| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

問題児たちが異世界から来るそうですよ?  ~無形物を統べるもの~

作者:biwanosin
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

一族の物語 ―交わした約束― ①

その日その瞬間が訪れたとき、外道は特に何か思ってはいなかった。
面白い勝負になるだろうとは考えていた。それなりに楽しいゲームになり、満足感を味わうことが出来るだろうと、その核心はあった。

その日その瞬間が訪れたとき、少年少女たちが抱いていたのは『挑戦』の二文字だった。
自分たちと比べ、はるか高みにいる人間への挑戦。勝たねばならない戦いであり、勝ちたいと願う戦いではあったものの、しかしその行いは『挑戦』の二文字で表されるものだ。

故にこそ、眼前へ広がる光景は。外道にとって、想像をはるかに超える高揚感を与えた。
故にこそ、現実となったその光景は。少年少女にとって、何も考えられないほどの衝撃となった。

いかな神霊も越えられず、いかな英雄にも踏破不可能なはずの、外道の主催者権限。しかし、忘れてはならない。

いかなる時代、いかなる世界においても。不可能を踏破するのは。
それをはるか高みであると自覚した上で挑む、大馬鹿者だけなのだ。



 ========



その場はある種、地獄の具現と呼べる場であったのかもしれない。
ただこれだけ言うと誤解されてしまいかねないのだが、別に死体が転がっているとか、血の池があるとか、そういうわけではない。そう言った視覚的なものではないのだ。

では何であったのかといえば、だ。

「……酷い血の匂い。それに、何かを焼いた臭いも」
「おー、さすが耀は鼻がいいな。処理したのちょい前なんだけどな」
「隠す気ないのに、よく言うよね」
「ハハッ、まあバレるよなぁ。隠す理由もないし」

と、そう呟いて。一輝は椅子代わりにしていた切り株から離れる。この後何をするか、彼らが何をしに来たのか。それは分かっているはずなのに、ただ友人へ近づくときのように軽い足取りで。

「そういや、悪かったな。あの後俺が雲隠れしたせいで面倒事、あっただろ?」
「ああ、思いっきりあったな。おかげさまでリーダー代行代行として楽しくもねぇお話に参加させられた」
「うわー、それはマジで面倒だな。やっぱ俺リーダー代行十六夜に任せるわ」
「ざっけんな、とっとと代行に戻れってんだ」

それは決して簡単なことではない。討伐対象にはされていないし、大手の神群は基本気にしていないが、それは『倒せないから』という一点のみが理由だ。決して許されたわけではない。
故に、戻ってくる手段は簡単ではなく、限られている。

一つは、白夜叉のようにどこか大きな神群へ帰依すること。どこか、その存在を保証してくれる、その保証が十二分な証明となりうる集団に保証してもらう手段だ。しかし現状、アジ=ダカーハという神殺しの力を保有する一輝にこれは難しいだろう。
であれば、取ることのできる手段は別のものになり。それはこの上なく、単純なもの。

彼を討伐してしまえばいい。

彼の保有する主催者権限。その謎を解き明かし、ゲームクリアによって打ち破った者であれば。その対象を保有することは、当然の権利として保障される。故に。

「やるぞ、最新の英雄サマ。俺達はテメエを連れ戻しに来た」
「だよなぁ、とは思ってたよ。……ま、そっちがやるって言うなら仕方ない」

仕方ない、と言いながら一輝の顔を彩るのは凶暴な笑み。これから始まろうとしている戦いを、確かに楽しみにしている。
その証拠に、契約書類は何のためらいもなく召喚された。記されたギフトゲーム名は『一族の物語 ―交わした約束―』。



こうして、ゲームは開幕する。主催者側プレイヤーは鬼道一輝のみ、参加者側プレイヤーは逆廻十六夜、春日部耀、久遠飛鳥、レティシア=ドラグレアの四名。審判に黒ウサギを据えたギフトゲーム。

さて、ここで少し参加者側が立ててきた作戦について話そう。とはいえ、大まかな方針としては十六夜が語っていたものと変わらず、大まかなくくりとしてはアジ=ダカーハに対して用いたものとも似通っている。
まず、現在ノーネームが私情で動かしても問題の無い戦力を選出する。これは同盟所属の者は除かれ、ノーネーム所属、一輝の隷属下にない者が対象となった。
続けて、その中で一輝と相対することとが相性的に不利な者が除かれた。神殺しの力を持つが故にクロア・バロン(ロリコン)が、水を操るという共通のギフト故に白雪姫が除かれた。
最後に、本拠護衛のためもう一人ノーネームから選出される。これは手札を増やす、という意味もあり同一のギフトを保有した耀がおり、かつ翼が一つ失われているグリーが残された。

