稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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89話:銀匙会
宇宙歴793年 帝国歴484年 12月上旬
首都星オーディン 帝国劇場貴賓室
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「今日はお時間を頂きましてありがとうございます。私も感動の余韻からまだ醒めやらぬ状況ですが、無粋な話に皆様を戻してしまうことになり申し訳ありません」
「日常でもよくあることだ。詫びる必要はないぞ?ミューゼル卿。キルヒアイス大尉もだが、責任ある地位に上がれば、自分の都合でははく、組織の都合に合わせることになる。それに可愛い教え子の役目に関わる事だ。快く協力するに決まっておろう?」
「アルブレヒト様、ミューゼル卿も伯の下を離れてのお役目も増えましょう?こういう配慮も必要になるのですから、黙って受け止めてあげてもよろしいのではなくて?」
「これはマグダレーナ嬢に一本取られました。どうも気を使われる側になると、必要な範囲を越えているように思う事も多くてな。なにかと時間の無駄を感じる事も多いのだ。ビジネスの場なのだから『口上』を述べているうちに状況が変わる事もあり得る。戦場で呑気に『口上』を述べてから戦況報告をする兵などおるまい?メックリンガー中佐の絵も、『我々も別な意味での戦争をしているのだ』と戒める意味で飾るのだ。おっと。話が逸れてしまったな......」
「いえ、我々もこれから自分の責任で任務を果たすことになります。これからすることになる経験を一足先に教えて頂けたのですから、ありがたく思います」
「座学の時間を共有した学友みたいなものなのですから、あまり気ぜわしいのは無しにいたしましょう?こういう場も定期的に持てれば嬉しいですわ。手帳にも『銀匙会』と名付けてスケジュールにも書いて楽しみにしておりましたのよ?」
意識した訳ではないが、確かにこの場に揃った面々は、『リューデリッツ伯の銀の匙』を贈られている共通点があった。マグダレーナ嬢は伯からシルバーカトラリーを贈られる事を誇らしくお感じのご様子だった。少し安直な気もするが、特徴を捉えたネーミングではあるだろう。
「あの日々がなければ、芸術の方はともかく、領地の経営や事業運営にはここまで関わることはなかったと思うわ。パトロン活動も資金を融通するだけでなくて、早くその道で食べていけるように色々と考えて動いているのです」
予想していたが、皆さまの近況報告のような物からスタートした。俺には経験がないが、幼年学校の卒業生が集まるような事があれば、こういう雰囲気なのだろうか?ただ、俺の中で『励んだ』という思いが強いのは、この場の方々との『リューデリッツ伯の英才教育』の日々だ。だから変に温かい気持ちになるのだろうか?
「盛り上がるのは良い事だけど、今日の本題はミューゼル卿の任務に関わることでしょう?『銀匙会』のような場は年に一度は持ちたいという気持ちは私にもある。これからも年に一度は『単独開催』は出来るだろうから、招待する事も考えよう。そうなるとあの3名も呼ばなければ不公平だが、それはそれで楽しそうでもあるしね」
フレデリック殿が、話題を戻してくださった。確かにこの魔法になら年に一度くらいかけられても良い気がする。キルヒアイスがさりげなくお茶を注いて回ってくれた。嬉し気に見えるのは、同じような思いがあるからだろうか?
「フレデリック殿、ありがとうございます。今回、皆様にご意見を伺いたいのは、『叛乱軍の中での経済的格差』に関してです。私たちの分析では、あちらの辺境では農奴に近い水準の経済力の地域もあります。なぜ『自分たちで為政者を選ぶ』にも関わらず、このようなことになるのか?と疑問に思いまして、皆さまをご意見を伺いたいのです」
「事前に資料を頂いていたから確認してきたわ。叛乱軍の現状のデータとマリーンドルフ伯の論文に添えられた30年前の帝国のデータの兆候と似ているというのは、考察を促進してくださるわね。それにしても驚いたわ。言葉をかなり選んでいるとはいえ、30年前と言えばまだ帝位を争って派閥争いが激しかったはず。温和で良識のある方だと思っていたけど、硬骨漢のような所もおありだったのね。ヒルダ?何かしらのお考えがあっての事だと思うから、今しばらくは伯のご指示に従いましょう?」
ヒルデガルド嬢は少し不本意そうだったが、『マグダレーナ嬢がそうおっしゃるなら』と承知された。あの裏事情を知れば、ヒルデガルド嬢は優秀な方だ。理解されると思うのだが他家の内情にそこまで首を突っ込むことは出来ない。早めにリューデリッツ伯に報告だけでもしておくべきだろう。
