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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§8 逃亡した魔王の反省会

「ミスったなぁ……」

 ヴォバンの前から消え去った黎斗は、東京タワーの先端部分で姿を現した。流浪の守護が一瞬といえど解除されてしまったのは大きい。あのまま直接家に帰ると呪力を辿れば身元の割り出しが容易だろう。念のため慎重に帰る必要がある。

「バレちゃいましたね。逃亡には成功したと思いますけど、先程マスターの呪力が流出してしまいましたからこれから厳しくなりますよ。いくら呪力を感じなくても私みたいな妖獣を連れている時点で術者に狙われる危険性も」

「こんなことでバレるなんてなぁ…… アーリマンじゃなくてツクヨミの権能で逃亡すべきだったか」

「どちらにしろそのレベルの権能の行使に流浪の守護が耐えられたとは思えませんけど。幽世の訓練忘れちゃいました? それに力を使わずに逃げるのはいくらマスターでも厳しいでしょう。相手も同じカンピオーネであるようですし」

 エルの言葉はおそらく現実になる。なんにしてもこれからは今まで以上に行動に気をつけねばなるまい。エリカだけでも大変なのだ。他の人間までもが監視に加わることを想像するとぞっとしてしまう。

「しばらくは幽世行くの控えてネットでもやってるか」

「うっわ……」

 肩の上で呆れてるキツネを無視して三百メートル以上の高さから勢い良く飛び降りる。認識阻害だけでなく複数の術を起動する。失敗して正体がばれてしまえば現存する最古のカンピオーネとして祭り上げられる運命が待っているであろうことは明白。そんなのはまっぴらゴメンだ。これだけ駆使すればまず露見はしないだろう。

「ん?」

 突如、流れ出すメロディ。携帯電話が点滅している。電話番号000-0000-0000、このありえない番号をかけてくるのは、須佐之男命。

「もっしー?」

「よう、なに、お前。結局正体バラすワケ?」

 流石、すぐに見抜いたか。まぁ彼なら黙っていてくれるだろう。そんな期待を胸に秘め返答する。

「違う。ミスった」

「ふーん。まぁいいや。そっち居られなくなったら戻ってこいさ。お前が居なくなってから戦う相手がいなくてつまらん。んで、本題だ。頼まれてた件”7”人目の魔王、草薙護堂について。どうやらやっこさんは軍神ウルスラグナの権能を簒奪したらしい。ま、これは組織の人間の調べたことだからホントかウソかはしらねぇがな」

 須佐之男命の持つ人脈を使って護堂の権能を調べてもらっていたのだが、予想外に早い。調べる、という経験が無い黎斗は早くて2ヶ月はかかると予想していただけに1週間かからないというのは嬉しい誤算だ。

「ありがと。にしてもウルスラグナ、か。最初護堂に会った時に感じた妙な感覚はアーリマンとウルスラグナが反応したのかな?」

「さてな。そこらは専門外なんでわからん。2神ともミスラの盟友という点は共通してっからな」

 ペルシャ神話などあまり馴染みのない黎斗にとってこのレベルの知識となると完全に未知の領域だ。そして須佐之男命がここまで知ってることに疑問を覚えてしまう。彼は異国の神々を積極的に調べようとする性格だっただろうか?

