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人理を守れ、エミヤさん!

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撹乱する意思の蠢き(上)




「小林ぃぃいいい――ッッッ!!」






 全てが手遅れだった。

 駆けつけた騎士王、征服王の奮戦も虚しく、よりにもよって聖杯戦争へ、科学世界の武力が介入してきたのだ。
 戦闘機。その正式な名称を知る者は、少なくとも冬木のサーヴァントとマスターには存在しない。確かなのは未遠川に出現した謎の霧、謎の『塔のように巨大な蠢く影』に、科学世界の武力の象徴とも言える戦闘機が接近して――捕食(・・)された事である。
 その詳細を、濃霧に阻まれ目撃できた一般人はいない。それは幸いと言えるのかもしれないが、しかし。それは必ずしも歓迎できる事態とは言えなかった。異様な濃霧に吸い寄せられるように集まり、うっすらと見える巨大な影に目を凝らす余りに逃げ出す機会を逸しているのだから。
 もし未遠川に突如として起こった濃霧、その先に召喚された大海魔が本格的に活動を開始すれば、真っ先に捕食されるのは彼らなのだ。故に罪もない彼らを救う為に戦わねばならない。ならないのだが――




「フハハハハ! 自慢の悪知恵と口汚さはどうした!? そらそら何かして魅せよ!」



 ――そんなものなど意にも介さない天災がある。

 人越の美貌を愉しげに歪め、開いた口腔より迸るは嘲りの笑声。複雑な軌道を虚空に描き、飛翔するは黄金の輝舟である。
 搭乗者の思考速度と同等の速力を発揮する黄金の輝舟は、その玉座に至高の王を戴く事で音をも置き去りに飛行する。指先で肘置きを叩くや開錠されるは原初の王の宝物庫。金色の波紋が花弁の如くに花開き、次々と射出されるのは絶殺の魔弾である。
 等しく万物を撃ち砕く裁きの雨。煌めく財宝は――百を超えた時点で数える意義すらない。絶対者にして超越者、英雄の王足る至尊の王が裁定を下す。――それに、士郎は悪態を吐く余裕すら剥ぎ取られていた。

「グ――」

 ――工程完了(ロールアウト)

 臨界の熱量に頭蓋が膨張し、回路に灼熱が奔る感覚に、食い縛った口から呻き声が漏れる。
 上空より一方的に加えられる審判の鉄槌。これを退けぬ事には何も成らぬ。輝舟の破壊、もしくは英雄王の撃破、撃退こそが課せられた試練。――だがあらゆる英雄の頂点に君臨する、黄金の王相手にそれを成すのは至難であった。
 限界を計るかの如く、はじめは二十挺。そして次に四十、八十、百六十――底の抜けた倍々ゲーム(チキンレース)。迎撃可能数はとうの昔に過ぎ去った。自衛のみが限界で、己に迫る爆撃のみを相殺するのが限度。
 周囲への被害、神秘の隠匿など歯牙にも掛けぬ暴虐の偉思が嗤っている。――その悪逆に叛いてこその偉業である。

「――ロマニィッ!」

 指揮官(コマンダー)として細かく指示する余力もない。令呪を起動し膨大な魔力のみを送り込むのが限度。しかしその意図に過たず沿える信頼がある。
 果たして魔術王は士郎の意を正確に汲み、令呪の魔力を変換して大魔術を連続行使した。

「来たれ地獄の伯爵――序列四十六位、魔神ビフロンス!」

 第一に喚び出されしは実像のない霧の魔神。額らしき部分にのみ実体の一角が隆々と聳え、意志なき霧の魔神は忠実に使役者の意向を実現する。
 展開されるは無尽の幻影。現実に上書きされる幻の術。生み出されし奈落の如き闇が、英雄王の射ち出した財宝の行き先に広がり呑み込んでいく。完全に幻の向こう側へ呑まれ消失する前に、ギルガメッシュは財宝を回収するも、間に合わなかったものもある。
 その幻術に、無差別にバラ撒かれる宝具の矛先を凌ぐ意図はない。純粋に周辺に齎される破壊の被害を抑える事、それ一点。それのみが能う限界。しかし魔術王の使役する魔神は、確かに無辜の市民に一切の被害を出さず、一切の認知を赦さず、あらゆる災厄の福音を遮断してのけた。この期に及び、士郎とロマニが第一としたのは自衛ではなく、被害を抑える事だったのだ。

