「絶対に!離さない、この繋いだ手は!」
勢いよく飛んでくるノイズを躱そうとして、転んでしまう。
ノイズが後ろの方で地面を抉ったのを見て立ち上がると、周りをナメクジっぽいノイズに囲まれてしまう。
うう……やっぱりこのヒール、ちょっと動きにくい!
翔くんからは『多分、奏さんが使ってた頃の名残じゃないかな?得物持って近距離戦闘する際、そのヒールは重心を足裏より高い位置に上げることで、初動の反応速度を上げることに繋がるんだ。つまり、武器持って戦う時はそのヒールがあった方が、相手より先に動けるってわけ』って言われたけど、アームドギアが使えないわたしには、やっぱり動きづらいだけだよぉ……。
……やっぱりヒールが邪魔だッ!!
地面に踵を打ち付けて、両足のヒールを壊す。やっぱり、こっちの方が動きやすい!
両手を前に突きだし、膝を曲げ、師匠と見た映画の通りの構えを取る。
そして拳を握って構えると、周りを取り囲むナメクジノイズ達を睨みつける。
どこからでも、かかってこい!!
「ぶっとべ、このエナジーよぉぉぉぉぉッ!」
地面を思いっきり踏みつけ、目の前から飛びかかってきたナメクジノイズに掌底をぶつける。
ナメクジノイズは一瞬のうちに弾け飛び、炭に変わった。
次に飛びかかってきたノイズには拳を振り下ろし、後ろから斬りかかってきた人型ノイズの刃を躱して、その横っ腹を思いっきり蹴りつける。
更に後ろから襲ってきた人型ノイズの刃を拳で受け止めると、そのままその腕を掴んで大空へと投げ飛ばす。
「見つけたんだよ、心の帰る場所!YES!」
走りながら拳を交互に繰り出し、地面を踏み付け砕きながら、並み居るノイズ達を打ち破る。
周りを取り囲んでいたノイズはあっという間に、その数を減らして行った。
まあ、半分くらい翔くんがバイオリン片手に切り刻んでたけど……。ついでに、バイオリン演奏そのものを邪魔しようとしたノイズは、あのいかにも蹴られると痛そうながっしりとした脚で蹴り飛ばされてたけど。
荒っぽく戦いながらも、綺麗な演奏を続けられる翔くん。やっぱりかっこいいなぁ……。
「響け!胸の鼓動、未来の先へええええええええ!」
と、翔くんの演奏を聞いてる間に迫ってきていたノイズに、勢いよくタックルを決めて吹き飛ばした。
うん、特訓の成果は出てる!わたし、戦えてる!!
ピー ピー ピー ピー
了子の背後に転がるデュランダルのケースが、突然アラートを鳴らした。
振り返ると、ケースのランプが点滅し、やがてプシューッと煙を吐きながら、ケースはロックを解除した。
「この反応……まさか!?」
了子は再び、戦闘を続行する響と翔の方へと視線を戻した。
「あいつ、戦えるようになっているのか!?」
鎧の少女が驚き、目を見開く。
そりゃそうだ。この前までの立花だと思うんじゃない!
あれから特訓して、しっかり戦えるように鍛えられた立花だ。そう簡単に負けると思うなよ!
……まあ、伴奏に集中してるからこれ全部頭の中で喋ってるだけなんだけどな。
さあ、ノイズはいくらでも追加出来るらしいが……そろそろあの子、自分から出てくる頃合いか?
荒っぽい口ぶり、挑発的な態度とは裏腹に、姉さんとの戦闘から察するに煽り耐性は低め……。気に食わない展開が続けば、自ずと前線に出張ってしまう性格だと見受けるが、さてどう来るか……。
「解放全開!イッちゃえ、Heartのゼンブで!」
ナメクジノイズの触手攻撃を、縦横無尽に飛び跳ね回り、素早く避けて接近し、拳一つでブッ飛ばす。
次の瞬間、その立花の方へと棘状のの鞭が振るわれる。
咄嗟に跳躍した立花は、そのまま空中で回転すると、着地の体勢を取るが……。
「進む事いが「今日こそはモノにしてやるッ!」ぐっ……」
鎧の少女は立花の歌を妨害する為、その顔に飛び蹴りを命中させる。
シンフォギアの弱点、それはフォニックゲインにより出力を安定させる為には、歌い続けなくてはならないこと。歌が止まれば、出力は一時的にダウンしてしまうのだ。
……だが、生憎とその欠点は今、それほど大きなものでもない。
何故ならば!装者立花響の伴奏者である、俺の支援用アームドギア・天詔琴による演奏は、“フォニックゲインを安定させる力”がある!
