人類種の天敵が一年戦争に介入しました
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第24話
三人の名前を聞いたウラガンは、開いた口が塞がらなかった。
なぜよりにもよってその三人なのか。腕が立つのは確かとはいえ、三人が三人ともに問題児ではないか。直近の人物と比べるなら、ヴェルナー・ホルバインがレンチェフに近い。比較対象とは違ってヴェルナー自身の思想、信条に危惧するところはないが、その癖の強さから荒くれ者の海兵隊ですら持て余して追い出されたという男だ。訓練成績は抜群だが、寡黙で口が悪く、気に入った人物でなければたとえ上官でも歯牙にもかけないところがある。海兵隊を束ねるシーマ中佐には比較的従順だったが、現場で起きる軋轢の数々にシーマのほうで匙を投げたとウラガンの耳にも届いていた。
これが一番マシなのだ。レンチェフやヴェルナーがぎりぎりでまだ軍人だとすれば、ニムバス・シュターゼンとシン・マツナガは軍人ではない。この二人は、もう、ウラガンの感覚でいえば銃殺刑相当だ。
シン・マツナガは凄い。ルウム戦役で戦艦1隻、巡洋艦5隻を仕留めたエースパイロットだが、途方もない失態により二階級降格の上でドズル・ザビ中将の宇宙攻撃軍からキシリア少将の突撃機動軍に左遷された。ヴェルナー同様、キシリアとマ・クベの間で融通を利かせたものと思われる。
ドズルは実の弟のようにシンを可愛がっていたのだが、そのドズルですら庇いきれない失態。質も同然に、対立派閥であるキシリアのもとに送らざるを得なかった失態。ルウム戦役で大勝利を収めたドズルが、その後の戦争指導から距離を置き、キシリア派のマ・クベに主導権を渡さなければならないほどの失態。
それは、そのルウム戦役で捕らえられたレビル中将の脱走に協力したことだった。あまりにも大事であったために事実は隠蔽されシンの降格・左遷の理由は明らかとされていないが、ウラガンはマ・クベ中将の副官だ。公国軍で起きた出来事の大半は耳に入ってくる。レビルの帰還が戦争の継続に繋がったのだから、それに協力したシンは普通なら一族郎党もろとも銃殺、すら生ぬるい。そうはならなかったのは、実家のマツナガ家が名家であり、ザビ家の有力な与党であったからだろう。マツナガ家を失うとザビ家の治世に障りが出てくる。そうそう切り捨てられる存在ではない。人質を取られて協力を強制されたという点と、なによりもドズルがけじめをつけたことも大きい。おかげでルウム戦役で大勝しながらもドズル派の勢いは地に堕ち、今後の戦争を主導するのはライバルのキシリア派。シン・マツナガとはそれほどの爆弾なのだ。それを左遷先の月から地球に、さらに素性の知れない独立部隊に放り込むのだから、キシリアもマ・クベも良い性格をしている。ウラガンから見てマ・クベはいささか以上に正気を失いつつあるが。
三人衆最後のニムバス・シュターゼンは欧州戦線で有名になった。上官の撤退命令に従わず、反抗し、遂には指揮権を奪取して逆襲に転じて大勝利へと導いた、ある意味で英雄的な人物だ。士官とはいえたかだか一パイロットが部隊を指揮し、殿に残って奮戦からの反転攻勢。後退をしていた他の部隊もこれに追随し、ニムバス率いる部隊は全軍の先頭に立って敵を切り裂き圧しまくり逆転勝利。この間ニムバスは常に最前線でザクを駆り、部隊を指揮し、全軍を鼓舞し続けた。時代が時代なら神話になりそうな活躍だが、戦闘が終結した後に大問題が発覚した。上官から指揮権を奪ったというのは相当に問題がある行為だが、『その程度』ならまだ良かった。例えば上官が心身耗弱の場合等、部下による指揮権剥奪が正当化される例もある。
が、ニムバスはその程度ですむような男ではなかった。ウラガンはマ・クベに尋ねる。尋ねざるを得ない。ニムバス・シュターゼンとは二度と聞こえることのない名前なのだから。
「マ・クベ司令、ニムバス・シュターゼン少佐は上官殺害により銃殺となったはずでは……」
上官殺し。戦闘の混迷が窮まると無能な前線指揮官が部下に戦死させられるという伝説はある。が、それとて不慮の戦死や誰が何処から撃ったか解らない誤射という体裁を調えるものだ。あるいは、そういう形が黙認される程の極限状態で発生するような異常事態だ。戦場でよく聞く、しかし公的には誰も見たことはないという『伝説』である。
しかし、ニムバス・シュターゼンは一味も二味も違った。
