Episode.「あなたの心を盗みに参ります」
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
エピローグ
エピローグ
それから私は、とりあえず両親に連絡して、無事であることを伝えた。すると、たちまち警察に保護されて、私とアオイは事情聴取を受けることになった。
なにもされていないことと、盗まれたものは返してもらったことを話したあと、その他なにか盗られたものはないか家の中を調べてもらうことになった。
前回同様、なにも痕跡はなく、今回は特に被害もなかったため、捜査はすぐに終わった。
やっと落ち着いた頃、私はお見合いの話を丁寧に断り、両親に自分の気持ちを伝えに行った。
大変だろうと覚悟していた私は、その話の流れのスムーズさに驚いてしまった。
お見合いの方は、相手方は断られ慣れているらしく、すぐに了解され、もう次のお見合いをしているらしいと聞いた。これはわかる。
最も驚いたのは、両親の反応の方だった。私はまず、もうお見合いはしないということを伝えた。説得されるか怒られるか、とにかくなにかしら反対されると思っていた私は、かなり不安を感じていた。
「ごめんなさい!」
ソファに座る両親を目の前にして、私はバッと頭を下げた。どうにか話をつけなければいけない。
「うん。アオイくんと付き合うんだろう?」
「えっ……ええ、なんで!?」
お父さんのゆったりとした口調で放たれた言葉に、私は驚いて叫んでしまった。なんで知ってるんだ。
「昨日アオイくんが来て、ツグミとお付き合いしたいってお願いされたんだよ」
「え、ええ……」
私はすっかり拍子抜けしてしまった。
アオイらしいといえば、アオイらしいけど……。
「あの、でも……いいの?」
アオイは昨日、怒鳴られたり追い返されたりしなかったのだろうか。今は穏やかだけど、もしかしたら私が知らないうちに、一悶着あったのかもしれない。
恐る恐る尋ねると、今度はお母さんが信じられないというような表情で立ち上がった。
「当たり前じゃない!」
「えっ」
「アオイくんは、あの怪盗キッドからツグミを救ってくれた恩人なのよ!? こんなに頼もしいお相手なんていないじゃない〜っ」
「な……なるほど」
確かに、結果だけ見るとそういうことになる。
厳密に考えると頷き難いけど……結局、怪盗キッドの目的がなんだったのかはわからないし、否定するにもなんとも言えない。
それに、状況的には好都合であるから、このままにしておいてもいいかもしれない。
お母さんの大絶賛ぶりは、逆に私がたじろいでしまうほどだった。とにかくよかった。アオイと私の家は、会社同士の仲も、少し良くなるかもしれない。
でもその一方で、アオイの婚約の話を解消させるのは、すごく大変だったのだと思う。
というのも、アオイはそのことを、私に少しも話さなかったのだ。聞いてみても、自分の問題だからと言ってなにも話してくれなかった。その上、自分の責任は自分でとると言って、頑なに私が介入するのを拒んだ。それなら、私はもう無理矢理に聞くことはない。
だけど、相当大変だったのはアオイを見ていてわかった。毎日顔を合わせていれば、疲れた顔をしていることくらいすぐに気が付く。そういうこともあって、少し気になる部分もあるけど……これについては、私は知らない方がいいのだろう。
それともう一つ。私は時期を見計らって、今回盗まれたネックレスについて、両親に詰め寄ってみた。怪盗キッドから聞いた宝石の名前を口に出すと、彼らは観念したのか、父が色々話してくれた。
「ツグミのおじいちゃん——私の父は、鉱石採掘をする人だったんだ。その中で見つけたフィルルージュという宝石を、父が母にプレゼントしたのが始まりだった」
おじいちゃんは、鉱石採掘の途中でたまたま発見したピンクの宝石を、おばあちゃんにプレゼントしたらしい。
それは相当高価なもので、今までに見ない美しい宝石だった。売ればかなりの額になると言われていた。
趣味である鉱石採掘での思わぬ成果に嬉しくなったおじいちゃんは、すごい宝石を見つけたとたくさんの人に自慢話をした。
その結果、たちまち多くの人にその存在と在処を知らせることになったのだった。そしてそのおかげで、その宝石を狙う人がたくさん出てきてしまった。
