【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~
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吹雪く水月7
前書き
これまでの投稿分はこれで終わり。次回から新話となります。
時間はジャミングの効果が切れるより前、エイジがナンダの鉄脈術を見破った頃にまで遡る。
引力とはどんなに小さな質量の物体でも必ず持っているとされる「引き寄せる力」だ。
思えば最初にエイジの氷の壁を圧と反対の方向にへし折ったのも、折ったのではなくただ引き寄せていたのだと考えれば説明がつく。そして引き寄せた物体を遠心力と、恐らくは質量も込めて弾き飛ばした。彼女の攻撃は全てが自力ではなく射出する何かに依存していたのだ。
その彼女の引力が、古芥子姉妹を猛烈な力で引き寄せていた。
「こ、氷で止めてくれるのはありがたいけど……!」
「引力と氷の間で、圧し潰されるぅ……!」
「……なら」
エイジはすぐさま受け止めた氷の裏側を術で変形させ、氷柱を打ち出す。それは敵に攻撃の機会を与えるだけなのでは――と思ったが、次の瞬間に氷柱が凄まじい勢いに加速した。何が、と思い、気付く。これだけ強い力で二人を引き寄せようとしてるのなら、つまり引力が強く作用しているのだ。その引力に攻撃を乗せれば、通常以上の速度と威力を発揮する。
「っととぉ!抜け目のないのは嫌いじゃないが!」
ナンダが手を振って氷柱を逸らし、遠心力を加えて投げ返してくる。
氷が破壊されるが、古芥子姉妹は引力から解放されていた。
「あの引力、同時にそう多くの事象は操れないのかな?」
「だと思う。もしくは別の所にリソースを割いているのか……」
エイジに背負われながら相手を睨む。しかしナンダはそんなこちらを朗らかな笑みで見つめている。あれだけ暴力的なのに、その表情に嗜虐的なものを感じないのが不思議だ。
「氷を飛ばすと投げ返される。冷気を放出しても、風を遠心力で振り回して意味がない。美音ちゃんの炎は……」
「二人の炎は全部あの魔鉄器から発射される。多分、OWの性質上必要なんだと思う」
「そーなのよ。エイジの冷気は氷っていう固形物に出来るでしょ?でもウチらの炎はコントロールをミスると周囲を容赦なく焼いちゃうから、魔鉄のリングを枷に見立ててコントロールしてるの!」
「ち、ちょっと美杏!乙女の秘密を勝手に喋らないでよ!!」
つまり、あの熱線発射以外の応用が今の所ない、ということらしい。もちろん熱線も逸らされるのでなしだ。美音が悔しそうな表情を浮かべる。
「リング全部使って発射するってことも出来るには出来るけど、さっきの見たでしょ?逸れた熱線がビルを破壊したの。考えなしにぶっ放したら、下手すると町の人を殺しちゃうから出来ないの」
苦渋に満ちた表情だった。恐らく何も考えずに火力だけで押せば勝てないことはないのだろう。しかし大きすぎる力は振るう機会が限られる。超国家の元首たちなどがそうだ。
最強の一角と謳われるヴァンゼクス超国家連合元首のリュドス四世は、本気を出せば世界を滅ぼせるが、王が統治する世界を滅ぼしては本末転倒なので本気で力を行使できないと言われている。力を持ちすぎたがゆえのジレンマだ。
「物理的な攻撃は捌かれる。あっちの武器になる破片や瓦礫は戦うほど増えていく。かといって離れたら引力で引き寄せられる、或いはその逆も可能かもしれない」
ナンダたちは恐らく、引力で引き寄せることも、逆に『引き寄せられる』ことも出来るとエイジは考えているようだ。それがエデンたちを吹き飛ばした彼女たちの追跡手段だったのだろう。こうなると一体どうやれば相手の攻撃を止められるのかが分からない。
製鉄師の戦いをよく知らない人が言いがちな台詞に、魔女を倒せばいいというものがある。しかし魔女を倒して製鉄師を止めると言うのは「魔女を殺す」という意味であることまで正確に理解している人は多くない。そんな業をエイジに負わせる訳にはいかないし、そもそも相手の魔女らしきルーデリアはナンダの鉄壁の守りで傷一つ、身じろぎの一つさえしていない。
