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人理を守れ、エミヤさん!

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酷すぎるぞ士郎くん!





 足がほしい、と俺は切に思った。

 乗り物という意味の足である。移動速度の遅さは如何ともし難い。何とかして短縮したいが、どうにかならないだろうか。ダ・ヴィンチえもんにでも頼んで、何か乗り物でも作って貰おうか。

 いや、単純にライダーがいたら良い。戦車持ちならなおよしだ。いっそのこと、贅沢は言わないから高い機動力を持つランサーがいたらいい。それならわざわざ俺が走らなくても、ランサーに追撃を任せて優雅に構えていられる。

 ――そういえば知名度補正全開のクー・フーリンなら戦車も持ってるはずだよな……。

 ライダーでなくても持ってくれていたら、俺の悩みも一挙に解決なのだが。まあそのクー・フーリンの召喚はまだ先なわけで。出来れば槍兵がいいとはいえ、戦車を確実に持っているだろう騎乗兵のクラスでの召喚も捨て難くなってきた。
 うーん、悩む。悩むなぁ。

「先輩。現実を見てください先輩」
「やめろ。やめてください。奇天烈でファンシーな獅子を象ったバイクなんて知らない。ドゥン・スタリオン号とかラムレイ号とか知らない。俺は今滅茶苦茶スマートでイカシたバイクを吹かしてるんだぜベイベ」
「せんぱーい! 帰ってきてくださーい! 現実、これが現実なんです……!」

 颯爽と風を切り、疾走する二台のバイク。獅子の頭を持った馬の名前の機械馬。ネイキッドというスマートなバイクを素体にしているからか、無駄に胴体部位が格好良いのが腹が立つ。

 俺が乗っているのが黒い獅子頭のラムレイ号。武器庫代わりのサイドカーをつけて、後ろに盾娘マシュを相乗りさせている。
 並走しているのは、巧みなハンドル捌きの騎士王サマ。白いドゥン・スタリオン号とかいう獅子頭のファンシーなネイキッド。

 昨夜。敵サーヴァント四騎を撃沈させた砦跡地で夜営をした俺達は、下の下とはいえ霊脈として機能させられないこともない土地だったこともあり、召喚サークルを設置してカルデアから補給物資を貰った。
 そこで、俺はかねてからダ・ヴィンチに依頼していた移動用の乗り物を転送して貰ったわけだが。

 それが、なぜかご覧の有り様である。
 ダ・ヴィンチ曰く、外装の獅子頭は騎士王の熱い想いのために実装した代物なのだとか。レイシフト初日に間に合わず、夜に召喚サークルを設置した時に何とか開発・作成を間に合わせたダ・ヴィンチの奮闘には頭の下がる思いだ。素直に感謝するし短期間で発明品を実用に耐えるレベルに持っていく手腕には尊敬の念を抱く。
 だがこれはない。幾ら移動速度を爆発的に高められていると言っても、これはない。

 俺は諸悪の根源を睨んだ。

 びくりとするキシオウ様。操縦しているドゥン・スタリオン号が揺れた。

「……おい。弁解するなら今だぞ。さすがの俺も無視できなくなってきた。さっきのフランス兵の顔を見たか。まるで色物戦隊でも見る目だったぞ」
「うっ。……い、いいじゃないですか獅子頭。かっこいいでしょう」
「お前のセンスが死んでるのはわかった。頼むからダ・ヴィンチに自分好みの改造をさせるな。普通で良いんだ、普通が良いんだよバイクは」

 あとバイクにでかでかと『ラムレイ号』とか刻んだネームプレートを張り付けないでほしい。かなり恥ずかしいのだ。乗っていると獅子頭の後頭部が見えて死にたくなるのだ。
 俺は昨日の夜から定期的に宝具を投影し、武器庫(サイドカー)に貯蔵しているわけだが、きらりと光り、夥しい魔力を放つ投影宝具がシュールに見えて仕方ない。

 おかしいなあ。こんなはずじゃなかったのに……。俺が涙目になっていると、アルトリアも涙目になっていた。
 自分のセンスを全否定されて泣きそうなのか。俺も泣きたい。なんで他のことだとメンタル強くなってるのにそういうとこだけ昔より脆くなってるのですか。王よ、私には貴方の心がわからない。私は悲しい。ぽろろーん。

「先輩、休憩しましょう。疲れてるんですよきっと。休んだら元気が出るはずです」

 相乗りしているマシュが健気にもそう言って気遣ってくれた。
 よし休憩しよう。何時間も走り続けてると俺まで獅子頭と人機一体になってしまう。無駄に乗り心地良いのが憎たらしい。ハンドル捌きが達者なキシオウ様がやたらムカつく。

 この時ばかりは、アルトリアに刺々しいマシュも態度に棘をなくし、憐憫の眼差しで見遣っていた。

 アルトリアはラムレイ号を止めた俺の隣にドゥン・スタリオン号を停車させ、小さくなって俯いていた。そんな彼女に冷たい目を向け、俺は露骨に嘆息する。

「あーあ。敵サーヴァントを一気に片付けた誰かさんのこと凄いと思ってたのになー。台無しだなー。わたしはかなしー」
「うぅ……」
「ぽろろーん。ぽろろーん」
「サー・トリスタンの物真似はやめて差し上げてくださいっ」
「ちちうえー。ちちうえー」
「グググ……!」
「モードレッド卿もだめです!」
「ちちうえとか言われてるが、言うほど乳はないよなアルトリア」
「ぅう、うわあああ!!」