たとえ装者の歌が止まっても、伴装者の演奏が続く限り、彼女のシンフォギアの出力が下がる事は無い!!
しかし、それはそれ。蹴られてバランスを崩した立花は、そのまま地面へと激突する。咄嗟に受け身を取れていたのは、叔父さんの修行の賜物だろう。
「立花ッ!」
「くううっ……やっぱりまだ、シンフォギアを使いこなせてないッ!どうすればアームドギアを……」
土煙の中から、立ち上がる立花。その時だった。
バァンッ!シュルシュルシュルシュル……
ケースを突き破り、中に収められていた剣がその姿を現した。
聖剣は黄金のオーラを放ち、宙へと浮かぶ。
「デュランダルの封印がッ!?うそ、覚醒……起動!?翔くんの伴奏で安定した響ちゃんのフォニックゲインに反応し、覚醒したというの!?」
「こいつがデュランダル……フッ、そいつはあたしがもらうッ!」
鎧の少女が素早く跳躍し、デュランダルへと手を伸ばす。
「──渡す、ものかぁッ!!」
少女の手がデュランダルを掴む直前、跳躍した立花は空中で少女へと体当たりして、彼女を押し退ける。
「ッ!?」
「ナイス!!」
「よし、取った!……──え」
立花がデュランダルの柄を握った、その瞬間。周囲の風景が暗転した。
「ああっ……!」
「なっ、何だッ!?」
了子さん、鎧の少女が驚きの声を漏らす中、デュランダルを握った立花が着地する。
デュランダルの輝きが増していく。それと同時に……。
「……う、うううううううううううううッ!」
「立花……!?」
立花の目付きが変わった。
唸り声を上げ、瞳を揺らし、食いしばった歯から鋭い犬歯が覗く。
次の瞬間、巨大な光の柱が立ち上り、工場全体を黄金の光が照らしだした。
了子さんも鎧の少女も、何が起きているのか分からず、口を開いて惚けている。
目の前の立花を見ると、彼女が両手で振り上げた剣の表面が砕け……やがて、聖剣は本来の姿を取り戻す。
伝説に伝わる通りの、眩い光を放つ黄金の剣。自らの身の丈ほどはあるその剣を握る立花の顔は……真っ黒な影に覆われていた。
「立花……!?立花!!」
「あああああああああああああッ!」
真っ赤に染った目を爛々と光らせ、牙を剥いた立花は、獣のような唸り声をあげる。
∮
「こいつ、何をしやがった!?」
目の前の状況に困惑する。こいつ、なんでデュランダルを起動させてやがるんだ!?
その上、そのデュランダルを握って……振り上げて……まさか!?
振り返るとそこには、その剣の光輝に恍惚の笑みで見蕩れている白衣の女の姿があった。
まずい……。この力の高まり、まともに受け止めなんてしたらネフシュタンの鎧でもただじゃ済まねぇぞ!?
こんな……こんなもん見せられたら……あたしは……ッ!
「チッ!そんな力を見せびらかすなァァァッ!!」
ソロモンの杖を振るい、ノイズを召喚する。
させるものか!そんな力を振るわせてたまるかよ!
お前なんかに、私の帰る場所を奪わせてたまるか!!
「ううううううううううううう……ッ!」
「ッ!?」
デュランダルを握ったあいつは、ノイズの方を見ると……そのまま足を踏み込んだ。
ヤバい!こいつは止められねぇってのか!?
