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人理を守れ、エミヤさん!

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再編、カルデア戦闘班





冠位(グランド)の称号に、冠位魔術師(グランドキャスター)の魔術王、ねぇ……」

 魔術王は召喚ルームに立て籠り、人質としていたロマニへ自らの霊基を溶かし込んで、ロマニの肉体を乗っ取っていた。
 奇しくもそれは、マシュと同様のデミ・サーヴァントと呼べる形態であるが、素直にそれを信じるほど平和ボケも信頼関係も構築していない。まずは疑って掛かるのが常道であるから、俺は極めて真っ当な嫌疑のもと魔術王を尋問していた。

 結果、判明したのは当たり前の事実と控えておくべき基礎知識。
 この魔術王は人理修復に協力的。人理焼却を実行した魔術王ではない。召喚直後の扱いには遺憾の意を表明。容疑を否認、犯人は別にいるので冤罪を主張、と。
 そして魔術王はあくまで自我はロマニ・アーキマンであり、決して魔術王ソロモンではないと必死に訴えてきた。
 まあ、俺としても直感的には信じてもいいかな、と思わないでもない。

 背後には何故か笑いを堪えるダ・ヴィンチと鉄面皮のアグラヴェインを従え。俺はロマニの顔にライトを当て、出来立てほやほやのカツ丼を容疑者に食らわせつつ問う。

「魔術王ソロモンが人理焼却に無関係であるという証拠は?」
「逆に関係あるという証拠がないしそもそも関わってたら召喚に応じるわけないだろう!?」
「カルデアに乗り込み内側から掻き回さんとする意図があるのだろう」
「異議あり! それはもはや根拠のない言いがかりに過ぎない! 検察はもうちょっと煮詰めた容疑を掛けるんだ! というか僕に弁護士を付けてくれ! あとライト近いよ! カツ丼ご馳走さまです!」
「痛覚を遮断するなど容易い魔術王に身体的な拷問は意味がない。こうなれば奥の手を使うしかないか……」

 例の物を、と俺は騒ぎを聞き付けて起き出してきたマシュに言う。
 ロマニが魔術王に乗っ取られた――その報に悲痛な顔をしたマシュに、ロマニの顔をした魔術王は巧みに本物のような悔しげな顔をしていたが、まだ弱い。
 「はい……」とマシュは俺の指示に従い、俺に一つのカルデア作の最新型ノートパソコンを渡した。ロマニの顔がきょとん、とする。なぜここにノートパソコンを? と。
 俺は言った。ドルオタには禁じ手となる、必殺の切り札を切るべく。これで本物のロマニか否かの判断がつく。ノートパソコンを起動し、その画面をロマニへ見せ――発作的にロマニが悲鳴をあげた。

「ま、まさか……や、やめっ、やめてくれ……」
「ロマニが愛好していた『マギ☆マリ』のホームページ。後は一クリックでロマニのアクセス権は永遠に失われる。レオナルド協力の下、確実にロマニのアカウントは焼却されるだろう。人類史の如くに。お前はマギマリのカルデア足り得るか否か、見せて貰おう」
「なぁっ!? ぼ、僕の心のオアシス、僕の生き甲斐を奪うというのか!? 鬼! 悪魔! 士郎くん!」
「――しかし外部との通信は途絶してるのに、このマギマリとかいうのは何処に繋がってるんだ……? ……いや、今はそれはいいとして、さあ魔術王。お前が真にロマニ・アーキマンであり、カルデアに一切の敵意がなく、人理修復に協力するというなら、何一つ隠しだてせず俺の質問に答えろ」
「答える! 答えるからそれだけはほんとやめてくれぇ!」
「では問う。心して即答しろ」

 俺は嘆息する。もうダ・ヴィンチの顔で察していた。あの顔はあからさまに事情を知ってますよという顔。それを察してしまえば緊迫感も続かない。
 半ば投げ槍に俺は問いかけた。



「ロマニ・アーキマンはソロモンの縁者或いは同一存在だな?」



「――っ?」

 ギョッ、としたのはロマニ。即答しろと言ったのに言葉に詰まる辺り本気で驚いているのだろう。俺はそれはもう態とらしく溜め息を吐いた。
 その反応だけで相対する者にとっては充分過ぎ、そして彼が魔術王ではない証になったと言える。
 俺は分かりきったことを説明した。

