ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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アイングラッド編
紅き剣閃編
Sound Memory―音の記憶
side アスナ
敏捷値の差とサーシャのショートカットコースのお陰か、レイが目的地に着いたのと追い付いたのは同時だった。
サーシャは後ろからぞろぞろ付いてくる子供達を追い返すつもりはないらしい。
サーシャが手でレイを制し、前へ出る。
「おっ、保母さんの登場だぜ」
「……子供達を返してください」
「人聞きの悪いことを言うなって。すぐに返してやるよ、ちょっと社会常識ってもんを教えてやったらな」
「そうそう。市民には納税の義務があるからな」
わははは、と男達が甲高い笑い声を上げた。そして、サーシャが何かを言う前にレイが珍しく声を荒げた。
「……引きこもりのネットゲーマーが社会常識を説法できるだと?笑わせるな屑共。そこまで言うなら、このゲームが終わったら滞納した各種税金、耳揃えて払えよ?」
「あぁ!?んだてめ……」
男は最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。
アスナの《閃光》のお株を奪うようなスピードで右手の貫手が男の喉に向かって閃き、轟音と共に《アンチクリミナルコード》が発動したからだ。
(……いつもより、沸点が低い?)
これまで、レイが本気で怒ったのを見たのはたった1回。キレて怒鳴っているのは何回か見ているが、これはそれらとは違う。云わば、やや本気。
「な……なん……」
尻餅をついた男を跨ぐと、今度はその奥の男へ………
再度の轟音。
10人ほどが作っている人の壁を殴り崩している。
《アンチクリミナルコード》により、男達のHPは1ドットたりとも減らなければ、ソードスキルなしの通常攻撃ではノックバックもしない。
事実、殴られた男達に動きはないが、全員が戦意を喪失し、道を空ける。
ちなみに、敏捷力にものを言わせて頭上を飛び越えるという方法もあるが、敢えてそれを選ばなかったのが彼の憤怒の度合いを示している。
「よ、久しぶり皆。もう大丈夫だ。装備を戻して」
奥まで到達したレイが子供達に声をかける。
それを聞いて、アスナはキリトと無言で頷き合うと無造作に地面を蹴り、跳躍した。軍の頭上を飛び越えてレイの横に並ぶと、キリトにユイを預ける。
「……あのーアスナさん?これ、俺の活躍シーン……」
「さっきので十分派手だったわよ。それに、わたしももう限界」
キリトから愛剣を受けとると、鞘を払い、立ち上がったリーダーにすたすた歩み寄る。
「お……お……?」
3分後、狭い路地には軍の連中が数人、死体のように伸びていた。
残りは逃げたようだ。子供達が怖がっているかと、恐る恐る振り替えると、歓声が上がった。
「すげえ……すっげえよ姉ちゃん!!初めて見たよあんなの!!」
「このお姉ーさんは無茶苦茶つよいんだぜ。怒らすと怖いけど」
にやにやこっちを笑いながら、レイが子供達のことを撫でている。
キリトも同意するように微笑んでいる。
「……え、えへへ」
自分の方にもやって来た子供達を相手にしていたその時、
「みんなの……みんなの、こころが」
キリトの腕の中のユイが宙に視線を向け、右手を伸ばしていた。慌ててそこを見るが、何もない。
「みんなのこころ……が……」
「ユイ!どうしたんだ、ユイ!!」キリトが叫ぶと、瞬きをして、きょとんとした表情を浮かべた。
アスナもあわてて走り寄り、ユイの手を握る。
「ユイちゃん……何か、思い出したの!?」
「あたし、ここには……いなかった……。ずっと、ひとりで、くらいところにいた……」
何かを思い出そうとするように顔をしかめる。と、突然。
「うあ……あ……あああ!!」
「……!?」
ノイズじみた音が耳に響き、直後、ユイの硬直した体のあちこちが崩壊するように激しく振動した。
「ゆ……ユイちゃん……!」
「くそっ……!!」
見ると、レイが倒れて耳を塞いでいた。どうやらノイズの音に酔ってしまったようだ。
「ママ……こわい……ママ……!!」
か細い悲鳴を上げるユイをキリトの腕から抱き上げ、アスナはぎゅっと胸に抱きしめた。数秒後、怪現象は収まり、硬直したユイの体から力が抜けた。
「なんだよ……今の……」
「…………」
これも何かのバグなのだろうか?
