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銀河英雄伝説~其処に有る危機編

作者:azuraiiru
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第十二話 作戦名は『鉄槌』だ!



帝国暦487年 10月 15日 オーディン 新無憂宮   クラウス・フォン・リヒテンラーデ



帝国軍三長官が内密にと面会を求めてきた。三人とも陰鬱な表情をしている。新無憂宮南苑にあるこの黴臭い部屋には似合いの表情ではある。だが快い物では無い。
「卿ら三人が内密に会いたいと言う事は、あれの事か?」
「あれでございます。我ら三人、閣下にも御見せした方が良いと判断致しました」
溜息が出そうになって堪えた。またヴァレンシュタインが碌でもない事を考えおったか……。あれを見ると血圧が……。

「見よう」
軍務尚書がレポートを出した。はて……。
「随分と厚いようだが?」
「二十ページ程有ります」
軍務尚書が無表情に答えた。いつもは四、五ページの筈、それが二十ページ……。嫌な予感がした。厄介事が四、五倍になっているかもしれぬ。

受け取って読み出した。一枚、二枚、馬鹿な! 何を考えている! 帝国軍三長官を見た。三人とも反応が無い。こちらが何を思ったかは分かった筈、反応が無いという事は先を読めという事か。三枚、四枚、……有り得るのか? しかし……。いや、先を読むべきだ。結論を出すのはそれからでも遅くはない。五枚、六枚、……うーむ、有り得るかもしれん、可能性は有るな。七枚、八枚、いや、十分に可能性は有ると見るべきだ。これが上手く行けば帝国は……。帝国軍三長官を見た。三人は無表情に立っている。……可愛げが無い。もしかすると私の反応を計っているのか? 或いは面白がっている?

「卿らは如何思うのだ?」
「十分に有り得る事と考えます」
軍務尚書が答えた。いつも思うのだが何故他の二人は喋らないのだろう。関わりたくないという事かもしれぬな。その想いには全く同感だ。九枚目、十枚目を読んだ。なるほど、あれを使うか。確かに効果は有るな。十一枚目以降は作戦計画だった。此処は見ずとも良かろう。

レポートを軍務尚書に返すと幾分嫌そうな表情を見せて軍務尚書が受け取った。気持ちは分かる、まるで爆弾の様な代物だ。
「閣下は如何思われますか?」
軍務尚書が問い掛けてきた。
「卿らと同意見だ、十分に有り得ると思う。いや有り得ると想定して対処しなければなるまい。事は帝国の存亡に関わろう」
答えると三人が頷いた。

「例の件、準備は出来ているのか?」
「指揮官は選びましたがこれに備えるとなれば足りません。この作戦計画書を基に足りない指揮官、兵力を用意しなければなりますまい」
幾分苦い表情だ。気持ちは分かる。昨日までの計画はあの男に否定されたも同然だ。……なるほど、あの男は士官学校の校長だったな。帝国軍三長官は出来の悪い生徒も同然か。

「時間が無いぞ、急げ」
「はっ」
「それにあの男の懸念が事実であれば内務省からも人を出さねばなるまい」
「御願い出来ましょうか? こちらも情報部、憲兵隊を動かします」
「分かった、準備を頼むぞ」
三人が頷いた。ただの反乱鎮圧だと思ったがとんでもない大作戦になるかもしれん。

「卿らはカストロプの事をヴァレンシュタインに教えたのか?」
「いえ、教えておりませぬ」
「ではそのレポートはあの男が自らの判断で作ったという事か」
「そのように思われます」
三長官の表情が渋い。以前から思ったのだが鋭い、いや鋭すぎる。それに視野が広い。帝国だけではない、フェザーン、反乱軍の事も考慮した上で判断している。だから我らが思いつかぬ事を想定しているのだろう。頼りにはなる、だが扱いが難しい。

「そのレポートは決して表に出してはならんぞ」
「分かっております」
「それとヴァレンシュタインだ。最近馬鹿共があれを敵視していると聞く。必ず守れ。帝国にはあの男が必要だ」
「はっ」
三長官が畏まるのを見届けてから部屋を出た。