「アルトリア、オルタ、アーチャー・エミヤ、俺。色違いでも同じ顔が二組も揃ってる職場だぞ。あの魔術王の顔とロマニの容貌が一致することなんて一瞥して気づいたわ」
「……あっ」
「加えてデミ・サーヴァントの成功例はマシュだけ。その成功確率は適性諸々を引っくるめて英霊側の心証にも左右される不安定なもの。如何な魔術王とてなんの下準備もなく行い、無造作に成功させられるものか」
「……ぅぅ」
「――にも関わらず現実にロマニは魔術王と融合を果たしている。なら逆説的に考えて成功するに至った要因が最初から揃っていたということになる。最も考えられる可能性は、ロマニが魔術王との相性が抜群に良かったことだな。例えばロマニの血統が魔術王に連なっていたり、ロマニ自身が魔術王だったり、な」
「おお、士郎くんは探偵もやってけそうなほど冴えた推理をするね」

 ダ・ヴィンチが茶々を入れてくる。俺は肩を竦めた。

「実際探偵をやったこともあるしな。昔取った杵柄という奴だ」

 推理とはそう難しいものではない。目の前の事象を可視不可視に関わりなく抽出し、謎に当て嵌めていくパズルである。
 仕組みさえ把握し、解き方さえ知っていれば誰でも出来る。推理の要訣とはパズルのピースをどうやって見つけるか、見つけたピースを上手く型に嵌められるかだ。
 探偵の技能は大いに役立つ。逃げた敵の追跡や、罠の有無の確認、捕捉した敵を追い詰める手法――実戦はその仕事量と規模規格を上げたものだ。
 
「で。ロマニ・アーキマンが魔術王本人だという可能性は荒唐無稽ではない。ソロモン=ロマニという図式を現実にするものがあることを俺達は知っているはずだな」
「――あ! 聖杯ですね!」

 マシュが顔を明るくする。ロマニが乗っ取っられていない可能性の浮上と共に、その素性の真実に驚きの色彩を表情に浮かべていた。

「過去冬木で聖杯戦争があっ――」

 ぴしり、と頭に痛みが走る。

 唐突な頭痛。セーフティが掛かったような、急な思考停止。マシュが訝しげにセンパイ? と窺ってくるのに、ややロマンが慌てたように制止した。

「――っ! そこまでだ士郎くん。あまり僕の(・・)身の上を詮索しない方がいい」

 頭を振る。遠退いた意識に、魔術の介在を疑うも、ダ・ヴィンチは首を横に振った。
 カルデアでは感知されていない、魔術ではなく別方面からの干渉を受けた? ……目の前の、ソロモンから?

「……どういうことだ?」

 訊ねると、ロマニは真剣な顔で告げた。

「言えない。こればっかしは、君にだけは絶対に言えない」
「『俺にだけは』、ときたか。この場でそれが通ると思ってるのか? 折角晴れ掛かってきた疑いがまた再燃するぞ」
「構わない。でも、本当に言うわけにはいかないし、僕の過去を君が(・・)詮索するのは絶対に駄目だ」
「……」

 ちら、とアグラヴェインを見る。彼は首を横に振った。それは論理的に認められぬという意思表示。
 沈黙してロマニを見る。
 彼は魔術王ではない。それは信じられる。しかし過去を詮索するなとはどういうことなのか具体的な説明もなしに認められはしない。
 しかし意固地になったロマニには強要出来ないし、したくない。友人なのだから。
 仕方なく、妥協した。

「せめてなんで駄目なのかぐらい教えてくれ」
「言えない」
「……」

 お手上げである。俺は大袈裟な身振りで欧米チックに首を振り嘆息した。

「仕方ない。なら話を変える。お前はロマニだな?」
「……うん。そうだよ。それは信じて貰っていいさ」
「……聞いておいて悪いが、やはり信じるわけにはいかない。お前は兎も角、中身のソロモンは絶賛人理焼却の有力な容疑者だ。監視も置かずにいて、好き放題される可能性を考えると、カルデアのマスターとして見過ごせないな」

 ネロ、エミヤを見る。彼らは冷静に頷いた。同意である。
 アルトリア、オルタ、クー・フーリン、アグラヴェインも同意見なのか、口を挟まない。――アルトリアとオルタの顔がやや緊張を孕んでいるのに俺は目敏く気づいたが、今は追求しなかった。
 マシュは、固唾を飲んで俺の裾を掴む。その心を訴えるような眼差しに俺は微笑みかけた。悪いようにはしないさ、と。

