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善鬼

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第一章

               善鬼
 下野国の仙洞の話である、ここに法空という僧侶がいた。
 かなり徳の高い僧侶で彼の説法や読経を聞きに多くの人が集まったが集まるのは人だけではなかった。
 狐や狸、犬に猿に蛇や蜥蜴、蛙まで聞きにきた。それをはじめて見た子供が驚いて言った。
「獣まで来るなんて」
「これがいつもなんだよ」
 その子供に両親が話した。
「法空様の説法はね」
「獣まで聞きに来るんだ」
「それだけ有り難いものなのよ」
「だから皆聞きに来るんだ」
「そうなんだね」
 子供も納得した、見れば本堂だけでなく庭にまで多くの人や獣が聞きに来ていた。そしてある日のことだった。
 ある美しい女が法空のところに来てこう言ってきた。
「私も貴方の説法や読経を聞いて宜しいでしょうか」
「構いません」
 法空は女に微笑んで答えた、温和な顔の老僧であり僧衣がよく似合っている。
「是非お聞き下さい」
「そう言って頂けますか、ですが」
「貴方は人ではありませんね」
「おわかりですか」
「気が違いますので」
 それでわかったというのだ。
「それで」
「左様ですか」
「貴方は鬼ですね」
「はい、羅刹女です」
 女は法空に自らその正体を語った。
「人を喰らう」
「ですがこれまで人を襲ったことはないですね
「それもおわかりですか」
「人を襲って喰らわば目が変わります」
 女のその目を見ての言葉だ。
「ですから」
「おわかりになりますか」
「その目は黒いです」
 見れば人間のものと全く変わらない目だ。
「ですが人を喰らうと赤くなります」
「だからわかりますか」
「はい、そのことも」
「鬼に生まれましたが」
 それでもとだ、女は法空に話した。
「幼い頃から御仏の教えに憧れ」
「説法や経典に親しまれていましたか」
「そしてこの度法空様のお話を聞いてこの国に来ました」
 下野にというのだ。
「そうした次第です」
「左様ですか、それでは」
「説法や読経をですね」
「拙僧のものでよければ」
 こうしてだった、羅刹女も法空の説法や読経を聞くことになった。外見は普通の美しい女であったので誰も彼女が鬼とは気付かず普通に共に法空の説法や読経を聞いていた。
 だがある日のこと女は自ら鬼であると周りに言ったが。
 その時法空が周りに言った。
「ご安心を」
「この人が鬼でもですか」
「それでもですか」
「鬼といえどです」
 それでもというのだ。
「その方は五本の指がありますね」
「確かに」
「指は五本ですね」
「五本全てありますね」
「そういえば」
「悪しき鬼は三本指です」
 俗に鬼の指が三本なのはよく知られていることだ。 
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