そのため、相殺するのではなく、自分が回避できる分の穴を開けるに留める。
 間髪入れずに反撃の閃光を飛ばし、自らも転移を併用して斬りかかる。

「くっ……!」

 そこまでやって、イリスにはすぐ回復する掠り傷しかつかなかった。
 対し、司はエラトマの箱による“領域”の弱体化もあり、どんどん不利になる。
 既にボロボロの状態になっており、負けるのも時間の問題だろう。

「(緋雪ちゃん……!間に合わせて……!)」

 ここから司が勝つには、何かもう一つ切っ掛けが必要だ。
 無闇な突貫は行う事すら難しい。
 故に、“対策”を準備している緋雪が頼みの綱だった。









「ッ、ぐっ……!」

「………!」

 一方で、椿と葵も未だに苦戦していた。
 元より、相手は洗脳された優輝だ。
 “領域”を抑え込んだ所で、優輝の強さは変わらない。

「はぁっ!!」

「っ……!!」

 葵が前衛を担当し、死に物狂いで優輝の攻撃を凌ぐ。
 それでも、優輝は的確に葵の隙を突き、攻撃を当てようとする。
 それを、椿が後ろから矢と神力で阻止する。
 草の神の権能を使い、植物でも動きを妨害していた。

「葵!」

「ッ!」

 それでも、押し負けそうになる。
 そこで椿は葵に声を掛け、同時に葵が蝙蝠化して姿を消す。
 直後、神力の閃光が葵がいた場所を通り過ぎ、優輝に襲い掛かる。

「うん……?」

「はっ!」

 閃光を避けた所へ、椿が肉薄。
 掌から地面に神力を通し、植物で地面を隆起させる。
 同時に、体術で剣を持つ腕を抑えつつ蹴りを放った。

「(逸らされた!)」

 意表を突いたはずの攻撃。
 しかし、それすら優輝は受け流す。
 導王流を人一倍知っている椿達ですら、これによって圧倒されていた。

「かやちゃん!」

「ッ!」

 すぐに次の行動に出る。
 もう一度地面を隆起させ、バランスを崩す。
 そして、椿は飛び退きつつ矢を優輝の周りに放ち、目晦ましをする。
 さらには優輝を囲うように植物の根を地面から生やした。

「これで、縫い留める!!」

 最後に、葵が用意した大量のレイピアを射出。
 目晦ましでしかない植物の根を貫き、優輝へ殺到する。

「そこ!」

「っ!」

 だが、その技は決まらなかった。
 葵の攻撃は転移魔法であっさりと躱されていたのだ。
 すぐさま張り巡らした神力から優輝の位置を特定し、矢を放つ。

「ッッ……!」

「なに……?」

 そこで、戦況が動いた。
 いつもは、転移で躱された後に察知していたのは椿だけだった。
 しかし、今回は葵も察知しており、矢を弾いた所を狙い撃った。

「ぐっ……ぁああっ!!」

「ッ……!?」

 刺突は逸らされ、カウンターに剣の一撃が繰り出される。
 それを、葵は体で受け止めた。
 このままでは競り負けると理解していた葵は、敢えて体で攻撃を受けた。
 その分の猶予を利用し、葵は優輝の体を掴んだ。

「しまっ……!」

「ようやく、捕まえた!!」

 そのまま、頭突きをくらわす。
 さらに地面へ向けて押し、大地に叩きつける。

「よくやったわ、葵!」

 間髪入れずに上を取るように跳んだ椿が、矢を放って優輝の四肢を縫い付ける。
 植物の根を利用して拘束もする程だ。

「転移はさせないよ!」

 油断はしない。
 葵は掴みかかった体勢のまま、術式を優輝に刻む。
 その内容は、転移魔法を阻害するためのもの。
 魂に働きかけるようにする術式のため、魔法以外にも効果が働く。

「っ……!」

 そして、トドメに葵もレイピアで優輝を縫い付ける。
 最早剣山のような状態に優輝はなっていた。
 椿や葵にとって心苦しくもあるが、こうまでしないと優輝は止まらない。

「ぐっ……!」

「おまけよ」

 ダメ押しに椿が神力で押さえつける。
 一瞬の隙を利用した、千載一遇のチャンス。
 それを、二人はモノにした。

「……どうするの、かやちゃん」

「……私達を洗脳から解放する際、優輝は因果逆転と代償を上手く利用していたわ。……即ち、それに匹敵する力をどうにかして集めないといけない」

 単純な力ではなく、概念や因果など、様々なモノをまとめた意味での“力”。
 それが洗脳解除に必要だと、椿は推測する。

「飽くまで、洗脳に使われた力は“闇”によるもの。つまり、光や浄化の類なら比較的効きやすいのだと思うけど……」

「……かやちゃんだけじゃあ、足りないって事だね」

 現在進行形で、椿は優輝に浄化の霊術を掛けている。
 魂にすら干渉しているはずなのに、優輝は一向に正気に戻らない。
 濁ったような瞳は、一切揺らいでいなかった。

「……そんな、悠長にしていていいのか?」

「っ……!」

「かやちゃん!」

 椿と葵が知る限りの拘束はした。
 転移も封じ、物理的な脱出も不可能にしたはずだった。
 拘束自体も、霊魔相乗などの力の爆発などでは解除できなくしていた。
 ……だが、飽くまでそれは“既知”の範囲。
 “未知”による抵抗には、成す術なかった。

