飾られた花の中で
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第一章
飾られた菫の中で
この時ナポレオン=ボナパルトはエルバ島にいた。ロシア遠征で無残な敗北を味わいライプチヒでの戦いにも敗れた彼は失脚しこの島に流れたのだ。
彼はこの島でよく一つの花を観ていた、その花はというと。
「今もですか」
「そうだ、こうしてだ」
今も仕えている若い従者に語った。
「菫を見ている」
「そうなのですね」
「この花は私にとって特別な花だ」
「皇后様とお会いしてからでしたね」
「ジョセフィーヌとのな」
ナポレオンは紫の小さな花を観つつだ、従者に悲しい顔になって話した。
「あれには悪いことをしている」
「そのことを言われますか」
「私に子供が出来ない、そして私自身の為にな」
「離婚され舞い田ね」
「そのことは公に言っている」
「そして離婚されても皇后様は皇后様ですが」
「その地位は確かにした」
そしてこれまで通り宮殿に住むことも許している、ナポレオンはあくまで彼女を大事にしているのだ。
だがそれでもとだ、彼は言うのだ。
「しかし私が彼女に悪いことをしたことはだ」
「事実ですか」
「そうだ、だから今もそう思っている」
「その皇后様ですが」
「今どうしているか、だ」
「ご心配ですか」
「私のことなぞ気にせずだ」
そのうえでというのだ。
「楽しく暮らしていて欲しい」
「それが陛下の願いですね」
「そうだ、ジョセフィーヌへのな」
「左様ですか」
「憂いなくな」
こう言ってだ、彼は今は菫の花を観るのだった。彼女との思い出でもあり心から愛しているその花を。
そしてだ、エルバ島に流されて暫く経ってからだ。彼は彼が最も聞きたくない話をその耳で聞くことになった。
「そうか、死んだか」
「はい・・・・・・」
従者は沈痛な顔でナポレオンに話した。
「肺炎をこじらせられたとか」
「それでか」
「瞬く間にとのことです」
「そして言ったのだな」
「陛下のお名前とこの島のことと、ローマ王と」
「私の子だがジョセフィーヌの子ではなかったが」
それでもとだ、ナポレオンは言うのだった。
「案じてくれてか」
「最期にもです」
「名を呟いたか」
「そうだったとのことです」
「ジョセフィーヌは浮気をよくした」
ナポレオンは項垂れつつ過去のことを話した。
「そして私も怒った、だが」
「そのことも」
「含めてだ、私は彼女を愛していた」
「そうでしたね」
「今もな、それでだ」
「そのうえで、ですね」
「共にいる間誰よりも大事にしていた」
そうであったというのだ。
「離婚してもな、だからな」
「それではですね」
「そうだ、それでだ」
こう言うのだった。
「私は今人生で最も深い悲しみに覆われている」
「ご気持ちお察しします」
「済まない、それでだが」
「それではとは」
「欧州の状況はどうなっている」
妻だった彼女の死に心から落胆し俯きながらもだ、ナポレオンは従者に対してそちらのことを尋ねた。
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