「……ッ!!レイッ!!大丈夫か!?」
はっと顔をあげると、少し離れたところに、レイが倒れていた。
キリトの呼び掛けにはピクリとも反応しない。気絶しているようだった。
「……とにかく、教会まで戻りましょう。レイさんもあそこならゆっくり寝かせられます」
キリトがレイを背負い、一行は一端教会まで戻っていった。
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side レイ
暗い……ここはどこだ?ポーン、ポーンと、時おり電子音がするのは何故だ?アインクラッドには機械は存在しないはず……。
辺りを見回し、そこが完全な暗闇でないことを理解すると同時に、その光源たる電子パネルの意味も理解した。
《モニター室》ここはそういう場所のはずだ。
下を見ると、そこには無表情な顔をしたユイがいた。
膝を抱え、パネルをじっと見つめている。そのパネルに映っている光景には見覚えがあった。
《ラフィン・コフィン討伐作戦》アインクラッドにおける最も無意味で、人間的だった闘い。崩壊する討伐隊の戦線、狂うラフコフのメンバー、討伐隊の先頭で修羅となり突き進む2つの影……。
片や、漆黒のコートをはおり、同色のロングソードが赤いラインを空に刻む。
片や、紅蓮の刃を以て敵を蹂躙し、敵の狂った戦意を消し飛ばす。
次々と無力化されるレッドプレイヤー達。反撃する手段はいくらでもある。
だが、しない。否、できない。紅蓮の刃が目からこびりついて離れない。
彼らはそれに畏怖してしまった。麻痺してしまった恐怖心が再び呼び起こされるほどの殺気から逃れる術はない。
狂気に満ちた戦闘が終わったのはこねあとすぐだ。被害は甚大、双方に少なからぬ死者が出たのは言うまでもない……。
―《音の記憶》、先ほどのノイズはおそらく、ユイの………
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side アスナ
昨日、謎の発作を起こし倒れたユイは、幸い数分で目を覚ましたが、すぐに長距離を移動させたり転移ゲートを使わせたりする気にならなかったアスナは、サーシャの熱心な誘いに甘え、教会の空き部屋を1つ借りることにした。
一方、レイはあれから一度も目を醒ますことがなく、こんこんと眠り続けている。
何故、レイが倒れたのかはいまいちよく分からないが、ユイの記憶障害や幼児退行といった症状も不可解だ。
だが、アスナは心の奥底で気持ちを固めていた。
ユイの記憶が戻る日まで一緒に暮らそう。
休暇が終わり、前線に戻る時が来ても、何か方法があるはず――。
キリトがカップを置き、話始めた。
「サーシャさん……」
「はい?」
「軍のことなんですが。俺の知ってる限りじゃ、あの連中は専横が過ぎることはあっても治安維持には熱心だった。でも昨日見た奴等はまるで犯罪者だった……。いつから、ああなんです?」
サーシャは口許を引き締めると、答えた。
方針が転換されたと感じたのは半年前、徴税という名の恐喝紛いのことを始めたグループと逆にそれを取り締まるグループが対立しているらしい。
それが、どうやら上の方での権力争いが原因だということ。
話を聞き終えたとき、キリトが不意に顔を上げ、教会の入り口のほうを見やった。
「誰か来るぞ。1人……」
「え……。またお客様かしら……」
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やって来たのは軍所属のユリエールという人だ。
昨日の件の謝罪とお礼。そして、何か話があるようだ。
「今日はお2人にお願いがあって来たのです」
「お、お願い……?」
「はい。最初から、説明します……」
《軍》、正式名称アインクラッド解放軍。SAO最初期から存在したグループで、その大元は《MMOトゥデイ》という日本最大のネットゲーム総合情報サイトの管理者が立ち上げたギルドだとキリトが教えてくれた。
シンカーというそのプレイヤーは今のような独善的な組織を作ろうとしたのではなく、全てのプレイヤーに利潤を均等に分配しようとしたのだそうだ。
しかし、MMORPGというのはリソースの奪い合いが云わば本質であり、資源の均等分配は机上の空論でしかなかった。
徐々に指導力を失い、そこに新たな行動派のリーダーが台頭してきた。
だが、そのリーダーにも弱みはあった。
資源の蓄積だけに邁進し、ゲーム攻略をないがしろにしたということに不満が大きくなり、やがてコーバッツの件のような出来事が起きたようだ。