おじいちゃんはその宝石を死ぬ気で守ろうとするし、おばあちゃんはおばあちゃんで、好きな人にもらった大切な宝石だという理由で、絶対に渡したくなかったという。
「母は、気が抜けない状況にうんざりしてきてしまったらしい。ある日父の目の前で、その宝石を叩き割ったんだよ」
「ええ! 叩き割った!?」
驚き大きな声をあげた私を見て、お父さんは苦笑しながら頷いた。
なるほど……だから怪盗キッドは、おばあちゃんのことを「大胆な方」と言ったのか。確かに大胆……というより、破天荒すぎる気がするけど。
「実はその割れたカケラは、ツグミが持っているものの他にも、うちの地下に保管されている。怪盗キッドにもこの前まで盗られていたんだ」
「嘘! 全然知らなかった……」
私のネックレスと共に盗まれた宝石のカケラたちは、二度目の予告状が来た日に、いつのまにかこの地下に戻されていたらしい。
一度目も二度目も、怪盗キッドは私と接触した以外にも、抜け目なく仕事を果たしていたということになる。
どこにそんな暇があったのか、本当に教えてほしい。怪盗キッドには、何重にも渡って驚かされてしまった。
そのあと、お父さんは私を地下に連れて行ってくれた。
宝石は、物置になっていた部屋の中に保管されているらしく、普段滅多に開けない鍵のかかった部屋を開けてくれた。
砕かれてバラバラになった宝石は、それでも厳重に、宝箱のような大きな箱の中に布に包んで収められていた。何年経っても、輝きは失われていないようである。
「でも……なんですぐに教えてくれなかったの?」
これについては、私は不服だった。話を聞いた限りでは、すぐに教えてくれたって支障はなかったはずだ。
「もしお前がこの話を知っていたら、必ずそのネックレスを守ろうとするだろう? 知らなかったから、危機感がなかった」
確かにそうだ。私は直前までいたずらだと思い込んでいた。
でも、怪盗キッドからしたら、私がそんなだったからこそ盗みやすかったんじゃないだろうか。それなら言っておいた方がよかったはずだ。
お父さんが言おうとしていることがわからなくて首を傾げると、お父さんはその様子を見て苦笑した。
「お前が心配だったんだよ」
私が言葉を返す前に、お父さんは隠れるように部屋の外に出てしまった。
だけど、お父さんの耳が少し赤かったのを、私は見逃さなかった。お父さんのことも、私はあまりわかっていなかったのかもしれない。
こうして、怪盗キッドが披露したマジックショーの数々と共に、私の心のモヤモヤは解消されていったのだった。
今回のことは、意図的に私を助けてくれたのか、それとも本当にただの偶然か、もしくはただの成り行きだったのかもしれない。
いずれにせよ、私にはもうわからないし、謎を解き明かす術も、きっともうない。
ただ私の中で、ここ何日間かの出来事は、夢のひとときのようだった。
彼は紛れもなく怪盗で——人を楽しませる、最高のマジシャンだ。
それから、私とアオイの日常は、以前と変わらない平凡な毎日に戻った。
恋人になったという肩書きとは関係なく、今までとなにも変わらない関係が続いている……と言いたいところだけど、大きく変わったことが一つだけある。
「ツグミ、おはよ! 昨日の新聞見たか?」
「見た! 時計台、絶対見に行こうね!」
私とアオイは、テレビと新聞は欠かさず見るようになった。
そして、どこかに予告状が来たら、できる限りその場に行くようにしている。キッドコールをする群衆に紛れつつ、怪盗キッドのマジックショーを心待ちにして、いつも二人でその姿を見守っていた。れっきとした大ファンだ。
私とアオイの部屋には、今でもあの日もらった予告状が、大切に飾られている。
Fin.
後書き
*最後に、大好きな怪盗キッド様、ちょい役で申し訳なかった中森警部、そして彼らを生み出してくれた青山剛昌先生に、愛と敬意を込めて、ここに感謝の意を表明いたします!
そして、ここまで読んでくださった皆さま、楽しんでいただけたなら、嬉しい限りでございます。
もしお時間ありましたら、ご意見ご感想、いただけるとさらに嬉しいです。本当に、ありがとうございました!
ページ上へ戻る