魔王の友を持つ魔王
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§6 アテナ編あとしまつ
「はぁ……はぁ……」
静寂が支配する空間に、1人黎斗の声が響く。全身が真っ黒ですすだらけ、両目が充血し血の涙が流れている。左目は、輝きが全くない。
「やはり、大技使うと流浪の守護がぶっ飛びますね。上手く隠そうとしても強大な気配を数秒垂れ流し状態に。アーリマン、スーリヤ、テュール、ツクヨミは使用要注意ですよ」
半径十数kmはありそうなクレーター。その広大なクレーターの外から声を張り上げるエル。空間を歪める程の威力で抉られたそこは、あまりの熱量に未だ大地より煙が立ち込め中央部の視認が叶わない。
ふらふらと、そしてゆっくりとこちらへ向かってくる自らの主は今にも倒れそうな雰囲気を身に纏っている。
「そろそろ恵那さんが帰ってくる時間帯です。現世へ帰還しましょう?」
「そだね、ちゃっちゃと風呂に入って汚れ落とさなきゃ」
「左目、大丈夫ですか?」
「久々だけど大丈夫。1日くらい誤魔化しきれるさ。明日休日だし」
太陽神スーリヤの権能。黎斗の所有する力の中で最大の破壊力を誇る。威力、範囲共にこれを凌駕する力は、黎斗の1000年近い人生でもお目にかかったことはない。これに次ぐ破壊力を持つのは、黎斗の知ってる範疇においてはおそらく護堂の太陽召喚だろう。それですら、かなりの違いがある。
その超威力の代償は、1日の間左目が使えなくなること。また、攻撃範囲が広大なのでおいそれと使うことはできない。半径数m程度ならともかく半径十数km以内を全て消滅させる力は使い勝手が悪すぎる。気軽にホイホイ使うには怖すぎる権能。適当に使ってコレなので、全力で撃った際の攻撃範囲と威力がわからない。何故なら被害が洒落にならないため、本気で撃つ時は幽世だけだ。領域丸ごと粉砕するため範囲はわからないし、必滅のため威力も不明確。手加減しても街中で使うなどというのは論外だ。昔1回海の上で使ったのだが、瞬時に水蒸気の煙が周囲を覆い、冷水が熱湯に代わりゆでだこになった生物の死骸が、常軌を逸した悪臭と共にプカプカ浮かぶ様はトラウマだ。しかも津波が発生するというオマケつきである。なんとか被害は防げたものの、これでは怖くて使えないだろう。ちなみに、あれ以来、しばらくの間黎斗は焼いた魚を食べられなかった。魚の皮の焦げ目を見るたびにこのことを思い出すのだからしょうがない。
「うし、風呂ー!!」
現世に戻るなり叫ぶが早いか黎斗は風呂へ直行した。恵那の超人的な勘で怪しまれないため、という理由もある。
護堂とアテナの戦いの翌日から、黎斗は訓練を開始した。バレないよう幽世で。幽界なら人目を気にせず力を振るえる。授業が終わったら幽世へ。ツクヨミで自身の時間を加速し、他の権能をぶっ放して訓練。鈍りきった今では倍速しか出来ないからたいして効率が良くはないが、加速時間の倍率を全盛期まで戻せれば、スーリヤの1日左目使用不可という代償も加速時間内で約半日以上消化できる。次の日の朝には復活だ。
だが、それまでは日常生活を片目ですごさねばならない。周囲に露見したらおしまいだ。それを防ぐため黎斗1日引き篭もっていられる休日を訓練に当てている。恵那は休日も色々忙しいらしく日中滅多に家に居ない。だから、休日。
もし、今まつろわぬ神が出現しても弱りきっている黎斗では敵わない。そこは護堂にお任せだ。エルは呆れていたがしょうがない。今のままの碌に権能を使えない状態では連戦になったら詰む。それがエルとの共通認識だった。
「ふぃー、風呂あがっ……!?」
その後は言葉にならずに絶句する。視線の先には、お茶を仲良く飲むアテナとエル。
……なんだこれは。
「む、意外と早風呂だな、古き王よ。これが烏の行水というやつか?」
「アテナ様どこでそんな言葉を覚えられたのですか?」
「いやいやキミ達……」
事情についていけない黎斗。アテナは何故この場所がわかったのだろう?
