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ソードアート・オンライン ーBind Heartー

作者:睦月師走
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オワリトハジマリ

 
前書き
初めて方は初めまして。ご存知の方はお久しぶりです。睦月師走でございます。
もともとにじふぁん様で書かせていただいていたのですが、仕事で忙しく全く管理ていないうちに閉鎖という事態になっておりました。
このソードアート・オンラインについては、最近になって読み始めたばかりです。
ろくに更新出来ないと思いますが、どうか暖かい目でお付き合いください。


それでは、本編を、どうぞ! 

 
涼しげな風がゆったりと頬を撫でる。
時刻は午後5時20分。空は夕暮れがかかっていて、街は鮮やかな茜色に染まりはじめていた。
それでも、この中央広場には多くの人影が行きかっている。歩きながら談笑したり興奮した表情で走り回ったりと、人々はどう見てもこの街で楽しそうに過ごしている。
だが、街と言っても俺がいままで現実に見てきたような光景はどこにもない。
広大な石畳。周囲を囲む街路樹と、瀟洒(しょうしゃ)な中世風の街並み。そして正面遠くに、黒光りする巨大な宮殿。
未だ住み慣れないアパートも近所のコンビニも、俺が過ごしていた世界のものはなにひとつとして見当たらない。
当たり前だ。ここは、現実ですらない仮想空間なのだ。見つからないというより、存在しないと表現した方が正しいのだろう。
≪ソードアート・オンライン≫。
それが、VRMMORPG(仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム)であるこの世界の名前だ。
従来のモニタ装置と手で握るコントローラを必要としない全く新しいゲーム機、≪ナーヴギア≫をハードとしたゲームである。その形状は頭から顔までをすっぽりと覆う、流線型のヘッドギア。
その内側から発生される多重電界によってギアはユーザーの脳そのものと直接接続する。それにより、ユーザーは己の目や耳ではなく、脳の視覚野や聴覚にダイレクトに与えられる情報を見、聞くのだ。それだけではない。触覚や味覚嗅覚を加えた、いわゆる五感の全てにナーヴギアはアクセスできる。
つまり、人間の意識を完全にデジタルで構成された仮想空間へと移動させるーー≪完全ダイブ≫である。
まさしく完全の名にふさわしい、それは現実との完璧なまでの隔離だった。
なぜなら、ユーザーはこの仮想空間では現実のように≪歩く≫や≪走る≫などの行動は脳からの命令だけで行えるが現実にある肉体はそうはいかない。
ナーヴギアが延髄部で肉体への命令信号を回収し、アバターを動かすためのデジタル信号に変換している。この仮想空間にいる間、ユーザーの身体は意識もなく眠っている状態なのだ。

「ねぇねぇ、そこのキミ」

赤い陽光を反射する黒い宮殿ーー≪黒鉄宮≫を眺めていた俺に、二人組のプレイヤーが近づいていた。
男女のペアらしく、声をかけて来たのは女の子のアバターのようだ。その後ろにいる長身の男性プレイヤーは、決まりが悪そうな顔で俺と女性アバターを交互に見ていた。

「キミって、これから時間あるぅ?  暇ならさぁ、あたし達とパーティ組もうよ!」

ぶりっ子丸出し、猫なで声の勧誘がやって来た。
しかしそんな行動も、美少女がやるとなかなか絵になってしまうものである。肩にかかる茶髪を持つ女性アバターの顔は、確かに今時のアイドルのように可愛らしい。しかもスタイルも滑らかな流線のラインを描いている。
しかし、これは彼女(男性という可能性も多いにありえる)の現実の身体ではない。この≪ソードアート・オンライン≫ーーSAOのユーザーが、ゼロから作り上げたポリゴン構成の身体にすぎない。この鈴音のような声でさえボイスフェクターで変換が可能なのだから、本当のものかすら怪しい。
男性アバターの容姿も、いかにもファンタジー然としたような美男子を形どっていた。睨まれているというのに、下手をすれば女性だったらすぐについて行ってしまいそうな凛々しさがある。
どうやら、俺は彼にとってお邪魔虫な扱いのようだ。
そのことを知ってか知らずか、女性アバターは未だに俺をパーティに誘ってくる。おそらく、仮想空間とは言え、男を侍らせられるという魅力を持つ自分に酔っているのだろう。
その真意は図りかねるが、元からパーティを組む気などない俺は、黙って踵を返して歩き出す。
背後からソプラノ調の抗議の声が聞こえたが、すぐに男性アバターがその手を引いて移動したようだった。
それも無視して、俺は歩きながら再び街の景観に目をやる。
この中世風の≪はじまりの街≫は、全てのプレイヤーにとってゲームのスタート地点とされている。ログインしたてのプレイヤーは、必ずこの中央広場からこのゲームを始めるのだ。
その証拠に、歩いている目の前で誰かがログインして来た。
あと半歩進めばぶつかりそうな地点から、突如として青白い光の柱が出現したのだ。その輝きはすぐに薄れ、中から細身の人影が現れる。

