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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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最終章:無限の可能性
  第233話「まだ、終わらない」

 
前書き
―――結末は変えられない。

―――だが、“その先”は変えられる。
 

 










   ―――……可能性(輝き)を見た。





   ―――どんな絶望()に塗れても、潰えない可能性(輝き)を見た。





   ―――暴走する大切な少女を助けるために、決して諦めない可能性(輝き)を見た。





   ―――家族を喪おうと、一人でも生きる可能性(輝き)を見た。





   ―――……可能性を秘めているのは、彼だけじゃなかった。





   ―――恋人のために、戦う可能性(輝き)を見た。





   ―――裏切られた復讐を為す、その覚悟の可能性(輝き)を見た。





   ―――誰の為でもなく、ただ“生きたい”ために戦う可能性(輝き)を見た。





   ―――今までの家業から足を洗ってでも妻を守る可能性(輝き)を見た。





   ―――可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。





   ―――善なる存在であろうと、悪なる存在であろうと、可能性(輝き)はあった。





   ―――………こんな私も、可能性(輝き)を見せられるのだろうか?





   ―――どんな“闇”でも、可能性(輝き)はあるのだろうか?





   ―――そうであるならば、私も彼のように………























「―――子……!桃子……!」

「っ……何が……?」

 なのはの家があった場所。
 そこは、神界の神々の攻撃により、他の建物諸共崩れ去っていた。
 瓦礫の中から、桃子は士郎によって助け出される。

「……なのはや皆は、負けたの……?」

「………」

 同じように瓦礫から這い出てきた美由希が、絶望したように言う。
 その言葉に、士郎も桃子も返事を返す事が出来ない。

「……恭也は、無事かしら……?」

「……この有様だと、多分月村邸も同じようになっているだろう……」

「………」

 唯一恭也は、月村邸にいたためにこの場にはいない。
 だが、状況は向こうも同じだろうと士郎はあたりを付ける。

「……構えるんだ。美由希」

「っ……!」

 士郎の言葉と同時に、美由希が構える。
 武器は近くにない。それでも、士郎と美由希は常人に比べればかなり強い。

「―――なるほど。これが、なのは達が相手していた奴らか……!」

 見上げた先には一人の神とその眷属の“天使”達。
 その気配から強さを一切読み取れない事から、士郎はそれだけで尋常な相手ではないと見抜く。

「……美由希、時間を稼ぐ間に武器を……」

「お父さん……!?」

 自分の強さがどこまで通じるのかわからない。
 それでも、士郎は家族を守るために矢面に立つ。

「(あなた……)」

 その様子を、桃子は黙って見ているしかなかった。
 戦う力がない彼女の事を考えれば、それも仕方ない事ではある。
 
「………」

 だからこそ、桃子はせめて士郎を信じる事にした。
 勝てるはずがない。それを分かっていても、可能性を信じて。































「………!」

 緋雪達が全滅し、誰もが倒れている中。
 最初に気付いたのは優輝だった。
 イリスを庇うように、飛んできた“ソレ”を弾く。
 否、弾ききれずに逸らすに留まった。

「狙撃……!?」

 それを見てソレラが驚愕する。
 既に緋雪達は全滅している。そのはずなのに攻撃が飛んできたからだ。

「上……!」

 祈梨が攻撃の飛んできた方向を睨む。
 直後、矢の雨が神々を襲った。
 一射一射が大地を穿つ威力。物理的な威力なら、神界の神々にとっても脅威だ。

「舐めるな……!」

 一人の“天使”が迎撃しようと動く。
 振るわれた理力の一撃が、矢を迎撃しようとし……

「ぁ……?」

 飛んできたレイピアによってその理力が逸らされ、“天使”は矢に貫かれた。

「……まだ、足掻きますか」

 イリスの呟きと共に、理力が地上から天に向けて砲撃として放たれる。
 降り注ぐ矢とレイピアの雨は、その攻撃に悉く迎撃される。
 そんな中、砲撃を掻い潜るように二つの影が落ちてくる。

