Evil Revenger 復讐の女魔導士
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最後の戦い
魔王城の謁見の間に私はいた。
そこには、砦の戦いで生き残った小隊長たちが集められ、跪いていた。
玉座に座る魔王──祖父は、彼らを睨みつけていた。
張り詰めた空気が漂っている。小隊長達の顔は、全員が叱責を恐れ、怯えているように見える。
この状況が砦の陥落、あの戦いの敗北を示していた。
砦の大隊長達は自分達の保身のため、劣勢を最後まで本城に知らせていなかった。
元々は倍以上あった戦力差を徐々に覆され、失態を隠すために魔王城への援軍要請も拒み続けた。
戦力差が決定的となり、魔王軍側が遂に野戦ではなく籠城戦へと切り替えた翌日、ベスフル軍は砦の背後、魔王城に向かう道の方から姿を現したのだという。
私がベスフル本陣を襲ったあの日のことである。
ベスフル軍は夜の間に砦の反対側まで回り込み、早朝に砦から見える位置に姿をみせた。
そして、砦を無視して魔王城に向かう様を見せつけたのだ。
本城に向かう前に敵軍を塞き止める役割をもつ砦を素通りさせてしまえば、それは大失態となってまう。
砦の大隊長達は全軍を率いて、慌ててベスフル軍の背後に襲い掛かった。
だがそれは、長引く攻城戦を嫌ったベスフル軍の罠だった。
早朝に本陣を完全に引き払っていないことを見れば、それは明らかだったのだが、その瞬間にその事実を知っていたのは私だけだった。
遠く離れた地まで進軍してきた彼らも疲れ切っており、この地での新たな拠点となるその砦を手に入れたがっていたのである。
出撃した魔王軍の部隊が砦に戻る道を、すかさず兄ヴィレントの率いる部隊が塞ぎ、挟み撃ちにされた魔王軍は大混乱に陥った。
やがて、総大将の大隊長が討ち取られると、兵士達は敗走を始める。
砦を手に入れることが主目的だったベスフル軍は、砦への退路を断ち、魔王城への逃走ルートをわざと空けた。
ベスフル軍は見事に砦を手に入れ、逃げ延びた魔王軍の兵士達は魔王城へと辿り着いたのである。
そして、今のこの状況がある。
あの日、私がベスフル本陣から砦の近くに戻った時には、既にその戦いは終わりに差し掛かっており、私は砦に戻ることを諦めて魔王城に帰還する道をとった。
残されたネモの亡骸だけが心残りだったが、それでも私は砦に戻らなかった。
もう充分、お別れは言ったよね……。
あそこにあるのは彼の容れ物。かつて彼だったもの。もう彼自身は、彼の魂はそこにはないのだ。
シルフィを殺し、スキルドと決別した私は、何かが吹っ切れたようなそんな気持ちになっていた。
ネモに会う方法はもう、1つしかない。
魔王城に帰還した私も、砦の戦いに参加した者の1人として、謁見の間に集められている。
次々と処分が下されていった。
最も責任の重い大隊長が戦死していたため、彼の副官が罪を被ることになった。
戦況の隠蔽を手伝った者には特に厳しい処分が下され、他の者も、地位剥奪、降格などの処分を受ける。
そして、私の番が回ってきた。
「チェントよ」
祖父の声が響く。その声は依然として大きな威圧感を伴っていたが、私は特に委縮することはなくなっていた。
自分でも不思議だったが、色々あり過ぎて、感覚が麻痺してきたのかもしれない。
「はい」
跪いた状態で顔を上げ、私は答えた。
「ネモのことは気の毒であったな」
「は……、いえ、お気遣い、痛み入ります」
早速、処分が下されると思っていた私は、祖父のその言葉に少し面食らった。
「ネモが討たれた直後だというのに、貴様は単独で敵本陣に切り込んで損害を与えたそうだな。その働きは称賛に価する」
周囲がざわめいた。周りの者たちも当然、私にも何らかの処罰が下されると思っていたからだ。
それに、本陣を攻めたという事実を、私は誰にも報告していなかった。
祖父がなぜそれを知っているのだろうか?
