早春のある夜。
厚く垂れ込めた黒雲により月は見えず、霙(みぞれ)混じりの雨が窓を濡らす。
──慈雨、などという者もあるが、この身体から体温を奪っていく冷たい雨の何が慈しみだと言うのか──
巡検を終えた提督は執務室の窓から見える夜空を恨めしげに見上げる。
底冷えする寒さと空腹感から、提督はいささか冷静さを欠いていた。
と、執務室のドアがノックされる。提督が待ち望んでいた人物が待ち望んでいたモノを携えてやって来たようだ。
「司令官、お夕飯をお持ちしました」
本日の秘書艦を担当する白露型駆逐艦の艦娘、春雨が入室する。
毛先が淡い青色をしたふわふわピンク色の髪。高い声は幼さを感じさせて庇護欲を刺激するが、その赤い瞳は芯の強さをうかがわせる。
その春雨の顔に、何かを決心したかのように、少し照れるように朱色がさす。
「そ、その、春雨特性、麻婆春雨! た、食べて!」
提督は春雨とともにテーブルに着き、すすめられるままに麻婆春雨を食べる。
芳ばしいゴマ油の匂いと食欲をそそる五香粉の香り。熱々でつるつるでトロトロの麻婆春雨である。
「あの、司令官のお口に合いますか?」
美味しいという以上に、舌でも胃でもなく胸の辺りから温かさが広がっていく。
──これから毎日春雨を食べさせてほしい──
素直な気持ちを舌に乗せてみれば、春雨は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「どうでもいいけどさぁ?」
急に声がかかり、提督と春雨はギョッとして声のした方を見た。
白露型の長姉、白露が執務室のドアを開けて覗き込んでいた。
「提督にお姉ちゃんって呼ばれるのはなんだかイヤだよね」
笑っているようで笑っていない目をして、白露は歩き去る。
春雨はオロオロとし、提督は黙々と麻婆春雨を口に運んだ。
ある春の夜。
日中は半袖で過ごせるような陽気だったが、日が暮れると冷え込んでいた。
山側から吹き下ろす冷たい風が花を散らす。
──夜半に嵐の吹かぬものかは──
執務を終えて床に就こうとしていた提督がふと外を眺めると、舞い散る桜の向こうにぽつねんと立つ艦娘に気付く。
月明かりを受けて淡く輝いて見える緑の髪。白露型駆逐艦の艦娘、山風だ。
降り落ち、風に舞い上げられてまた落ちる花弁を眺める山風。そのそばに提督は歩いて行った。
山風は提督に構わないでと、放っておいてと言っている。なので、提督は山風を構わず、しかし見守れる位置に立つ。
不意に山風が口を開く。
「最初に咲く花はみんな探すけど、最初に散った花なんて見向きしないよね」
風の音にかき消されそうな声だったが、確かに聴こえた。
突風が吹き、桜吹雪の中に山風が消えてしまいそうに見え、提督は咄嗟に手を伸ばす。
山風の身体は提督の腕の中に収まった。
夜風から守るように抱きしめられ、提督の体温が山風の身体に伝わる。
「あり、ありがと」
山風は抱きしめ返さず、しかし提督の服の裾をぎゅっと握りしめた。
翌朝
執務室に白露型の次女、時雨がやって来た。
「提督、おはよう。昨夜は珍しく、山風が部屋に帰らなかったんだ。1人で眠るのは嫌なはずだから、他の誰かと一緒だったんだろうけど」
時雨は喋りながら丁寧に畳まれたハンケチーフを取り出し、提督の前で広げる。
ひらりはらりと桜の花弁が落ち、長い緑色の髪が垂れた。
「提督の仮眠室で見つけたモノだよ。何がどうなっているのか僕に分かるように説明してもらいたいな」
やましい事など何も無いのだが、どうしてか提督はごめんなさいと言って平伏するのだった。
梅雨の晴れ間が見えたある日のこと。
提督は久しぶりの晴天に誘われて、昼食をタッパーに詰め庁舎の屋上へと向かう。