「防いで!」

「ッ……!」

 落下地点から全方向に向けてレイピアが飛ぶのと、ソレラの叫びは同時だった。
 剣山のようなレイピアの雨は、防御態勢に入った“天使”達に防がれる。

「上等。それごと貫いてあげるわ」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 直後、より強力な威力と貫通力を持つ矢によって、“天使”が貫かれた。

「全員!!立ちなさい!!」

「まだ、終わってないよ!!」

 アースラごと墜とされたはずの椿と葵。
 その二人が、そこにいた。











   ―――時は少し遡り……







「『……かやちゃん、生きてる……?』」

 神界の神々の攻撃によって全壊したアースラ。
 その残骸にへばりつくように、葵はそこにいた。

「『……生きてる訳、ないでしょ……。明らかに一回は死んだわ』」

 同じように椿もおり、見ればアースラに残っていた半分くらいのメンバーは、アースラの残骸と共に周囲に漂っていた。

「『息はしない方がいいね。ここ、まだ大気圏外だよ』」

「『いずれは重力で落ちるけどね』」

 アースラがあったのは宇宙空間だ。
 つまり、乗っていた者は全員宇宙空間に投げ出されている。

「『アースラが破壊されたのは分かるんだけど、あたし達の現状から見て……何が起こってるのかな?』」

「『……多分、生死の境が破壊されたんだと思うわ。さっき感じた波動は、おそらくこの世界の法則を書き換える……もしくは歪めるもの……』」

「『幽世の大門を開いた時と同じ……?』」

「『断定はできないけどね』」

 椿達もエニグマの箱による“領域”の侵蝕を感じ取っていた。
 その矢先にアースラごと撃墜されたのだ。

「『いつまでも隠れられるとは思えないわ。葵、念話で皆を起こして頂戴』」

「『了解!』」

「『私は……司に伝心を試してみるわ』」

 再び神々との戦いになるまで、椿達も出来る事はやっていた。
 椿が行う伝心もその一つ。
 アースラにいた一人一人に術式を施し、いかなる距離や場所であろうと伝心が出来るような、強い“繋がり”を持っていた。
 その“繋がり”から、“領域”を共有して強固にする事も意図せず出来ていた。

「『……司、聞こえるかしら?』」

『っ……!椿ちゃん、無事だったの!?』

「『馬鹿ね。何のために私達の“繋がり”を施したのよ。何となく私達が無事な事ぐらい、察せていたでしょ』」

 驚く司に椿は呆れたように言う。
 “繋がり”を強くした今、互いの状況は何となくわかるようになっている。
 椿自身も、他のアースラクルーがまだ生きている事を感じ取っていた。

「『そっちも戦っているのは分かっているわ。感づかれないように聞きなさい』」

『……うん』

「『こっちに、“格”の昇華の魔法を使ってちょうだい。出来そうかどうかは考慮しないで、やりなさい』」

『っ、了解!』

 最早後はない。故に失敗は許されない。
 だからこそ、()()()()()()

「『かやちゃん!』」

「『……来たわね』」

 司との伝心が終わり、葵が再び椿に念話する。
 呼びかけた葵の後ろには、近くにいたアリサやすずかなどがいた。

「『状況は分かっているわね?私達はアースラごと撃墜された。でも、死の概念が破壊されたのか、()()()()()()()()()わ』」

「『それは分かるけど……この状況からどうするのよ?』」

 案外平気そうな様子でアリサは聞き返す。
 否、内心はどうするべきか思考し続けているのだろう。
 アリサ以外のほとんどは険しい顔のままな所から、全員がそうなのだろう。

「『ついさっき、司に“格”の昇華を頼んだわ。これで、こちらの攻撃が通用しないという事態は避けられるはず。……後は……』」

「『地上の救援に行く。……だよね?』」

「『ええ。まだ、終わってない。私達は足掻けるわ』」

 一度神界で戦った者は、死んでも死んでない状態や、まだ足掻く事をあり得ないとは思っていない。感覚が麻痺しているのもあるが、慣れているからだ。
 しかし、リンディを始めとする行っていない者は戸惑っていた。

