| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

43話:教授

宇宙歴773年 帝国歴464年 10月下旬
フレイア星域 レンテンベルク要塞
辺境自警軍駐屯地 応接室
ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

「リューデリッツ伯、自警軍も形式は整ったが、ここから実を伴わせねばならん。海賊討伐や、逃亡犯罪者の捕縛など成果は出ているが、組織としてはまだまだ自警団に毛が生えたようなものだ。幸いにもルントシュテットの名で、平民出身の佐官・尉官の退役者の再就職先候補として人気があるので時間を掛ければある程度までは行けるだろうが、訓練の手法・哨戒の仕方・役割分担など考察しなければならないことは多い」

「はい。シュタイエルマルク元帥。現在では分艦隊単位での活動には慣れつつありますが、艦隊単位の行動は手に余るでしょうし、ご提案頂いた数個分艦隊だけでも次世代艦にするという話も、もっともなお話だと思います。現在は将来的に軍を志向する志願者にシャンタウ星域とアムリッツァ星域の次世代艦の回航任務を一部代行させている状況ですが、門閥貴族のおもちゃ作りが終わり次第、そちらも進めようと考えております」

「おもちゃ作りか。伯の表現は身もふたもないが言いえて妙だな。私ですら笑いをさそわれてしまう......」

現在、宇宙艦隊司令長官の任にあるシュタイエルマルク元帥も来年には66歳、来期にはイゼルローン要塞からミュッケンベルガー大将が異動し、上級大将として宇宙艦隊副司令長官に任命される予定だ。このままいけば70歳になる前には引継ぎが行われることになるだろう。前線では、理論構築の段階から予想されていたが、身軽な巡航艦クラスを主力にした分艦隊が、戦線後方のメンテナンス部隊を前線を大きく迂回して狙う状況が起こっていた。だが、前線に出るメンテナンス艦はすでに宇宙空母機能を兼ね備えたものに更新されている。損害は軽微なものに抑えられている状況だ。あるパイロットが巡航艦2隻を沈めたという話もあり、勲章の授与が予定されている。

「元帥にお笑いいただければ幸いですが、こうでも言わないと気が済まない状況です。資材の高止まりは少なくともあと4年は続きます。漏れ聞くところによると、現場を知らぬ素人があれこれと口を出し、進捗は遅れ気味とか。現在はまだ笑えますが、長期間の資材価格の高止まりは次世代艦の更新や、新型戦艦の建造にも少なからず影響がございましょう。本来なら、今期に2個分艦隊分くらいは辺境自警軍の装備も更新できなくはなかったわけですから」

「それはそうだな。国防を考えれば戦略的には何の役にも立たぬ位置だ。恐れ多い事だが、あれは門閥貴族が政府を威圧するための物だろう?最悪の場合、あそこに籠られればフェザーンとの航路を塞がれるから経済的な混乱は必至だ。政府も頭を抱えておろうな」

「シャンタウ星域経由の航路もございますが、移動距離は2倍以上になりますし、無視できる話ではございません。ただ、内々に意見交換する場がございましたので甘やかすなと釘はさしましたが」

おれがそう言うと、シュタイエルマルク元帥は嬉しそうな表情をした。この人は軍部の中でも周囲と一線を引く形でキャリアを積んできた。第二次ティアマト会戦で軍部貴族の力が弱まって以降、最前線を支えてきたが、色々と耐えなければならないことも多かったのだろう。俺たちの世代で力を取り戻し、言うべきことを主張できる様になった事を喜んでいる節がある。

「それにしても、伯からは宿題をよくもらうな。面白い宿題だから楽しめるし、丁度10年前の宿題が流れに流れて今の戦況を作っている。こちらの宿題の影響も楽しみにしている」

次世代艦構想に当たっては、元帥に理論構築を依頼したことから予想以上の成果が出たのは事実だ。辺境自警軍の設立と運用にも、もちろん関わってもらうつもりだった。元帥は辺境自警軍の名誉顧問になってもらい、軍との役割分担と治安維持の観点から予測される問題とその解決策を出してもらっている。下級貴族や平民出身のの憲兵隊や捜査機関OBが前向きに転籍をしてくれるのも元帥の影響があっての事だと思っている。
もっとも、元帥は前世で言うと少し学術研究者に近い所がある。理論構築をして実証し、正しい事を確認することに喜びを感じるタイプだ。結婚しなかったこともあるが、退役してものめり込める趣味などないだろうから、いろいろな案件を持ち込んで思考してもらうのも、俺なりの恩返しだと思っている。
すこし雑談をしてから、部屋をあとにする。このあとはシャンタウ星域の惑星ルントシュテットに向かい、RC社の幹部会議だ。資材価格の高止まりを想定した対策を話し合う。門閥貴族の要塞については、そもそも事業計画がすでに破たんしているので、フェザーンから派遣されたルビンスキー氏がなんとかなだめすかして、当初のイゼルローン級からサイズダウンして直系40kmクラスの人工天体にすることで話はついている。さすがに5年以上の工期はかからないと見込んでいるが、辺境の各星系で、バブルのリスクを抑えながらギリギリまで投資する話が議題になるはずだ。冒さなくていいリスクではあるが、予想以上に様々な所に影響が出ているし、あまりに高止まりが過ぎると、叛乱軍の不良債権が減ることにもなるので、この判断となった。こんな状況を作り出した当人どもは、帝国に貢献したつもりになっているらしい。つくづくおめでたい連中だ。

