戦国異伝供書
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第六十七話 元康初陣その六
「思った以上に素早いな」
「左様ですな」
石川が応えた。
「織田家の軍勢の逃げ足は」
「あまりにも速いのでな」
それでというのだ。
「追うことは出来なかったわ」
「あれではすぐにです」
「尾張から出るな」
「そうなりますか」
「とにかく実に逃げ足が速い」
まさにというのだ。
「だからな」
「敵が尾張まで出るのを見届けて」
「殿にことの次第をお話しよう」
「それでは」
「うむ、しかしこの度の戦は」
ここで元康は石川にこんなことも話した。
「勘十郎殿にしてはな」
「迂闊ですか」
「あの御仁の慎重さは織田家一じゃ」
「そういえばむしろ弾正殿よりも」
「そう聞いておるな」
「はい、それがしも」
「その勘十郎殿がこうした戦をするとはな」
少ない兵で遊びの様に敵の領地に攻めることはというのだ。
「思えぬ、あの津々木殿の独断ではないか。そして」
「そしてとは」
「何かを見る様な、例えば」
ここで元康はこうも言った。
「わしの采配を見る様な」
「そうしたですか」
「ものを感じるがどうであろう」
「そうした風にですか」
「うむ、気のせいであろうか」
「流石にそこまでは」
どうかとだ、石川は元康に述べた。
「考え過ぎかと」
「そうであるか、しかし軍勢の中の闇の旗に具足」
元康は戦の時に見たそうしたものも思い出した。
「異様であったな」
「あれが津々木殿ですな」
「織田家の青の中に闇があるとな」
「異様なことこの上ありませんでしたな」
「まことに怪しいな」
「そうでありますな」
戦は終わった、そうしてだった。
元康は織田家の軍勢を尾張に入るまで追ったがやはり追い付かず戦にもならなかった。そうしてだった。
織田家の軍勢が尾張まで入ってから元康は雪斎が率いる第二陣と合流してことの次第を話した。すると雪斎は。
奇妙なものを騙る顔になってこう述べた。
「ふむ。戦には勝ったが」
「はい、どうしても」
「奇怪なものを感じるな」
「それがどうしても」
「拙僧も話を聞いてな」
「左様ですな」
「津々木殿まことに何者であろうな」
「より調べていくべきかと」
元康の進言はこれしかなかった。
「これからも」
「それしかないか」
「はい、ですが我等が怪しいと思えば」
元康はこうも言った。
「吉法師殿、いえ弾正殿なら」
「先にじゃな」
「そう思われて」
「調べるか」
「そうかと」
「拙僧から見ても弾正殿は切れ者」
ならばとだ、雪斎も答えた。
「それならばな」
「津々木殿が怪しい御仁ならば」
「即座にじゃな」
「気付かれて」
そうしてというのだ。
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