「『待ちなさい。こんな事が出来る相手に、まだ足掻けると……?』」

「『“足掻く”のよ。リンディ、ここでは今までの常識を一切合切捨てなさい。私達の“領域”が壊されない限り、私達は戦える』」

「『……そこの博士二人も理解しているみたいだしね』」

 唯一、神界に行っていない者の中でグランツとジェイルは理解していた。
 頭の回転が早いため、椿の言う事が理屈ではないと見抜いていたのだ。

「『しかし、私達は不向きだね。理論……と呼べるものではないが、それを理解したとはいえ、私達のような者はどうしても理屈などを考えてしまう』」

「『ええ。だから、貴方達は後方でその頭脳を働かせて頂戴』」

「『ふむ、了解した』」

 ジェイルはそう言って、グランツに目配せする。
 二人はそのまま懐に仕舞っていた端末を取り出し、周囲を分析する。

「『地上に行くのは神界で戦った経験がある者だけにするわ。他は……地上に降りる私達の援護。具体的に言うならアースラを撃墜した神や“天使”からの防衛よ』」

「『……出来るのね?』」

「『“やる”のよ。司の魔法が届き次第、行くわよ』」

 しっかりと話し合う必要はない。
 ここからは、己の意志を貫く事が重要だからだ。
 何より、椿にとって負けた気持ちで挑む事自体が嫌だった。

「(……今度こそ。今度こそ、勝って見せる……!!)」

 地上を睨むように見て、椿は己の中の霊力を高める。
 そして、そこへあまり多くはない魔力を混ぜ込み、螺旋状に昇華させる。
 “霊魔相乗”。魔力量からして効果は高くないが、椿はそれを実行した。

「(あたし達は、もう無力では終われない)」

 葵もまた、同じく霊魔相乗を為していた。
 魔力も霊力も多い葵は、その効果だけで言えば椿を遥かに超える。

「『……全員、勝つわよ!!』」

 言霊と共に、椿は伝心で言い放つ。
 同時に、椿の姿が神降しをした時の優輝の姿になる。
 椿の神としての力を解放したのだ。
 神界では世界を隔てていたために使えなかった力だが、ここは地球。
 故に、椿の力を最大限に使える。

「『―――来た!!』」

 そして、直後に司の魔法が届く。
 “格”が昇華される感覚を全員が感じ取る。

「『行くわよ!』」

 先行して、椿と葵がアースラの残骸を足場に地球へ向かって跳躍する。
 続くようにアリサやすずか、鈴や式姫が地上に向かって跳んだ。

「ッ……!」

 いくら物理法則や死の概念が崩れたとはいえ、生身での大気圏突入だ。
 身を焦がすような熱さが椿達の体を襲う。

「(……見えた……!)」

 神の力を解放し、その上で視力を強化する。
 それにより、遥か上空であろうと椿は地上の様子を把握した。

「『かやちゃん!宇宙にいる神が!』」

「『リンディ!迎撃よ!!』」

「『ッ……了解よ!!』」

 覚悟を決めたのか、リンディも指示を出しつつ宇宙にいる神達と対峙する。
 実力差は歴然。しかし、それでも耐え凌ぐ事は出来る。

「(一撃だけじゃダメ。……全身全霊で、一斉に、最高速で!)」

 背後で魔法と霊術の爆音が轟く。
 リンディや澄紀が率いる魔導師と退魔士が襲い来る神達を迎撃しているのだろう。
 だが、椿はそれに意に介さずに神力を以って矢を番える。

「『葵、支援頼むわよ』」

「『りょーかい。意識を逸らす程度で充分だよね?』」

「『ええ。……確実に貫くわ』」

 膨大な神力が矢として集束していく。
 加え、霊力となけなしの魔力も混ざるように集束する。
 それは霊魔相乗を応用したもので、霊力と魔力に神力も混ぜるという技。
 優輝すら神降しをしないと試す事が出来ない技なため、椿にしか扱えない。
 制御すら難しいはずのそれを、椿は今この場において完全に使いこなしていた。

