自然地理ドラゴン
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三章 天への挑戦 - 嵐の都ダラム -
第31話 天への挑戦
女王への謁見のあと、シドウとティアは城を後にした。
事件の報告という仕事は無事に終えている。明日にはマーシアの町の職員らと共に帰途につく予定だ。
この地方およびこの季節特有の湿っぽい向かい風を受けながら、宿泊先に向かって歩く。
「シドウ、あれは何かな?」
街の中の道を曲がろうとしたとき、ティアが遠くを指さしながらそう言った。
シドウがその先を見ると、道の先に二階建てではあるが、かなり横長で大きな建物がある。そして入口には、たくさんの人間が押し掛けるように集まっているように見えた。
「地図を見る限りでは、あれが農業ギルドだけど。人がずいぶん一杯いるな……」
「行ってみようよ」
マーシアの職員はすでに先に宿へ戻っている。寄り道することに特に問題はない。
近づいてみると、農業ギルドの建物の中で大規模な集会がおこなわれているようだった。外にいたのは入りきらなかった人たちであり、外で立ち聞きということになっていたようだ。
集まっている人間たちの年齢層は意外と高そうで、なぜか皆ローブ姿だった。農業ギルドなのに、あまり農家のようには見えない。
「あの、これはなんの集まりですか」
その異様さが気になり、立ち聞き組で一番外側にいた中年男に対し、シドウは小声で聞いた。
「今度やる実験の説明会だ」
「実験?」
「ああ、毎年この時期にくる嵐を魔法で消す実験だ。王都にいて暇な魔法使いはみんな参加する」
「嵐を魔法で、消す……?」
シドウとしては衝撃的な内容だった。
見過ごすことはできないと思い、担当者に会うため集会が終わるまで待つことにした。
なお、ティアに対しては宿屋に先に戻って休むように言ったが、「やだ」と一蹴された。
* * *
シドウとティアが宿屋に戻ったころには、空は徐々に薄暗くなってきていた。
少し日が傾いてきているためでもあるが、黒い雲が急速に空を覆いつつあるためでもあった。
シドウはベッドに座り、そこから窓の外、流れの速い雲を眺める。
「まーた考え込んでる」
隣のベッドの上で枕を抱えていたティアが、表向きはからかうように、話しかけてきた。
「わかりやすくて悪いね」
なんとなく心配はしてくれているのだろうなと感じつつ、シドウは思考……というよりも、心配の海に沈んでいった。
この季節に定期的にやってくる嵐、熱帯低気圧。それが巨大な雲の渦であることは世間に認識されている。そしてその渦が、この都市の南東にある岬の方角からやってくることが多いということも知られている。
ならば岬に大人数の魔法使いを待ち伏せさせ、新しく開発したという風魔法で嵐の渦を吹き飛ばしてみてはどうか――それが今回の実験の趣旨らしい。
先ほど農業ギルドの前でその話を聞いたとき、シドウは集会が終わるのを待ち、それから責任者に「危険すぎる」と直接警告をした……のだが、聞き入れてもらえなかったのである。
「この実験は大臣からのご指示で、女王様のご承認もある。反対している者などいない」
担当者は、さらにダメ押しをしてきた。
「魔法使いには食うに困っている者も多くいる。兵士になろうにも、大魔王もいなくなって久しく平和であるため募集はない。冒険者になろうにも安定して稼げるとは限らない。今回の計画は、主催こそ農業ギルドではあるが、魔法使いへの救済という国策の一環でもある」
先ほど農業ギルドに集まっていた魔法使いたちは、中年の男が多かった。
大魔王存命中、国は防衛上の観点から『王立魔法学校』を新設し、魔法使いの育成に力を入れていた。だがその国策によって魔法使いとなった当時の若者たちが、今になっては雑用くらいしか仕事がなく、「こんなはずではなかった」という状況に置かれているらしい。
こういう細かいところにも、大魔王討伐の影響が出ているのだ。
シドウは一冒険者で外野ということもあり、そのような事情があるのであれば……ということで、あまりあの場では粘らずに引き下がってしまった。
その判断はよかったのだろうか?
そこまで考えたところで、シドウはなんとなく顔を上げた。
「うわっ」
すぐ目の前にティアの顔があり、驚く。シドウの上半身はそのまま後ろ――ベッドの上に倒れた。
どうやらいつのまにかティアが移動してきており、俯いて考えていたところを覗き込んでいたようである。
「もー。一人で悩まれたら私が暇じゃないの」
ティアがシドウの隣にボンと座った。
「私は大人じゃないし、頼りにならないかもしれないけど。パーティメンバーなんだから、いちおう相談してよ」
足をブラブラさせながら、そんなことを言う。ベッドの揺れが、仰向けで寝たままのシドウの体に伝わってきた。
「ねえ。さっき実験を止めようとしていたってことは、シドウ的には実験は成功しないと思ってるわけだよね?」
「そうだね。絶対に失敗する」
シドウは仰向けのまま、腕で目を隠してそう答えた。
「断言きたー。百人以上は魔法使いが揃ってたと思うけど?」
「それでも駄目だよ」
「そうなの?」
「うん。たぶんこの世界にいる魔法使いを全員呼んでも無理」
「ええ? そんなに? 本当?」
「本当。熱帯低気圧の力というのはそれくらい大きんだ」
シドウの母親が住んでいる山――かつてはドラゴンの一族が住んでいた山――にも、ごく稀にではあるが、熱帯低気圧がやってくることがある。
そのときは決して外に出てはならず、じっと巣で嵐が過ぎ去るのを待っていた。それが掟であったという。
世界でもっとも高い身体能力を持つ生物、ドラゴンでさえもそうだったのだ。シドウとしては、生物が天気をコントロールしようなど、大変におこがましいことに思えてしまうのである。
「そしたら、このまま一回失敗してもらえば? シドウの言うことが正しければ、大失敗してもう二度と計画されないんじゃないの?」
「……死人が出ないのなら、それでいいんだけど」
「死人までは出ないんじゃ……あ」
ティアはしゃべっている途中に自身の考えを修正したようだ。
「……私から見ても、なんか嵐を舐めてる感じはしたかも」
「うん。なんだか嫌な予感がする。事故が起きてもおかしくない」
「もっと強く反対すればよかったのに」
「もう決まっていることらしいし。俺、ただの冒険者だから」
「でも、シドウは心配なんだよね?」
「心配」
「ってことは、そういうことなんだよね?」
また首突っ込んで現地に行くんだよね? という意味である。
「まあ、そうだね。何かあったらいけないから、当日その場にはいたい」
「じゃあ、それでいいじゃないの。ほーら。誰かに話すと結構すんなり決まるでしょ?」
「……なるほど」
シドウは腹筋に力を入れ、起き上がった。
「ティアはいいの? 付き合わされることになるけど」
「いいともー!」
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