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人理を守れ、エミヤさん!

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頭脳を回せ、決めに行くぞ士郎くん!







 諸問題が脳裏を駆け回る。
 頭蓋骨の内側で複雑に入り乱れる糸を解きほぐしながら、俺はゆっくりと現状を再認した。

 頭がこんがらがる前に問題点を挙げよう。今の状況は複雑怪奇である。一つ一つ迅速に対応策を用意し、上手く作戦を回さねばならない。
 今、最優先で対応しなければならないのは、この特異点の戦いではない。ネロ達が当たっている影の国の特異点である。それに必要とされているのはクー・フーリンであり、クー・フーリンをあちらに回したともなれば、俺はこの聖杯戦争での立ち回りを激変させねばならなくなる。

 何せ俺は他の陣営にランサーのマスターであると誤認させているのだ。クー・フーリン以外のサーヴァントを表立って使役出来ない。カルデアのシステム上、斃される事が必ずしも致命的ではないとはいえ、訳もなくクー・フーリンが突然いなくなるのも、何者かに斃されるのも論外である。
 奴のマスターとして態と負けろ等と命じる訳にはいかないし、クー・フーリン程の英雄を斃すとなれば、どうしたって人目につく激戦になるのは必至。アインツベルン陣営と同盟を結んでいる今、他の陣営に斃されるのは不可能だ。
 唯一英雄王なら可能かもしれないが、どういう訳か俺と戦う気はないらしい。それは気が楽でいいのだが、それはそれで問題でもあった。

 いっその事アインツベルンとの関係を切って姿を消すか? 元々俺とアインツベルンは、対英雄王を念頭に置いた共闘関係。構築したばかりのそれは早くも破綻している。
 他ならない英雄王が俺と戦う気がないことを仄めかしているのを、アインツベルンとアルトリアは聞いているのだ。それを察してしまわれていたら、向こうから解消を申し込んで来るかもしれないが……。
 今はなし崩しに同盟関係を保持しておくべきか? だがそうするとクー・フーリンをネロの方へ派遣した後、手元に残るサーヴァントはデミであるマシュ、ソロマンのみとなる。向こうから回されてくるのは切嗣だが――いや。同盟関係を保持する手だてはある。

 とりあえずクー・フーリンをネロの方へ回すのは決定事項だ。これは変えられない。どうやってクー・フーリンを説得するかだが、頼み込むしかない。ごねるような問題児ではないのだから、のっぴきならぬ状況を理解してもらえば快くとは言わずとも納得してくれるだろう。

 後、辻褄を合わせる方法も考えなければ。ついでにロマンのクソタワケとどう話を合わせるか。おまけにそれら全てを解決した上で、どう今後動いていくか。頭が痛いのは正面を張れる戦力を手元に残せない事だが――そこは俺の立ち回り次第で、機が来るまで持ちこたえさせる事は出来ないこともない。三割イケる。

 最後にアインツベルンの状況認識がどの程度かも想定しておこう。まずギルガメッシュが今宣っていた事は、ほぼ理解不能と言っていい。カルデアはまだマイナー、知名度は低い故に箱入りっぽいアインツベルンは認知していないだろう。こちらの素性を知られた可能性は限りなく零だと仮定する。というか零でないと詰むのだ。

 次に脱落したサーヴァントの数。アインツベルンはサーヴァントの魂を容れる器だ。脱落したサーヴァントの数は把握しているのは確実。俺の知る限りだと脱落者は二騎。ランサーとキャスターだ。当然アイリスフィールはそれを認識している。聖杯の器ゆえに。
 アイリスフィールの認識の上では、恐らく俺がすげ代わったランサー陣営で一、ソロマンのバカが討ち取り成り代わったキャスターで二。自分のセイバーで三、ライダーとアーチャーで五。計五騎が存在している。
 もしもアイリスフィールがバーサーカーとアサシンが脱落していると仮定しているとしたら今後、バーサーカーとアサシンと遭遇したらシステムの齟齬に勘づくだろう。そうなる前に、こちらから手を打つべきだ。

「どうかしたのですか、ランサーのマスター」

 今や赤い悪魔には全く信用されなくなった、暗い表情を意図して作って考え込む素振りを見せると、怪訝そうにアルトリアが訊ねてきた。アルトリアの気を引く仕草は把握済み。こうすれば向こうから話しかけてくるという空気の間合いを作ったのだ。
 望むタイミングで、望む相手から話しかけて貰うというのは、某メシマズ国の外交官が備えている技能である。俺はそれを、頭に二つのドリルを装備した金髪のお嬢様から学んだ。

 俺は纏う空気と声音を緊張した時のものに置換し、重々しく口を開いた。

「……青ペ――アルトリア。お義母さ――アイリスフィールさん。……ごほん」

 いまいち役に入り込めなかったので呼び方を切り替え仕切り直す。

「一つ聞く。アイリスフィール、貴女は脱落したサーヴァントの数を把握出来ているだろう。そいつを教えてくれ」
「……私の機能を……貴方はそんなことまで知っているのね?」

 答えない。
 彼女は俺が第三次聖杯戦争の参加者だと誤解している。どこまでアインツベルンの内情が漏れているか気が気でないのだ。が、本当は別口からの情報だなんて教える訳にはいかない。