「やめろ立花!!」
……その時、デュランダルを振り上げたオレンジ色のシンフォギア装者の方に、灰色のシンフォギアを着た男が走って行った。
∮
「やめろ立花!!」
立花の方へと走る。だが、立花の眼に俺は映っていないのか、こちらへと反応する事はなく、今にもデュランダルを振り下ろそうとしている。
させるものか!あの時、俺は姉さんが絶唱を唄い、その強大な力で自分をも傷付ける瞬間を止める事が出来なかった。
そして今、立花の様子を見るに……デュランダルの力に飲み込まれ、暴走しているのが分かる。
立花を止めなきゃ……。彼女の心が、どこか遠くへと行ってしまう前に!
その手を掴むのは俺の役目だ!だから、間に合え!!
「立花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣を振り上げた立花の手から、デュランダルを取り上げようと柄に触れたその瞬間だった。
「うッ……ああっ……あああああああああああああ!!」
デュランダルを握った手から、強い力が流れ込み、胸の奥から抗えない程の衝動が全身を駆け巡る。
ギアの内側から外へと溢れ出そうとする、ドス黒い力……これ、前にも……。
灰色のギアが両腕から、どんどん赤黒く染っていく。胸の水晶体が、血のような紅へと変わる。
意識が真っ黒に塗り潰されて……やがて、深淵へと……落ちて……。
ダメ、だ……俺は……僕は……。
絶対に、何がなんでも……必ず……。
たちばな、の……手……を……。
∮
「うあああああああああああああああああああッ!!」
「があああああああああああああああああああッ!!」
二乗された唸り声が、工場一帯に響き渡る。
目の前に獣は2匹。理性を失った橙と、深淵へと引きずり込まれた灰色。
共鳴する唸り声と共に、2人はその手に握った聖剣を力任せに振り下ろした。
「お前を連れ帰って……あたしはッ……!」
鎧の少女は撤退を選び、黄金の光に包まれてゆく工場を後目に飛び去る。
光の柱は縦一文字に、眼前に聳える工場の煙突をバターのように容易く斬り裂いて、眼前のノイズを直撃ではなくその余波で、炭すら残さずに消し飛ばした。
振り下ろされた光の柱の動きが止まる。
このまま振り下ろされれば、工場の中心部に集まった燃料タンクを破壊し、工場はそのまま吹き飛ばされる……筈だった。
その直前の、ギリギリのところでデュランダルの刃は止まっている。
了子は聖剣を握る2人の方を見て、目を凝らす。
工場全てを照らす閃光の先。その光源を握り締めている2人の姿を確認するのに、少しかかったが……やがて、彼女はデュランダルが止まった理由をその目で確かめた。
聖剣を握る2人の装者。その剣を振るった少女ではなく、手を添えていた少年の腕が小刻みに震えている。
「……タチ……バ……な……」
未だ2人の顔は黒い影に覆われ、赤く爛々と光る眼と、食いしばった牙もそのままだ。
しかし、少年の右目だけは鋭い青を放ち、隣に立つ少女の顔を真っ直ぐに見つめていた。
やがて、聖剣の輝きが弱まり、光の刃は消滅する。
剣は力を眠らせ、力尽きた担い手はその手をだらりと下げた。
手放され、地面に落ちる黄金剣。
自らを支配していた影から解放された少女は、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
……暗がりの中から引き上げようと手を伸ばし、共に深淵へと沈んでなお、彼女の傍に在ろうとした少年の、優しい腕の中に抱かれながら。
(これがデュランダル……)
了子は響の手を離れ、地面に転がる黄金の聖剣を見つめる。
もう一歩手遅れだったら、この工場一帯が吹き飛んでいたであろう事は想像にかたくない。
それを止めたのは、想定外に次ぐ想定外。響に手を伸ばした翔だった。
意識を塗り潰されるほどの苛烈な力を手放し、手を握っていてくれた少年の腕に抱かれて眠る少女と……そして、力に飲まれた少女が全てを破壊する前に、その手を掴んで引き留め、今は彼女を守るようにその身を抱き締め眠る少年を見て。
天才を自称する考古学者は、眼鏡を掛け直し、髪を再び結いながら呟いた。
「お互い、力を使い果たしてしまったみたいね。今はゆっくり、お休みなさい……」
∮
……なに……今の、力?
わたし……全部吹き飛べって、身体が勝手に……。
でも……温かい手が触れて……名前を呼ばれて……それから……?
