岳王異伝
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第三章
「私は変える」
「未来は変わるか」
「そうだ、変わらないのか」
「いや、それは事実だ」
「貴殿の背に乗って見せてもらった未来もだな」
「その者の選択次第でな」
それによってというのだ。
「変わる」
「そうだな、ではだ」
「私が悪いものを見せてもか」
「乗る」
そして悪い未来を変えると言うのだった、これが岳飛の返事だった。
麒麟は岳飛のその言葉を聞いてだった、それで答えたのだった。
「わかった、乗るといい」
「それを許してくれるか」
「そうだ、そうして見るのだ」
「私の未来をな」
「そして変えるといい」
その未来をというのだ、こう言ってだった。
麒麟は岳飛の背に乗せた、そうしてそのまま辺りを駆けた。その駆ける中で。
彼は見た、宋がどうなっていき彼がどうなるのかを。そして。
麒麟は自分に乗る彼に問うた。
「見えたな」
「確かに」
岳飛も答えた。
「これが私が武を選んだ場合の結末か」
「若し文を選ぶとだ」
その時はというと。
「これも見えたな」
「私は文官になるか」
「若しくは進士に及第して異国に捕まるが」
「異国で宰相となっていた」
「そして国を栄えさせていたな」
「そうだ、私としてはだ」
麒麟は岳飛に言った。
「貴殿は才がある、しかし宋は貴殿に報いることはない」
「むしろだな」
「見た通りだ」
岳飛自身がというのだ。
「そうする」
「だからか」
「文を選びそしてだ」
「異国でか」
「ことを為すべきだと思うがな」
「いや、私はあくまでだ」
岳飛は麒麟に答えた、夜の原を彼に乗り駆けつつ。
「武を選びそしてだ」
「そのうえでか」
「宋を救う」
「宋の者だからか」
「そう思い武を選ぶのだ」
宋に危急があれば戦う、そう誓ったからだというのだ。
「だからだ」
「戦いそしてか」
「私はその未来を変える」
「武を選んだ場合の未来自体をか」
「そうする、何としてもな」
「強いな、その悪い未来自体を変えるのか」
「戦いな」
そのうえでというのだ。
「宋を救おう」
「そうか、わかった」
麒麟は岳飛のその返事を受けて言った。
「なら思う通りにするのだ」
「是非な」
「望みが適わず死のうともな」
「その運命自体を変えてみせるわ」
「その意気やよし、目指す道ならば悪い結末であろうともか」
「その悪い結末自体を変えてみせる」
「そうしていくのならそうせよ、例え結末を変えられずとも」
それでもとだ、麒麟は正面を見て駆けつつ岳飛に話した。
「それをしようと務めるのもやはり人だろう」
「そう言ってくれるか」
「お主を見て言った言葉だ」
他ならぬ岳飛、彼をというのだ。
「それならばな」
「私がそちらを進んでもいいのだな」
「進みたいならそうしろ」
「ではな」
岳飛も頷いた、そうして麒麟が駆けるのを終えて彼の背から降りてそうして別れてだった。
故郷に戻り麒麟の話をしてくれた友人に言った。
「麒麟に会いその背に乗れた」
「そうか、そしてだな」
「あくまで武の道を進むことを話した」
「科挙を受けずにだな」
「私は武に生きその武で宋に危急があれば国を救う」
このことは揺るがなかった、そしてだった。
岳飛は鍛錬と兵法の学問を続け見事武人となった、宋はおろか中国の長い歴史において関羽と並び愛され崇められている名将岳飛の若き日の話である。正伝にはなく伝承としても殆ど知られていないものであるがここに書いておくことにした。
岳王異伝 完
2018・6・11
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