「『アリサ達は追撃に備えなさい。初撃は私が受け持つわ』」

「『わかったわ』」

 椿と葵以外は、椿の攻撃後の追撃のために、力を溜める。
 そして、ついにその時が来る。

「―――反撃の時よ」

   ―――“矢雨(やさめ)神穿(かみうがち)

 かくして、矢は放たれた。
 地上へ向けて放たれた一筋の矢は、途中で無数に分裂する。
 分裂してなお、その威力は大地を穿つ。
 一撃一撃が本来なら必殺の威力を持った矢の雨が、地上の神々と“天使”を襲う。
 迎撃しようとする神もいたが、そこへ葵がレイピアを飛ばして妨害する。

「『反撃が来るわ!各自躱しなさい!』」

 二撃目を番えながら、椿は伝心で全員に通達する。
 直後、椿の矢をあっさりと相殺する威力の閃光が、椿達に向けて放たれた。

「ッッ……!!」

 霊力や魔力を用いて加速しながら落下している。
 その状態で弾幕のような閃光を躱すのは難しい。
 何人かが閃光によって撃墜される中、何とか椿と葵が一足先に着地する。

「(この一撃で“天使”一人を倒す……!)『葵!攻撃!』」

「『任せて!』」

 直後、葵がレイピアを複数生成し、イリスへと向けて放つ。
 ソレラの“性質”により、それはあっさりと防がれるが……

「上等。それごと貫いてあげるわ」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 その上から、椿の矢が割り込んで防御した“天使”を貫いた。

「全員!!立ちなさい!!」

「まだ、終わってないよ!!」

 言霊と共に、椿と葵が宣言する。
 “繋がり”を施し、“領域”を共有した状態でのその激励は、今この場においてはかなりの効果を発揮した。







「っ……!」

 椿の激励でまず立ち上がったのは司だった。
 続けて、奏やなのは、緋雪と次々に立ち上がる。
 そうはさせまいと、一部の神と“天使”が“性質”を使って妨害しようとする。

「させるかっての!!」

「凍てつけ!!」

 そこへ、アリサとすずかが攻撃を仕掛け、妨害する。
 さらに鈴や久遠が上空から矢や雷を放つ。

「……よくやったわ、司」

「何とか、間に合ってよかったよ……」

 司がいくつもの剣に貫かれようとも魔法を唱えていたのは、このためだった。
 あの時、魔法を中断させられて倒れたのではない。
 魔法を発動させて、まだ負けていないと確信したからこそ、倒れたのだ。
 ……その時倒れても、すぐに立ち上がれると確信して。

「(……これで一つ確信できた。……理力は確かに万能。だけど、それは飽くまでそういう風に利用する場合のみ。意識して使わない限り、神は完全無欠じゃない!)」

 本来であれば、椿達がアースラに隠れている事も、地上へ向けて不意打ちを狙っている事も見られていたはずだった。
 しかし、宇宙にいた神と“天使”は油断しており、地上のイリス達も緋雪達へ意識を向けていたため、上を見ていなかった。
 そのため、椿達の不意打ちに途中まで気づけていなかったのだ。

「(単純な弱点がある。……やっぱり、やりようはあるのね)」

 だからこそ、椿は確信した。
 “まだ抗える”と。

「まだ終わっていない。まだ、負けないわよ、イリス……!絶対に、優輝を返してもらうわよ!!」

「っ……次から次へと、しぶといですね……!」

 矢を番えた弓をイリスに向け、椿はそう宣言する。
 葵も、アリサやすずか、遅れて降りてきた鈴達もその意志は同じだ。

「私達が何も対策していないとでも?」

「霊脈がむき出しになったんだから、それを活用しない訳がないよねぇ!!」

 先程のイリスの攻撃によって、八束神社のある国守山は消し飛んでいる。
 その代わり、そこにあった霊脈がむき出しとなった。
 それを、椿達は最大限に利用する。

「とこよ!」

「紫陽ちゃん!」

「了解!」

「任せな!」

 四人同時に術式を発動する。
 阻止しようと動く神達もいたが、立ち上がったサーラやユーリに牽制される。
 僅かな時間、猶予ができ、術式が発動する。

「“領域”の共有を意図的には出来ない」

「でも、術式を繋げて霊脈とも接続する」

「そうすれば、存在強度は上がる」

「それが、対抗手段の一つって訳さ!」

 霊脈の力が紫陽を経由してとこよへと集束する。
 それは術式によって繋がる椿や葵にも効果が及んだ。
 霊脈の力の共有をする事により、連鎖的に“領域”も共有したのだ。