私に本陣の地図を渡してきた兵士を思い出す。魔王の命令で来たと言っていたあの兵士。私の動向を見張り、祖父に報告する役目も担っていたのかもしれない。
「いえ、その時の本陣には殆ど敵が残っていませんでした。大した戦果にはなっていません」
私は本心からそう言った。事実、直後に砦は落とされたのだから、私の与えた損害は大局には何も影響を与えていないことになる。
「だが、結果的に負け戦に関わった貴様に、恩賞を与えることはできん」
祖父は言ったが、私には恩賞など興味のない話だった。
ネモのいないこの魔王領で、新たな地位など何の魅力も感じない。
「もっとも、貴様の方も恩賞などは求めていないようだがな」
まるで、そんな私の心を見透かしたように祖父は言った。
今の私が求めるものは──
「ネモの仇、兄ヴィレントとの再戦。それが貴様の望みか? チェントよ」
「……はい!」
私は祖父の鋭い眼光を真っ向から見据え、ハッキリと答えた。
祖父はその言葉を聞くと、満足そうに笑い、頷いた。
「ヴィレントとの戦いで一度は敗れたと聞いたが、勝算はあるのか?」
「それは……わかりません」
私は正直に答えた。
「正直だな。まあよかろう。ガイアスよ」
「はっ」
祖父の玉座の隣に立っていた大男──ガイアスが答える。
ガイアスは、私が初めてこの場所を訪れた時から、いつも祖父の隣に立っていた。この部屋にいる中でも飛び抜けて大きく、その体格は魔王をも超えていた。
「チェントをお前の部隊に入れてやることはできるか?」
「はい、問題ありません」
ガイアスの答えに祖父が頷く。
魔軍総長ガイアス。彼はそう呼ばれていた。魔王軍においてのナンバー2と聞いている。
魔王城に滞在する主力4部隊の1つを束ねると同時に、祖父自身が出撃しない時の全軍の総指揮を執っている男だった。
「ベスフルの連中に砦を落とされたということは、次に奴らが攻めてくるのはこの城ということになる」
祖父は立ち上がった。
「我々は総力をもって、奴らを迎え撃つ。今度こそベスフル軍は完全に終わりだ」
祖父が拳を握りそう宣言すると、部屋にいる兵士達から歓声が上がった。
宣言の後、祖父は再び私を見た。
「チェントよ。貴様の望みを叶えたければ、ベスフル軍が全滅する前に戦場で兄を見つけ出し、討ち取ることだ。これが最後のチャンスだと思え」
その言葉を最後に、祖父は会話を打ち切った。
私はその言葉に、返事を返すことも頷くこともできなかった。
一礼して謁見の間を出ていく兵士達。
「待て」
私もそれに続こうとすると、呼び止められた。声の主は、先程私を部隊に組み入れるよう命じられた男、ガイアスだった。
「お前は我が部隊に所属となったのだ。後で部隊の詰め所に来い」
頷いて、部屋を出る。
この2日後、遂に魔王軍とベスフル軍の最終決戦が始まった。
魔王城と砦の間にある平原で、両軍は睨み合っていた。
左右を見ると、大勢の兵士達が槍と剣を構えて、緊張の面持ちで平原の向こうを睨んでいる。
遠くには隊列を組むベスフル軍の姿が見える。それぞれが、弓矢がギリギリ届かない程度の距離を保っていた。
魔王軍はあの堅牢な城塞都市に籠れば、味方の被害もより少なく済むはずなのに、なぜそうしないのか? 私は疑問に思っていた。
「数で大きく勝る状況で、籠城を選ぶのは下策だ。味方の士気も下がる」
作戦前、私の質問にガイアスはそう答えた。
「それに籠城すれば戦は長引く。今の食糧難の魔王領で籠城すれば、戦う前に備蓄が底を尽く危険があるのだ」
故に全軍を率いての短期決戦こそが最良の策だと、ガイアスは言った。
元々魔王軍がグレバスを抑えベスフルまで攻め入ったのも、食糧難から領民を救うことが目的だったのだ。
それが気が付けば、ここまで押し返されている。
現時点で敵より兵力で勝っているとはいえ、楽観できる状況ではないはずだった。
現在の魔王軍の総兵力は、ベスフル軍の3倍だと聞いていた。今、平原の向こうに立ち並ぶベスフル軍とこちらを見比べると、詳細な人数差まではわからないがあきらかにベスフル軍側の方か数で劣ることが見て取れる。
この平原は凹凸が少なく、ひたすらだだっ広い。以前の戦場のように、身を隠して奇襲するなどといったことも難しそうだった。
兄さんはどう出てくるかな?