こうして参加メンバーは先述の四名となり、この中から一輝本人を相手にする人間、一輝の従僕を相手にする人間をそれぞれ二人ずつ選ぶ。単純に希望として振り分けられれば簡単なのだが、従僕に神霊二人、さらに霊獣までいるのだからそうもいかない。それら全てへの相性込みで、戦力を分担する。
結果。
いざとなれば広範囲を焼き払うこともでき、機動力のある耀。自身も従者を用いる、むしろ従者を指揮することが主だった役割となる飛鳥が従僕の相手を。
武器は己が体、近接戦闘が専門となる十六夜。槍を繰り、龍影という攻防可能な武器を持つレティシアが一輝の相手を。
そんな戦略を、彼らはたてた。

単純と笑うなかれ。そもそも、人数がいない以上複雑な作戦なんぞ立てるだけマイナスになることの方が多い。ギフトゲームのクリア方法が明確になっておりそれを満たすため、という形であれば話は別だがそうでないのなら、単純化された作戦は最適解である。

しかし、だ。単純化された作戦というのは、決行が容易であり、能力さえあれば成功率も高い代わりに。
相手もまた、その作戦を読むことが容易なのだ。


契約書類は現れた。ゲームの開幕はすでに告げられている。単純化された作戦を決行することが参加者側の最適解であるのに対して、主催者側の最適解は?
答えは、これもまた単純。

「吹っ飛べ、十六夜!」

先手必勝。策を読み、読めなかったとしても最大の戦力を真っ先に叩く!
反応される前に十六夜に接近し、ダメージを与えることではなくその位置を他のメンバーから離すことを目的とした一撃。内側へ入り込み、腕を振りぬき十六夜を殴り飛ばすと、その勢いを殺すことなく回転し、レティシアへ向けて一矢射った後に距離を取る。

「おや……?」

放たれた矢をレティシアは当然防いだ。最初の一発であればともかく、二撃目以降を防げないほどの素人ではない。射線へ槍を置き、確実に防いだ……はずなのだが。

「手ごたえが、ない?」
「レティシア、加勢急いで!」

槍に矢が当たった感触はなく、その現実を訝しむ。その疑問は当然のものだ。確実に防いでおり、その矢が当たった感触はない。にもかかわらず、防いだ感触すらない。ともなれば特殊なギフトではないかと疑うのが当然の流れではあるものの……
今は、ふっ飛ばされた十六夜の心配をするべきだった。

ふっ飛ばされた先。威力ではなく飛距離を重視したが故に今にも合流へ向け動こうとしていたため、腰から札を取り出して躊躇うことなく投擲する。

「火気招来、急急如律令!」

呪符を介して招聘される、普通ならざる炎。基礎中の基礎の陰陽術ではあるが、術者の腕が高ければそんなことは関係ない。基礎中の基礎の術は、必殺の一撃となりうる。例外の一撃。
しかし、例外は一輝だけの特権ではない。

逆廻十六夜もまた、例外の人間。その拳は山河を砕くだけにはとどまらず、ギフトによる形無き現象をも砕く。故に、炎というそれは格好の的である。
では、炎以外であれば?

「火気の後に灰あり、土に還れ。火生土、急急如律令」

炎は砕かれる直前、大量の土へと姿を変える。インパクトの瞬間は躱され、与えた影響は拳の風圧によって一部の土が飛んだのみ。その多くは十六夜を覆うように降りかかる。大量の土が、十六夜を埋めた。
そして当然、それでは終わらない。

「大地より鉱物は生まれる。土生金、急急如律令」

ただの土塊で封じられるわけもなく、その土を全て金属へ変換する。呪術によって生成されるそれ、その金属塊へさらに呪符を貼り、九字を切りながら続ける。
時間との勝負、脱出されるより前に、その術を決行する。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・前・行。オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ。(いにしえ)の九字、金剛の(しゅ)をもって、ここに停滞の封を」

対象物、そしてその中へ向けて用いられる封印の(まじな)い。金縛りの術と封印の術を混合した、停止の封印。意識の封印、物理的な封印が共に無意味であると考え、局所的な空間に対し時間の流れを書き換え行われた封印。
勿論、これで完全に封印できる、なんてことはありえない。なにせ対象が逆廻十六夜なのだ。この程度の封印、物理的に破壊するというありえない手法を取るにきまっている。