眩しいが熱くはない日差しを浴び、提督は良い気持ちで塔屋から持ち出したデッキチェアに腰掛け、昼食を摂り始めた。
そこに、屋上への扉を開けて洗濯物が飛び出して来る。
いや、洗濯物の上から僅かに、下からは甲板にするくらい長い青い髪と細い脚が覗いている。洗濯物を大量に抱えて白露型の艦娘、五月雨が飛び出して来たのだ。
「提督! お疲れ様です」
デッキチェアに腰掛けている提督に気付いた五月雨はぺこりと頭を下げ、提督がそれに手を振って返すといそいそと洗濯物を干し始める。
「提督はこちらでお弁当ですか」
屋上に張られているロープに洗濯物を干しながら五月雨は提督に話しかける。その視線が提督の持つ箸に摘まれた卵焼きへと集中した。
「ゴク……」
五月雨が喉を鳴らす。
まあ、そうなるなと思って提督は卵焼き(鳳翔と瑞鳳の特製)を一切れ差し出す。
「い、いいんですか⁉︎」
言いながら駆け寄って来た五月雨に卵焼きを食べさせながら、提督はある事に気付いて目を逸らした。
「提督?」
五月雨は差し出された卵焼きを咀嚼しながら、明後日の方向を向いた提督の頬がやや赤い事に気付く。
そして考える。
なぜ、自分は提督に「あーん」としてもらったのか。 ──両手が塞がっているからだ。
なぜ、両手が塞がっているのか。 ──それは両手に────
「あわぁぁああ!」
五月雨は慌てて手の中にある薄布、特に目立つ赤白ストライプ模様の物体を背に隠して立ち上がろうとした。しかし、その時都合よく風が吹き、ロープに引っ掛けられていただけのシーツが飛んで五月雨の背後から覆い被さる。
「ひゃっ!」
シーツの勢いに負け、五月雨は提督を巻き込んで倒れた。
押し倒した形の五月雨と、押し倒された形の提督の視線が交差する。
「あの、すみません。えっと」
ガチャリ。音がしてまたもや塔屋の扉が開いた。
「きょーはお洗濯日和ーラララ──あ」
白露型の三女、村雨がタイミング悪く洗濯籠を抱えて屋上に現れた。
村雨はクルリと向きを変えて去ろうとする。
「お邪魔しちゃいましたかー、そうですかー」
「違うの村雨姉さん! 誤解なの!」
「5階? ここ屋上ですから」
「だから違うから!」
村雨を追って駆けていく五月雨を見送り、提督は無事だったタッパーを拾って昼食を再開するのだった。
夏の走り。執務室で書類をやっつけていた提督は、開け放たれた窓から入る日差しが翳り、風が生温くなったのを感じ慌てて窓を閉めた。
パラパラ、パラパラと俄雨が窓を叩く。
しばらくして雨は止み、提督が再び窓を開けるとややヒンヤリとした空気が室内に入ってくる。
単調な書類仕事の気分転換にはなったかと提督が外を眺めていると、執務室のドアがノックされた。
「入るわよ」
一言かけて執務室に入って来たのは白露型駆逐艦の艦娘、村雨だ。
おつかいに出していたのだが雨に降られたのだろう、髪先やスカートからポタポタと水滴を垂らしている。
「急に降りだすんだから、もうっ」
タオルで頭を拭き始める村雨に、提督はお疲れ様と声をかけ、シャワーでも浴びて着替えて来たらどうかと言う。
「そうしたいけど、いいのかしら」
お仕事は大丈夫なのかと心配する村雨に、大丈夫だと答える提督。書類は量こそ多いが、そんなに複雑な内容ではない。
「それじゃ、ちょっと行ってきまーす」
そう言って執務室から出て行こうとした村雨だが、ドアのところで振り返る。
「覗いちゃだめよ?」
わざわざ覗きなんてするものか。提督は肩を竦めて呆れ顔をして書類に向き直った。
村雨が戻って来たのは30分ほどしてからだった。どうしたことか、いつかのように洗濯籠を抱えている。
「洗濯機が全部使われてるんだから仕方ないじゃない」
秘書艦席に着きながら言う村雨。
