徒然草

百十四．今出川の大殿

　　　　　　　　　　　　　　　　　百十四．今出川の大殿
　今出川の大臣殿が嵯峨に行かれた時のことでありますが有栖川辺りの泥ぬかるんだ場所で牛車を曳いていた賽王丸殿が牛を追われたので牛が蹴り上げるその水が車の横のところに飛び散ってかかってしまいました。後ろの方に乗っていた大臣殿の縁者であられる為則殿がそれを見て何故こんな場所で牛を追うのか、どうかしていると怒られたので大臣殿はにわかに機嫌が悪くなられて為則殿に対してそなたが牛車を曳いたところで賽王丸に及ぶない、そなたこそまことに愚かな者だと言い放たれそのうえで牛車に為則殿の頭を打ち付けられました。その賽王丸というのは内大臣藤原信清殿の家に仕えている者でありかつては皇室お抱えの牛車を曳く者であったのです。そういう人でありました。
　この内大臣であられる信清殿に仕える女中についての話でありますがこれが面白いことに今となってはその名付けた理由がわからないのでありますが一人は、一人はこと槌、一人は抱腹、一人は乙牛と牛にちなんだ名前が付いていました。この辺りの名前が非常に面白いものでした。どうしてそういった名前をつけたのかは本当にわかりませんが面白い名前であったのでよく覚えている次第なのであります。こうしたことも風情といいますか考えられるものがあります。牛は常に人の傍にいる生き物の一つなので牛についても思いを馳せるようにもなります。まことに面白い名前であります。


今出川の大殿　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００９・９・５