永遠の謎
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258部分:第十八話 遠く過ぎ去った過去その八
第十八話 遠く過ぎ去った過去その八
「私のその美を築く場所はだ」
「庭はアルプスですか」
「そこにワーグナーとバロック、ロココの美を合わせた至高の美が築かれるのだ」
「それこそが陛下の」
「そうだ、運命なのだ」
それをすることこそが己の運命だと。王は確信しながら話していく。
「私の運命なのだ」
「そして義務ですね」
「そうだな。義務でもある」
ホルニヒは王のその言葉を否定しなかった。まさにそうだというのだ。
そうしてだ。さらにであった。
「私は王である義務と共にだ」
「その義務もまた」
「美に捧げる義務だ」
それこそがだというのだ。
「それが私の義務なのだ」
「陛下はそれを築かれる為にこの国に来られ」
「バイエルンに帰ったならばだ」
「それに取り掛かられますね」
「そうしなければならない。だが」
「だが?」
「私にはどうしても必要なものがある」
こうも言うのだった。王の言葉に陰が入った。
その陰を己でも感じながらだった。王は緑を見ていた。
しかしその緑はこれまでの緑と違うものと見ながらだ。そうして言うのだった。
「彼だ」
「彼?」
「ワーグナー。リヒャルト=ワーグナー」
彼だけはだ。どうしてもなのだった。
「彼がいてこその私なのだ」
「ワーグナー氏は陛下にとってそこまで」
「かけがえのない存在だ。彼がいなくなれば」
そうなれば。どうかというのだ。
「私もまた消えるのだろう」
「陛下もだというのですか」
「そうだ、私の全てはワーグナーの世界にあるのだから」
その美そのものがだというのだ。
「私は白銀の騎士なのだろうか。だが」
「だが?」
「私は彼の視点から何かを見ることができない」
ローエングリンのだ。その視点からだというのだ。
「常にだ。タンホイザーの視点でもない」
「あのミンネジンガーでも」
「どちらでもないのだ。そしてヴァルターでもジークフリートでもない」
「トリスタンでもありませんか」
「無論ジークムントでもない」
ワーグナーの象徴であるヘルデン=テノール達の名前が出ては消されていく。王はどのヘルデン=テノールの視点でも見られなかった。
「彼等は一つなのだが」
「ヘルでン=テノール達が」
「そうだ、見られないのだ」
絶望する様にして話していく。
「常に女性の目で見てしまう」
「エルザ姫ですか」
「エリザベート、エヴァ、ブリュンヒルテ」
王はワーグナーのヒロイン達の名前も挙げていく。彼女達のだ。
「イゾルデ、ジークリンデ」
「彼女達のですか」
「彼女達の人格はおそらく全て違う」
そこがヘルデンテノールと違うというのだ。
「だが私は常に見てしまうのだ」
「その女性の目から」
「彼を見る。私は彼なのではないのか」
自分自身への問いだった。他ならぬだ。
「そしてワーグナーもまた」
「その女性の目から」
「愛する者達もだ。全てそうした目で見てしまう」
彼が愛する美しい青年達についてもだというのだ。
「私はジル=ド=レイではない」
青髭だ。美少年達を陵辱し惨殺していった世紀の虐殺者だ。王が今いるフランスにおいてだ。それだけの凶行を残した人物だ。
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