| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

永遠の謎

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

345部分:第二十二話 その日の訪れその十六


第二十二話 その日の訪れその十六

 そしてその答えが話される。それは。
「陛下は間違いなく上演されますね」
「そうですね。その我々の頭痛の種を」
「また莫大な費用がかかります」
「ワーグナー氏の尊大さはさらに酷くなります」
「女性問題も」
 このことも大きかった。彼の女性問題、はっきりと言えばコジマとの関係である。それがワーグナーの評判をさらに悪くしているのだ。
 しかもコジマのことだけではない。彼等はこのことも話す。
「女優や踊り娘にも手を出しますし」
「決して力尽くではありませんが」
 小柄で女性の権利も主張するワーグナーは暴力は振るわない。女性に対しての敬意は持っている。しかしだ。彼のその魅力によってだったのだ。確かに尊大で遠慮を知らない人物だ。しかしそれでもなのだ。
 彼には不思議な魅力があった。彼の作品と同じく。それでその魅力によってだ。多くの女性を魅了して篭絡していっているのだ。
 そのことを知っているからこそ。彼等はさらに悩むのだった。
「マチルダ=ヴェーセンドルク夫人のことがまた起こりますな」
「ビューロー夫人だけでなく」
「とにかく問題を起こす御仁です」
「ユダヤ系への偏見も強いです」
 今度はこの問題だった。
「ユダヤ系への偏見を言葉にも文章にも出します」
「お陰でバイエルンのユダヤ系の者達も反発しています」
「只でさえ敵の多い御仁だというのに」
「さらに敵を作る」
「あれでは陛下もです」
 庇護者のだ。王もだというのだ。
「御気の毒です」
「騙されているというのに」
「陛下はそのことに気付いておられるのか」
「気付いておられぬ筈がありません」
 王のその勘のよさを考えればだ。それもわかることだった。
 それを話すがだ。それでもだった。
「ですがそれでもです」
「あの方は気付かれぬふりをされていますね」
「醜いものからは目を逸らされる」
「考えられることはされません」
 その王の特質もだ。彼等はわかっていた。
 王のことも思いだ。彼は考えていくのだった。
「できれば。あの御仁は」
「陛下の御傍にはいて欲しくないのですが」
「山師です」
 彼等にとってはワーグナーはまさにそれだった。そしてその見方はだ。一面から見れば真実だ。だからこそ余計に複雑であるのだ。
「山師を君主の傍に置いては危険です」
「スイスに留まって欲しいですが」
「それは適いませんか」
「どうしても」
 最早だ。それはできなかった。
 それでだ。彼等は希望、もっと言えば願望を抱いてだ。こんなことを言った。
「陛下とあの御仁の仲によからぬことが起これば」
「仲違いですか」
「それがあればですか」
「よいと」
「陛下は繊細な方」
 その繊細さがだ。王の特徴である。そして王を悩ませる要因でもあるのだ。
 その繊細さについてはだ。こんなことが話される。
「それ故に。他者の心無い言葉にはとても傷つかれる方です」
「対してワーグナー氏には失言癖がありますな」
「しかも放言もされます」
「言葉ですか」
 ワーグナーのその特質も話に加わる。そうしてだ。
 さらには。今度は二人の共有する特質が話された。
「陛下もワーグナー氏も芸術においては引かれません」
「それぞれの完全なるものを目指されますな」
「では芸術でしょうか」
「御互いの芸術を巡って」
「陛下とワーグナー氏は対立される」
「その可能性もあるのでしょうな」
「零ではないでしょう」
 少なくともだ。皆無ではないというのだ。
「ですから」
「ではそのことを期待しますか」
「陛下とワーグナー氏の仲違い」
「それを」
「ワーグナー氏は強かです」
 あまりにも強か過ぎると言ってもよかった。ワーグナーはこれまで放浪もしてきたし借金取りからも逃れてきた。その中で培った強かさなのだ。
 それに対してだ。王はどうかというのだ。
 やはりだ。こうだというのだった。
「陛下は非常に繊細な方」
「少し触れただけで壊れてしまいかねない方です」
「繊細と強かは相容れぬもの」
「最初から正反対の方々ですし」
 王と一介の音楽家、美貌と長身を誇る青年と小柄な老人、これではだった。全くの正反対としか言いようのないことであった。
「ではやがては」
「仲違いされる」
「そうなられますか」
「なればいいです」
 いいというのだった。そうなればだ。
「ただ。我々は期待するだけです」
「期待するだけですか」
「それだけですか」
「期待だけ」
「それだけですか」
「ワーグナー氏に関しては」
 そのだ。ワーグナーに関してはというのだ。
「陛下はどなたの言葉も聞かせませんから」
「そうですね。政治のことはともかくです」
「ことワーグナーのことに関してはあの方は一途です」
「まさに一本です」
 それならばというのであった。彼等には何もできない。
 その話をしながらだ。彼等は彼等の果たすべきことをしていっていた。それは少しずつ進んでいっていた。ワーグナーの帰還、そして運命が再び動き出し表舞台に現れるその時が。


第二十二話   完


               2011・6・5
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