「う、うう……」
目を開けると、まず見えたのは白いワイシャツだった。
次に、身体を包み込んでいるような温かい感触……人肌の温度が伝わる。
そして、背中に回された腕に気が付き、まさかと思いながら顔を上げると……小さく寝息を立てている翔くんの顔があった。
「……え?ふぇっ!!??」
どっ、どどどどどどうして翔くんの顔がここここここっ、こんな近くに!?
待って待ってよ待ってってば!近い、さすがに近いって!そっ、そそそそれになんか目元にかかり気味の前髪とか、その奥から覗く寝顔とか!あと顔近すぎてわたしの髪に息かかってるの伝わって来るとか、ここまで密着されてしかも背中に回された腕でしっかりホールドされちゃったら、翔くん細いのに結構筋肉あるのが分かっちゃったりして何だかもう色々大変っていうか!!
何が何だかさっぱり分かんないけど情報量が多すぎて、ちょっとわたしの中のキャパシティーがもう、無理、限界ッ!今すぐに離れないと爆発しちゃううううううう!!
「あ、目が覚めたみたいね~。大丈夫、響ちゃん?」
「えっ!?あ、はっ、そのっ……はい……」
了子さんに見られ、慌てて翔くんの腕の中から抜けようとする。
すると、わたしが動いていたのがきっかけになったのか、翔くんがようやく目を覚ました。
「ん……んん~……たちばな?」
「えっと……その、翔くん……?この状況はいったい全体どういう事情があって……」
「……ん?……ッ!?すっ、すまん立花!!それが俺にもさっぱり!!」
翔くんがようやく手を離してくれた。わたしも慌てて後退り、翔くんから離れる。
……ちょっとだけ、寂しさのようなものを感じた気がするけど、正直あれ以上密着し続けていたらわたし、恥ずかしさでしばらく口聞けなくなってたかもしれない。
「あらあら?何も覚えてないの?」
何だかいつも以上にニヤニヤしている了子さんにそう言われ、わたしはさっきの恥ずかしさを忘れるためにも記憶を辿る。
「は、はい……。わたし、デュランダルを掴んでそれから……。──ッ!?」
周りを見回すと、工場が半壊していた。
幸い煙が上がってる場所は少ないけど、デュランダルを握った後、わたしが何をしたのかは、その光景が充分に語っていた。
「これがデュランダル。あなたの歌声で起動した、完全聖遺物よ」
「あっ、あの、わたし……。それに、了子さんのあれ……?」
「ッ!そうだ、了子さん!あのバリアって……」
翔くんも怪訝そうな表情で、了子さんの方を見る。
「ん?いいじゃないの、そんなこと。三人とも助かったんだし……ね?」
了子さんはただ、悪戯っ子のように笑うと口に人差し指を当てて笑った。
すると、了子さんのポケットの中から端末の着信音が鳴る。
「……あ、はい。──了解。移送計画を一時中断し、撤収の準備を進めます。……あ、はい。デュランダルは無事ですが、それについては──」
端末で本部と通信しながら、了子さんは破壊された工場の後処理をしている職員さん達の方へと、歩き去ってしまった。
「あ……」
行ってしまった了子さん。わたしは、もう一度周りを見回して、デュランダルの力が壊してしまった工場を見る。
了子さんの言う通り……確かに助かったけど、あの力……。
わたし、もう少しであれを人に……。
「……立花」
名前を呼ばれて見上げると、地面にへたりこんだままのわたしに、翔くんが手を差し伸べていた。
自分で立ち上がろうかと思ったけど、疲れてるからか脚に上手く力が入らない。
さっきの事を思い出して、また恥ずかしさが込み上げそうなのを我慢して、翔くんの手を握る。
翔くんは優しくわたしを立ち上がらせてくれると、わたしの顔を真っ直ぐに見つめて来た。
「しょ、翔くん……?どうしたの?」
「……よかった。いつもの立花だ」
そう言って翔くんは、安心したように微笑む。
……ああ、そうだ。暗闇の中でもハッキリと聞こえてきた、わたしの名前を呼ぶ声は……。
「……ただいま、翔くん」
「ん?ああ……おかえり、立花」