「概念への知識は、私達も持ってるのよ。貴女達の専売特許じゃないわ!」

「雪ちゃん!司ちゃん!時間はあたし達で稼ぐから、準備よろしく!」

「うん!」

「分かった!」

 椿達が用意した対策は、時間稼ぎへと使われる。
 次の“対策”を使うために、四人と“対策”を使う者以外で敵を抑え込む。

「私と葵で優輝の相手をするわ」

「なら、あたしととこよを中心にして他の足止めだな」

「……行くよ」

 椿が矢を優輝に向けて放ちつつそう言い、紫陽も無造作に霊術を“天使”の大群に放ちながら返事をする。
 とこよが静かに刀を構え、戦闘が再開された。

「―――反撃よ!!」

 抵抗は終わらない。
 戦いは、ここからだ。

























「ぁ……ぐ……!」

 一方、その頃。
 神界の一画にて、帝が満身創痍で膝を付いていた。

「くそっ……!」

 すぐに立ち上がり、剣を生成してすぐ傍で爆発させる。
 その爆風で、自力で動けない分大きくその場から回避する。
 直後、寸前までいた場所を極光が貫いた。

〈マスター!これ以上はマスターの体が……!〉

「分かってる……っての……!」

 エアからの警告を聞くが、帝は自爆を利用した回避を止めない。
 最早、自分から避ける事が出来ないため、それしか避ける方法がないのだ。

「エアぁっ!!」

〈ッ、マスター……!〉

 帝が神界に取り残されて、体感時間で数日が経過していた。
 時間の概念がない神界では実際にどれほどの時間が経ったのかは不明だが、帝はその間ずっと逃げて隠れるのを繰り返していた。

「ぐ、ぅうううううう……!」

〈出力補助機能、全開です!ですが、このままだと……!〉

 肉薄してきた“天使”の一撃を、帝がエアで受け止める。
 だが、その上から弾き飛ばされてしまう。

「くそっ……!」

「っ、しまった。また逃げられるか……!」

 吹き飛ばされたのを利用して、帝は転移系の宝具を王の財宝から使用する。
 飛んだ先は、帝にもわからない。だが、すぐ近くに敵はいなかった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 敵に見つかっては、防戦に徹して僅かな隙を見つけて逃走を繰り返す。
 最初は抵抗もしていたが……

「(攻撃を当てられないのがきつい……!隙を見つけられない……!)」

 途中で、帝の攻撃はすり抜けるようになってしまった。
 それも当然だ。その時、ちょうど祈梨が“格”の昇華を止めたのだから。

〈……そろそろ、私にもガタが来ています。このままでは……〉

「んな事、分かってる……!それでも、何とかしないとダメだろ……!」

 多少の無理が利くとはいえ、帝では敵わない相手ばかりだ。
 それでも生き残れたのは、帝の持つ能力とエアの機能をフル活用したからだ。
 王の財宝と無限の剣製により利便性はもちろん、エアの機能が別格だった。
 神界の神謹製だった事により、徐々に理力を解析していったのだ。
 そのおかげで、防御や気配察知が比較的容易になっていた。

「(“格”の昇華がなくなった……これのせいで、足掻く事も出来ねぇ……!)」

 それでも、防戦のみしか出来ないのは帝にとって厳しい。
 攻撃して気を逸らす事すら出来ないというのは、生存するにおいて非常にまずい。
 故に、先程から帝は捨て身で隙を見つけて逃げているのだ。

「………くそ……!」

〈マスター……〉

「くそ……くそっ……くそっ……!」

 ……既に、帝の心は折れていた。
 たった一人で、決して勝つ事も出来ず、逃げ回る事しか出来ない事に。
 その唯一出来る“逃げ回る事”も、相手が油断しているから出来るだけだ。
 もう、次かその次には、逃げる事も許されないだろう。
 それが分かっているからこそ、帝はもう心が折れていた。