「3日前、追い詰められた新リーダーは、シンカーを罠にかけダンジョンの奥深くに置き去りにしてしまったのです」
「み、3日も前に……!?それで、シンカーさんは……? 」
「……《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯まではたどり着けたようです。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンなので身動きが取れないようで……」
人が良すぎるのも考えものだ。
「つまり、俺達にシンカーさんを助けに行く手伝いをしてほしい、と?」
「そうです。お会いしたばかりで厚顔きわまるとお思いでしょうが、どうか救出に手を貸して頂けませんでしょうか?」
残念ながら、SAOで人を信じるということはそのまま命も差し出すということになる。ユリエールの潤む瞳を見て、アスナは信じてあげたいと痛切に思うが、感傷で動くのは危険すぎる……。
こんな時、きっとレイなら……
「……何黙ってんだ。とっとと行くぞ」
声がした方向に振り向くと、まだ痛そうに頭を抱えながらレイが起きてきた。
「レイ君、もう大丈夫なの?」
「大丈夫なわけあるか。腹が減りすぎて死にそうだ」
すると、サーシャがクスッと笑って料理を準備し始める。
「……貴方は……もしや」
「あー、何でもいいよ。どうせあれだ、この間の決闘の件で『意外と派手好きな死神さん』とか新聞に書かれてた人ですよ」
やけくそ気味に出されたご飯をモグつくレイ。
彼がいるなら、ちょっとやそっとのことではやられないが……。
「大丈夫だよ、ママ。その人、うそついてないよ」
アスナはあっけにとられ、まじまじとユイを見つめる。
「ユ……ユイちゃん、そんなこと、判るの……?」
「うん。うまく……言えないけど、わかる……」
その言葉を聞いたキリトはユイの頭をくしゃくしゃと撫でた。アスナを見て、にやっと笑う。
「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。行こう、みんなでやればなんとかなるさ」
「相変わらずあなた達はのんきねえ」
「親父に似ただけさ」
「おまえ、何だかんだ言って気に入ってるだろ。その設定」
涼しい顔をしてキリトの嫌みをスルーしたレイは着替えるために奥へ引っ込んでいった。
「……微力ながら、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたいって気持ち、わたしにもよく解りますから……」
「ありがとう……ありがとうございます」
場所は一層地下ダンジョン。情報屋すら知らない未知の場所だ。
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時同じくして、とあるのどかな草原地帯にあるとある一軒家。
「ねぇ~」
「なんですか、先輩」
「確かに静かで綺麗で理想の物件だけどさ」
「何かご不満なことでも?」
「一緒に暮らしてて、結婚もしないのは、それなんて生殺し?」
「……キスしたじゃないですか。昨日」
「それ、余計にだよ!」
「そんなことしなくても、ちゃんと先輩のこと愛してますから。……流石にもう吹っ切りましたよ」
「う~」
本日も平和だ。
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片や、涼しげな森林の奥の家。
「……暇ね」
「……うん」
「「……………」」
鳥の声がとても風流だ。家も和風、住んでいる2人も和服だ。
「アーくん……」
「ん……」
刹那の接触。その一瞬で赤くなる2人はとても初々しかった。
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「リオさん!補給班から次のボス戦で使うポーションが全員分無いとの報告が!」
「買ってこい!」
「しかし、予算が……」
「倉庫にあるレアアイテムを1コルでも高く売って金作れ、後戦闘班に1人1万コル稼いで来ないとぶっ殺す、と伝えろ!」
「し、失礼します!」
「どうした!」
「整備班から、鉱石が足りないと――」
「てめえ、補給班だろ!!おめえが取ってこいやああああ!!」
「はひいぃぃぃ!?」
のろけまくりの4人の職場は本日も賑やかだ。
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