「ーーわっ……ご、ごめんなさいっ」

驚いたようなそいつはすぐ目の前にいた俺に下げると、小走りでその距離を空ける。
これまた女性のアバターだったが、先ほどとは違いどこか地味なーー普通の女の子と言ったような姿をしていた。短めの黒髪と、幼い顔つき。体格もやや小柄だ。
相変わらず無反応な俺から目をはなした彼女は、その景色に目を丸くする。次第にその頬は朱色を帯びて行き、胸の前で小さな両手をぎゅっと握りしめていた。
きっとナーヴギアを使ったゲームは、これが初めてなのだろう。いかにも興奮しています、という風が目に見えてわかる。
SAOの正規ソフトは全国でも累計初回入荷数がわずか一万本。数ヶ月前には試験用であるベータ版もあったらしいが、そのテストプレイヤー、ベータテスターはたったの千人しか募集していなかったという。
ベータテスターには及ばないが、一万人いるはずの購入者のうち一人となっただけでもよほどの幸運だろう。










ーーーーそしてそれは、最悪な不幸でもある。










突然、リンゴーン、リンゴーンという、鐘のようなーーあるいは警報音のような大ボリュームのサウンドが鳴り響き、俺はその身を硬直させた。
直後、中央広場に無数の光の柱が出現し始める。それは先ほど見たものとにた鮮やかな青白い光で、この世界の移動手段のひとつとされている、≪転移(テレポート)≫の光だ。
だが、転移してきたプレイヤーは皆困惑の表情を浮かべている。
そしてこの転移の数はどう見ても一万人近くのものに達する。考えられるのは、システム側からの強制転移だ。

ーー来やがった……!

仮想空間にあるはずのない心臓が、大きく脈打つのを感じる。
転移によって次々と現れてくるプレイヤーによって狭まっていく広場に何を感じたのか、近くにいたあの黒髪少女のプレイヤーが後ずさって、今度こそ俺とぶつかる。
反射的にその体を支えてやると、彼女はか細い声で「ありがとうございます……」と言った。
ほどなくして、全ての光の柱が消え、広場には色とりどりの装備、髪色、眉目秀麗な男女の群れが出来上がる。
「どうなってるの?」「これでログアウトできるのか?」「早くしてくれよ」などという声がそこかしこでおきはじめ、次第に苛立ちの色合いを増して喚き声となる。
何も知らない者にとって、この展開は確かに理解できないであろう。
ーーだが、俺は知っている。いま起こっているこの事態も、これから何が始まろうとしているのかも。おそらく全プレイヤー中で、俺だけが先んじてその真実を知っている。
いま全プレイヤーのメインメニューから、ログアウトボタンが消失していることまでも、だ。

「あっ……上を見ろ‼」

不意に誰かがそう叫ぶ。皆がそれに従い、視線を空へ向けた。そして、そこで異様なもを見た。
百メートル上空、第二層の底を、真紅の市松模様が染め上げていく。
よくよく見れば、それは二つの英文が交互にパターン表示されたものだった。真っ赤なフォントには【Warning】そして【System Announcement】と綴られている。
直後、空を埋め尽くす真紅のパターンの中央部分が、まるで巨大な血液の雫のようにどろりと垂れ下がった。高い粘度を思わせるそれはその形状を変え、停止する。
出現したのは、身長二十メートルはあろうかという、真紅のフード付きローブをまとった巨大な人の姿だった。
しかし、そのフードの中には顔がないのだ。薄暗い闇だけの全くの空洞。顔だけでなく、だらりと下がる裾の中にも、肉体は見当たらない。

ーー来た、来た、来た……!

