【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~
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吹雪く水月5
先に動いたのはナンダだった。
「待つのはここまで!そろそろ本気出しちゃうぞぉッ!!」
足を深く踏み込み、全身を捻るように回転させて拳を振りかぶる。その拳の周辺に、歪んで見える程の『大気』が溜め込まれ、周辺の瓦礫と共に猛烈な勢いで放出された、礫の一つ一つが生身の人間を容易に貫く運動エネルギーだったが、エイジはすぐさま氷の防壁を展開する。瓦礫を受け流すように斜めに、そして分厚く作ったが、突風と共に飛来する瓦礫が容赦なく壁を削っていく。
と、氷の中を貫いて2つの灼熱の光が放射され、ナンダに飛来した。『浄道灼土』の攻撃だ。しかし一度は避けられた技、ナンダが両手を脇に向けて振り抜くと、猛烈な突風が左右に力を逃がし、ビルに熱線が直撃した。
「うぐっ、2つに増やしても駄目かー!」
「ハッハァ!派手好きだねぇ!でも悪手だよ!!」
直後、メキメキメキッ!!と不気味な轟音が響き渡る。逸れた『浄道灼土』がビルに命中した影響で『ビルの倒壊が始まった』。元が振鉄という規格外を無理やり砲撃に収めた術、その熱量はビル外壁の魔鉄をゆうに貫通して支柱を熱で融解させてしまっていたのだ。
「美音……後でお説教よ」
「い、いやでも!あのままなら二人はビルの下敷きに――」
「残念ハズレ!ならないんだなー!!」
二つのビルがナンダとルーデリアに降り注ぎ――突如としてその方向を変えた瓦礫たちが再びエイジたちに降り注ぐ。エイジは再び氷の壁を展開して全員を守るが、ナンダはにやりと笑ってフックを打つように手を動かした。意味が分からずにいると、後ろを見た美杏が叫ぶ。
「ちょ、マジ!?上からも来てる!!」
振り返って上を見れば、背後の斜め上から瓦礫が殺到していた。
いつ、どうやって、どういう理屈だというのか。まさか風を操って瓦礫を回り込ませ、挟み撃ちにしているのか。混乱するエデンを他所にエイジは全方位に氷を展開し、なんとか猛攻を防ぐ。美音が非難がましい声をあげる。
「もうっ!ゴリゴリの武闘派みたいな見た目してて飛び道具で全方位攻撃とかありえなくなーい!?」
「美音、これマズイ。私たちを庇いながらだからエイジが攻めに出られない!アレ使うよ!!」
「えーっ、授業で使ったことないよ!?」
「使えるって思えば使える!!」
「二人とも離れて!!大きいのが来る!!」
エイジが叫ぶ。透明度の高い氷の先には――廃車確定の車を抱えたナンダの不敵な笑みが見えた。
氷の道が左右に開き、二人づつ互いに逆方向へ逃げ出す。
「引きこもりはぁ、心に良くないぞぉぉぉぉーーーーッ!!!」
音を置き去りにした速度の鉄の塊が投擲される――その直前から古芥子姉妹は詠唱を始めていた。
「「精錬開始、貴方は私の眼に映る私!!精錬許可、私は貴方の眼に映る貴方!!
振鉄――消ゆることなかれ古の灯よ、囲い崇めし百世不磨の不終神炉!