故に、行動は迅速に。自分への勝ち目がなくなるよう、主力を削る。

「遅かったな、レティシア」
「一輝が絡め手を使うとは思ってなかったからな!」

いっそ突進気味に槍を構えて突っ込んできたレティシアに師子王を抜いて応戦する。三合ほどの打ち合い、二人の足元では互いの影がその身を喰らい合う。

「なるほど、アジ=ダカーハの龍影か」
「ま、そういうことだ。それと、あらかじめ謝っとく」
「何……?」
「……火気は身を焼き魂を清める聖火。水気はその存在を遮断する流れ」

紡がれる言霊。それに伴い、一輝の腰から対応する呪符が宙を舞う。

「金気はその存在を討つ聖銀。木気は彼の邪を払う穀物を」

紡がれる言霊へ、レティシアは内心ひたすらに首をかしげる。今一輝が語ったそれは、確かに吸血鬼に対して有効であると言われるモノだ。しかし、それは後世に詩人が語ったもの。そうして作り出された歪みを彼女は一切保有しておらず、全て妹が引き受けた。
その歴史はレティシアにとって最大の屈辱でしかないのだが、感情と事実は違う。レティシアに対して弱点となりうるものは太陽に光ただ一つのみ。

故に、気にする必要はない。このまま攻め続け、合流した二人二封印を解かせる。それでいい、このまま攻め続ける。
そんな考えがあまかったのだと気づくのは、数秒の後。

「……何?」

呪符から伸びた植物が自身の腕を掠った瞬間。そこについた傷と走った痛みから、本能的に「これはマズい」と理解する。浴びたことはないが、太陽の光と近しいもの。
理解が及べば行動は早い。なぜそうなっているのかはまるで分らないが、自身の勘がこれを危険だと直感している。体はそれを信じて躊躇うことなく動き出すが、

鬼祓(きばらえ)吸鬼(きゅうき)の陣。急急如律令」

既に術は、完成している。
金行札から生成された銀の十字へ拘束され、水流、聖火、忍辱の三物によってその身は蝕まれる。容赦もなく、また同時に正々堂々という言葉もない相性による攻撃。陰陽師という狩りを生業とする者としては正しく、主催者という挑戦者に対して試練を与える立場としては大きく間違っているその行い。
しかし当然のこととして。この場で正しさというモノは、なんの力も持たず。間違いであるという事実は、何一つ縛りはしない。

言霊の矢によって植え付けられた絶対的な相性。全身を犯す天敵の存在へ耳を劈くような悲鳴を上げるレティシア。その眼前に立ちながら一輝は一切表情を変えはしない。

もといた世界で日常的に行っていた行為。箱庭に来てからは頻度こそ減ったもののこれといって思うところはなく行っていた行為。見るからに姿の違う者であっても、二足歩行をする者であっても、見た目だけで言えば人間と変わらないものであったとしても、いっそ人間であろうとも。自分たちとの意思疎通が可能な存在を、一切の躊躇いなく殺してきた一輝が、何故この程度のこと……同じコミュニティに属し、幾度の死線を共にした仲間の悲鳴程度のことで、感情を動かされようか。
さらに手を重ねる。

「金行札、聖銀錬成。急急如律令」

手中の札は聖銀の杭となる。拘束具はすでに足りている以上、それの使い道は一つしかない。磔にされたレティシアの胸部、その奥にある心臓がターゲット。
杭を引き、突き立てようとして……背後からの蹴りを杭で受け止める。

「おっ、間に合ったか」
「どこが……!」

耀の蹴りを受け止めた杭は砕けて、続けて放たれた二撃目を跳んでかわす。耀の一撃を受ける危険性とここまで削ったレティシアへとどめを刺す価値。その天秤は、容易に傾いた。

「いやいや、これでも褒めてる方なんだぞ?レティシアと一緒に攻めてきてまとめて潰してやれば終わり、って思ってたからな」
「それは、さすがになめすぎでしょ」
「そうか?ま、だとしたら謝っとく」

そう言いながら、ギフトカードに手をかざし師子王を抜く。

「日ノ本の国に伝わりし、大いなる巨人よ。我が国を作りし、偉大なる巨人よ。今ここに、その所在無き身を、我が眼前に表わさん」
「やりなさい、アルマ!」

一輝の体より輝く霧が現れ、巨人の姿を構成しようとする最中(さなか)。アルマに乗る飛鳥が己が騎獣へ向けて命令を下す。言霊の神格を飲み込んだ従者はその命令を忠実に実行するが……それは、一輝には突き刺さらない。

