さらわない
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第三章
「先程大きな猿の様なものを見ました」
「そうか、いよいよ抜けるが」
「そこにですな」
「出て来たか」
「どうされますか」
「言うまでもない、女達を一つの場所に集め」
そしてとだ、内藤は答えた。
「我等で女達を囲んでじゃ」
「そうしてですな」
「先に進む、若し妖怪が女を攫おうとするならば」
「切って捨てますか」
「弓を射よ、容赦してはならん」
「一族の女を奪うなぞ」
「ふざけたことじゃ」
「だからですな」
「その様な奴は容赦せずじゃ」
一切という言葉だった、まさに。
「倒してしまえ」
「わかり申した」
その若い者だけでなく一族の他の者達も頷いた、そしてだった。
皆内藤の言う通り女達を一つの場所に集めその周りを刀を抜き弓を構える男達で完全に囲んだ、そうして周りを警戒しつつ慎重に前に進むが。
山道の前にその大きな猿そのままの外見の妖怪が出て来た、それで内藤は妖怪に対して即座に弓矢を放とうとしたが。
ここでだ、その妖怪から言ってきた。
「心配するな、わしは人の女には興味がない」
「妖怪が喋ったか」
「いや、妖怪も喋るぞ」
「そうした妖怪もいるぞ」
「そんなことは別におかしくないぞ」
「妖怪自体がおかしい存在だからな」
一族の者達は妖怪が人の言葉を喋ったことについてはこう話した。
「そこは驚くことではない」
「驚くのは別のところだぞ」
「全くだ」
「うむ、今言ったな」
内藤は弓矢を構えたままだ、何時でも矢を放ち妖怪を射抜ける様にしている。そのうえで妖怪に対して問うた。
「人の女には興味がないと」
「左様」
その通りだとだ、妖怪は答えた。
「わしは嘘は言わぬ、それにだ」
「それにか」
「お主今わしを疑っているだろう」
「その通りだ」
内藤は妖怪に即座に答えた。
「その言葉嘘だと思っておる」
「わかるわ、それは」
「何故わかる」
「わしは人の心がわかる」
だからだとだ、今度は妖怪が答えた。身体の動きは人に似ている。
「それはな」
「猳国にはそんな力があるのか」
「お主達はわしを猳国と思っておるが違う」
「何っ、では狒々か」
「狒々でもない」
この妖怪でもないというのだ。
「どちらでもない」
「では何だ」
「わしは覚だ」
この妖怪だとだ、妖怪は自分から名乗った。
「人の考えが頭の中に伝わる、そうした妖怪だ」
「覚なら知っておる」
妖怪の名乗りを受けてだった、内藤は述べた。
「山にいて大きな猿の様な姿でだ」
「人の考えを読むな」
「それはお主であったか」
「左様、猳国の様な女のことしか頭にない者と一緒にするな」
こう言うのだった。
「ましてあの妖怪は本朝にはいなかったと思うが」
「そうなのか」
「狒々はおるが」
しかしというのだ。
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