扱いが難しいのだ。あの男が軍中央においてそれなりの立場を得ているのなら良い。その地位に相応しい才を持っていると評価出来るだろう。だが現状はそうではない、士官学校の校長という閑職に居る。にも拘らず帝国はあの男の才を必要としている。そこに矛盾がある。その矛盾が周囲との軋轢を生む……。

それにしても我らがカストロプを反乱に追い込むと読んだか。内政重視の政策をとるなら当然有り得ると見たのであろう。いや、あのレポートはそれを考えていないならそこまでやれという示唆かもしれぬ。そしてそこまでやる覚悟をしているならフェザーンの動きも当然押さえているのかという問い掛けだな。いや、叱責か。なるほど、私も出来の悪い生徒と見られたか。……何とも腹立たしい事よ、血圧が……。



帝国暦487年 10月 28日 オーディン 士官学校   ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



「閣下、カストロプで反乱が起きたそうです」
「そのようですね」
中将は校長室でいつもと変わらない表情で決裁作業をしている。可愛くない。何でそんなに平静でいられるの? カストロプよ、カストロプ。オーディンの直ぐ側で反乱が起きたの。皆大騒ぎなのに中将だけが昨日と変わらない。何で? そう思うのは私だけじゃないと思う。

「正規艦隊が出るのでしょうか?」
「それはないでしょう。正規艦隊は本来イゼルローン要塞の向こう側で使うべきものです。地方貴族の反乱なら正規艦隊は出しません。余程多くの兵力を持つ大貴族が反乱を起こしたなら有り得ますがカストロプはそれ程多くの兵力を持っているわけでありませんからね」
決裁しながら答えてくれた。余り関心が無いみたいだ。

「ですがアルテミスの首飾りが配備されていると聞きました」
「アルテミスの首飾りは防御兵器であって攻撃侵攻用の兵器では有りません。オーディンの傍で反乱が起きたからと言って慌てる事は無い。それにハードウェアに頼った反乱というのはハードウェアが無力化されればあっという間に腰が砕けます」
「それは分かりますが……」
アルテミスの首飾りを軽視しすぎじゃない? そう思ったら中将が微かに笑みを浮かべた。

「少佐は私がアルテミスの首飾りを軽視していると不満の様ですね」
「そんな事は……」
「軽視していませんよ。あれの利点と欠点は十分に理解しています。反乱軍はあれを難攻不落と言っているようですが余り役に立つとは思えません」
「それは如何いう意味でしょう?」
ちょっと不満、そう思ったら中将が声を上げて笑った。

「分かりませんか? 自由惑星同盟はハイネセンだけじゃないという事です。アルテミスの首飾りはハイネセンは守れても他の有人惑星は守れない。他の星が降伏してしまえばハイネセンだけが残る事になります。それで自由惑星同盟と言えますか?」
「……」
確かにそうだ。自由惑星同盟でもハイネセンだけ守って他の星は見殺しかという非難が有った。特にイゼルローン方面に近い有人惑星でその非難は強い。中将がまた決裁作業に戻った。

「あれはどちらかと言えば帝国貴族向けの防御兵器ですね」
「帝国貴族向け、ですか」
「ええ、有人惑星を一つか二つ持っている。その惑星を守る為に使う。特に反乱を起こした貴族にはおあつらえ向きの兵器です」
確かにそうかもしれない。
「ま、心配は要りません。直ぐに鎮圧されます」
「……」
多分、あのレポートだ。

先日、エーレンベルク軍務尚書閣下から中将にTV電話が有った。私が出たんだけど軍務尚書閣下は顔面蒼白で眼が血走っていた。声も掠れていた。多分あれにアルテミスの首飾りの攻略法を書いて提出したのだろう。という事は中将はカストロプ公の反乱を想定していた、そしてアルテミスの首飾りが配備される事も想定していたって事かしら。……そんな事有るの?

