永遠の謎
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176部分:第十二話 朝まだきにその二
第十二話 朝まだきにその二
「あの方にも」
「陛下にも」
「祈られるのですか」
「そうしたいと思います。神よ、願わくば」
切実な顔でだ。皇后は言うのだった。
「あの方に御加護を」
ヴィッテルスバッハの血以上にだった。そこには王への愛情があった。年下の従弟、互いに分かり合える者への。その愛情であった。
ワーグナーはだ。バイエルンを出る時はだ。酷く憔悴していた。
その憔悴はだ。誰が見ても唖然とするものだった。
見送る支持者達がだ。こう囁き合う。
「まるで死ぬ様だな」
「あそこまで落胆した氏を見るのははじめてだ」
「これまで多くのことがあった方なのに」
「ここまで落胆されたことは」
「なかった」
こう言うのであった。多くの者がだ。
「死にはしないだろうか」
「強い方だが」
俗にはしたたかと言われている。こちらの方が正しいであろうか。
「しかし。それでもな」
「今回ばかりは」
「立ち直られるだろうか」
「果たして」
こう思う程だった。しかしであった。
ワーグナーは確かにしたたかであった。そのしたたかさは尋常なものではない。そしてそのしたたかさをだ。ここでも発揮した。
彼は見送りに来ていたビューローとコジマにだ。こう囁いた。
「全ては首相達の陰謀の結果だ」
「陛下はですか」
「悪くはないと」
「あの方はあくまで私を想ってくれている」
それはだ。見抜いていた。そしてであった。
「私はだ」
「マイスターは」
「どうされますか、これから」
二人、今では形だけの夫婦の二人が師、若しくは本当の夫に問う。
「どうか御気をです」
「確かに」
「安心するのだ。スイスに着いたならだ」
その流刑先に着いたらというのであった。
「マイスタージンガーを完成させる」
「あの作品をですか」
「遂に」
「そしてだ」
その作品だけではなかった。他にもだというのだ。
「指輪も完成させよう」
この作品もだというのである。
「あれもな。いよいよな」
「そうですね。あの作品もようやくです」
ビューローが言う。
「この世に出されようとしています」
「かつては諦めていたが夢が適う」
指輪を完成させるということである。
「私はスイスでそれを完成させる。そして」
「そして?」
「そしてといいますと」
「あの方御自身を描きたい」
絵画に例えた言葉であった。
そのうえでだ。彼は意気消沈しながらもだ。別れるその人物の顔を思い浮かべながらだ。そのうえでビューローとコジマに話した。
「あの方をな」
「陛下をですか」
「あの方をオペラに」
「そうする。聖なる愚者だ」
ワーグナーはこう言った。
「パルジファルだ」
「聖杯城の主」
「あの方はそれなのですか」
「あの方はそうだ」
王はだ。この世の王ではないというのである。
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