――『護炎の櫃』ッ!!」」
彼女たちは常に魔女と製鉄師、二人同時に詠唱を行う。彼女たちのトリガー行動とも呼べるそれに呼応し、エイジに劣らない振鉄の強烈な歪む世界がA.B.を通して世界に悲鳴を上げさせる。
二人の周囲に魔鉄器のリングが規則的に展開され、内から放射された熱線がリングを糸通しのように繋いで彼女たちを覆う。炎の壁――触れるものすべてを完全融解する超攻撃性の防壁。それが『護炎の櫃』だ。
展開完成はギリギリだった。ナンダの投擲でエイジの張った氷の防壁は見るも無残に粉々にされ、その破片が瓦礫もろとも周囲に飛び散る。しかし古芥子姉妹の炎の壁は、そのすべてを蒸発させることで防いだ。
「お前らも守りに入ったか!盛り上がってきたのはいいけど拒絶の精神は人間を成長させんぞ!!」
「暴力に訴える人を拒絶するのは人としての防衛反応」
「そーだそーだ!」
「犯罪者のくせにー!」
「あっははははははははは!甘いなぁ、その精神を超えた先にこそ心と心の会話があるんだぞ!」
心底楽しそうな快活な笑いを飛ばしながらナンダが拳を引くと、先ほど粉砕された氷の破片が操られるように宙を舞ってまた四人に襲い掛かる。今度は古芥子姉妹よりエイジたちの守りの方が不安定になってしまった。
「じゃあ、そろそろこいつも使うかな?」
「げ……!!」
まるでお気に入りのファッションでも選ぶように気軽に、ナンダは『彼女の頭上で停止していたビル』を掴み、構える。表面に魔鉄素材を使った世界で恐らく最も巨大な棍棒だ。通常あんな大質量の物体を振るとなると膨大な空気抵抗も生まれる筈だが、そんなことさえ感じさせない豪快なスイングが別のビル諸共4人に襲う。
「上に逃げるよー!」
「舌をかまないよう口を閉じて!!」
古芥子姉妹は炎を下方に噴射することで擬似的なジェット飛行をして躱し、エイジは氷柱でほぼ射出するように飛び、その真下を巨大な破壊が通り過ぎていく。
ナンダの攻撃はそのすべてが無差別殺人に特化したような広域性を持っているようにエデンには思える。それは、もともと広域攻撃の性質を持ったものというより、元の性質に応用を利かせて空間攻撃的なものに変えている感じがする。
エデンは、彼女が「能力の応用で風を操っている」と自称した言葉が、真実ではないかと思い始めた。恐らくはエイジも最初からその情報を基に状況を脳裏で考察し続けていたのだろう。問題は、なんの能力の応用で風や瓦礫を操っているのかだ。
安直なものとして、エデンはビルを振り回す光景に「重さ」が頭をよぎった。
リック先生みたいな極端な増強タイプならば自力で振り回せるかもしれないが、力ずくなら現在彼女の足元には陥没するほどの負荷がかかっている筈だ。しかし、彼女が踏みしめる抉られた大地にそんな形跡は見られない。重さをなくせば子供だってビルを振り回せるだろう。
しかし、重さを操るのであれば風を操っているように見えるのが説明つかない気がする。空気に重さがある事ぐらいならエデンも知っているが、術の詠唱もなく自在に操れる人が鍛鉄というのが腑に落ちない気がした。
では、そもそも重さとはなにか。思いつくのは重力だ。
つまり相手は重力を操る……とも思ったが、それもなんだか変だ。
エデンのイメージでは、架空のお話に出てくる重力兵器や重力魔法は、相手を重力で押しつぶすという割かしえげつない方向に使われる。逆に浮かせることも出来るだろうが、そんな力があるのなら手っ取り早く飛び回る自分たちを重力で叩き落とせばいいのではないか。
「やらないの?それとも、出来ないからやっていない?重力を操っている訳じゃない?」
「うん。そして物体を移動させる術でもない。あの術はこれまで、彼女から見て『直線』と『曲線』でしか力を行使していない」
「え?」
そういっている間にも瓦礫が飛来する。エイジに守られている安心感から精神を落ち着かせたエデンはその瓦礫の軌道を見る。余りにも速度が速くて分かりづらいが、その瓦礫は飛来し通り過ぎるまで確かに曲線を描いていた。もしかしたらこれまでも、正面以外は曲線を描いて襲って来ていたのかもしれない。