上官からの撤退の指示に従わず、業を煮やして現場に来た上官を逆に糾弾、敗北主義者として即座に処刑したのだ。他の兵や士官が見ている前で、衆人環視の下、堂々と上官を殺したのだ。どう控え目に表現しても、錯乱したとしか他に言いようがない。その場で即時拘束ないしは銃殺されるのが妥当な展開なのだが、ニムバスはそこから部隊を掌握し、全軍を勝利へ導いた。まるで部隊全体で共謀して指揮官を排除したかのような話だが、現場にいた士官の誰もが、ニムバスの行為を認識し、隠そうとしない。部隊全体で共謀すれば指揮官の死は戦場の噂話にもならずに適切に処理されえるのに、ニムバスも部下も誰もが堂々と上官殺しを認めているのだ。ニムバスのカリスマというのか人格汚染というのか、なんであれ恐ろしい影響力である。あまりの異常事態に、背後関係の詳しい調査のために処刑が中止されたほどだ。しかし、中止は中止、撤回ではない。これを覆せる人物となると……
「どうせ殺す人間ならと、私が身柄を預かったのだ。二階級降格と合わせてな」
それよりもう一杯貰おうか、と差し出されたカップに紅茶を注ぎながら、ウラガンは地球産の紅茶に正気を取り戻す効能がないことを恨んだ。コロニー産の紅茶にもそんな効能はないが、マ・クベだけが口にしているものといえば趣味で私物の紅茶くらいのものだ。ウラガンは主と違ってコーヒー党である。やはりここは苦くて酸っぱくて不味いと好評の軍用コーヒーの出番なのではないか。むしろこの紅茶こそ諸悪の根源なのではないか。晴れた昼下がり、穏やかなひと時に半ば現実逃避をしながら給仕する副官。重力の井戸の底とは宇宙の常識が通用しない世界なのかもしれない。
「あんた、常識って知ってるか?」
上がる黒煙を眺めながらヴェルナーは乗機の通信機の向こうに話しかけた。予想外の事態に硬いヴェルナーの声と比べて、通信機の向こうから帰ってくる声は緊張感のかけらもない。
「名前だけなら。見たことはないけど、絶滅したんだろ? 多分パックスのせいだ。今度会ったら文句言ってやれ」
「団長、そういうところだぞー。わかるかー? そういうところだぞー」
レンチェフは来たばかりのヴェルナーと違って平然としている。まだストレイドとの付き合いは短くて浅いが、一回でも任務を共にすればだいたいわかる。
つける薬はない、ということが。つまりは諦めである。
ウラガンが中尉が上司の健康診断を真剣に考え始めた数日後。ストレイド、レンチェフ、ヴェルナーの三人はアラビア半島に来ていた。マ・クベをさんざん強請った結果、求めていた人員が宇宙から来るというので迎えに来たのだ。開発中のYMS-08は使えないということで、レンチェフとヴェルナーはリリアナで使っているGA03-SOLARWINDに乗っている。YMS-08よりは遅いが、それでもザクよりは速いし、操縦感覚はYMS-08に近い。YMS-08の正式採用までのつなぎに乗るには悪くない。ブースト移動の練習がてら、派遣された人員を迎えに行く。それだけのはずだったのだが。
「その人員の乗ったシャトルを連邦の迎撃機もろとも撃ち落とすってのは、どうなんだ?」
「安心しろ。狙い通りだ」
ヴェルナーが疑義に応じるストレイドにレンチェフが突っ込む。
「団長、それはさすがに誤射であって欲しかったな」
「いいんだよ。ちゃんと着陸したんだから」
「着陸ねぇ……まぁ、確かに陸には着いたわなぁ」
「はいはい、終わり終わり。私は予定通りやるから、二人は周囲警戒してくれよな」
そう言うとストレイドは部下の二人を左右に追い払った。
「予定通り!? 聞いてねぇぞ、そんなもん!」
「ヴェルナー少尉、アレはああいうものだと思って受け入れろ。いうだけ無駄だ」
多くのネクスト機はレーダーの性能が低い。速度を最大の武器とする以上、ネクスト機自体は近距離志向が多い。その超高速を生かして距離を詰めるのだ。そのため、特に長距離レーダーに求められる性能は低くなる。今回のチーム編成でいえば、レンチェフとヴェルナーの操るGA03-SOLARWINDには後付けでレーダーを積んである。管制機の代わりだ。戦闘を担当するのがストレイドの機体、GAN01-SUNSHINEだ。生産性とステルス性に優れた直線的な重装甲。ライフル、バズーカ、ミサイル、グレネードと、実体弾で固めた武装。北米で乗っていたY11-LATONAに比べてはるかに無骨なデザインであり、まさに質実剛健という言葉を体現している。その重厚な存在感を持った機体は、操縦しているストレイドの命じるままの動きをとる。