「なんで……なんで、こんな事に……なんで、俺がこんな目に……!」

〈……〉

 弱音を吐く帝に、エアは何も言えない。
 帝は、“踏み台転生者”のように振る舞っていた事以外は、一般人に近い。
 優輝のような強靭な精神力も、神夜のような思い込みの強い正義感もない。
 ただ、自分の思うがままに生きたいという願望があっただけの、一般人だ。
 そんな一般人が、これほどまで追い詰められて折れないはずがなかった。

「……くそぅ……!」

 先程まで、ギリギリ耐えていたものが決壊した。
 もう、帝には動く力も、気力もなかった。
 涙を流し、今の状況に絶望するしかなかった。

「見つけたぞ」

「……っ……」

〈マスター!逃げてください!マスター!!〉

 そこへ、追手の“天使”がやってくる。
 一瞬にして包囲され、結界も張られた。
 特殊な結界なのか、エアが解析出来た範囲だけでも、帝の宝具などでは逃げられない事が分かった。

「ぁ……」

「ッ……マスター!!」

 咄嗟に、エアが人型を取り、帝を庇うように立つ。
 だが、到底エアに“天使”達の攻撃は防げない。

「ちまちま逃げ回っていたが……終わりだ!」

「っ……!」

 それでも、エアは主と共にいようと、そこから動かない。
 そのまま、容赦なく“天使”による理力の剣を振り下ろされ……









「……え……?」

 “ギィイイイン”という甲高い音と共に、その剣は撃ち抜かれたように吹き飛ぶ。
 同時に、帝を包囲していた“天使”達に理力の剣が刺さっていた。
 結界も完全に割られている。

「それ以上、やらせはしないよ」

「なん、で……?」

 降り立った拍子に、割り込んだ人物の黒髪が舞い上がる。
 手に持つのは、見覚えのあるデバイス……フュールング・リヒト。
 帝は、その人物が誰か知っていた。
 知っていたからこそ、ここにいる事が信じられなかった。

「導きの光は途絶えず、可能性もまた潰えていない。……私が、まだここにいる」

「お前、は……!?」

「飛ばした矢を見送った。それが貴方達の失敗よ!」

 刹那、理力が放たれて包囲していた“天使”が吹き飛んだ。
 そこで、ようやくその少女が帝に振り返った。

「……久しぶりね、帝」

「優、奈……?」

「貴女は……なぜここに……!?」

 状況が呑み込めない帝の代わりに、エアが問う。
 帝にとって、少女……優奈は優輝の親戚なだけの“一般人”だ。
 本来なら、神界にいるはずがない。

「私は、優輝が忘れていたモノを代わりに持ち続けていた“可能性の半身”に過ぎない。その役割も終わって、今は優輝の代わりに可能性を繋いでいるだけ」

「どういう……!?」

「それよりも、今はここを切り抜けるのが先よ」

 一度“天使”達を吹き飛ばしたとはいえ、包囲されているのには変わりない。
 優奈は帝の手を取り、立ち上がらせる。

「リヒト、もう少しだけ頑張れる?」

〈……はい!〉

「ありがとう。……じゃあ、お願い」

   ―――“導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)

 リヒトが輝き、その光が帝とエアを包む。
 宝具による“格”の昇華を二人に適用させたのだ。

「これで反撃できるわ」

「あ、ああ……ありがとう……」

 そう言って、優奈は包囲してくる“天使”達に刃を向ける。







「―――まだ、終わらないわ!」















 
 

 
後書き
矢雨・神穿…一本の矢を放ち、その矢が分裂して雨霰のように敵に襲い掛かる技。椿が神の力を解放し、霊力と魔力と神力を掛け合わせ、その力を集束させてようやく放てる技。溜め時間が長いが、その分威力と殲滅力に優れている。


神界の神も万能ではありません。例え理力で千里先を見通せるとしても、意識を向けていない部分までは見えません。パッシブではなくアクティブなので、付け入る隙があります。 
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