「作戦通りに頼むぞ。準備はできているか?」
横から声を掛けられた。声の主はガイアスだった。
私はその言葉に無言で頷く。
ガイアスは馬の倍ほどもあろう大きさの飛竜にまたがっていた。魔王軍に飼われている青黒い鱗をまとった軍用獣である。
人を乗せて空を飛び、敵の鎧をかみ砕く。種としては絶滅寸前であり、魔王軍内でも乗りこなせるのは少数の人間だけだと聞いている。
ただでさえ大柄なガイアスがこれに跨ると、まるでおとぎ話の巨人のような威圧感がある。
「では、始めるとしよう」
ガイアスは飛竜に跨ったまま、持っていた弓を敵軍に向けて構えた。それは身の丈を超える巨大な弓だった。太く、そしてその色から木製ではなく、何らかの金属が使われていることがわかる。
とてつもない強弓であろう。その弦が引かれると、弓の軋みと共に筋肉の軋む音まで聞こえてくるようだった。
普通の弓なら、斜め上に撃っても届かないこの距離。だが、ガイアスは殆ど直線に矢を放った。
風切り音と共に矢が直進する。遠くで騎兵が派手に吹っ飛び、倒れるのがわかった。
魔王軍に歓声が、ベスフル軍にどよめきが起こった。
仲間を討たれた騎兵たちが、一斉にこちらに突進してくるのが見える。睨み合いは終わり、いよいよ戦いの火蓋は切られたのだ。
「ふん。矢を恐れて後退する可能性も考えたが、敵もそこまで臆病ではないか」
言いながら、2発目の矢を放つ。強弓から放たれた矢は、今度は2人の騎兵を巻き添えにした。恐ろしい威力。
敵との距離が縮まったことで、さらに威力を増しているのだ。
ベスフル軍は、激情に任せて馬を走らせたため、騎馬隊だけがまるで槍のように縦長に突出した状態になっていた。
ランスを構え、声を上げて突進してくる兵士達。それを見ながらも、魔王軍の部隊はまだ動かない。
「任せたぞ」
私に言って、ガイアスと周囲の味方が下がる。私だけが部隊から少し飛び出したような形になった。
ガイアス達が下がったため、ベスフル兵たちの目標は自然と突出している私に向けられる。まだわずかに遠い。ギリギリまで引き付けなければ。
馬の駆ける音が徐々に大きくなってくる。鎧の擦れる音、殺気立った敵兵の声。まだまだ、もっと引き付ける。
今──っ!!
