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永遠の謎

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47部分:第三話 甘美な奇蹟その十二


第三話 甘美な奇蹟その十二

 そしてそのうえでだ。彼は次々に言うのであった。
「そしてなのだが」
「そして?」
「そしてといいますと」
「彼には多くの借金があったな」
 王はワーグナーのことを知っていた。彼の行いや現状について細かく知っていた。当然そのお世辞にもいいとは言えない人間性までもだ。しかしそうしたことも踏まえてなのだった。
 彼はワーグナーをだ。受け入れると言うのであった。
「それもだ」
「まさかと思いますが」
「陛下、その借金もですか」
「それもまた」
「どうにかされるというのですか」
「そうだ、当然のことだ」
 王はまた言うのだった。決意している顔でだ。
「それもな」
「幾ら何でもそこまでは」
「そうです。手配されているのは仕方ないにしても」
「それは」
 それはいいというのだった。彼等も王の決意に負けた形だった。
 だがそれでもだった。借金についてはなのだった。
「自業自得ではありませんか」
「あの男、相当な浪費家の様です」
「ですからそれは」
「放っておいてもいいではないですか」
「いや、そういう訳にはいかない」
 また言う王だった。
「それもだ。何とかしなければならない」
「しかし。その借金も膨大ですし」
「冗談にならないだけのものがあります」
「ですからそれは」
「幾ら何でも」
「いや、何とかする」
 ここでも強い決意を言う王だった。
「それもだ」
「どうしてもなのですか」
「その借金までも」
「ワーグナーにそこまで」
「ローエングリン」
 王はここでは王の名前を出した。
「私があのオペラをはじめて聴いた時、いやワーグナーを知った時に」
「その時からだと」
「仰いますか」
「そうだ、ローエングリンはモンサルヴァートからエルザを救いに出た」
 その白鳥の騎士のことを話すのだった。
「そして私もだ」
「ワーグナーを」
「借金までも」
「全てを救う。では探すのだ」
「わかりました」
「そこまで仰るのなら」
 誰もが折れるしかなかった。彼は既に王となったのだから。それでその言葉にあがらうことはできなかった。何しろ彼はただの王ではなかったのだから。
「何処までも純粋な方だ」
「底意地の悪さなぞ微塵もない」
「陰湿、陰険とは無縁の世界におられる」
「優雅で気品があられる」
 そうした人物だった。それならばだ。
 その言葉に従わざるを得なかった。彼の人柄もまたそうさせていた。こうしてワーグナーが探されることになったのです。王の最初の命令としてだ。
 しかしその二週間前、王が即位する少し前にだ。ミュンヘンに一人の小柄で頭の大きな男がいた。
 青い目が強い光を放っている。そこには知性だけでなく底知れぬ深さもある。顔付きは厳しさがあり額が広い。顎髭は頬髯と一緒になっておりそれが哲学者めいた印象を見せていた。
 絹の服を着たその男はだ。聖金曜日の日に項垂れて自らの墓碑まで置いてそこに書いていた。
『無名の騎士団の騎士に叙せられることさえなく名を成すことのなかった』
 こう書いてだ。そしてだった。
『ワーグナーここに眠る』
 この言葉を書き残して姿を消した。だがそこでショーウィンドウーの若い、まだ太子である彼の肖像を見て一言呟くのであった。
「素晴しい方だな。必ず何かをされるだろう」
 このことを直感で感じ取ったのであった。だが今は項垂れたままミュンヘンを去るのでだった。王が命じる少し前のことであった。


第三話   完


             2010・11・26
 
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