いつの間に日傘など差したのやら、と思い、ふとその日傘に小さな砂汚れがいくつか付着しているのが目に入る。遅れて、あれが防いでいるのは日光と紫外線だけではないのだと思い至る。傘の形をした、魔鉄の防具なのだ。多少の流れ弾は自力で防いでいるのだろう。
エデンはそんなもの一つも持っていない。持とうという意識もなかった。だからエイジに必要以上に守られている。美杏と美音ははじめから手を繋いだまま息の合った動きで行動しているが、双子ならぬエデンにはそれすらも出来なかった。
エイジと繋ぐ手に力が籠る。自分の無力さが、悔しかった。
何の役にも立たず、お飾りのように守られている身が憎かった。
「……あのさ、エイジ!」
美音が声を上げる。
「何?」
「アレ使えないの!?ほら授業で八千夜を動けなくした奴!」
「あれは効果が一瞬。タイミングを合わせられると防がれて終わる」
「~~~!だったら他の有詠唱の術とか!!」
「ごめん、ない」
質問した美音と美杏は失望が隠せない。現状で一番頭の回るエイジがないといった以上、今のエイジが使えるのはあの術――『拒止の風剣』以外の術はないのだろう。もはや逃げ惑う他ないのだろうか。エイジはともかく美杏と美音の術は移動向けではないため、二人は玉の汗を落としている。
右から左から、そして直線でも飛来する攻撃を捌き続けているが、その狙いは次第に正確に、より緻密に先読みをし始めていた。あのナンダという製鉄師、鍛鉄ではあるのだろうが、こちらより遥かに戦い慣れしていた。せめて、『拒止の風剣』を超える力があれば――。
「………」
ある、のではないだろうか。
少なくとも、あの時の訓練で繰り出した『拒止の風剣』を超える手段が。
「エイジ」
「どうしたの、エデン?」
「パパとママ、カラオケで絶対一度はデュエットしてたよね、ママから誘って」
「うん。『二重詠唱』の練習だっていつも言ってた。でも紗璃亜姉さんは、ただ一緒に歌いたいだけだってからかってたね」
「私たちもデュエットしたけど、結構いい点出たよね?」
「72,5点。全国平均を下回ってた……エデン?まさか……」
「リベンジ戦よ。『二重詠唱』で『拒止の風剣』を強化してぶつける!!」
『二重詠唱』――詠唱に魔女も参加することで通常の術をより強力にする、言うならば超必殺技だ。
「……………」
「返事はっ!!」
エイジは唖然とした表情で危うく足を止めかけたが、すぐさま動きを取り戻す。
「危険すぎる。一度も試した事がない。『二重詠唱』の発動は通常詠唱と違って足が完全に止まるし、防壁も一度もやったことないじゃないか」
「さっき古芥子姉妹が言ってたでしょ!!術なんて、出来ると思えば出来るのよっ!!」
「出来なかったら無防備になる!!その間に攻撃を受けたら――」
「そのための防御壁でしょうが!!」
『二重詠唱』は、その性質上詠唱しながらの移動が極めて難しいと言われている。より強力な術を放つためには、より濃密で大量のA.B.を展開し、そこにオーバーイメージを捻じ込むという強度の高い事象干渉が必要になるからだ。
通常の術ならば契約魔鉄器から放出されるA.B.で事足りるが、『二重詠唱』は違う。力の源である鉄脈を完全開放し、放出された力を二重の詠唱で練り直さなければいけない。この際の隙だらけの術士たちを守るのが、『二重詠唱』を収め、術の発動を補助する力の器、すなわち防御壁である。
この防御壁はたとえ製鉄の発動であっても硬い。A.B.を閉じ込める器である分だけ、物理はもちろん外のA.B.による干渉を一切受け付けない。
つまり、防御壁とは『二重詠唱』の前段階で放出されるA.B.を利用した副産物であって、二重詠唱が成功するということは防壁展開も成功するのだ。もちろん初段階の失敗で防壁も瓦解する。それをエイジはリスクと捉えているが、エデンとしてはチャンスだと思っている。
「ははーん、エイジったら私がトチると思ってるでしょ!」
「そういう訳じゃない。でも、その……」
「何よ!」
「物理学は得意だし計算も得意だ。でも僕は、人の心は計算できないから……」