「古き王よ、御身も相当鈍っておるな。そこまで気配を隠していないのに妾の存在を察知できないとは」
彼女の言葉に息を呑む黎斗。これが好戦的な神だったら終わりだ。まだ全快でないであろうアテナであったことに感謝するべきか。
「……ふむ、すぐさま戦闘とならんところは相変わらずよのう。傷ついている今の妾なら鈍っているあなたでも楽勝だろうに」
はう、と気の抜けたように息を漏らしながらお茶を飲む様子を見ていると、なんだか気を張っている自分が馬鹿のように思えてくる。
「んなことせんわ。で、なんでここがわかった?」
ココアを飲みながらアテナへ尋ねる。智慧の女神は智慧を司るのであって、直感や予知を司る訳ではないだろう。日本に無数にある建造物の中から、数日のうちにここを見つけ出す術が勘以外に存在するならば、それは脅威以外の何者でもない。
「簡単なこと。古き王、あなたはたしか、気配を打ち消す力を常に纏っておる。ならば妾の呪力を誰にも気づかれぬようこの地域に薄く撒けばどうなるか? あなたがいる所だけが、妾の呪力が消滅しているように見えるのだよ。あとはその痕跡をたどるだけ」
「流浪の守護は気配を遮断する。展開領域は僕及び僕に触れている物。だから、足元に存在するアテナの呪力も踏んでる間は外界から遮断してしまっていたワケね……」
なんという出鱈目な方法だ。呪力の無駄遣い以外の何者でもない。しかし、黎斗を発見するにはうってつけの方法であることも事実。流石は智慧の女神というべきか。完敗である。
「さて、種明かしもしたところで本題だ。あなたはあの日、妾に邪眼を放ったな?」
「うん。悪いけど、あのままだと護堂が負けただろうから横槍入れさせてもらったよ」
あのままだと被害が甚大になるし、と続けて話す。アテナは目を瞑り黙っている。
「……決闘に介入したこと、やっぱり怒る?」
おそるおそる、尋ねるのは、ここで戦闘をしたくないから。正々堂々の戦いを汚しておいて今更コレはないよなぁ、と心の奥底で自嘲する。
「別に。何時、何処で、何が起こるか予測がつかないのが戦というものだ。とくにこの国ならばあなたの妨害を予想して然るべきだ。しかし何故姿を現さなかった? 900年程前のアレはあなたは負傷していたが今回はそうではないだろう。今のあなたなら妾とも戦えるはずだ」
「うーん、ちょっと事情がありまして……」
苦笑いする黎斗の様子を眺めるうちに、アテナの表情が意地の悪い笑みに変わる。
「ほぅ…… さては草薙護堂に神殺しであることを隠しているな?」
あっさりバレた。まぁ、当然か。隠していなければ共闘すればよかったのだから。
「うん。だから口裏合わせてくれないかな?」
「……妾にそれを頼むか?」
いかにも呆れた、という様子のアテナ。
「妾にそれを聞く義理も道理もないぞ。むしろ草薙護堂に告げてやろうか悩んでおるわ」
「僕の正体がバレないほうが護堂が成長するでしょ。味方のカンピオーネが居なければ否が応でも頼れるのは自分だけだ」
「アテナ様も草薙様と再戦なさりたいのでしょう? 強い敵と戦いたいのではありませんか?」
口には出さずにそっと心の中でエルのアシストに感謝し、彼女の様子を伺ってみる。
「ふむ、やつを鍛えるためか。たしかに一理ある。彼には我が敵として十分な力を備えてもらい、その上で大戦といきたいものだ。よかろう、その案を呑んでしんぜよう」
えっ、何この展開。予想外に早い納得って何よ。まさか護堂、アテナも落とした!?