「如何かしましたか?」
中将が私を見ていた。
「いえ、その、……閣下はこの事態を想定しておられたのですか?」
中将が微笑んだ。その微笑みが怖い。
「カストロプ公が反乱に追い込まれるという事は想定していました」
追い込まれる? つまり帝国政府はカストロプ公爵家を潰そうとしている……。中将が“評判が悪いですからね”と言って含み笑いを漏らした。

「ア、 アルテミスの首飾りは」
「カストロプ公が反乱に追い込まれると想定した者、それを利用出来ると考えた者がカストロプ公に与えたという事です」
中将はそれも想定していた。顔が強張るのが分かった。喉がカラカラに干上がる。
「そ、それは」
中将は笑みを浮かべ続けている。如何して笑えるの……。

「帝国の勢力を弱め自由惑星同盟との勢力均衡を望む者です」
「フェザーン……」
中将が頷いた。
「アルテミスの首飾りは自由惑星同盟の軍事機密です。民間企業が流せるものでは有りません。もし、そのような事をすれば同盟領での商行為は出来なくなります」
その通りだ。でも自由惑星同盟なんて言って良いの? 此処は帝国なんだけど……。

「つまり、それが出来るのはフェザーン自治領主府、あるいは自治領主府の委託を受けた者という事になる」
「反乱を長引かせるためですか」
中将が頷いた。
「その通りです。アルテミスの首飾りを使って反乱を長引かせ同時に帝国の兵力を損耗させる。その間に同盟には兵力の回復を図らせる」
「……」
有り得る事だと思う。フェザーンは帝国と同盟の間で利益を得てきた。どちらか一方が強大になる事は望まない。近年帝国が有利に戦争を進めている。フェザーンがそれを憂いていてもおかしくはない。

「そうなれば他の貴族にも売れるでしょう。貴族達はカストロプ公が政府に嵌められたと分かっている筈です。カストロプ公の事は自業自得と思うでしょうが次は自分ではないかと疑心暗鬼になってもいる筈。アルテミスの首飾りを喜んで買うでしょうね」
怖い、中将は帝国政府だけじゃない、フェザーンの動きも読んでいた。エーレンベルク元帥が顔面蒼白になったのもその所為だろう。

「上手く行けば帝国は彼方此方で貴族達が反乱を起こし国内は大混乱になる。帝国の国力は衰え同盟との勢力均衡が図れる。そしてフェザーンはアルテミスの首飾りで大儲けが出来る。そういう事です」
中将にとって反乱はもう終わっているのだと分かった。騒がないのではない、騒ぐ必要が無いのだ。反乱は早期に鎮圧されるだろう。



帝国暦487年 10月 28日 オーディン 軍務省尚書室   シュタインホフ元帥



「カストロプはオーディンの直ぐ傍にあります。反乱を早期に鎮圧しなければ帝国の威信にも関わりましょう。正規艦隊を動かすべきかと判断します」
「その必要は無い。一貴族の反乱に正規艦隊を動かすなど卿は何を考えている。それこそ帝国の威信に関わろう」
ローエングラム伯がカストロプの反乱鎮圧に正規艦隊を動かすべきだと提起したが軍務尚書はにべもなく拒否した。

公平に見て軍務尚書の言う事は正しい。正規艦隊を動かせば貴族達に恐ろしいのは正規艦隊でありそれ以外は大した事は無いと誤った認識を与えかねない。それでは正規艦隊の外征中こそが反乱を起こす時だと貴族達は思いかねないのだ。正規艦隊以外の艦隊を使って反乱を早期に鎮圧する。それこそが貴族達への威圧になる。

伯が司令長官に視線を向けた。口添えを期待したのだろうが司令長官は沈黙を保った。多分、白けているのだろうな。私も白けている。何を騒ぐのかという気持ちが有る。既に準備は出来ている。反乱は簡単に鎮圧されるだろう。伯の顔に失望の色が見えたがそれさえも何の感銘ももたらさなかった。

「ですがカストロプにはアルテミスの首飾りが配備されていると聞きます」
「その事は私も知っている」
「御存知ならば」
「くどいぞ、正規艦隊は動かさぬ」
伯が悔しげに唇を噛んだ。美男だが些か表情に険があるな。軍務尚書が一つ息を吐いた。