分からないものは怖いから、遠ざけたい。昔から人類が考えがちなことだ。特に人の感情を読み取るのが妙に苦手で理屈っぽいエイジには、そのリスクがとてつもなく得体の知れないものに思えるのだろう。
だけど、だからどうしたというのか。
敵の猛攻を紙一重で潜り抜けながら、エデンはエイジに優しく語り掛ける。
「エイジは有詠唱、失敗のリスクがあると思いながら放った?」
「ううん。エデンを守るために使えば絶対に成功すると思った。確率の上では違うけど、そう感じた」
「じゃあ一緒だ。私、エイジの為なら『二重詠唱』を絶対成功させる自信があるな」
「………」
「寒さから守ってくれるんでしょ?」
エイジを背後から抱きしめる。こんな時に何をやってるんだと周りには怒られそうだけれども、私にはこれが勝利の最短ルートに思えるから。
エイジに足りない勇気くらいは、エデンが補ってみせる。
「分かった。エデンの事を信じる……美杏さん、美音さん。僕らの前に出ないで!!」
「存分に信じて、一丁ブチかましてやるわよ!!」
逃げるのはもう終わりだ。エデンはエイジと共に堂々と地上に降り立った。
エイジは左手を、エデンは右手を出し、エイジがエデンの手を持ち上げるように指を組ませて握る。
「掘削開始、雪夜に果てを求めるならば――」
「掘削許可、私が貴方の暁となろうッ!!」
どぐん、と。これまでの術発動とは比べ物にならない程に膨大なエネルギーが鉄脈を震わせ、エイジのコートを通じて空間に爆発的に拡大される。
不思議な――今この瞬間ならば全てが上手くいくと確信するような全能感が、安らぎさえ覚えさせる。
何をいつ詠唱すればいいか、判る。
眼前に迫るナンダの猛攻を見てもなお、何ら恐れることはない。
『振鉄――来たれ雹烈』
『我らが真行の為に集い、無形の身を刃と為せ』
二人をすっぽり覆うようにA.B.がゆっくりと縮小する。膨大な空気に圧をかけるように収縮している筈のA.B.から発せられる世界の歪みが、空間をぎちぎちと軋ませる。ナンダの繰り出した風も瓦礫も、そのすべてが防御壁を前にあっけなく弾かれていく。
ナンダの表情がぱぁっと花開き、逆にルーデリアの相貌が驚愕に見開かれる。
「振鉄の二重詠唱!?たかが学生の癖に、もうそこまで通じ合っていると言うの!?」
「思いの丈が最大に籠った一撃!ここでお前たちの想いを見定めさせてもらう!!」
エイジを感じ、エイジの感じる世界をより深く感じる。
閉ざされた雪と氷、全てを静止させる世界――しかし、その静止はきっと、荒ぶる魂をも鎮める可能性を秘めている筈だ。
『追白せし者を拒む棘の剣』
『荒ぶりし者を戒める鎮魂の風と共に――!』
エイジと同時に両手を上げて手のひらを開く。その掌の先に、世界を劈く程の圧倒的存在感を纏う碧の剣が顕現する。エイジが一人で展開したそれとは1メートル弱。対して目の前のこれは、10メートル近く。一人ではおのずと限られる力も、二人でならばここまで練り上げられる。
これで決める。
万感の想いを込めて、二人は刃を敵に向けて振り下ろした。
『『拒止の風剣・銀世界オオォォォーーーーーッ!!!』』
瞬間――振るった剣の直線状を、爆弾のような突風と万物を拒止させる白氷の冷気が蹂躙した。
抵抗も許されない氷結が地面、破片、氷、コンクリート、果ては魔鉄のフレームに至るまで一切を容赦も分別もせずに凍てつかせ、空気さえも銀世界へと染め上げてゆく。
それはさながら、エデンが採掘の際に迷い込んだあの白い世界が、現実に浸食してきたかのようであった。
後書き
次回、初バトル編完結予定。
余談
『二重詠唱』の時だけ防壁展開できるのはなぜかと色々と考え、こういう解釈にしてみました。大丈夫かなこれ。正直やろうと思えばいろんな穴があるんですが、術発動の時しか使えない防御壁なのにパリンと割れられても困るんですよね。であるならば強力な防御能力に対するデメリットとして足動かせないぐらいはないとバランス崩壊すると思っての事ですが……。
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