脱いだ服を洗おうとしたが洗えず、部屋に持って戻る時間を惜しんでそのまま持って来たらしい。
しかし執務室に置かれても困るのだが。特に提督の精神衛生上よろしくない。
村雨は脱いだ下着など見られても平気なのかと提督は疑問に思う。
「うーん、提督にはもっと色々見られちゃってますし?」
村雨の答えを聞いて提督は複雑な気分になる。
村雨の色々──中大破した姿など──は資料として他の人間も見ている知っている。それは目の前の村雨とは別の村雨の資料なのだが、提督は僅かな苛立ちを感じた。
「提督?」
不機嫌そうな気配を感じたのか窺うような顔で声をかける村雨に、提督は何でもないと返事をする。
「そう? ならいいけど。ところで提督、本格的に夏になったら海に行かない?」
唐突な話題転換。
どうしたことかと思った提督が村雨の方に目を向けると、妙にぎこちない笑顔を浮かべていた。
「みんなで、お弁当作ってクーラーボックスに入れて。ペットボトルに麦茶をいれて、凍らせて。スイカも持って」
無駄な心配をさせたというか、不安にさせたのだと気付いた提督は、村雨の提案に乗ってあげることにする。
「それじゃあ、いつがいいかしら。スケジュールは──」
村雨は席を立って提督の横まで来て、予定表と気象図を覗き込んだ。
と、軽快な足音が近づいて来たかと思ったらノックも無しに執務室の扉が勢いよく開かれた。
「ただいまっぽーい!」
白露型の四女、夕立が任務を遂行して帰還した。
夕立は早速、提督に飛びつこうとしたのだが、足元に置いてあった何かに気づいて足を止める。
そこには脱いだばかりらしき村雨の衣服。
「どうかしたの?」
そして目の前の村雨は、しっとりと髪を濡らして提督の側に侍っている。
「事案っぽい!」
「夕立? 無線機を置きましょ?」
騒ぐ夕立を宥める村雨。その様子を眺め、今日も平和だなぁなどと考える提督だった。
陽射しが貫く夏。波風が穏やかな砂浜にて。
提督はビーチパラソルの作る日陰で荷物番をしていた。
波間で遊ぶ艦娘達を眺めながら、こんなもんだよなと呟く提督。その背後から誰かの足音が近付いてくる。
「あら、バレてしまいましたか」
波に合わせて近寄っていたのは白露型駆逐艦の艦娘、海風。
「砂浜は暑いですね。これ、どうぞ」
彼女は持っていた炭酸飲料を提督に渡し、隣に腰を下ろした。
泳がないのかと提督が尋ねると、海風はもう泳いだ後だと言う。その割には日に焼けたようには見えないが。
「日焼けですか? 日焼け止めを塗っています」
そういえば、兵隊が日焼け止めとワセリンは必需品だと言っていたなと提督は思い出した。
日焼け止めは首や顔に。ワセリンは真鍮部品の保護や股擦れの防止に。
海風達艦娘もワセリンを塗っているのだろうか。
妙な想像をしてしまい、提督は頭を振った。
「提督?」
怪訝そうな顔をする海風に問題無いと答え、提督は海を眺めた。
波打ち際から白露型の五女、春雨が提督に手を振って呼ぶ。
「司令官ー。ビーチバレー、一緒にしませんかー?」
荷物をどうしたものかと思っていると、海風が提督に優しく微笑んだ。
「提督。荷物は私が見ていますから、どうぞ楽しんできてください」
提督は海風に悪いとは思い断るが、二度三度と譲り合って結局は提督が折れた。
砂浜を駆ける姿を見つめながら、海風は独りごちる。
「もう少し独り占めしていても良かったかしら」
呟いた言葉は波音にかき消された。
蝉の鳴き声が響く夏の夕暮れ。
提督はふらふらと基地内の売店に行き、送る相手もいない絵葉書などを買ってみた。
そして、外に出た瞬間に雷雨に見舞われた。
蝉も鳴き止む大雨。
これは参った、身動きが取れないと困り果てる提督。するとそこに、ちょうど良く外出帰りの艦娘、夕立が傘をさして通りかかった。