……などと黎斗の驚愕をよそにしばしの沈黙の後肯定的な返事を返すアテナ。
「あなたと戦っても良いと考えていたのだが、どうやら今のあなたは先の戦いで力を消耗した私では相手にならないようだ。古くは不覚を取ったが次はいかぬぞ。まぁ今回はおとなしく茶会としゃれこもうか」
「あ、マスターおかわり」
「……なんともまぁアナタ方ごーいんぐまいうぇいですな。いやいいけどね」
ため息をつきながら空となったアテナとエルの茶碗に抹茶を入れる。
「ただいまー。やっぱり神様いたんだ?この感じだと外国の神様?」
恵那が帰宅したらしい。この場の言い訳どうしよう?っーか彼女は何故外国の神の気配を当てられるのだろう? 野生児の超感覚で済ませられる次元ではないだろう。いや待て普通に流したけどなんで神がいること驚かないの? おかしくない? 黎斗の頭を無数の疑問が駆け巡る。
「あ、おかえりなさーい」
「うむ。誰か知らぬが邪魔しておるぞ。……お主も隅に置けないのう」
ニヤニヤ、という擬音がもっともふさわしいであろう表情でアテナが脇を小突く。嫁か何かだと思われているのだろう、きっと。この場での反論は不利だと黎斗はすばやく話題転換を図る。
「おかえりぃ。今アテナ様とお茶会だよ。抹茶とココア、どっちがいい?」
アテナ様、ときちんと様付けにする。無駄な努力のような気もするのだがするにこしたことはないだろう。
「んー、抹茶でお願いしていい?着替えたらそっちいくね」
返事だけよこしてアッサリ部屋の奥へ引っ込んだ恵那。1分もしないうちに着替えを終えて居間に舞い戻ってきた。上機嫌で黎斗とエルの間、アテナの向かいに座りニコニコとしている。
「れーとさんおじいちゃまの他にアテナ様ともお友達なんだ。普通の人とは思えない交友関係だよねぇ」
「スサノオはともかくアテナ様は微妙に違うんだけどな・・・」
須佐之男命は友人だがアテナはまだ友人候補だろう。さっきまで戦いの予定を話していたのだから。黎斗は戦闘狂ではないし、戦う人=友達なんて図式も無い。
「ほぅ…… そなたが……」
今の僅かなやりとりだけで、恵那の立場と黎斗がカンピオーネであることを彼女に隠していることを察したらしいアテナは余計な発言を控えたらしい。意味深な笑みを浮かべながら抹茶を再びおかわりする。
「あ、抹茶ありがと。れーとさんだけココアなんだね。みんな抹茶なのに」
「まさか抹茶をみんなして飲むとは思わなかったんですー」
玲瓏な声音で笑う恵那にしかえしの意味も込めて表面張力ギリギリまで抹茶を注いでやる。
「あ、あー、こぼれるよー」
「マスター、精神年齢低すぎですよ……」
悲しい人を見るようなエルの目がとても痛い。すごく痛い。まあこれは自業自得なのだが。隣で恵那がこぼさないように必死で飲んでいる光景とアテナがクックッと笑う様子が見える。
「くっくっくっ。まさかこんなに幼稚な人間だったとはな」
「精神年齢は肉体に引きづられるんですー」
「また屁理屈を……」
「まて黎斗よ、その論理でいったら妾はどうなる?」
事情を知らない恵那が居ることでわざわざ黎斗、と呼び方を変えてくれたアテナの反論に、黎斗は何もいえない。ここには彼よりも長生きで外見は幼い癖に精神は成熟している存在が居ることをすっかり忘れていた黎斗は押し黙る。
「れーとさんの負けだね」
こぼさずに飲みきった恵那の自慢げな表情が、ただただ恨めしかった。今度は熱湯をそそいでやろう。そう心に誓う黎斗、(外見年齢は)17歳のある日の夕方。外でカラスが、アホーと鳴いた。
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