「なんでそんなに詳しいの? ぶっちゃけ大抵の人はアーリマン=悪だと思うんだけど」

「そこは、お前の持つ力だし?」

「さいですか……」

 理由がイマイチ納得いかないが強引に納得する。神々の持つ理由なんてものは大抵理解不能な理由だし。これ真理。

「んで、話変わるが恵那はどうだ? 」

 何故か嫌な予感がする。雰囲気がガラリと変わったせいだろうか? こう、タチの悪い酔っ払いの絡みみたいな。

「どう、って?」

「お前、外見は恵那のやつと同じような年だろ。年若い男女が一つ屋」

 通信回線を切断する。三十六計逃げるにしかず。この手の話題で勝てる気がしない。

「マスター、切っちゃってよかったのですか?」

 肩で沈黙を貫いていたエルが、ひそかに笑っている。終始会話を聞いていた筈だろうに、趣味が悪い。
 答える代わりに、街道を走る速度を上げた。アパートまでもう少しだ。





「ちっ、あんにゃろー。途中で切りやがって」

 電話を切られた須佐之男命は不平を漏らす。それを見て笑う姫君と黒衣の僧。

「流石の黎斗様も口では御老公に敵いませぬゆえ、仕方ないかと」

「然り。然り。口喧嘩なら我々でも黎斗様に勝てますからなぁ。しかし、今回は黎斗様にしてやられましたなぁ」

「まるで剣では黎斗がオレより強いような言い方じゃねぇか。オレはまだ黎斗のやつにそっちも負ける気はないぜ」

 心外だと言わんばかりの須佐之男命の苦言にますます笑みを深める二人。それがますます須佐之男命のぼやきに拍車をかける。電話なら話題を強制終了させる切断、という手段がとれない須佐之男命に出来ることは、二人のからかいを耐えることだけだった。

「御老公、今の方は? 清秋院様以外に通話とは珍しい」

 事態を静観していた、背広姿の男が口を開く。古老の一角たる彼は、正史編纂委員会の重鎮として普段現世に存在しているので黎斗と直接面識はないのだ。もっとも、基本的に引きこもっていた黎斗と面識があるのは須佐之男命達三人くらいのものなのだが。

「お前はそういえば会ったことなかったな。電話の相手はオレのトコの居候だよ」

「居候……?」

 要領を得ない、といった表情の男に対し、黒衣の僧が補足に加わる。

「日本に現れた最初の羅刹の君。御老公と激戦の末、引き分けたお方です。ついこの間、現世へ行かれました」

 背広の男は唖然とする。今こいつは何と言った? 草薙護堂以外のカンピオーネが日本にいたというのか?

「羅刹の……君?」

「左様」

「な!? そのようなこと、我々は認知しておりません!!」

「そりゃあ、話さなかったからな」

 黒衣の僧の話に取り乱す男にあっさりと返す須佐之男命。

「このことはここだけの話だからな? 絶対現世で漏らすなよ」

「……おっしゃる意味がわかりかねます」

「アイツは自分の存在を秘匿することを望んでいる。下手に探ると火傷じゃ済まない痛手を被るぞ。オレもバラしたことアイツに知られたら何言われるかわかったもんじゃねぇ」

 途中からぼやきに変わった須佐之男命に引き続いて、黒衣の僧が、意地悪く笑う。

「あのお方、普段は温厚ですが正体を探られたなら激昂して国の一や二つ易々と滅ぼすでしょうなぁ」

 男の顔が真っ青に染まっていく。自分が今知った情報は、「知るべきではない」情報だったのだろうか? だが、日本のためにはここで情報を得ておいた方が良いことも事実。須佐之男命達の話が事実ならば、海外の結社は「居候」のカンピオーネを知らない。これは大きなアドバンテージになる。

「……どんな能力かお伺いしても?」

 恐る恐る、という表現がピッタリの表情で問いかける。一歩間違えれば待っているのは国を巻き込んだ破滅だ。慎重すぎて困ることはない。

「話してやってもいいんだが、アイツは権能多いから全部説明すんのはめんどくせぇ。洗脳したり束縛したり真似したり周囲を消し飛ばしたり。連戦になると怖くもなんともないが1対1ならつえーぞ。権能抜きの純粋な武術でもオレと張り合えるしな。なに、そんな怖れなくてもオマエがここで聞いたことを忘れてしまえば問題ないだろ。さっさと忘れろ。お前が黙ってさえいれば、みんなが幸せってなぁ」