「突き破りなさい、これ以上何かされる前に攻め切る!」
『ええい、無茶を言う!!』

しかし、それが事実だとはわかっているのだろう。アルマはその命令をこなそうと宙を蹴り、身に纏う雷電をより強いものへと変えていく。されど、それを受け止める巨人も尋常の存在ではない。国の形を作り出した巨人。神による国造りへと対抗する形で生み出された巨人信仰の具現である。
巨人故に、その動きはとても鈍い。それは事実だ。アルマが彼の周りを跳び回って攻撃を繰り返せばいずれ倒されるだろう。だが、今それをやれるだけの時間的余裕は存在しない。それゆえの、一点突破。

自らの腹へ突き刺さろうとしている存在、それが動かないのであればダイダラボッチにも打てる手は存在する。体の大きさに伴った高い耐久力、それに任せて腹部へ突き刺さる小さなヤギをつかみ取りにかかる。

雷撃がその手を焼く。近づくことも難しく、それでも力任せに握りつぶさんと迫る巨大な手。その頼もしさへ口角を上げながら、巨人の背へ主の手が添えられる。

「我が従僕よ、我が一族によって討たれし幾千幾万の異形なる魂よ」

そして。紡がれるのは、外道の言霊。

「今、汝らの意志は必要なし。その意思を檻へ残し、力のみを具現せよ」

檻から表へと引きずり出された、異形たちの『力』。霊獣、神霊と言った固有名称でもって成立する者たちではなく、種族名によって認識される十把一絡げ達、その力。それら全てを、ダイダラボッチの背中へと流し込む。

「今ここに求められるは数にあらず。強大なる一へ統合し、我がための力となれ」

霊格が完結しているはずの存在に対し、なんの統一性もない力を強引に流し込む。その行いがどれだけの負荷を与えるか、考えずともわかるような外道の行い。しかし、寡黙な巨人はその苦痛に耐え、受け入れ、己が力へと昇華する!

「さあ、アルマの相手は任せたぞダイダラボッチ。それとも、まだ足りないか?」
「わざわざ言う必要はないだろう。時間の無駄だ」
「ああ、そりゃごもっとも」

これで、巨人が貫かれることはない……とまでは言えないが、拮抗し時間を稼げるレベルまでは至る。そして、それができるということは……

「さあ、耀。こっちはこっちで一対一だ。上手くやれば俺を討てるかもな?」
「……黒ウサギ、審判権限!」

一輝の言葉には一切反応せず、どこか離れたところで観戦しているのだろう黒ウサギへと告げる。挑戦者としての才能を持つ彼女の判断は、この上なく正しかった。

彼らが元々立てていた作戦は、酷く単純なものだった。しかし、その要となる二人が捕えられてしまった。完璧な破綻、確定した敗北。であるのならば、二人が捕えられたままになるという負債を抱えることになるとしても、一時中断して作戦を練り直すしかない。難易度が高すぎるからと切り捨てた『鬼道』という存在、その定義を突き止める方針へ移るにしても、考察を行うだけの時間が必要だ。

さて、そうと決まればやらなければならないことは一つ。可能かどうかも分からず、どれだけの時間がかかるかもわからない黒ウサギの申請が受理されるその時まで、耐え続ける。

「飛鳥、作戦変更!持久戦に移るよ!」
「了解……ッ!ディーン!」

掲げられたギフトカード。そこから巨体をさらに大きくし雄たけびを上げて表れるのは、彼女の忠実なる従僕。最も長く彼女を支え続けた二人目の従者、紅の鉄人形。主の勅命を受け取った忠臣は、その期待に答えようと眼前の巨人へ殴りかかる。
その一撃をノーガードで受ければ、ドーピングした巨人といえども耐えられるわけがない。山羊へ向けていた手を離し、その拳を受け止める。自由の身になった山羊と主人は即、飛んできた耀も乗せてその場を離れようと駆けだす。

「ひとまず逃げ出してみたけれど、どうするの?」
「逃げられる限りは逃げ続けて、できるなら遠距離から攻撃する。近づかれたら……」
『私が盾になり立てこもる、でしょうか?』
「うん、怖いからそうはしたくないんだけど」
『時間稼ぎが目的であれば、悪くはないでしょう。もちろん、いい手でもありませんが』