 ドゥン・スタリオン号に縋りつくようにしてアルトリアは泣き崩れた。
 それを尻目に、俺は呟く。

「ほんと円卓は地獄だぜ……」
「いえ、今は円卓は関係ないかと……あとセクハラです先輩」

 脳内に展開していた偽螺旋剣の設計図に魔力を通し投影する。全工程を完了し、それをサイドカーに貯蔵して、ラムレイ号から離れた。
 現在、貯蔵しているのは偽螺旋剣を五本。赤原猟犬を四本。原罪を六本。勝利すべき黄金の剣を五本。余裕がある時に投影しておこうと思ったのだ。実戦に際して一々投影していては間に合わないし、非効率的だと思ったのである。
 夜通し、じっくり丁寧に時間をかけて、負担が掛からないように気を使いながら投影した。これからは暇さえあれば投影宝具を増やしていこうと思っている。
 そこで、ふと気づいた。俺達は今、名前も知らない森の手前にいるわけだが、樹の影から何かがこちらを見ている。――切嗣だった。仕事帰りの独身サラリーマンの如く目が死んでいる。

 咽び泣くアルトリアと、それを慰めるマシュを背にアサシンの元に向かった。

「マシュ、シロウが、シロウが苛めます。どうしてです、私はよかれと思って……」
「余計なお世話という奴ですね」
「円卓の騎士の物真似がなんであんなに上手いんですか。辛いです」
「自業自得ですよね」
「槍の私なら胸だって……きっとあるはずなんです」
「でもセイバーのアルトリアさんの現実はそれです」
「……マシュ。貴女とは少し話し合う必要があるようですね」
「? わたしは特に話すことなんて……」

 ……。
 ……慰めて、る?

 いやあれも立派なコミュニケーションだ。間違いない。マシュは良い娘なので、何も問題ない。

「……で、首尾はどうだ」
「この森は通るな。伏兵がいる。女の狩人のサーヴァントだ。獅子の尾、耳からするに純潔の誓いを立てたアタランテだろう。森で相手をするのは自殺行為だ」
「ん? ……この森か?」
「ああ」

 思いっきり走り抜けるつもりだった俺である。危なかった、本当危なかった。危うく罠にかかって森ごとアタランテを聖剣で焼き払わねばならなくなるところだった。

「迂回しよう。魔力は節約だ。使わないで良いなら使わない。節制は美徳なり」
「お母さん……」
「ん?」

 マシュがこちらを見て、ぽつりと呟いた。

「何か言ったか」
「いえ、何も」

 見れば、アルトリアもこちらを見ている。しかし切嗣は抜け目なく彼女達の樹の影の死角に立っていた。徹底している。さすが切嗣。遊びがない。
 そんな切嗣は、やはり遊びのない眼差しで言葉を続けた。

「ついでに敵本拠地を発見した。オルレアンだ。ここはジュラという森。ここから北西の位置にオルレアンがある。僕は奇襲するべきだと判断するが、どうするマスター」
「……奇襲だと? 俺達だけで、か?」
「そうだ。ジャンヌ・ダルクはサーヴァントを追加で呼び出せるようだ。このままでは折角のアドバンテージが崩れ去る」
「サーヴァントの追加召喚? ……ジャンヌ・ダルクは聖杯を持っているな」
「ああ。僕もそう睨んでいる」

 暫し沈思し、俺は決断する。
 本当ならフランス軍を利用し、人海戦術で攻めるつもりだった。そのためにフランス兵を助け、フランス軍元帥のジル・ド・レェに接触するつもりだったのだが……。

 サーヴァントの前に、普通の人間は無力。サーヴァントを増やせるというのなら、四騎を脱落させた甲斐がない。
 ならば、多少の博打はやむを得ない。今後の戦いが長引けば人類は終わる。

「奇襲成功率は」
「三割だな」
「……分の悪い賭けは大嫌いだ。作戦を立てよう」
「聞こう」
「これを受け取れ」

 言って、俺はマシュに目配せした。最近、アイコンタクトだけで多少は動けるようになってきていたのはいい成果だろう。
 マシュは俺の意を汲み、武器庫から宝剣「原罪」を四本持ってきた。それに、投影したマルティーンの聖骸布を巻き付け、切嗣に手渡す。
 これは? 視線で訊ねてくる切嗣に、俺は端的に告げた。「爆弾だよ。用途は分かるな? 俺とマシュとアルトリアで正面から仕掛ける。聖剣による対城の一撃を叩き込んだ後、ひたすら俺が投影した宝具を撃ち込んでいく。出てくればよし、出てこないならそのまま城を枕にさせて爆殺する」
「――了解。二段仕掛けか。それで仕留められなかったらどうする?」
「アサシンは状況を見て勝手に動け。俺達はそのまま決戦に移る。旗色が悪くなれば、投影宝具を積んだラムレイ号を突っ込ませて爆破し撤退する」
「了解。……ラムレイ号、あれか。随分可愛らしい外見だな」
「……ん?」

 可愛らしい?  それが聞こえたのか、切嗣の声に何かを思い出そうと顔を顰めていたアルトリアが目を輝かせた。このアサシンはわかってる! そんな顔。
 俺は思い出した。

 ――そういえば切嗣のセンスも死んでいたな……。






 
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