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人理を守れ、エミヤさん!

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お休みなさい士郎くん




「刃にてその心を断つ。残念ですが、慈悲はありません」

 ものの一分で、俺があれほど苦戦したケルト戦士を一掃した少年が血振りをする。苦無型の短刀にこびりついていた血が払われ、少年はこちらを振り返った。
 十代半ばほどの外見だ。赤い髪、赤い瞳の忍。彼は俺が満身創痍なのを見て、気遣わしげに声を掛けてきた。

「大丈夫……ですか?」

 彼の問いに苦笑して、地べたに座り込む。全然大丈夫ではない。しかし俺は弱音よりも、感謝を伝えるのを優先した。

「いや……どうかな。それより助かった。ありがとう」
「いえ、サーヴァントとして当然の事をしたまでの事です。あれらケルトの者らは僕にとっても敵ですから」
「そうか……俺は衛宮士郎だ。出来ればよろしくしてくれ」

 そう言って座り込んだまま手を差し出すと、彼は一瞬きょとんとして、微かにはにかみ手を握り返してくれる。
 本当に気のいい少年らしい。忍とは思えない、というのは侮辱か。苦無捌き、使用した忍術、体捌き、気配遮断。どれも見事で彼が姿を表すまでまるで気づけなかった。このアサシンは間違いなく一級か、それ以上のアサシンだ。いや忍者だ。

「こちらこそ、よろしくお願いします。では改めて名乗ります。僕はアサシン。風魔忍群五代目頭目、風魔小太郎です。見たところマスターのようですが……ご随伴なさっているサーヴァントの方はいらっしゃらないのですか?」
「いや……それがな」

 俺は彼に説明した。カルデアの者である事。第三特異点を攻略したら、敵方の仕掛けでこの特異点に転移させられた事。疲労困憊の状態だった事。サーヴァントもいない単独である事。
 彼は無言で聞き、そして頷いた。俺を疑う素振りはみせていない。信じるに足ると判断してくれたようだ。

「……なるほど。大変でしたね。ならばこれより先は、この風魔が貴方をお守りしましょう」
「すまない。ありがとう。本当に助かる。頼りにさせてもらうぞ、アサシン」
「はい。よろしくお願いします、カルデアのマスター殿。それと僕の事は名前でいいですよ」
「分かった。仲良くゲリラしよう、小太郎」

 ははは、と小太郎は快活に笑った。冗談だとでも思ったのか。
 片目を前髪で隠し、インドア派のような穏やかで気弱そうな風情だが、こんなふうに笑えるのなら上等だ。彼の肩を借りて立ち上がると、そのまま歩き出す。
 何処か行く宛があるのかと訊ねると、無いと答えられた。なんでも小太郎も召喚されて数日しか経っておらず、まだ他のサーヴァントにはお目に掛かっていないらしい。いたのは問答無用で襲いかかってくるケルト戦士ばかり。そして、無辜の民草を虐殺する姿ばかりを目撃していたと。
 それを塞き止める為に単独で奮闘していたが、そろそろ単騎での活動には限界を感じていたらしい。仲間を求めて彷徨っていた所、銃声を聞き駆けつけてくれたようだ。

「しかし最低限の情報は入手してあります」
「土地名、時代、敵と現地の勢力か?」
「ご賢察です。ここは北米、年代は西暦1782年で、敵はケルト戦士です。残念ながら敵首魁は不明ですが……現地のアメリカ軍は頑強に抵抗しています。指揮官はジョージ・ワシントンだそうです」
「……アメリカ独立戦争終結の一年前か。なるほどな、アメリカが独立出来なければ人理は崩壊する。特異点化には持ってこいという訳だ」

 だが些か腑に落ちない。アメリカの独立を阻むのが魔神柱の目的ならば、どうして無辜の民を虐殺している? もっと別に合理的な手段はあるだろう。敵サーヴァントの暴走か?
 情報が無さ過ぎる、今は考えても無駄か。
 それよりも今は猛烈に疲れた。怪我の応急手当は小太郎がしてくれたが、とにかく休みたい。手当てだって足りてない。魔力を使わずに済ませたかった。