「RC社に残っていたデータも確認してきた。さすがに公にはできないから、口頭でご容赦頂きたいが、帝国だけを見れば『イゼルローン要塞の建設』と即位を理由にした『戦没者年金と戦傷者対策予算』の増額、帝国政府直轄領への投資の増額が、渡りに船が連続したような形になっていた。先帝陛下は締り屋だったが、陛下は宮廷費や交際費は増額されず、疲弊した軍人を中心とした中間層を保護した訳だ。
当時はイゼルローン特需によって辺境星域全体で、仕事はいくらでもあった。貧困層の一部は移住し、職を変えた事で中間層になる糸口をつかんだ。結果として帝国全体で拡大期に入るきっかけになった訳だ。これがなければ帝国も叛乱軍と似たような状況だったやもしれん。帝国が割れるのを防ぐためにあまり表にはお出になられぬが、身を引きながらこのような結果を出されるとは、どのような深謀をお持ちなのか驚いた次第だ」
「軍の奮戦も大きいだろうね。戦死・戦傷者が減った事で年金と対策費を増額しても負担が増えなかった。戦術構想をがらりと変えて、人命を重視し、兵器の消耗は体制を整えて補った。兵器調達費用は増加したが、量産によるコスト低下と、帝国全体で見ればさらなる開発投資の理由になった。軍事費は増えても、それによって経済が活性化するなら税収は増える。死に金にはなりませんね」
アルブレヒト殿とフレデリック殿が帝国の30年の流れを整理して下さる。確かに下級貴族だったミューゼル家が事業を興せたのも、帝国が拡大期に入っていたことが大きいだろう。
「では、これらの要素が帝国に無かった場合を想定すれば、ある程度、叛乱軍の状況は推察できそうですね。今までのお話を聞いただけでも、そのような状況はけっして明るいものではなさそうですが......。あちらでは開明的な政策がもっと実施されているのかと思いましたが意外でした」
ヒルデガルド嬢がすこし寂しそうな表情しながら発言した。思うような政策がとれないマリーンドルフ伯爵家に重ねられたのだろうか?おいたわしい事だが、伯爵家ともなれば血のしがらみからは自由にはなれない。だが、それで受け入れる気にもなれなかった。もしもの話だが、リューデリッツ伯があの強欲のような人物なら、俺がしたであろう苦労だ。とても他人事には思えなかった。
「現状分析の糸口は十分そうね。あとはなぜ『自分たちで為政者を選ぶのにこんなことになるのか?』という点を話し合うべきだと思うけど、帝政に慣れ親しんだ私にはどうも想像しにくい部分ですわね」
「身近なものに置き換えて考えると話が早いだろう。私の場合は、『経営者』と『オーナー』の関係だな。経営者候補たちは選ばれるためにアピールするのだろうが現状を無視した大言や理想論を唱える者がいるのだろう。それに本来は『オーナー』は叛徒全体であるはずだが、おそらく実際に選ばれた『経営者』にとってのオーナーは『自分を選んだ叛徒』に限定されるはずだ。あちらの辺境星域の叛徒はおそらく『経営者』にとって『オーナー』ではないのだと思う」
「そう言う観点なら、『奏者』と『観客』にも当てはまるね。『奏者』は『観客』には何とか感動を届けたいとは思うが、『観客』以外には何もできないからね。ただ、この関係が無条件に為政者に適用される事についてはかなり無理があるとは思うけど......」
「軍人であれば、自分の部隊のみの戦功ばかりにこだわり、他の部隊の被害は無視するような感じでしょうか?本来そのようなことをすれば自部隊も全滅しかねませんからそのようなことをする事はありえないとも存じますが......」
経営者、演奏家、軍人の立場から意見が出される。なにも問題が無い仕組みなどあり得ないだろうが、『為政者を選ぶ』事で、『選んだ者』と『選ばなかった者』がうまれ、それによって不平等が生まれるなら、『選ぶ権利を平等に与えても不平等が生まれる』という皮肉なことになるが、この理解で本当に正しいのだろうか?
「淑女の意見としては『褒めてくれる方』と『けなしてくる方』を同様に扱うのは無理があると思いますわ。人に感情があり、好みがある以上。そういう物は無くならないのではないかしら?それを無くすべきかは別の議論として、少なくとも養育環境と受ける教育は統一しなければならないし、持って生まれた才能みたいなものは全て無視する形になるわね。そこまでして無くす程の害があるのかしら?それなら実績を基にして候補者をしかるべき役職に就けて置いて、状況に応じて任命したほうが余程現実的ね」
まとめるようにマグダレーナ嬢が淑女視点での意見を述べられた。叛乱軍には彼らなりの見解もあるのだろうが帝国の価値観ではあまり価値が無いのかもしれない。リューデリッツ伯やオーベルシュタイン男爵ならまた違った見解をお持ちだろうが、尚更自分なりの見解をまとめなければ尋ねる訳にもいかないだろう。だが、帝国人として考察を勧める材料は揃ったように思う。気づけば楽しい時間は早く過ぎるものだ。話始めてすでに数時間が過ぎていたが、こういう時間も悪くないと思える自分がいた。
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