 ――賛美する獣の鳴き声が響く。

「ほう。やるではないか、魔術王……! それでこそ、この我に次ぐ第二等の王だ。が……それのみではあるまい?」

 愉しげに細められる真紅の瞳。それにソロモンは舌打ちしそうだった。

 ――従来の聖杯戦争であれば、マスターを持ち、令呪に縛られるサーヴァントに魔術王の敵はいない。令呪に介入し、纏めて自害させればなんの手間もなく斃せてしまうからだ。
 今回の冬木でそれをしないでいるのは、己のマスターにして、友人である士郎の手腕を己の目で直接見る為でもある。それに本来の特異点では通用しない手段を無闇に用いるべきではないとも考えていた。
 だがそれらを無視してでも英雄王を始末してしまおうとした。それほどまでに英雄王は危険極まる。ソロモンではなくロマニにとって。だが、それが叶わない。何故なら――英雄王に、令呪の縛りがないのだ。マスターがいない、はぐれサーヴァント状態なのである。
 マスターはどうしたのか。そんな事は問わない。問うまでもない。マスターを殺めるまでもなく契約を切る手段は持っているのだろう。
 マスターがいなくて、どうしてこんなに暴れられるのか。その答えは単独行動スキルと宝具による併せ技だろうと見当もつく。

 令呪を介して脱落させる術が通じないなら実力で排除するしかない。だが相手は音速を超えて飛翔する英雄王。断じて容易くはない。カルデアのシステムは今、二極戦線を抱え魔力供給はとうに限界である。士郎の魔力に依存するしかないが、その士郎の魔力も多くはないのだ。
 少ない魔力で立ち回る不便、それを不便と感じる人間性が魔術王を縛っていた。

 しかし――

「運べ地獄の大公爵、序列十八位の魔神バティン! ……マスター!」
「ああ!」

 ――前世にてただの一度も感じなかったその不遇が、人となった魔術王の心を燃え上がらせる。
 青褪めた巨馬に跨がり、蛇の尾を持つ頑健なる貴人が召喚される。意志なき魔神は空間転移を容易とする魔術式だ。其れは士郎が待機させていた投影宝具に干渉し、瞬く間に黄金輝舟の全方位を囲むように配置する。
 固有結界の内ではない故に、士郎に全方位攻撃の手立てはない。固有結界に英雄王を捕らえようにも黄金輝舟に搭乗されていては捕捉する事も能わない。故に全力の補助を宛がうのだ。

 魔術王――否、ロマニの合図に士郎は阿吽の呼吸で応じた。投影され実体もないまま待機していた宝具。刹那に撃ち放つは贋作の霰。

全投影(ソードバレル)……連続層写(フルオープン)……ッ!」

 真作の輝きにも迫る贋作が英雄王へ迫る。しかしそれすらも英雄王は容易く対処した。
 未来視。其処(・・)へ来る事など最初から分かっていたように迎撃宝具が贋作を撃ち砕く。だが、人を超えた視座の対処を、人の戦術眼は当然のように予期していた。
 士郎は胸に抱える桜を護る。ぎゅぅうと目を閉じ、冠位魔術師の強化によって乗用車を置き去りにする速度で駆ける士郎に必死にしがみつく少女を確りと抱えたまま、傍らに追走する楯の少女に告げていた。

