【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~
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凍てついた夏2
魔女は、時間に置き去りにされた迷い子だ。
皆と一緒に足並みを揃いて歩いていた筈なのに、ふと気が付けば前に進まなくなっている。
と、いうのはアンニュイな時の母から聞いた話である。
運がいいのか悪いのか受け継がれた素質によって私は永遠に大人の女になる権利を失ってしまった。
極めてありがたくないし、胸と身長の成長度合いもかなり絶望的らしい。
母曰く、この魔女の素質の有難みは30歳を過ぎたころからやっと自覚できるようになるんだそうだ。余りにも遅すぎる恩恵だと呆れた。大人になりたかった魔女の間では『ネバーランドの呪い』などと揶揄されるこれは、職業選択の自由なる大義を外見的要素によって大いに締め上げるものであった。
中学の同窓会に参加して曰く、周囲の皆が老けていて皆に「変わらないね」とか「羨ましい」とか言われるのはあまり気分のいいものじゃなかった、と母は不貞腐れていた。そもそもお酒を飲んだり買ったりするのに逐一「魔鉄証」――OI能力者の証明となるリングで、成人を迎えている者のそれは一部銀色だ――を出さなければならない母にとって外出はあまり楽しいものではない。ただのショッピングならまだしも、日常の買い物は特にお使いと勘違いされるのがうんざりなんだそうだ。
確かに、母と私が並んで買い物にいくと何も知らない人は一見して姉妹と勘違いすることが良くある。母もそうだが私もそう思われるのはあんまり好きじゃないので、外向けの用事は父がすることが多いし、授業参観に来てもらうのも父だ。両親が製鉄師と魔女であることは結構誇らしいと思ってもいるが、母親が可愛いだのなんだのと事情を知らない男に言い寄られている光景はかなり不快だ。
母は私の母で、父の妻。家族でもない奴にべたべた触って欲しくない。
さて、職業選択の自由が狭いとされる魔女なる人種は、外見年齢の成長が停止する永遠の少女であると同時に現代の戦場の主役たる『製鉄師』のバディという特別な素養を持つ生体兵器という側面もある。当人たちが断言しているのだから、私にそれを否定出来るはずもない。
ぶっちゃけ魔女として生まれると件のバディ、言ってしまえば軍属となることを日本という国はそれとなく勧めてくる。徴兵制で赤紙が来ない分だけマシと言えばマシだし、仕事内容を度外視すればかなり待遇もいい。収入は言わずもがな、様々な特権を有し、何より軍属魔女も軍属製鉄師も世間一般ではヒーローのようなものだ。名誉職ではなく本当に名誉な職と言える。私も正直、両親を見ていれば憧れの一つも抱く。
でも両親は私が軍属魔女を志すことを決して快い顔で見ていなかった。色々とその理由を想像することは出来るが、ともかく私は「ならやめとこう」と思った。憧れのある職は一つだけではない。差し当たっては歌手とかアイドルとかだった。
魔女は年を取らないのでアイドルや歌手で言う『劣化』というものが生涯を通してほとんどない。流石に寿命が近づけばそうでもなかろうが、ある意味有利と言えなくもない。代わりに演者としては永遠に純粋な年上の役が回ってこないという悩みがあるとかなんとかは、この前テレビで見た魔女芸能人の言である。
ところで。
魔女というのは『採掘』――要はファンタジーで言う契約をこなすことでやっと異能と呼べる力を発揮する。そして正式な契約というのは国のルールに則って聖学園等で行われるのが基本だが、ここには一つ例外規定が存在する。
いわゆる『アストラル・フォーカス・シンドローム』によって日常生活に支障を来しているOI体質者の症状を緩和するために魔女と契約を交わす――非常に特例的にだが、人道的見地からこれは認められている。
一応説明しておくと、AFSに陥る人間は極めて少ない。何故なら日本人口におけるOI体質の中でも『現実が歪んで見える』ほどのイマジネーションを持ち合わせる位階に到達するのは一握りしかおらず、トドメとばかりに普通『歪む世界』というのは段階を踏むから普通こうなるまで放置されることがないのだ。正式な聖学園入学を待てない程重篤な人となると、なんと年に片手の指で数える程しかいないという。
その数に含まれない、イメージに耐え切れなかった自殺者も含まれるのではないかという考えたくない問題はさておき、とにかくそれだけAFSの重篤患者というのは少ない。じゃあここで問題になる事と言えば、「誰がこの人の採掘やってパートナーになるの?」という話だ。
これが困りものらしい。
軍属の魔女でパートナーを持ってない人というのは基本的にほぼいないし、もしいても再契約をする魔女は失敗率が高くなっており、能力的に不安定な部分がある魔女が大部分を占めるという。しかも悪い事にAFSの症状が見られる人のイマジネーションは膨大過ぎて、並の魔女や相性的に合わない魔女は問答無用で弾かれて『採掘』が成立しない可能性が高い。
しかもこれ、医療行為とは言いつつがっつり『採掘』を行うため軍属でもなければ見知りもしない人間とパートナーにならなければいけないという途轍もないデメリットが存在する。つまるところ、なり手が少ないのだ。
その末路と言うのが、現状である。
「国選魔女制度ってやっぱ悪法だと思わない?」
「超思う」
とある病院の一室に集まった『国選魔女制度』の被害者一同は、ウンウンと頷いた。