不時着して煙を上げるシャトルに向かってライフルを向けたのだ。次いで外部スピーカーと公開通信から声が流れる。
「そこのシャトルの乗組員に告げる。この中に、レビル中将が今どこにいるか、知ってるやつがいるはずだ! 死にたくなけりゃ正直に話せよ。あと10かぞえる間だけまってやらぁ。10ヒャア がまんできねぇ 0だ!」
ライフルの一連射がシャトルの翼を先端から削り取っていく。たちまち何かを抱えた人間がシャトルの中から転がり出てきた。大きく腕を振って自分の存在をストレイドに示すと、抱えていた機材を操作している。どうやら通信機の類のようだ。
「待て、待て! 待ってくれ! 我々は連邦軍じゃない!」
「死に惜しむ連邦軍はみんなそう言うんだよ!」
さらに一連射。
「私はエリオット・レム! ジオン公国軍の軍属だ! 嘘じゃない!」
「軍属?」
聞きなれない単語に、GAN01-SUNSHINEのカメラ・アイが銀髪の中年男性を捉える。ストレイドの世界では国家解体戦争によって国軍は存在していない。軍とは企業の軍事部門と同義であり、ストレイドにとって軍属とは死語も同然であった。
「私はジオニック社の人間だ。少佐待遇の士官としてジオン公国軍に出向している」
「じおにっくしゃ」
「そうだ。地球にいる君たちも、名前は聞いたことがあるんじゃないか?」
エリオットはそう語りかけたが、早くからツィマッド社と協力関係を築いていたリリアナにとってジオニック社という名前は知っているどころではない。機動兵器で人型の優位性に固執したバカ、という認識だったが。
「ハズレか」
思わずぼやくストレイドだったが、これはストレイドの認識不足だ。ザクⅠが優れた機体であることは間違いない。開発に携わったエリオットも無能とは正反対の位置にいる。いささか趣味を優先しがちなところはあるが、技術屋である以上それは不治の病に近い。エリオット・レムは総じてきわめて優秀な人材なのだ。ジオニック社とザクシリーズをストレイドがこき下ろすのは、彼が一パイロット、しかもネクスト機を操るリンクスだからに過ぎない。コストパフォーマンスや整備性、安全性といった概念はストレイドの中では考慮に値しない。要するに、速くて強ければオッケー、暴走しがちな機体を制御するのも使う人間のウデでしょ、というアホ丸出しのパイロット脳だった。
「ハズレ……とは?」
「こっちのことだ。それで、投降するの? しないの?」
「その前に聞かせてくれ。……君たちはいったい誰なんだ?」
この日、リリアナはジオン公国軍の人間を多数捕虜にしたが、何らかの政治的取引があったらしく、この事件はジオン公国軍と地元勢力との偶発的衝突として処理され、大事になることはなかった。当事者間のうち、双方のトップの間で合意が得られていた茶番だったのだから、それも当然だろう。混乱しているのはトップ以外の当事者と、極秘に監視していた連邦軍である。
ジオン公国軍が敵であることに疑いはないが、リリアナを名乗る反地球連邦組織もまた敵である。それぞれ違う組織となっているが、実際はどうなのか。ある程度の協力関係にあるとは思われるが、その連携はいかほどか。リリアナの正確な勢力範囲、拠点、構成員、所有する戦力。調べることはいくつもある。そんな中で、リリアナはジオンのシャトルを撃墜し、乗員に威嚇射撃をし、連れ去った。黒海周辺、欧州戦線での両者の連携から、リリアナはジオン公国軍の非合法工作部隊と判断されていたが、その推測に大きな疑問符が付くこととなったのだ。このミスリードにより、連邦軍情報部は再調査に過剰な時間と人員を割いてしまう。
こうしてジオン公国軍とリリアナは、地球連邦軍の目の前で堂々と人員の配属に成功した。主だったところでは、エリオット・レム少佐、ビリー・ウォン・ダイク中尉、フランク・ベルナール少尉、マサキ・ナカガワ少尉。そして、ガイア大尉、マッシュ中尉、オルテガ中尉。かつてルウム戦役でレビル中将の座乗艦アナンケを撃破し、脱出を試みたレビル中将を捕虜にしたこともある、ジオン公国軍随一の武勲を挙げた精鋭。黒い三連星と称えられた英雄である。
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