 手に取るようにアイリスフィールの心の内が把握できる。底知れなさを感じて戦慄しているのだろう。無垢な少女を相手にしているような気分だ。
 アイリスフィールは賢明な女性だった。聖杯の泥や、アンリ・マユについて話してあり、聖杯に起こっている異常を認識している以上、露見している情報を秘匿するよりも共有する事を進めようとするはずだ。

 案の定、アイリスフィールは俺を警戒しつつ答えてくれた。

「貴方がどこまで、何を知っているかは気になるけど……それは後にしましょう。私の知る限りだと、現段階で二騎が落ちているわ。暗殺者と狂戦士じゃないかしら」
「……」

 脱落者が二騎だと教えて貰い、『俺が二騎脱落している』事を知ったという建前をアイリスフィールに植え付ける。
 これで俺が二騎が脱落している事を承知しているという既成事実が出来上がった。俺は沈黙し、顔を険しくさせる。そうするとアルトリアとアイリスフィールは怪訝そうにこちらを伺った。

「妙だ」

 呟き、そっとアルトリアを指差した。
 頭にクエスチョンマークを浮かび上がらせるアルトリアから、つい、と指先をクー・フーリンが向かった先に向ける。

「一、二、三、四……」

 そして英雄王の去っていった方角を指差す。

「五」
「……サーヴァントの数、ですか」

 アルトリアの質問に頷く。

「とすると、向こうにはランサーとライダーの他にもう一騎がいる……ランサーから報告があったのですね」
「ああ。そして向こうで聖杯の中身を撃破したらしい。――さっき中断した情報提供の続きをしよう。聖杯は、いやアンリ・マユは脱落したサーヴァントを反転した存在として取り出し、使役できる。撃破した敵は、アイリスフィールの言った聖杯の呪いそのものだ」
「なっ――!?」

 訥々と語る。俺の知る聖杯の仕組みを。
 もはや朧気だが、俺の経験した第五次は三通りのパターンがあった、はずだ。その三つ目が桜を起点とし、アルトリアが反転したオルタとして立ち塞がる、というような話だった気がする。――こんな事なら知識をメモっておくべきだったと後悔するも後の祭りだ。
 アンリ・マユの話も絡め、手短に語り終えると、アイリスフィールとアルトリアは唖然としていたが。それを横に置いて話を進めた。

「そしてもう一つ。今俺が数え上げたサーヴァント以外に、俺の陣営はアサシンを目撃している。この意味がわかるか?」
「っ……! ……数が、合わないわ!」

 アイリスフィールは今度こそ愕然とした。
 聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは原則として七騎である。アイリスフィールの認識の上で健在な五騎の他に、アサシンの目撃情報があるとすれば、たちまち前提が破綻するのだ。
 脱落したのは二騎だと感じているのだから、明らかに一騎、余分に多い。土気色の顔でアイリスフィールが口許を手で覆う。その頭の中で様々な憶測が錯綜しているだろう。そこに、更に彼女を混乱させる情報を追加した。

「ランサーが向こうで会ったのは、キャスターとライダーらしい。だが――斃した敵も、キャスターだったようだぞ」
「そんな!?」
「馬鹿な……有り得ない……!」
「そう。クラスが重複するなど、聖杯戦争では有り得ない。にも関わらず二騎のキャスターがいる。そしてサーヴァントの数も合わない。明らかに――この聖杯戦争はおかしい。原因を追究するべきだと考えるが、貴女はどう思う? アイリスフィール」

 畳み掛け、アイリスフィールを混乱させる。アルトリアは冷静に思慮を張り巡らせているようだが、彼女は騎士王であり魔術師ではない。聖杯のからくりと、今の話の陥穽に気づける知識がない。仮に違和感があるのを直感しても、それを言語化させて言葉として肉付け出来ないとなれば、一旦違和感を呑み込むしかないだろう。
 そしてそれで充分である。俺は淡々と彼女達に告げた。

「アイリスフィール、一時聖杯戦争を中断して大聖杯を確認しに行くべきじゃないか?」

 俺がそう言うと。
 図ったように同意する言葉が辺りに響いた。

「――私もそれに賛同しよう。今は戦いの時ではない」
「ッ! アイリスフィール、下がって」

 荒らされた森からやって来たのは、白衣を纏い眼鏡を掛けたマシュと、それを庇うように背に連れた白髪の男だった。
 ゆるい表情で緊張感の欠片もないその男は、紛れもなく魔術王ソロモン。ロマニ・アーキマンである。俺の立ち位置がアイリスフィールとアルトリアの背後であった為、思わずロマニに向けて中指を立てた。ロマニはにっこりと親指で首を撫でる。男二人、確かに通じ合った瞬間だった。

「……?」

 警戒するアルトリアとアイリスフィールを尻目に、ふと既視感を感じて首を捻った。

 ――俺の前に立つセイバー。見知らぬ男を傍らに置く、魔術王ソロモン。

 ロマニが、いやソロモンが穏やかな。感情の欠片もない機械めいた声で何事かを語った。セイバーが重苦しく応じる。

 ――頭が 痛  い

 ビギリ、と頭痛がして、眩暈を覚える。
 クー・フーリンが傍らに降り立った瞬間、幻視した光景は霧散する。

「誰だ」

 すっとぼけて、ソロマンに誰何する。
 ソロマンもにこやかに応じた。

「私はソロモン。魔術王ソロモン。キャスターのサーヴァントだ」

 狙い通り。
 思った通り。
 ソロマンはあたかも、こちらの思惑に乗る形で、そう名乗ったのだった。





 
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