「行けるな、マシュ」
「はいっ!」

 楯の少女が答えるや、己の魔術のサポートに回っていた魔神バティンに目配せする。
 転瞬マシュの姿が消えた。英雄王が微かに目を瞠る。そして凄絶な笑みを浮かべた。己の輝舟の中、王の眼前にマシュが突如として現れたのだ。
 空間転移である。裂帛の気合いを爆発させ、マシュ・キリエライトが吼えた。

「やぁぁああああ!!」
「フ――興じさせるではないか、道化!」

「――来たれ地獄の大伯爵。序列三十四位の魔神フュルフュール――来たれ、来たれ『色欲』司りし西方の魔王! 序列三十二位の魔神アスモデウス……!」

 同時。魔術王は自身に費やされていた令呪の魔力を全て燃焼させる。召喚されしは二柱の魔神。一撃の雷光を以て青髭を海魔の群れごと焼き払った魔神フュルフュールと、魔王とすら渾名され、嘗ては魔術王への反逆を成した事もあるアスモデウス。
 牛と人、羊の頭を持ち、ガチョウの足と毒蛇の尻尾を備える魔神の王。地獄の竜に跨がる異様な偉丈夫は、軍旗と槍を掲げ、その口腔より灼熱の獄炎を熱線として吐き出した。

 雷光と熱線は英雄王の迎撃宝具を焼き払い、輝舟の軌道を制限して、瞬きの間のみ輝舟上のマシュの足場に安定を齎す。ギルガメッシュは嗤い、宝物庫より嵐の斧を取り出すや、迫るデミ・サーヴァントへ王自ら迎え撃つ栄誉を賜した。

「風を放つ――踏ん張れるか娘ッ!」
「くぅぅうう!?」

 楯の質量で王に一撃を加えんとするマシュの護りに、楯の上から剛擊を放つギルガメッシュである。宝具の補助により筋力を大幅に増強させた黄金の斧の一撃は、マシュの膂力を上回り輝舟上より弾き飛ばした。
 瞬く間にマシュを虚空に置き去りにした英雄王は、玉座に戻りながら言い捨てる。

「は、未熟極まる! 我を地に落としたければ必殺の覚悟を抱いて来い! 此処で死ぬか、真なる聖者の器よ!」

 翔ぶ術なきマシュは慄然とする。輝舟は飛び去り様に三十挺もの剣槍を放ってきていた。重力に引かれ落ち行くマシュに、それを躱す手立てはない。死――脳裏に過る予感を士郎とロマニが阻まんとするも、それよりも迅く救いに馳せる黒影在り。

「――!?」

 それは戦闘機を操る黒騎士である。
 大海魔へ接近していた二機の戦闘機、その内の一機に乗り移って、宝具『騎士は徒手にて死せず』によって宝具化させたモノ。
 士郎はそれの正体を即座に察する。カルデアの百貌のハサンから伝え聞いていたその正体。湖の騎士、ランスロット。
 マシュの霊基との関係は――そこまで考えた士郎は即決した。

「――バーサーカー!」

 桜を傍らの魔術王に預け、叫ぶ。

マシュを頼む(・・・・・・)!」
「■■■■■■――ッッッ!!」

 黒騎士は宝具化した戦闘機の上で、マシュの華奢な肩を抱き支えながら吼えた。それは返答だったのかもしれない。
 それを聞き届けるや、士郎はロマニに言う。

「こっちは任せた、俺は青髭に対処する!」
「……ああ、任せてくれ! けど桜ちゃんは君の腕の中をご所望だ、すぐに終わらせてくれよ!」
「当たり前だッ」

 不安に揺れる桜に一瞬笑みを投げ、士郎は駆ける。

 マシュは不思議な感覚に、黒騎士を見ていた。

「貴方は……」
「……」
「いえ、なんでもありません。――狂化していれば(・・・・・・・)駄目な所のない父ですね(・・・・・・・・・・・)

 微笑みが溢れ、マシュのものではない独白が無意識に溢れ落ちる。複雑な親愛――本来とは異なる器の親子が空を馳せ、黄金の英雄王を撃ち落とさんと飛翔する。






 
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