宇宙歴773年 帝国歴464年 10月下旬
フレイア星域 レンテンベルク要塞
辺境自警軍駐屯地 応接室
ハウザー・フォン・シュタイエルマルク

「では。またお話しできるのを楽しみにしております」

リューデリッツ伯はそういうと、教本の手本になるような敬礼をして、私が答礼をすると部屋から出ていった。そういえば当家に入り婿したコルネリアスも敬礼は嫌に様になっている。そして、信頼する人間とは、ある意味率直な表現で話をする。長兄のルントシュテット伯はどちらかというと実直で裏表のない印象だが、どなたの影響なのか......。

思えば義息との付き合いもかれこれ10年を越えた。定期昇進で大尉になり、統帥本部から私の艦隊の司令部に異動してきた。任官したての尉官に統帥本部で功績を立てるのは基本的には不可能だ。『前線で勉強してこい』という意図があったのだろうが、異動当初から任せた職務はきっちりこなしていたので、適応力を試す意図と、折り目正しいがウィットに富んだ表現をしていたので、鼻っ柱を折るつもりでかなりの業務を振り分けたが、苦労しつつもやり遂げた。

それから順調に昇進したのは、私の司令部では縁故や馴れあいを許さなかったため、他部署への異動希望を出す士官が多い中で、広い人脈を持っていた義息が司令部の取りまとめや外部折衝を取り仕切ったため、いつの間にやらなくてはならない存在になっていたことも大きい。10年以上、私の司令部に在籍したのは義息だけだ。

いつの間にやら愛弟子のような関係になり、気が付いたら私も宇宙艦隊司令長官になり、義息もそのまま司令部の参謀長になっているし、途絶えても仕方ないと思っていたシュタイエルマルク伯爵家を継いでもらってもいる。どこに縁があるか分からないものだ。遠縁のレオノーラを養女にして婿に迎えてから5年。直接の血のつながりはないとはいえ、孫を抱くことになるとは思っていなかった。

慣れ親しんだ戦術教本を開くと、少し劣化した提案書が目に入る。これから全てが始まった。まだ大尉だった義息が遠慮がちに持ってきたものだ。この提案書を基にして次世代艦の戦術・運用理論を構築し実証し始めて既に5年。帝国軍の戦死者をゼロにする事はできなかったが、大幅に減らすことはできた。叛乱軍の戦死者は1000万人をこえるだろうが、帝国軍の戦死者は20万人を超えてはいない。来期にはミュッケンベルガー大将が昇進して宇宙艦隊副司令長官に任ぜられる。このままいけば、後進達によい形でバトンを渡せるだろう。

第二次ティアマト会戦の主力を率いた730年マフィアの面々ももう現役には誰もいない。新進気鋭の分艦隊司令としてシトレーやロボスといった名前が聞こえているが、対応済みの戦術を試行錯誤している段階だ。あと10年はこのままでも帝国優位は動かないし、たとえ退役しても、戦術考察は続けていく。そんなことを考えているとノックがされ、コルネリアスが入室してきた。

「提督、弟との会談は如何でしたか?頻繁に無茶をいう奴なのでなにかご無理を言い出したのではないかと気になりまして」

『あくまで前線の人』という意識を持つために、自分の司令部では提督と呼ばせている元帥は私だけだろう。

「いや。無理というより、経済的な観点から辺境自警軍へ次世代艦を導入する時期の相談をしただけだ。お主に似て表現が率直でゆかいな時間を過ごさせてもらったよ」

そう言うとホッとしたようだ。これからアムリッツァ星域の駐屯基地に向かい、資材の高止まりで現地に不備がないか視察に向かう予定だ。後方でじっとしていてもなにも伝わってこない。現場には負担をかけるが自分の目で確かめるのが一番効率がいいのも確かなのだから。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