「あっ、提督さん!」
手をブンブン振り、パシャパシャと雨水を飛び跳ねさせながら駆け寄る夕立に、提督は傘の意味ないんじゃないかと苦笑する。
「提督さん、一緒に帰りましょ」
ニコニコしながら誘う夕立に、しかし提督は雨足が弱まるまで待つと答え、夕立は先に帰ると良いと告げる。
途端に夕立はニコニコ顔を引っ込めてふくれっ面をしてみせる。
「むー、一緒に帰りたいっぽいー」
夕立はそう言ってグイグイと提督を引っ張り、さしていた傘を提督に押し付ける。
「傘も貸してあげるからお荷物も大丈夫っぽい」
そういう問題ではないのだが。
というか、制服で傘をさすのは服装容儀違反だ。
「むぅ。……あ!」
夕立はポムンと手を打つ。
「あたしにいい考えがあるっぽい!」
良い考え、とは思い付いた人間にとっての“都合の”いい考えである。という言葉を提督は思い出した。
現状が夕立にとって良いか分からないが。
夕立が傘を差し、提督に差し掛ける。
1人にちょうど良いサイズの傘に2人収まるはずもなく、夕立も提督も身体の半分はずぶ濡れだ。バカな事をしているなぁと提督は思う。
ふと見た夕立のマフラーが随分重たそうに思え、提督は首を傾げた。
どうしてそんな暑そうで重そうなマフラーをまいているのか。
「だってコレは、提督さんが褒めてくれたから」
提督が夕立に訊ねると、そんな答えが返ってきた。
改二になり、それまでと違いすぎる自分に戸惑っていた時に提督が似合うと言った。だから着用し続ける。
提督はマフラーだけを褒めたつもりはないのだが、マフラーも含めて似合っていたのは確かだ。しかしなんだかコーディネイトしてもらった勝負服を延々と着続ける喪男のように思えてしまう。
そんなことを考えているうちに提督と夕立は庁舎に帰り着く。
滴り落ちる水滴をどうしようかと提督が思案しながら扉を開けると、白露型の六女、五月雨がモップで床を拭いていた。
「おかえりなさい! ずぶ濡れじゃないですか!」
ちょっと待ってて下さいと言って五月雨は奥に走って行こうとし、バケツをひっくり返し、半泣きで走って行った。
すぐに戻ってきた五月雨から夕立はフェイスタオルを受け取ったが、提督に渡されたのはなぜかソース染みのついた台拭きらしきものだった。
何か恨まれるような事をしただろうか。
──心当たりが多過ぎる。
提督は黙って台拭きで顔を拭った。
日差しが照りつける地上戦演習場。
演習場の見回り点検をしていた提督は、あまりの暑さに敷地の端にある木立に逃げ込んだ。
木陰を抜ける風は心地よく、提督はしばらく休んでいくことにする。
風に揺れる葉の音に加え、水の流れる音がすることに気付き、喉の渇きを覚えた提督は木立の奥に歩みを進めた。
サラサラと流れる水の澄んだ小川があり、提督は川べりに腰を下ろして水を
掬って顔を洗う。
人心地ついた提督は靴と靴下を脱ぎ、足を水に浸けてくつろぐ。
「ン! 提督じゃン。提督も涼みに来たのかい?」
いつの間にか舟を漕いでいた提督に白露型の艦娘、江風が川の対岸から声を掛けた。
赤い髪を風にふわりとなびかせ、素足にサンダル履きの江風はスカートを軽くつまんで持ち上げ、小川をザブザブと渡り提督のすぐ横に腰掛けた。
「ここは風が気持ちいいよなァ」
川の上を吹き抜ける冷たい風。水面に反射する陽光。その中で江風の姿がキラキラと映える。
半分寝ている提督は江風をまるで天女のようだと形容した。
「天女だなンて、照れるじゃねーか……って寝言かよ⁉︎」
2人が帰ったのは日が落ちかけてからだった。
「まったく、どこに行っていたんですか。心配したんですよ」
帰りを営門で待っていた白露型の七女、海風が2人を叱る。
「江風、お姉ちゃんは心配しましたよ」