 小太郎がいつの間にか俺を担いでいた。疲労から意識が朦朧としていたら、彼は急いでとりあえずの拠点に連れて行ってくれたらしい。西部劇であるような、閑散とした町だ。人気はない。
 聞くと、どうやらここの住人はケルトどもに皆殺しにされたようだ。生き残りはいなかったと。小太郎はケルトどもを倒し、ここを拠点としていたようだ。食料や水、小さな町医者の医院もあったが、どこか侘しい。
 包帯やら何やらを巻いてくれる。介護されてるようで恥ずかしいが、本当に何もする気になれないので甘んじて受け入れた。食料も簡素ながら料理してくれて、提供してくれる。ほんといい子だな小太郎……。
 それから、寝た。只管に寝た。魔術回路も通常の状態に戻っていく。その間何度かケルトどもが襲撃して来たが、全て小太郎が撃退してくれた。俺には休んでいてくださいと言って。労う為に料理を振る舞うと、泣いて喜んでくれた。おいおいと苦笑する。英霊は腹ペコばかりなのか?

 ……二日が経った。

 何度も故障を疑ったが、通信機の表示する時間はまだ一時間も過ぎていない。どういう事だ? まさか時間感覚が狂っているのだろうか。念のためリハビリがてらに宝具を多種投影し、自身の状態異常を解析したり、解除してみようと試みたが何も変調はない。体の新陳代謝も正常なペースで進んでいる。
 体、魔術回路、共に解析して正常。かといってカルデアの通信機が示す時間は異様なまでに遅すぎる。嫌な予感がした。俺に異常がなく、多機能型の通信機も故障していないなら、おかしいのはそれ以外という事になる。
 日に十二回、通信を試みたが応答はなかった。……精神を統一し、世界の異常を感じ取ろうとするも、なんとなく薄い膜に包まれている気がした程度。広大極まる範囲を結界が覆っている……? そんな曖昧な感覚だ。気のせいかもしれない。漠然とした不安を覚える。

 ――まさか。いや、そんな訳はない。

 自分に言い聞かせる。

 それよりも気にしなければならないのは、現実に直面している危機だ。
 体力は戻った。魔術回路も平常に回復した。しかし隻眼のハンデはまだ克服出来ていない。そこで俺は小太郎に頼んで、彼と軽く立ち合った。勝負ではなく、単なる感覚のすり合わせだ。
 包帯で左目を覆っている。病気になるのは御免だから、水や食料にも細心の注意を払っていた。後清潔にするのも基本である。

 小太郎は執拗に死角から仕掛けてくる。丁寧に上段の袈裟から、下段の足払い、胴払いをします等と声に出しながら。それを干将莫耶で凌ぎながら、徐々に声掛けを無くしつつ、それに対応出来るように感覚を合わせていく。
 そして、更に三日が経った。……カルデアの時計は未だに一時間も経たない。自分の状態の解析と解呪、通信の試みが日課になっていた。応答はない。異常もない。それが異常だった。

「――それにしても、主殿は僕と同郷の方だったんですね」
「なんだ今更?」

 五日も同じ釜の飯を食い、何度も立ち合って、語り合ったりしていると、小太郎ともすっかり親しくなれていた。
 彼とは正式に主従関係となった。パスを繋いで魔力を供給している。破損聖杯から俺に、俺から彼に魔力が流れる形ゆえに負担はない。宝具を使われるとほんの少しだけ負荷がある程度だ。
 この感じだと、燃費のいいサーヴァントなら五騎、俺自身の魔力も回して無理をすれば七騎契約出来る。燃費の悪いトップサーヴァントなら二騎で、無理をして三騎だ。破損しているとはいえ流石は聖杯である。これがなければ小太郎だけで契約は限界だった。
 小太郎は優秀だ。スキル、ステータス、宝具、技量、コストパフォーマンス、思想、性格。まさに理想のアサシン、もとい忍者だ。その破壊工作の技能で、一度はここに押し寄せたケルト軍の軍勢を壊滅状態にしてしまったのである。戦闘もなく、破壊工作だけで。