「はあぁぁぁぁっ!!」
先頭の騎馬が後数メートルまで迫ったところで、私は両掌を前にかざした。
これはネモから教わった、敵を直接攻撃する範囲殲滅魔法。
空気が揺らいだかと思うと、両掌から轟音を立てて、赤色の暴風が一直線に生まれた。
「な、なんだぁーっ!?」
大人の身長の倍以上の直径を持つ円筒形の赤い竜巻は、横向きになって騎兵を紙切れのように吹き散らしていく。敵兵と馬の怒号と悲鳴が混ざって聞こえた。
いや、吹き散らすというより飲み込むと言った方が正しいか。竜巻は地面を筒状に抉り取り、直線に並んだ兵を錐揉みさせながら、まっすぐ後ろに押し込んでいく。
当然、それは後ろを走っていた兵士も全て巻き込んで、馬と馬が、鎧と鎧がぐちゃぐちゃになって流されていった。
竜巻は、範囲内のものを全て飲み込んで数十メートル押し返すと、やがて満足したように掻き消えた。
「ふぅ……」
息を吐き、額の汗を拭う。味方から大歓声が上がった。今ので、巻き込まれた騎兵数十人が確実に戦闘不能になったはずだ。
うまくいってよかった……。
胸を撫で下ろす。この魔法を実戦で使ったのは初めてだった。作戦前よりガイアスから指示されていた通りに動いただけだが、予想外の戦果に自分でも少し驚く。
今まで、この魔法を使ってこなかった理由はいくつかある。
まず、準備から発動まで時間がかかること、準備段階で決めた座標から狙いを変えられないこと。狙いがばれてしまえば、接近するルートを変えるだけであっさりかわされてしまう。
次に、射程が弓ほど長くないこと、準備から発動まで完全に無防備になってしまうこと。戦場で調子に乗って悪目立ちした魔導士が、射程外から射抜かれるのはよくあることらしい。
魔王軍には私以外にも魔導士達はいるが、希少であり、無駄死にさせないためにも戦場での運用は限られるらしい。
さらにもう1つの理由として、1発あたりの体力の消耗が激しいこと。
「お前の才能を、ただの砲台として使い捨てるのは惜しい」
ネモが言った言葉である。訓練で試したことはあるが、その時は今の竜巻魔法を5~6発も撃てば逃げることもできないほど消耗してしまった。
連発すれば、その後に接敵しても剣を握って戦うのは困難になってしまう。
故に、剣の才も同時に持ち合わせていた私に、ネモは魔力剣を用いて戦うことを薦めたのだ。それは間違いではないと思う。
だが、こうやって状況を絞れば、範囲攻撃魔法も生きる。要は使い過ぎなければいいのだ。
「よくやった。見事だ」
ガイアスが横に並んで言った。
「敵に追撃をかけるぞ! 俺に続けぃ!」
後ろの味方に号令を掛けると、自らは飛竜を飛ばし、敵部隊に突進していった。味方もそれに続き、一斉に進軍を開始した。
私はそれを横目で見送りながら、気持ちを落ち着かせる。
まだ敵味方は入り乱れていない。また範囲魔法の出番はあるかもしれない。
私は、第2波の準備をした。
だが、その必要はなかった。近づいてくる確かな殺気。足音。
──来た。
まだ乱戦が始まったわけではない。今、私の立っている場所は敵軍には全く食い込んでいない。周囲にも大勢の魔王軍兵がいたはずなのに、それをものともせずに蹴散らして近づいてくる。
──来た!
それは側面から、その剣は、その刃は、私のいた場所を横薙ぎに一閃した。
襲撃に構えていた私は、余裕をもって攻撃をかわすはずだった。
だが、スレスレを掠める鋭い剣閃を目の当たりにすると、とても余裕をもってかわせたとは言えない。危うい瞬間だった。
一旦大きく距離をとって、赤い魔力剣を右手1本だけ呼び出す。
「来たね。兄さん」
敵中に颯爽と現れては不意打ちを仕掛けてきた兄に、私は言った。
狙い通りだった。
「ヴィレント・クローティスは、士気の要となっている者を見つけては狙い撃ちで倒す。そうやって敵の心を折り、自軍を勝利へと導いてきたのだ」
作戦前にガイアスより言われたことである。
「奴と戦いたければ、目立つことだ。お前を倒さなければ自軍が負けると思わせることで奴を引き付けられる」
それで提案されたのが、竜巻魔法による先制攻撃だった。それだけで、広い戦場にいる兄を引き寄せられるのか? 半信半疑だったが、2発目を放つまでもなく、見事に兄は釣られた。
「……チェント!」
兄は自ら斬りつけておきながら、その相手が私だと今気づいたようだった。
この人は、戦場で味方に仇なす者ならば、誰が相手だろうと見境が無いのだろうか? ひたすらに殺戮を振りまくその姿は、まさに死神そのものだろう。
そして、この兄が討たれれば、ベスフルの希望は失われる。
お互いの剣を構え、私達は睨み合った。
私達兄妹の最後の戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
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