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タテクシカエシ

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第一章

                タテクシカエシ
 新潟におかしな話が出ていた、夜道に前からすっとんすっとんと音を立てて何かがきてそれでその道を行くものを出会い頭にひっくり返すのだ。
 ひっくり返させるだけで他には何もない、だが何分夜道で行われることなのでこんな奇妙なことはない。
 その話を新潟でその地の様々なことを見聞きして学んでいた博物学者の南方熊楠は酒を飲みつつすぐに言った。
「それは転バシだな」
「転バシといいますと」
「徳島にぎん槌の妖怪が出たという」
 南方はこの話を持ってきた新潟の若い者に話した、二人で居酒屋で飲みながらそのうえで話すのだった。
「これは道の上を転がったりしてじゃ」
「そうしてですか」
「川を流れたりしてな」
 これもあるというのだ。
「そして人に拾わせようとして」
「そしてですか」
「拾おうとすると深みに誘ってな」
「そのうえで」
「溺れさせるのじゃ」
「また悪い妖怪ですな」
「またここは狸もそうした悪さをする」
 この生きものもというのだ。
「助けてくれと言いながら道を行く者に近寄ってきて」
「そしてですか」
「人にまとわりつき油断すると足をすくってな」
「また性質が悪いですな」
「転ばせる」
「そうした妖怪がいますか」
「地面を転がる様にして動く妖怪を転バシという」
 こう若い者に話した。
「そしてな」
「この妖怪もですか」
「名をタテクシカエシといったな」
「はい」
 その通りだとだ、若い者は南方に答えた。
「左様です」
「人を転がせる」
「今お話した通りに」
「この妖怪は何とでもなるな」
「といいますと」
「うむ、ではこれよりな」
 南方は若い者に酒を飲みつつ何でもないといった声で述べた。
「そこに行くか」
「タテクシカエシが出るところに」
「そうしよう、そしてな」
「そのうえで」
「どうすればよいか見せよう」
「もうどうすればいいかは」
「話を聞いてわかった」
 妖怪の話を聞いている時点でというのだ。
「だからな」
「それでは」
「うむ、行くとしよう」
 こう話してそしてだった。
南方は若い者とともにそのタテクシカエシが出て来る場所に向かった、そこはごく普通の道であったが。
 その道を見てだ、南方は言った。
「ふむ、これは如何にもな」
「妖怪が出て来る様な」
「転バシが出て来る様なな」
 まさにというのだ。
「そうした場所であるな」
「そう言われますか」
「見るとな、そして向こうからだな」
「はい、噂をすれば何とやらで」 
 若い者は前を指差した、するとだった。
 そこに手杵の様な形をしたものがすっとんすっとんと音を立ててやってきた、跳ねる様に進んでいるそれを見てだった。
 南方は動じない、それでだった。
 若い者にこう言った。
「かわすとしよう」
「そうしてですか」
「前に進めばいい」
「それだけですか」
「うむ、それだけじゃ」
 まさにというのだ。 
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