 出会ってから五日、その日の夕方の事だった。俺の感覚の擦り合わせの手伝いを終えると、小太郎は何気なく言った。
 大方の感覚の擦り合わせも終わった。恙無く左側からの攻撃にも対処できるようになれた。寧ろ以前より感覚が鋭くなっているかもしれない。

「主殿はその、日本人離れして長身ですし、肌の色や髪の色も特異ですから。衛宮士郎と名乗られた時は素直に驚きました」
「それを言ったら小太郎もな。赤毛に赤い瞳、そして白い肌。日本人離れはお互い様だろう」
「はは。この赤毛は、異国の出身の証なのでしょう。父もそうでしたから。それだけでなく……僕は他にも、試行錯誤の末に生まれた子供のようです。人のような、そうでないような、人でなしのような――そういう存在です」
「へぇ。でも小太郎は小太郎だろ。自分が自分を定義してる通りに在れてるなら、生まれなんかどうだっていい。お前は風魔の小太郎だろう? 外見とか血とか生まれとか、些細な問題だ」
「……」
「どうした?」
「いえ……。……主殿は、その……あまり、えばらないのですね。あ、いえ、威厳がないとか、怖くないとか……そういう意味ではなくて、大変……お仕えしやすいです」

 なんだコイツ。純真か。思わず頭を撫でてやると、擽ったそうにしながら慌てていた。
 なんだコイツ。純心か。思わず心が洗われる。こんな忍者に仕える主認定された奴は幸せだな。という事は俺は幸せ者か。
 ……カルデアとの通信は繋がらない。一応、第四特異点の攻略指南書はデータに纏めて、カルデアに送信してみるが、やはりなんの手応えもないまま。

 ……。

「そろそろこの町を出よう」
「はい、そうですね」

 長居しすぎた。俺がそう言うと、小太郎はあっさり同意してくれる。

「訳は聞かないのか?」
「はい。雇われたからには、お仕えします。それにこれ以上はケルトの侵攻を防ぎきれません。更なる大軍が差し向けられるか、敵サーヴァントに襲撃される恐れがある。こちらから仕掛けるのはいいにしても、敵から仕掛けられるのは面白くありませんから」
「……」

 思考停止して諾々と従うだけでなく、自分の頭でも考えてくれている。……やはり忍者はプロ意識の高いサーヴァントだった……?
 最優の称号がセイバー、最速がランサー、最強がバーサーカー(ヘラクレス)なら、最高はアサシンかもしれない。最高のアサシン、と本当は呼ばれるべきだ。切嗣もアサシンだからな。

「よし。なら荷物を纏めてさっさと出よう。その前に、」
「破壊工作していきますね。僕達が立ち去った後に来たケルトを壊滅させるために」
「……」

 忍者、最高だ。俺は無言で頷き、これまでちまちま投影していた宝具爆弾を小太郎に渡す。
 小太郎には俺の能力も伝えている。わあ、便利ですね、が彼の感想だ。凄くシンパシーの湧く感想だった。小太郎は各所に投影宝具を設置し、忍者としても罠を幾つも仕掛け、更には忍術で幻や落とし穴など多数の置きお土産も残した。
 日が暮れる前に無人の町を出る。嚢に纏めてある荷物を背負い、俺は切り立った丘まで来ると、町にケルト戦士が来るのを待つ。そして日没を迎えて暫くすると、総勢百のケルト戦士が夜襲に来た。町に入ったのを視認し、小太郎の罠にケルトどもが掛かるのに合わせ、投影宝具を爆破する。掃除は完了だ。小太郎と拳を合わせる。
 小太郎少年は、気恥ずかしそうに微笑んだ。

「僕は人でなしかもしれませんが……それでもいいと今は思えます。ありがとう。今は貴方という主の為に……自分の全てを使いたいと思います」
「バカか。そういうのは、もっと後に言え。まだまだこれからだぞ、俺と一緒に苦労するのは」
「……はは。ええ、共に艱難辛苦を乗り越えましょう、主殿」

 戦果を確認して歩き出す。目指すは更なる情報収集、更なる仲間の獲得、更なる……。

 ……。

 ……ふと、空を見上げる。光帯の真ん中にある月と、無作為に散る星々を。
 俺はカルデアに通信を送った。

 応答はなかった。時間は、まだ三十分も過ぎていない。















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