木の葉詰め合わせ
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本編番外編
入れ替わりシリーズ
入れ替わりの話・壱
――――はっとして目が覚めた。
目覚めた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは――生命力を示す様な真っ赤な髪。
私が好むアカイロの中でも、特に美しいと思っているその色を持つ者は自分の側にはただ一人。
「――ミト! 大丈夫か!?」
その事実に思い当たり、慌てて上体を起こしてその華奢な体を揺する。揺すっている間にこんな状態に陥った原因を思い出して、眉間に皺を寄せた。
確か、マダラとミトと三人でお香を嗅いで、お茶を飲んだんだよな。リラックス効果があると噂の代物なだけあって犬猿の仲の二人も静かにお茶を啜っていて、普段は喧嘩ばかりしている彼らの姿にいつもこうだったら良いのに、と思ったのは内緒だ。
そうこうしている内に、眠っていたミトの眉間に皺が寄せられて、彼女の覚醒を告げる。
「ミト! 目が覚めたんだね! どっか、痛い所は」
「――……黙れ、五月蝿い。頭に響く」
……あれ? 可笑しいな。
私の天使で、数少ない癒しである最愛の妹から初めて暴言を吐かれたんですけど。
これ、一体どーいうこと?
目を白黒させていれば、不愉快そうに顳かみを押さえながら、ミトがゆっくりと起き上がる。
瞼の奥から綺麗な灰鼠色が露になったかと思うと、まじまじと私の顔を見つめ返した。
「――――おい。これはどういった悪ふざけだ」
「は? ミト、お前一体何を……?」
「何故オレが目の前にいる?」
オ、オレ!? ミト、何時の間にオレ娘になったの!?
混乱していれば、物凄い力で肩を握りしめられた。
正直に言おう、ミトの綺麗に整えられた爪がぎりぎりと肩の肉に食い込んで、すっごく痛いです。
「貴様、千手柱間か?」
「き、貴様!? ミト、どうしたの!? 反抗期!? あ、謝るから、機嫌治して!!」
「黙れ、五月蝿い。誰がミトだ!」
ど、どうしよう! 何がなんだか、分からない――っとあれ?
あたふたと周囲を見回していたところで、気になる物を見つけてしまう。
「ね、ねぇ、ミト。可笑しいな、あそこに倒れているのってどう見ても私じゃないか……?」
「だから、あのうずまきの女ではないと言っているだろうが。貴様の脳みそは大鋸屑でも詰まっているのか」
物凄く辛辣な事をミトの口から吐き捨てられた様な気がするが、気のせいにしておこう。と、とにかく、向こうに見える――日夜鏡で見慣れた姿を目撃して、恐る恐る近寄る。
可笑しいな、どっからどう見ても私の――つまり千手柱間の姿をしているのだけど……。
母親譲りのアジエンスヘアーに、女子にしては長身に入るその姿は――間違いなく私だ。
でも私がここに居るのに、なんで向こうに私の姿をした“誰か”が転がっているのだろう?
「だ、大丈夫か?」
「――――ぅ?」
このまま考え込んでもにっちもさっちもいかないので、そろそろとその体を擦る。
ぼんやりと固く閉ざされていた瞼が震えて、黒い両目が露になる。
そうして茫洋としていた瞳の焦点が合わさって、眉根が吊り上がったと思うと――。
「からかっているのですか!? 気安く私に触らないで!」
「わあっ、今度は何事!?」
い、今起こったことを正直に話しましょう!
ぼんやりとしていた焦点が合わさったかと思うと、次の瞬間には張り手が飛んで来たんです――って、何で!? 何が一体どうなっているの!?
「何を企んでいるのです、うちはマダラ!」
「ま、マダラ!?」
「白々しい! その太々しいまでに傲岸不遜な容貌を私が見間違えるはずがないでしょう! 恍けないで下さいませ!!」
ふー、ふー、と毛並みを逆立てた猫の様に威嚇する千手柱間――もとい、私の姿。
わ、訳が分からないと言うか、理解したくない。もう何が何やらさっぱりだ。
そんな私達に向けて、聞き慣れた妹の声でありながらも、痛烈な皮肉を帯びた声音がかけられる。
「残念ながらマダラはオレだ。――成る程、貴様がそいつの中に入っているのか」
「は? 何故、そこに私がいるのです?」
視界の端で赤い髪が翻って、かつかつとヒールが床を叩く音が耳に届く。
どうやらミト(?)が起き上がって私の近くにまで歩きよってきたらしい。
その姿を目にして呆然と目を見開く私――もとい、私の姿をした別人の誰かさん。
いや、誰なのかは分かっているけど……誰なのか言いたくないと言うか、認めたくないと言うか……。
「ま、待って……! ミト、が……マダラ? で、私の中にいるのが……」
「その物言い……柱間様、ですか?」
「他に誰が居るの……と言いたい所だけど、当たり――なんだよね……」
み、認めたくないけど……認めざるを得ない。
慎重に腕を動かして、テーブルの上に置いてある手鏡を手に取る。
伸ばした手が自分のものに比べると遥かに大きいことに気付いて泣きたくなった。
「――は、はは……やっぱりだ」
よ、予想はしていたけど、まさか本当にこんな馬鹿げたことが起こるなんて……。
ミト(?)は自称マダラ。私(仮)はミト――となると私が先程から動かしているのは……。
手にした鏡に映っているのは見慣れた自分の顔ではなく、我が仇敵殿にして同盟者たる男の顔だった。
