善鬼
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第三章
否定出来なかった、それで法空に申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありませんが」
「左様ですね」
「はい、修行はしていますが」
それでもという返事だった。
「それでも」
「中々難しいものです」
まさにというのだ。
「煩悩を絶つことは」
「女性のことも」
「それは拙僧も存じています」
煩悩を絶つことが難しいことがだ、法空自身もそうであったし多くの者の話を聞いてもだ。よくわかることだ。
それでだ、こう言ったのだった。
「ですが」
「このことはですね」
「お気をつけを。特に出家されているのですから」
「尚更ですね」
「そうです、くれぐれも」
こう言うのだった、そしてだった。
良賢は女色について懸命に自制しそうして修行を続けていた。だがある日のことだった。
この日も寺に多くの人や生きものが来ていたがその中に女がいた、女は寺に入るとすぐに法空に言ってきた。
「お久し振りです」
「はい、何でも他の国に行っておられたとか」
「上野の方に」
女はすぐに答えた。
「あちらに行っていました」
「左様でしたか」
法空は女が暫く他の国に行っていたことは知っていたがそれがどの国かまでは知らなかった、それでこの返事なのだ。
「あの国に」
「知り合いが病に罹ったので」
「その看病にですか」
「行っていました、妙薬を造り渡しました」
「それは何よりですね」
「はい、治ったのを見てです」
「こちらに戻られたのですね」
「左様です」
「それは何より。では」
「これからまたお聞かせ下さい」
法空の説法や読経をというのだ、こうした話をしてだった。
女は法空の説法を聞いたがその間だった。
法空の傍らで彼の説法を聞いていた良賢はずっと自分を凝視していることに最初から気付いていた。それであった。
説法が終わり他の人や生きものが帰ってからだった、女は良賢に言った。
「はじめてお会いする方ですが」
「何でしょうか」
「貴方は私に煩悩を抱いていましたね」
このことをそのまま告げた。
「そうでしたね」
「そ、それは」
「隠しても無駄です、私は鬼です」
「何と、鬼とは」
「鬼とて説法や読経を聞く者はいます」
自身の五本の指を見せて言うのだった。
「この通り」
「まさかその様なことが」
「この通りあります、そしてです」
「拙僧が貴女に煩悩を抱いていたと」
「出家されていながら煩悩を絶てぬとな悪しきこと」
このことを責めるのだった。
「これは仕置きをせねばなりませんね」
「鬼の仕置きとは」
「安心されるのです、取って喰らうことはしません」
女はそれはないと約束した。
「しかし覚悟は出来ていますね」
「厳しい仕置きになりますか」
「そのことお覚悟を」
「お待ち下さい」
女はその手に角棒を出してそれで良賢をしこたま打ち据えんとしたその時にだ、法空が慌てて止めに入った。
「良賢殿も魔が差したのです」
「この方もですか」
「はい、そうなのです」
良賢の名を伝えたうえでの返事だった。
「この方も」
「間違いだからですか」
「誰にも間違いはあります」
つまり魔が差すということがだ。
「ですからここはどうか」
「仕置きはですか」
「ご容赦を」
「申し訳ありませぬ」
良賢自身も女に謝った。
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