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永遠の謎

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342部分:第二十二話 その日の訪れその十三


第二十二話 その日の訪れその十三

「一体」
「夢幻の方だ」
 ワーグナーがここで出した言葉はこれだった。
「あの方はそうなのだ」
「夢幻のですか」
「そうだ、やはり俗世におられる方ではないのだ」
「それが陛下ですか」
「そうなるのだ。夢幻の、俗世におられる方ではないからこそ」
「女性でありながら男性でもある」
「そのお心は完全に女性だ」
 そのことはだ。否定できなかった。ワーグナーは己が見ているものをここでは偽らず否定せずにだ。コジマに話してみせているのだ。
「だがお身体は男性であるが故にだ」
「あの城の主になられる」
「そうした方だ。だからこそあのご成婚はだ」
「余計にですか」
「不幸な結末になってしまうだろう」
 ワーグナーはまた話した。
「あの方は気付いておられないが」
「御自身は気付かれていないのですね」
「そして殆んどの者が気付いていない」
 王以外にもだった。
「そして破綻したならばだ」
「そうしたならば」
「それはあることのはじまりになるだろう」
 ワーグナーはここでまた見たのだった。
「あの方にとってだ」
「はじまりですか」
「あの方はあの方のおられるべき世界をこの世に探されている」
 王のことを指摘し続けるのだった。
「そしてそれをだ。この世にだ」
「この世にですか」
「そうだ。実現されようとする」
 王がこれからどうなるのかもだ。見抜いているのだった。
「必ずな」
「聖杯城でしょうか」
「パルジファルよりもローエングリンか」
 そちらの世界だというのだ。どちらにしてもワーグナーだ。
「そしてタンホイザーだ」
「タンホイザーもですか」
「そうなのだ。タンホイザーもなのだ」
「全て。マイスターの作品世界なのですね」
「私は恐ろしいものを実現してしまったのかも知れない」
 ワーグナーはふとこうも思った。
「少なくともあの方にとってはだ」
「陛下にとっては」
「そうなのだ。あの方をあまりにも魅了し過ぎてしまった」
 ピアノの前にいながら別のものを見ていた。その世界をだ。
「あの方は私のこの世界を実現されようとされているのだ」
「それは可能でしょうか」
 コジマはこんなことを言ったのだった。
「マイスターの世界をこの世に実現させることは」
「どうだろうか」
 言葉は懐疑的なものだった。
「それは」
「それはといいますと」
「私の世界はこの世にはないものを描いている」
 その自覚はあった。彼自身が築いている世界だからだ。
「描いた現実の世界はニュルンベルクだが」
「ニュルンベルクはですね」
「しかしあれにしてもそこに描いたのは英雄だ」
「ハンス=ザックス、そしてヴァルター=フォン=フォーゲルヴァイデですね」
 ニュルンベルグのマイスタージンガーの主人公達だ。主役はヴァルターだがそれでもだ。ザックスもまた主人公なのがその作品なのだ。
 そのことも話してだ。ワーグナーは話す。
「そうした意味でやはり現実の世界ではないのだ」
「あの方はその世界も実現されようとするでしょうか」
「そうされるな」
 ワーグナーはまた読んで話した。
「ニュルンベルグもまた」
「そうですか。やはり」
「ただ。不安だ」
「不安ですか」
「それがあの方にとって幸せになるのかどうか」
 不安に思うのはだ。やはり王のことだった。
 
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