この時点で、もう笑うしか無い。
そう思っていれば、鏡の中の男は随分と引き攣った笑い顔を浮かべていた。
私がこんな表情を浮かべているこいつをみたら、真っ先に回れ右して逃げるわな、きっと。
「ははは」
「うふふ」
「あはは」
どうしようもなくて三人で揃って乾いた笑声を上げる。
私達の姿を他所の人がみたら、直ぐさま扉の戸を閉めて回れ右して逃げることだろう――絶対に。不気味とは言ってくれるな、それだけショックだったんだ。
「何がどうなってこんなことになっとるんじゃい、こんちくしょう!」
――――卓袱台をひっくり返してやりたい気分に襲われたのは、きっと私だけでないはず。
******
もうどうしようもないので、取り敢えず状況判断から話を進めよう。
「――よ、よし。現状を理解しよう」
「異議無し」
「わかりましたわ」
引き攣った声で提案してみれば、仏頂面のミト(仮)と淑やかに微笑んでいる私(中身別人)が普段とは異なる所作で応じてくれる。
ちなみにどちらも物凄く違和感があって、私は泣きたい。
「よし、まずは自分の名前を言おう――千手柱間」
「うちはマダラ」
「うずまきミト」
ちなみに上から外見うちはマダラ、うずまきミト、千手柱間の順である。
苛々とした雰囲気を隠そうともしないミト(中身・マダラ)の姿を何ともいえない表情で見つめていれば、舌打ちされた――酷く物悲しい。
「もうこれしかないね……どうしてだかはさっぱりだけど、どうやらオレ達の中身が入れ替わったと考えても……良いのかね?」
「幻術……という線は?」
「残念ながら無いだろうな。もしあったとしても、仮にもオレやコイツが、近寄ってきた敵に気付かなかったと言う事はあり得ないからな」
――確かに。
悪意を持って近寄ってきた人間に気付かない私達ではない。それだけの鍛錬と実績を積んできているのだから当然だとも言えるが。
それが分かっているからか、マダラ(外見ミト)の言葉には渋々と言った感じでミト(外見千手柱間)も頷いた。何度でも言おう、凄い違和感である。
「じゃあ、原因はさっぱりということで一先ず放っておこう」
「しかし、困ったことになりましたね。今のままの状態が今後も続けば木の葉の、ひいては火の国全体に支障が出ることは間違いありませんわ」
しっとりとした振る舞いで頷いてみせた外見千手柱間なミト。
凄いな、女らしさの欠片すら無いと弟にいわれた私の姿でも、中身の人格が違うだけでここまで女性らしくなるのか。
こんな機会は滅多に無いからじっくりとミト(外見千手柱間)の姿をしげしげと見つめていれば、後頭部を殴られた。
「あにすんだ、マダラ!」
「黙れ。貴様、その姿がオレだということを忘れてないか。気色の悪い光景を見せるな、この大鋸屑頭のウスラトンカチ」
悪口がグレードアップしている。
まあ、この状況はプライドの高いマダラにとってかなり不本意極まり無いことだけは確かだよなぁ。
眉間の皺がぎゅっとすぼまって、腕を組んだ先の人差し指が貧乏揺すりを覆わせる速度で一定のリズムを刻んでいる。間違ってもミトならばしない光景に、溜め息が零れた。
「……どうしよう、中身が別人だと分かっていても外見がミトであるせいで切ない」
「…………死ね」
蝶よ花よと慈しんできた妹に暴言吐かれた。……中身マダラなのに死にたくなる。
絶望しているのが伝わったのか、それまで沈黙して様子を伺っていたミト(外見柱間)が意を決した様に両手を握る。ちなみにマダラ(外見ミト)は鼻を鳴らしただけだった。
「柱間様、そのような輩にお気遣いなど為されまするな。それとも、柱間様は……」
落ち込んでいる私をみるに見かねたのか、そっとミト(外見千手柱間)が近寄ってきて、慰めてくれる。
やっぱり私の妹は天使に違いない。
蛇蝎の如く嫌っていると公言しているマダラの姿を借りている今の私に対しても、こんな優しい言葉をかけてくれるなんて。
「私が私でなければ、嫌いになられますか…………?」
そっと小首を傾げて、儚く微笑む我が愛しの妹(ただし外見は以下略)の言葉に、これだけは訂正しなければと、急いで首を振った。
「そんなこと無いよ! お前はオレの大事な妹だもの! 例えどんな姿になろうとも、オレがお前を嫌うはずが無いじゃないか!」
「柱間様……」
「大好きだし、大事だし、大切だし、この世で誰よりも幸せになって欲しいと思っているさ!」
この辺りでマダラがぎょっとした表情を浮かべたが、構うものかと言葉を綴る。
ぎゅっと握りしめられていたミト(外見以下略)の手を握りそっと抱き寄せて、不安そうに眉根を下げていた愛しい妹に対して安心する様に微笑んでみせて、ありったけの思いを伝える。
「ま、待て、ウスラトンカチ!」
「誰よりも何よりも愛しているよ――それとも、オレの言葉だけでは信じられない?」
「火影様~。頼まれていました書類をお届け、に……」
愛する妹(しかし外見は以下略)に渾身の愛の言葉を告げたのと同時に、開かれた執務室の扉。
最悪すぎるタイミングで戸を開いたのは、最近額宛を付けることを許された若いくのいちちゃんに、薄い金の髪を後頭部で束ねた山中殿であった。
……あ、私終わった。
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