一人侍
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第三章
「この度は後れを取った、しかしな」
「ここで心を入れ替えることはか」
「せぬわ、捕まってたまるか」
「では逃げてか」
「盗人を続けてやるわ」
「そもそも何故盗みにこだわる」
このことについてだ、保昌は保輔に問うた。
「お主は昔から血の気が多く乱暴が目立ったが」
「悪いか、道を踏み外してじゃ」
その乱暴狼藉によってというのだ。
「こうなったわ、それならじゃ」
「道は戻らぬか」
「もう戻れるか、しかし人は殺めぬしじゃ」
「わしを兄と呼ぶか」
「そうしたことは絶対じゃ、そしてもう一つ絶対のことがある」
「捕まらぬか」
「捕まったらその時は死んでやるわ」
自らそうするというのだ。
「そうして流される前にじゃ」
「己で終わらせるか」
「何もかもな、ではさらばじゃ」
「待てと言いたいが」
「兄者にわしが捕らえられるか」
「捕らえられるからこうして出ておった」
これが保昌の返事だった、実際に足をすっと前に出した。その前に出した足は言葉以上の返事であった。
「覚悟はよいか」
「ならば去ってやるわ」
こう返してだ、保輔は先程の保昌の様に姿を消した、見れば傍にあった家の屋根の上にいた。
そこからだ、保昌に対して告げた。
「最後の最後まで盗人として生きてやるわ」
「跳ぶか」
「跳ぶことではわしは兄者より上、捕まらぬぞ」
こう言ってだ、自身も跳んで家の屋根の上に行こうとする保昌より先にだった。
屋根から屋根に跳んで去っていった、まさに保昌よりも跳ぶのは上でそれでどうにもならなかった。
それでだ、保昌は次の日道長に昨日のことを話した。
「そうした次第です」
「そうか、残念だったな」
「はい、出来ればです」
「そなたの手でだな」
「捕らえてです」
そのうえでというのだ。
「流罪にしたいですが」
「そうか、ではな」
「これからもですか」
「あの者はそなたを含めてな」
そのうえでというのだ。
「人をやろう」
「そうしてですな」
「捕らえよう、しかし聞く限りではな」
保輔のその話をとだ、道長は保昌に述べた。
「あの者もな」
「決してですか」
「心の底まで腐ってはおらぬな」
「私もそう思います」
保昌は道長に頭を垂れて言葉を返した。
「その目も荒んでいても」
「前を向いていたか」
「私を見据えてきました」
正面からだ、そうしてきたことも今話した。
「しかと」
「そうか、なら最期までか」
「道を踏み外したまま進むかと」
「それをあらためないままだな」
「その様です、乱暴狼藉でそうなり」
実は保輔はかつては朝廷に仕えていた、しかし乱暴狼藉が過ぎて今に至るのだ。
「最期まで無頼に生きるかと。ただ」
「前を向いてだな」
「毅然としてです」
そうしてというのだ。
「生きていく様です」
「惜しいな、その気概がありながらな」
それでもとだ、道長はやや瞑目して述べた。
「道を踏み外すとはな」
「私もそう思います」
血を分けた兄だけにだ、保昌にとっては尚更だった。それで言うのだった。
「しかし最期までです」
「見届けるか」
「捕らえることも含めて」
そうするとだ、保昌は道長に答えた。
やがて保輔は捕まり自ら腹を切ってその最期を遂げた、保昌はその話を聞いてそうか、と頷いてから最期まで前を向いていたかと呟いた。そうして秘かに弟を弔ったという。
一人侍 完
2019・2・14
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