アルマは自ら提案しない。あくまでも彼女たちが考え付いていることを口にするのみ。あくまで自分たちの挑戦であるためそれに文句は言わず、自分の手札を再確認する。
一輝の全力、それに対して格で対抗しうるモノは『大鵬金翅鳥(ヴィナマ・ガルダ)』、『原初龍・金星降誕(ケツァルコアトル)』、『麒麟の矛』の三つくらい。しかし最強種の顕現はタイムリミットがあるという点から持久戦には向いておらず、そもそも効くのかすら分からない。原初の火は覇者の光輪に勝てないことが証明されているし、対神対龍対悪への絶対的優位もブラックボックスの霊格に対して通用する確信が存在しない。そうでなくともこの二つの恩恵が「火」の恩恵である以上、「火取り魔」という火への概念的優位を保有する妖に食われておしまいだ。

「おーい、逃げんなよ面白くねぇ!」
「うるさい、こっちも作戦なんだよ!」

言いながら下を見ると、そこには巨大な蛇の頭に乗る一輝の姿が。翼を持つ大蛇、すぐさま記憶から引っ張り出される名前はパロロコン。レティシアのギフトゲーム、そこで巨龍に縛り付き捕えていた地震の神格を持つ蛇だ。神としての信仰も保有している。

「マズい、あれはその気になれば飛んでこれる」
「つまり、こっちが宙にいることでの優位は無いわけね」
「まあ、一輝はその気になれば飛べそうだから何とも言えないけど‥…」

それでも、単体で突っ込んでくるのと蛇込みで突っ込んでくるのとでは意味が違う。質量の違いはそれだけで大きな武器だ。潰せるのであれば、あの乗り物は早い段階で潰しておきたい。

「飛鳥、手持ちの手段でなにかいいのある!?」
「あんな大蛇を何とかできる手段なんて、ディーン以外ないわよ!耀さんは!?」
「あるにはあるけど、リスクが高すぎるかな!」

ある種八方塞である。しかし逃げ続けられる間は逃げ続ければ勝ちなのだから、注意して逃げ続けるやり方でも問題はない。逃げ続けて、何か遠距離から対処できる手段が思いついたらチマチマ攻撃して逃げる時間を追加で稼ぐ。

『二人とも、捕まって!』

と、そこで声。同時に自身の乗っているモノが大きく動く。飛鳥と毛皮を強く掴みながら何があったのかと前方を見ると、是害坊と白澤が宙にいる。これを避けたのだと判断しつつ下へ視線をやると、九尾の狐、八面王の姿が。完全に囲まれてしまった状態、手数の多さによる力技の詰み!

「アルマ!」
『長くは持ちませんよ、マスター!』

飛鳥が命令を下し、アルマがそれに従って二人を包み込む。あらゆる攻撃を防ぐギリシャ神群最強の盾・イージスの疑似具現。そう簡単に打ち破れる代物ではなく、時間を稼ぐことは可能なはずだ。
……はず、だった。

音もなく、さも当然のことであるかのように球体の内側へ現れた男の手。当たり前のように貫いてきたそれは、一輝の手刀であった。

「ありゃ、いないか。じゃあ次はこの辺りを」

手刀で貫いてきたということは、本当にすぐそばにいるということ。しかもいるのは一輝だけではなくもう五体の霊獣もいるのだろう。その状況で球体を解除して逃げようとしたなら、確実にどちらかは捕まる。しかしこのまま籠城することも不可能、これ以上繰り返せばいずれ壊滅するのは間違いない……!

「そこまでです!」

と、そのタイミングで。雷鳴と共に響いてきたのは、黒ウサギの声。
審判権限の制限によって主催者の同意なくゲームへかかわることが難しい彼女が、ゲームに対して口を出してきた。それが許されたということは、つまり。

「“審判権限(ジャッジマスター)”の発動が受理されました!これよりギフトゲーム“一族の物語 ―交わした約束―”は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!」

黒ウサギの宣言は、繰り返される。しかし球体の中にこもる二人の耳にそれは届かず、一輝の手によってあけられた穴から入る彼の声が届く。

「おー、受理されたのか。ワンチャンされないだろうなぁって思ってたんだけど……ま、有り得たことではあるんだよなぁ」

と、そう告げつつ。展開した異形たちもすべて収めて、言葉を交わす。

「交渉場所、時間なんかは後で式神をよこすからそいつに知らせてくれ。んじゃ、またゲーム再開後に」

やはりいつも通り、何でもないことのように。次に遊ぶ予定を告げるくらいの気軽さで用件を伝えて、立ち去っていく。

「……ひとまず、だけど」
「乗り切った、のかしら?」

ゲーム中断という緊急避難的目標をクリアできたのだ、と。その事実をようやく理解して。
二人は背中合わせに、球体の内側で崩れ落ちた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