「う、ごめんよ姉貴」
「提督も、みんな心配したんですからね」
完全に日が沈むまでお説教は続いた。
秋の夜風に雲が流れて月が顔を出す。
巡検も終えた提督は庁舎から出て風の向くまま気の向くままフラフラ歩いていた。と、そこに声がかかる。
「よっ、提督! なにやってんでぃ?」
声をかけたのは白露型駆逐艦の艦娘、涼風だ。風呂上がりらしく風呂桶を小脇に抱えている。
提督が夕涼みがてらの散歩だと答えると、涼風は隣に並んで歩き始めた。
「今の季節はこの時間はもう涼しいからいいよな。真夏なんて風呂から出た瞬間に汗が吹き出すから困っちまう」
なるほど設備に改善する必要があるなと提督は言い、ついでに湯冷めしないようにと涼風に言う。
「いや、あたいはそんなにヤワじゃねェさ──へくち!」
可愛らしいくしゃみをする涼風。
言わんこっちゃないと提督は涼風の手を取り足を早めた。
閉め切っていた執務室は寒くもなく暑くもなく。提督はポットに残していたお湯で2人分の飲み物をいれる。
「あたいにはココアで、提督は……コー‘シ’ーかい。大人だねー」
提督はまだ仕事が残っているのだ。
ココアを飲んであったまったら歯磨きをして早く寝るように言って書類に取りかかる。
「ココアごちそーさま。ありがとう」
涼風が執務室のドアを開けると、そこには白露型の八女、山風がノックしようとした体勢で固まっていた。
「山風の姉貴? なにやってんのさ」
「っ! 涼風が遅いから、探してたのっ!」
少しだけだが目を泳がせて、山風は涼風の手を取り部屋に向かって歩き出す。
「ちょ、姉貴速い速い」
提督は、山風が自分に何か言いたそうに見えたが気のせいだったかと書類に向き直った。
吹き下ろしの強い風が執務室の窓を揺らした。
紅葉の葉に白露の光る朝。
「いっちばーん!」
執務室に元気よく駆逐艦の艦娘、白露が飛び込む。本日の秘書艦ということで張り切っているようだ。
一番も何も、こんな朝早くから執務室に用事がある者もいないだろうと提督が言うと、白露は人差し指を立てて『ちっちっち』などと言ってウインクまでしてみせる。
「最近は涼風や山風まで提督提督で、用が無くても執務室に入り浸ろうとしたり提督を探したりするんだから」
お姉ちゃん寂しい! とか言いながら泣き真似をしてヨヨヨとくずおれる白露。
表情というか表現力豊かで見ていて飽きない。
白露と一緒であれば毎日楽しいだろうな、と提督は思い、一瞬後になにを血迷ったかとその考えを捨てる。
「なになに」
顔を覗き込んでくる白露に提督は、よく見ると目が怖いと冗談めかして言って少し距離を取る。
「ちょっと、そんなひどいこと言ったら名誉白露型の称号剥奪しちゃうからね」
そんな称号は聞いた事もないと返す提督に白露は。
「うん。だって今制定したもん」
思わず『いらねぇ』と素で言ってしまった提督を誰が責めようか。白露が責めた。
「そんなこと言わないでよぉ、お姉ちゃんは寂しい!」
オイオイと下手な泣き真似をする白露。このままでは仕事にならない。提督はお手上げとばかりに、分かった分かった、称号はありがたくいただきます、と言ってしまった。
「ホント⁉︎ じゃあ提督は今日から白露型十一番艦ね! ちゃんとお姉ちゃんの言うことを聞くように!」
どうしてそうなるのか。
明らかに白露の方が妹ではないかと提督が抗議すると、白露も反論する。
「あたしがネームシップなんだから、あたしがお姉ちゃん。OK?」
「朝から賑やかじゃん。姉貴、どしたン」
ギャアギャアと賑やかな執務室のドアを開け
、白露型の九女、江風が入室する。
すかさず白露は江風を捕まえた。
「聞いてよ江風! 提督が白露型十一番艦は嫌だって言うの」
「は? 姉貴……変なもンでも食った?」