「くっ……!!」

 辛うじて、傍にいた椿は神力でガードした。
 厳重なまでの拘束は、優輝から発せられた“闇”によって壊された。

「……イリスの加護ね」

「洗脳されている影響……そりゃあ、あるに決まってるよね……」

 黒い靄のようなものが優輝から立ち上る。
 それを見て、椿と葵は冷や汗を流す。

「(さっきよりも厄介に見るべきね……)」

「(問題は、どう変わったか……)」

 ……油断していた訳じゃない。
 単に、想定外だっただけ。
 だからこそ、どうするべきか椿と葵は一瞬逡巡した。





   ―――それが、致命的な隙となる。





「……ぇ?」

 一瞬、肉薄された事に気付けなかった。
 懐に入られ、短刀に持ち替える間もなく、椿は胸に手を添えられた。

「ぁ―――ッ!?」

 そして、直後に吹き飛ばされた。
 そこまでやられて、ようやく葵は動けた。

「かやちゃん!!」

 すぐさま、足止めしようと葵は優輝に躍りかかる。

「(ッ……!?さっきまでより、動きが……!?)」

「ふっ……!」

「ぁ、がっ……!?」

 今までなら、導王流と言えど少しは葵でも戦えた。
 だが、今回は違った。
 まるで攻撃の狙いを間違ったかのように、軌道を逸らされる。
 そして、同時にカウンターが決められ、葵は椿と同じように吹き飛ばされた。

「(動きが違う!より洗練されている……これは、もしかして……!)」

 ダメージを受けながらも、葵と優輝のやり取りを見ていた椿が確信する。
 即ち、今の優輝は導王流の極致を扱っているのだと。

「(未完成だったはず……いえ、あの時、足止めに残った時に、習得したのね……。……なんて誤算。拘束が解けた上に、こんなの……抑えようがないじゃない)」

 苦し紛れに神力による植物の根で拘束しようとする。
 しかし、それらは最小限の動きで躱されてしまい、さらには転移で間合いを詰められるという結果になってしまった。

「ッ……!」

「させ、ない!!」

 寸での所で、葵がレイピアで優輝の拳を阻む。

「ガッ……!?」

「っ、ぅ……!?」

 だが、気休めにもならない。
 そのまま滑るように葵の顔に拳が叩き込まれ、ほぼ同時に蹴りが椿に決まる。
 さらに創造魔法で用意していた剣が二人の体へ突き刺さり、壁に縫い付けられた。

「あ……!?」

 優輝を抑えていた二人が、逆に抑えられた。
 そうなれば、次に狙われるのは反撃の芽となる存在だ。
 ……優輝は、間髪入れずに転移魔法で緋雪に肉薄した。

「くっ……!」

 緋雪が応戦するが、防戦一方だ。
 攻撃しない方がカウンターされないというのもあるが、現状の緋雪にはとある理由からそれが精一杯だった。

「(まだ、克服していないのに……!)」

 緋雪の“対策”。
 それは、血の供給によって全盛期の力を取り戻す事。
 そのために吸血衝動の完全克服が必要だった。
 この戦いまでに、何度も克服しようと頑張って来たが結局間に合う事はなかったため、こうして土壇場兼神界の法則を利用して克服しようとしていた。

「っ、しまっ……!?」

 吸血衝動を抑えるのに意識を割いている。
 そうなれば、当然動きが疎かになる。
 防御魔法を破られ、腕も防御出来ない位置に弾かれた。
 それを認識した時にはもう遅い。
 緋雪の体に、深々と優輝の拳が突き刺さっていた。

「爆ぜろ」

「が、ふっ……!?」

 そのまま、霊力と魔力が炸裂する。
 緋雪の体は上下二つに別たれ、飛び散る。
 吸血鬼のような体と言えど、そうなれば再生に時間が掛かる。

「ぁ、ぐっ……!?」

 さらに、ダメ押しにいくつもの剣で串刺しにされる。
 “どちゃり”と、臓物をぶちまけながら、緋雪は倒れた。

「………次」

 闇を纏い、優輝は次の標的を定める。
 ターゲットにされた司は、その呟きに恐怖を抱かずにはいられなかった。















 
 

 
後書き
瘴潰…瘴気が敵を握り潰すように集束する術。瘴気が濃ければ濃い程、強くなる。

禍式・瘴罪之業獄…妖など、様々な瘴気を集束させ、その瘴気で千変万化の攻撃を放つ術の奥義。集束させた瘴気が多い程、多彩な動きや高威力の発揮が可能となる。基本的に、この術は数多の妖を敵に倒させる事で成立する。


椿と葵は戦闘不能とまではいきませんが、復帰する前に緋雪が仕留められました。
普段の導王流ならともかく、極致は辛うじてとこよしか経験していませんから、当然のように初見殺しのようなカウンターでやられます。 
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