俺はそれが何なのか、直感的にわかっていた。いや。真実を知っているからこそ、わかることができる。
ローブの巨人が、純白の手袋の手を広げた。これも、中身のない空っぽの袖と手袋が明確に切り離されている。
それを確認した時、低く落ち着いた、よく通る男の声が、遥かな高みから降り注いだ。

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦(かやば あきひこ)。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』



ーー……出やがったな、クソ野郎っ‼



俺の中の何かが暴れ出す。荒くなる息遣いを隠し、早まる鼓動を抑えようと胸に手をやる。しかし、この世界では呼吸は必要とされないし、心音が他人に聞かれるわけでもない。
だが、そうでもしなければ、俺は怒りに任せてあの巨人ーー茅場晶彦に飛びかかってしまいそうだったのだ。
その後も茅場はプレイヤー達に何かを伝えていたが、俺の耳には入らなかった。茅場に対して湧き上がる悪罵の言葉が、俺の脳内を埋めていた。
それに、俺には奴が何を伝えているのか検討がついていた。
そう。俺は知っている。『これは、ゲームであっても遊びではない』。その事実を。
ああ、そうだ。俺は全部知っている。
ーーゲームをクリアしない限り、ログアウトは出来ない。
ーーHP(ヒットポイント)がゼロになればアバターは消滅し、ナーヴギアが放つ高出力マイクロウェーブが、そのプレイヤーの生身の脳を破壊する。
ーー現実で他者がプレイヤーの装着しているナーヴギアを外す、または破壊、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断などの行為に及べば、同じように脳内破壊シークエンスが実行される。
ーーそして、ゲームクリアの条件は、巨大な浮遊城≪アインクラッド≫の階層、百層全てにいるボスを倒し攻略する以外にない。
この≪ソードアート・オンライン≫は、本物のデスゲームなのだ。

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

やっと聞き取ったのは、茅場のそんなセリフだった。
こちらに背中を向けるあの黒髪の少女が右手を真下に向けて振るのを見て、俺も同じように右手を振る。電子音の鈴のようなサウンドエフェクトと共に出現したメインメニューから、アイテム欄のタブを叩くと、予想通り、表示された所持品リストの一番上にそれはあった。
アイテム名はーー≪手鏡≫。
その名前をタップし、浮き上がった小さな四角いウインドウからオブジェクト化のボタンを選択する。すると、きらきらという効果音と共に、小さな四角い鏡が出現した。
俺は知っている。なぜ、奴がこんな役に立ちそうにないアイテムを寄越して来たのかを。
俺はその鏡を手に取り、覗き込む。
そこに写っていたのは、適当に造り上げた無駄に優男風のアバターの顔だった。
不意に視線を外すと、あの黒髪の少女が不安気な表情で俺を見ていた。
俺に何か言って欲しいのか。この全てが運営側による趣味の悪いチュートリアルだと。絶対に大丈夫だと。
しかし、俺は全てが現実だということを知っている。それが、これから証明されることも。
彼女が何かを言いかけた瞬間、突然、その体が白い光に包み込まれた。次の瞬間には、俺の視界が真っ白に埋め尽くされる。
ほんの二、三秒で光は消えたが、俺はその間にすでに振り返って歩き出していた。
視界の端で、黒髪の少女だった者の本当の姿が、栗色の長いストレートヘアの美少女だったのを確認し、内心でわずかに驚いていた。
自身の本来の姿に困惑するプレイヤーの間を縫うように進み、俺は広場の端へと到着した。
本当の姿に戻ったいまの俺を、あまり多くのプレイヤーに見られるわけにはいかないのだ。
ーーそう、俺がこの、美しくも(きたな)い世界に来た、本当の目的のために……。

『……以上で≪ソードアート・オンライン≫の正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君のーー健闘を祈る』

それを最後の一言に、真紅のローブ姿が空を埋めるシステムメッセージに溶け込むように同化していく。肩が、胸が、そして両手と足が血色の水面に沈み、最後にひとつだけ波紋が広がった。直後、天空一面に並ぶメッセージもまた、現れた時と同じように消滅した。
そしてーー一万のプレイヤー集団が、しかるべき反応を見せた。

「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」

「ふざけるなよ! 出せ! ここから出せよ!」

「こんなの困る! この後約束があるのよ!」

「嫌ああ! 帰して! 帰してよおおお!」

悲鳴。怒号。絶叫。罵声。懇願。そして咆哮。
たった数十分でゲームプレイヤーから囚人へと変えられてしまった人間たちは、頭を抱えてうずくまり、両手を突き上げ、抱き合い、あるいは罵り合った。
その無数の叫びが渦巻く喧騒を、俺はどこか遠い目で見ていた。
全部、現実なんだよ。
これはゲームであり、牢獄であり、そして墓場なのだ。
だから、俺はまだ死ねない。死ぬわけにはいかない。あの目的を、果たすまでは。

ーー待ってろ、茅場晶彦。お前は……いや、お前もこのふざけた世界も、全部、俺がこの手で、

俺の手の中で、鏡が砕ける。それは弾けて無数のポリゴンとなり、光を散らして消滅した。















ーーーー絶対に、殺してやる。















 
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