「妹からの扱いがひどい!」
白露の嘆きが響く。
楽しくはあるが、提督は朝から少々疲れを感じるのだった。
草木も枯れた秋の暮れ。
冷えると思ったらサァサァと雨が降っている。
そろそろ暖房器具が必要だろうかと思った提督が家具のカタログを取り出すと、来客用のソファでくつろいでいた最近常に誰か1人は執務室にいる白露型駆逐艦の艦娘の時雨が提督の側に寄ってきた。
「提督、コタツをだすの?」
暖炉やストーブではなく、おコタという最終兵器をいきなり名指しした時雨に戦慄を覚え、提督は言葉を失った──りはせずにただカタログを眺めているだけだと言った。
「そう……」
時雨は椅子を持って来ると提督の隣に座り、一緒になってカタログを眺める。
「ストーブは見た目から暖かそうでいいね」
その顔はとても楽しそうだ。
提督は家具コインを貯めていて良かったと心の底から思う。
「暖炉もいいね。火にあたりながらロッキングチェアに揺られるのは憧れるよ」
カタログを眺めながら色々想像することを楽しむ時雨に、提督もつい心が暖かくなる。
「コタツもいいね。大きなコタツにみんなで集まって……2人、並んで入って」
時雨はとてもとても楽しそうだ。
「小さめのコタツに向かい合って入るのもいいね」
時雨はとても幸せそうな顔をして言う。
いつの間にか、時雨は提督の真横にまで近寄っていた。
「なによりコタツ布団があるからね
──卓上では正直そうなカオをしていても 炬燵布団の中では何をしているかわからぬものだ ──
──提督は何がしたい?」
提督と時雨が執務室でコタツを組み上げていると、白露型の十女、涼風がやって来た。
「ちわ! 今日は冷えるねぇ? いつだったかのココアのお礼を持って来たぜィ。あれ、そいつあ炬燵かい」
持って来た甘酒を棚に置き、涼風は組み立て途中のコタツに目を輝かせる。
「うん。涼風も組み立て手伝ってくれるかな」
「合点! 涼風様にかかればちょちょいのちょいよ!」
3人がかりの作業となると大きめのコタツもすぐに組み上がり、天板を乗せて涼風の持ってきた甘酒とミカンを置いて準備万端。
「あたいが先陣を切るぜ! うおりゃ!」
まだ温もっていないうちから涼風はコタツに潜り、しばらくしてから時雨は足を差し入れる。
そして提督はというと。
「姉貴、どうした? なんか不機嫌そう」
「ううん、なんでもないよ」
なんでもないと言いながら不機嫌そうな時雨の視線の先で、提督は膝掛けをして執務机で書類を作成していた。
その日一日、時雨は不機嫌だった。
冷えた空気は峻烈で、先程まで降っていた雪によって大気中のチリも地上に落ちたせいか抜けるような青空が広がる。
元旦から鎮守府の安全祈願祭の打ち合わせに駆り出され、昼前になってやっと解放された提督は初詣とついでに軽く腹ごしらえをしようと社務所から参詣路に向かった。
「あっ、提督ー! お年玉、じゃなかった参拝して行ってー!」
「提督、明けましておめでとう。今年も僕……たちをよろしく」
「時雨、今自分一人だけよろしくって言ったでしょ」
「提督さんも、いまから初詣っぽい?」
「御神楽の奉納とかしますか?」
「御案内は、五月雨にお任せ下さい!」
「提督、本年も海風型、あ、いえ。白露型をどうぞよろしくお願いします」
「あけまして、おめでとう。一緒に、初詣……ううん、なんでも、ないから」
「提督! 今年も姉貴たちともどもよろしくな! さーて、お年玉の時間だぜ? ン? お賽銭? そんなの後でいいじゃん」
「提督の懐具合は分かってっからさ、“今は”甘酒とお団子でも買ってくれりゃいいさ」
賑やかに、姦しく? 騒がしく? 新年を祝いながら。
提督は今年が誰にとっても良い一年になることを祈るのだった。