国選魔女制度――それは聖学園入学前の魔女登録者の中からランダムで抽選した人を片っ端からAFS患者にぶつけて『採掘』させ、当たったらラッキーという割かしとんでもない制度である。1人の人権を守るために別の人間の人権打ち消してたら本末転倒じゃないのだろうか。
まず国から通知が届く。内容はAFS患者治療は国民の義務だからやれやコラ、という実質的な命令状である。これに選ばれた魔女は指定された日に病院に集まって、その気があろうがなかろうが採掘をさせられる。断ったら決して安くない罰金を払われれるし、拒否回数2度目からは強制執行という噂も聞いたことがある。
中には「これ成功したら聖学園入学に有利じゃね?」と患者側の意見完全無視な事を考えたり「そんな辛い症状の人を放っておけません!」とテンプレートな性善説人間もいたりはする訳だが、無理矢理はいかんよキミ、と私は思う。
一度どっかのブログで「国選魔女選ばれた。政府くたばれ」という過激なタイトルの一文が掲載されて物議を呼んだこともあったのだが、結局のところ国は苦しんでる患者が将来戦術級製鉄師になることを期待してこんな無茶をやっているのだろうというのが、一定の教養を持った人々の見解である。
事実、この治療で具合の良くなった人が国のスーパーエリートに出世したことも結構あるらしい。政府に言わせれば激レア確定ガチャを回してるようなもんである。
お察しの方には言わずもがな、私を含むここのメンバーは全員が国選魔女である。
既に採掘チャレンジが始まって割と経つのだが、その間に採掘に向かった魔女は全員返り討ちにあって帰っている。採掘失敗にホッとしてる人もいれば力になれなかったとしょぼくれて帰っていく人、やることやったからと速攻で帰った人など様々だ。受けた人曰く「超寒かった」そうなので、患者さんはかなり極寒な認識世界を生きているようだ。
「交通費払うって言うけどさぁ、そういう問題じゃないよね~」
「国民の義務と言いつつ魔女にしか課されないってのもなんか納得いかな~い!」
「今日『くりドラ』のコンサート行く予定だったのに~!」
「私は家でゴロゴロする予定だったのに~!」
今のは私の発言である。周囲に対して圧倒的にレベルが低いかと思ったが、意外にも反応は芳しい。
「いや実際それよ。なんだかんだで家でゴロゴロする時間国に取られるのって一番納得いかなくない?」
「国民の自由を守れー!魔女差別反対ー!」
「強行採決絶対ヤメロー!」
何やら右寄りの抗議団体みたいなノリになってきた。ここにいるの小~中学生くらいなのだが、どうやらみんな魔女という立場柄か年に合わない話題に対して理解があるようである。単純に20歳近い人もいるのかもしれないが、なにせ我々魔女は外見年齢が永遠にアリスであるので割とどうでもいい。
私?私は親の影響かな。なにせあの人たち現役で問題と戦ってる人達ですもん。
ちなみにここで話し合ってるのは割と最初から話の合った5人くらいで、全員アドレス等交換済みである。いやぁ、友達に魔女いないから話の合う友達は本当にありがたい。他にも既に帰った何人かはワイヤー(現実世界におけるLINE)グループに招待してる。
「てゆーかさ、マジAFSの人の採掘って大変なんだね」
「最初30人いたのにいつの間にかうちらだけだもんねー」
「これ全滅したらどうなんの?」
「午後から別の人達呼んでるんだって。完全に数撃ちゃ当たる作戦だよこれ」
「全滅したら全員でお昼食べにいかない?」
「賛成ー!えーっと、オッケーベーグル!東都の評判の店!」
さっそくスマホ検索始めてるし。ぽぴーん、と小気味のいい音と共に出た検索結果を皆で見あって「これ美味しそー!」「でも人気店だし待つかも」「ちょっとぐらいよくない?」「予約いれられるところ探そっ」と盛り上がっていると――部屋の天井にあるスピーカーが鳴った。
『待機番号25番、暁エデン様。10分後より『採掘』を開始します。速やかに用意を済ませ、儀礼室までお越しください』
暁エデン。楽園の名を冠したその大仰な名前は、私につけられた名前だ。
とうとう自分か、とため息を吐いて立ち上がる。
魔女特有のメタリックな光沢がある赤銅色の髪を、お気に入りの白いヘアピン二つで留めた以外は別段特徴もない容姿。勉強はちょっと苦手だが教科書に載っていないことは多少知っている程度の知能。つまり、魔女である以外に取り立てて特徴のない女が、国に呼ばれている。
「じゃ、行ってくるねー」
「頑張ってやられてこーい!」
「ちょっと、戦うんじゃないだから」
「そのまま鉄脈採掘できちゃったりして!」
「まぁそうなれば私ら解散なんだけど、エデンちゃんとご飯は無理になるよー?」
正直な所、あれだけの人数で試してダメだったのに私で上手くいくとは思えない。父も母も話を聞いた時は「AFSの採掘成功なんて宝くじ3等当てるくらいの確率だし」と高いのか低いのか分かりにくい例えをされた。
だからこの時の私は特に深く考えず、さっさと採掘をやって負けてこようと思っていた。
それが運命だったのか、それとも必然だったのかは――今となっては判らないのだけれども。
後書き
魔鉄証……やっぱ魔女は成人かどうか見分けられないと不便なのでOI体質証明のリングに勝手に名前と色付けしました。設定見直したら契約状態=金らしいのでちょっと後から修正し、リングの一部におおざっぱな年齢を表す色がついてることに変更。未成年は銅、成人は銀、60歳過ぎたら金みたいな感じ。
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