「……じゃあ、どうする?」
「今のロマニは俺のサーヴァントだ。故に俺のサーヴァントとして常に行動を共にして貰う。俺やマシュ、アルトリア達でお前を監視するためにな。無論カルデアに細工されないように、特異点へレイシフトする時はカルデアに残させない。俺達と一緒に戦って貰うぞ」
「……! 先輩、それって――!」

 マシュが、嬉しげに笑顔を咲かせた。ダ・ヴィンチが言祝ぐように微笑む。ロマニは呆気に取られ、その言葉の真意を質した。

「ど、どういうことだい? 僕が離れたら、カルデアの指揮は誰が――」
「それはレオナルドとアグラヴェインに一任する。カルデアの人手不足はハサンが解決してくれたし、無理なく運営出来るはずだ。ロマニには悪いが司令官の座からは降りて貰うぞ」
「――それって」
「なあ、ロマニ。俺やマシュと、旅をするのも良いんじゃないか?」
「――」

 ぽかん、とロマニはアホ面を晒した。
 彼にとって、それはこれまで考えられないことだったのだ。
 否、敵が魔術王である可能性を考慮すると、鬼札と成り得る自分の存在を隠し通すのは、ロマニにとって当たり前のこと。
 なのに、拒否する考えが浮かばなかった。

 旅をする。

 カルデアの司令官としてではなく。ただマスターを送り出すだけのナビゲーターとしてではなく。共に肩を並べて戦い、旅をする仲間になるなんて。
 これまで、一度として考えたこともなくて。十年もの孤独な戦いに徹してきて彼には思い付きもしないことで。
 とても魅力的な、悪魔めいた誘惑だった。

 俺はロマニの事情を知らない。だが別に気負う必要はないのだ。

「マシュ」

 声を掛ける。すると、マシュは頷いて、ロマニに――育ての親とも言える、非人道的な研究から救い出してくれた恩人に告げた。

「ドクター。私と、一緒に旅をしましょう」

 その言葉に。色彩に。
 ダ・ヴィンチは笑った。

「君の敗けだロマニ。どんな計算も、あの笑顔には敵わない。そうだろう?」
「……参った。うん、敵が魔術王なら、僕の存在は隠しておかないとまずいっていうのに。どうやら僕は、彼らに逆らえそうにない」
「ん? どういうことだ?」
「全部話すよ、僕の知ってることは」

 ロマニは仕方なさそうに苦笑して、マシュの頭を撫でた。大きな慈愛の気持ちを込めて、優しく、優しく。くすぐったげなマシュを見守る、本当の親のように。

「ただ先に言っておくと、どうやら敵は魔術王(ぼく)の力を超えているようでね、僕の千里眼でも正体は見抜けなかった。大体の察しは付いたけど、知らない方がいいかな、今は」
「……そう言うなら信じよう。論理的じゃないが、論理だけで世界は回らないからな」

 受け入れる。秘密主義も行きすぎない限りは必要だ。時には味方にも秘するべきものはある。
 ロマニは言った。

「僕の知っている情報を開示する前に決めておくことがあるだろう。もうすぐ二つの特異点へ同時にレイシフトすることになるけど、その時は編成をどうするんだい?」
「それは決めてある」

 変異特異点とでも呼ぶべきもの。
 冬木の方へ、俺が行く。もう一方をネロが担当する。

「俺の班はランサー、マシュ、ロマニ。
 ネロの班はアタランテ、エミヤ、アルトリア。
 残りはカルデアに待機。各々はそれぞれの班の救援に即座に駆けつけられるようにして貰う。
 その采配はアグラヴェインに託そうと考えている」

 む、と異論ありげなアルトリアらを制し、俺は言った。

「これを常態として、今回のようなケースを除いて片方の班は緊急時に備えカルデアで待機させる。組織の歯車に遊びがないといざという時に脆いからな」
「うん、それがいいと思う。組み合わせもいいね」

 ロマニが賛意を示し、編成は決まった。

 ふぉう! と愛らしい獣がマシュの頭に飛び乗り、嬉しげに鳴く。まるでマシュを祝福するように。
 俺は苦笑してフォウの顎を擽った。

「じゃ、話して貰うぞロマニ。お前の知り得たことを」






 
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