「ローエングラム伯」
「はっ」
「卿は宇宙艦隊副司令長官の任に有る。ならばその任に相応しい責任を果たして欲しいものだな」
「……小官はその任を果たそうとしております」
伯の顔が紅潮した。侮辱されたと感じているのだろう。

「それなら良いがな。私には卿が武勲欲しさに出兵を請うているようにしか見えぬ。一艦隊司令官ならそれで良いが卿は宇宙艦隊副司令長官なのだ。卿が責任を果たすべきは帝国の安全保障を如何に守るかであろう。気を付ける事だな」
「……御忠告、肝に銘じます」
「カストロプの反乱鎮圧に正規艦隊は動かさぬ。これは決定事項だ、下がって良い」
「はっ」
伯が敬礼し下がった。来る時は意気込んで足取りも軽かったが今は重たげな風情だ。余程に失望が大きいのだろう。

伯の姿が消えると軍務尚書がまた息を吐いた。
「気楽なものだ」
ボヤキに近い、思わず失笑した。司令長官も笑っている。そんな我等を軍務尚書が恨めしげに見た。
「笑い事ではあるまい」
“済まぬ”、“申し訳ない”と二人で軍務尚書に謝った。だが如何にも可笑しい。

「あれが現実になった」
軍務尚書の言葉に三人が顔を見合わせた。
「まさか本当にアルテミスの首飾りが使われるとは……、信じられぬ事だな」
私の言葉に二人が頷いた。
「アルテミスの首飾りが使われた事も信じられぬがヴァレンシュタインがそれを予測した事も信じられぬ。あれがカストロプ公を唆したと言うなら分からぬでもないが……」
司令長官の言う通りだ。何故予測出来たのか? 如何にも違和感がある。

「ヴァレンシュタインは何と?」
軍務尚書に訊ねると不愉快そうに顔を顰めた。
「“そうですか”の一言だ。他に言葉は無いのかと聞いたが“教官を増やして頂きたいと思います”と言ったよ。カストロプの反乱には興味が無いらしい。あの男にとって反乱はもう終わった事なのだろう」
司令長官が“可愛げが無い”と言った。同感だ、予測が当たったと喜ぶなら可愛げが有るのだが……。

「軍務尚書、国務尚書には御報せしたのかな?」
「先程お伝えした。頬の辺りが引き攣っていたな」
三人が顔を見合わせた。想定はしていたが現実となって改めて衝撃を受けたらしい。
「改めて閣下からヴァレンシュタインを守れと命じられた。今回の反乱は鎮圧出来る。だがそうなればヴァレンシュタインがフェザーンの動きを見破ったという事が表に出る。となればフェザーンもあの男を危険視するだろうとの事だ。私も同感だ、卿らもそう思うだろう」
私が頷く、司令長官も頷いた。

「護衛体制を強化せねばなるまい。身辺警護を付けるべきだと思うが」
「司令長官の意見に同意する。出来ればあの男に心服している者が良いな」
軍務尚書が頷いた。
「探してみよう。卿らも探してみてくれ」
二人で頷いた。

“お話し中申し訳ありません”と声が掛かった。軍務尚書の副官がこちらを見ている。
「シュムーデ中将、ルックナー中将、リンテレン中将、ルーディッゲ中将、フォーゲル中将、エルラッハ少将、リューネブルク中将、バーテルス中将、ファルケンマイヤー中将がお見えです」
「此処へ通せ」
直ぐに副官が姿を消した。そして名を告げられた男達が部屋に入って来た。

シュムーデ、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ、フォーゲル、エルラッハは艦隊を率いリューネブルク、バーテルス、ファルケンマイヤーは装甲擲弾兵を率いる。この男達がカストロプの反乱を鎮圧するのだ。作戦名は『鉄槌』。帝国を軽視する愚かな貴族達、フェザーンに対する手厳しい一撃になるだろう。


 
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