「でも、じゃあ背後からの攻撃は?」
「あれも曲線だった。『舞い上がった瓦礫が曲線に変わって襲ってきた』。そして多少の軌道変化はあるけれど、あの瓦礫の曲線の支点、中心はあのナンダって人だ。そしてナンダは……直線以外の術行使の時、やけに『回転』する」
言われて、思い出す。
古芥子姉妹の攻撃を背けさせるとき、オーバーなまでに体を回転させて逸らした。有詠唱の際にもそうだ。その後の行動も、エデンが覚えている限りでは必ず手を横方向に向けて振っていた。腕の支点は肩、或いは支える体そのものだろうか。つまり回転でもある。
「きっと腕を振って『軌道』に乗せる必要がある。乗せずに行使すると直線となり、風は副産物なんだ」
「氷や瓦礫を引き寄せていたのは?それも軌道なの?」
「というより、もっと大本の法則があるんだ。それを利用するのに軌道が一番効率がいい。引き付ける力、軌道に乗せる力、弾き出す力……すべてを満たすもの。そして応用が可能なもの」
エイジが氷の道で猛攻を躱しながら、その分析結果を口にする。
「引力と遠心力。彼女は、星だ」
「――そゆコト!だからさぁ、双子のお嬢ちゃん方?空を飛んだって引き寄せちまうのさぁ!!」
「うぐっ、コントロールが……きゃああああああ!」
「美音ッ!?まずっ……いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「二人とも術を解除して!!」
空を飛んでいた古芥子が、まるで釣り糸に引きずられるように飛行不能になり急速にナンダに引き寄せられる。エイジは空を氷の足場で走り、それをなんとか受け止めた。しかしそれでも二人は氷の足場に張り付けられたように動けない。引力で惹かれているのだ、とエデンは確信した。
「さあ考えな少年少女!!このナンダを攻略する方法を!!この『寄せ返しの遊星』への対抗策を!!」
その後ろ、いつの間にやらパラソルを取り出して双眼鏡で戦いを観戦するルーデリアは嘆息した。
「………この戦闘馬鹿は完全に楽しんでるわね。まぁいいわ。どう足掻くか、そして『どれが真の敵か』見物させてもらいます。それにそろそろ、カンのいい誰かがジャミングの外から異変を感知してもおかしくない」
同刻、モノレールに乗って校舎本棟に向かっていた二人の教師が、携帯端末を片手に眉をひそめていた。
「生徒手帳のGPSが指し示す座標が全く動いていないよ、リック」
「行ってくる」
何があったのか、など一言も言わない。システムの故障か、とも一言も言わない。ただ生徒に『何かあったかもしれない』というそれだけで、リック・トラヴィスという男は動く。それは病的な、或いは呪いの域に達した彼のそうあるべきとする信念。
誰かを守るため。
それがリックの――契約魔女が変わっても不変の、或いは以前より更に濃密に練り固まったトリガー行動にして、存在意義。
その背中を見るルーシャは、胸を締め付けられるような感覚を消すことが出来ない。
彼がこうなってしまった責任の一端は、自らの我儘にあることを知っている。本当にリックの事を思うのなら、教師などという責任を負わない立場で隠居した方が、きっと平穏だったと知っている。でもリックはそれを選ばないだろう。自分も気が済まなかった。
だから、せめて。
「違うでしょリック」
「………?」
「行ってくるじゃなくて、行くぞ、でしょ」
「――急ぐぞ。落ちないようしっかり捕まれ」
ほんの一瞬の逡巡があった。それでも意をくみ、手を伸ばした。それはパートナーだからではなく、自分が■だからだと心のどこかでは知っているけれど――せめてこんな時こそ伴侶らしく寄り添っていたいのだ。
リックはルーシャを抱え、モノレールの非常脱出口から飛び降りた。
「精錬開始、愛しきを守護する力が欲しい」
「精錬許可、だったら敵は皆滅しましょう」
「振鉄――」
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