 今度こそ、男は完全に沈黙した。権能を使わない武術で目の前の神と互角というのは戯言だと信じたい。この神が認める実力者とは、どれほどのものなのだろうか。

「……時が満ちるまで、このことは胸の内に秘めておきます。ご教授、ありがとうございました」

 しばしの沈黙の後、一礼と共に男が告げる。直後に姿が喪失したが誰も気に留めない。現世に戻ったことを皆が知っているからだ。

「随分慌ててたな」

 須佐之男命が杯を傾け、黎斗が調合した世界に二つと無い美酒に酔いしれる。

「御老公が脅かしすぎましたな。まぁ、問題は無いでしょう」

 黒衣の僧が笑いながらつまみを食べる。

「くれぐれも黎斗様を怒らせないようにお願いいたしますね」

 姫君の呟きが聞こえているのかいないのか、男達の酒宴が始まる。





「ただいまー」

 夜の9時になろうかという時間にようやく帰宅に成功する。追っ手の気配も監視されている様子も、ない。

「おかえりなさーい。晩御飯食べよ?」

 そういって準備を始める恵那の後姿が見える。

「……もしかして待っててくれたの?」

 まさか、と思いながらも聞いてしまう。

「うん。流石に家主様を無視して食べるのは気が引けるしね。一人で晩御飯っていうのもつまんないし」

「……すみません」

「…………ごめんなさい」

 思わず土下座してしまう。お腹が空いていただろうに、料理を作って更に待っていてくれる優しさに申し訳なさで胸がいっぱいになってくる。

「いいよいいよ。待ってたのは恵那の勝手だし。あ、お風呂も入ってるけど先に入ちゃう? 急用があったなら疲れてるでしょ?」

 笑顔で風呂を先に勧めてくる恵那。まさにいたせりつくせりである。外出理由の詳細を隠してカンピオーネを探しに行っていた黎斗としては罪悪感しかない。ここで先に風呂などというわけにはいかないだろう。

「先にご飯いただくよ。洗い物は僕がやるから先にお風呂入っちゃって」

「私も洗い物の手伝い……は出来ませんね…… 布団敷いてきます」

 いうが早いか駆け出すエル。食事先にしようと言う暇すらなかった。補足しておくとこのアパートは多くの部屋があるわけではない。某幻想殺しの人と違い黎斗には浴槽で寝る根性はない。つまり居間に恵那、エル、黎斗の順で布団(エルは籠の中に柔らかい毛布を敷き詰めるのがお気に入りらしいので厳密には布団、籠、布団の順であるのだが)を敷いている。エルが真ん中で寝ているのはエルが最終防衛線だからだ。恵那があんまり気にしてないようなので内心複雑な気分の黎斗である。

「……」

「……」

 しばし無言の末、恵那と2人で苦笑い。おそらく口で引っ張って布団を敷くのだろうが、布団を破かないように敷くのは至難の技だろう。そんなことを考えていた矢先、雪崩が崩壊するような轟音が響く。夜更けにこの音は近所迷惑以外の何者でもない。次いでエルの助けを求める悲鳴が届く。

「マスター!! つーぶーれーるー!! 助け……!! 重……!! 」

 おそらく布団を押入れから引っ張り出したまではよかったがその後で押しつぶされたのだろう。エルの大きさならば、布団でも十分脅威になりえるような気もする。

「夕食の前に、エルの発掘作業だな。こりゃ」

 じたばたと抵抗する音がだんだん小さくなっていく。疲れてきたらしい。恵那と再び笑いあい、黎斗は居間へエル発掘に向かっていった。早く行かないとまたキツネ様にへそを曲げられてしまう。とっとと敷いて、ご飯にしよう。

「あのカンピオーネはまた明日でいっか」

 課題は全て後回し。いつもこれで首を絞めているのだが気にしない。あの男がトラブルを起こさないよう神に祈って黎斗は今後の方針を考えることを諦めた。 
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