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Evil Revenger 復讐の女魔導士

作者:mst2018ver
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運命の分かれ目

 私が、自分の運命の分かれ目に、"もしもあの時"と考えるなら、まずフェアルス姫達とのあの出会いが最初に浮かぶ。
 もちろん、他にも、両親の死やスキルドとの出会いなど、大きな分かれ目は沢山存在している。
 けれど、他のそれらは、何らかの偶然の重なりこそあれど、少なからず、人の意志が生み出したものであったと思う。
 だが、あのお姫様達との出会いは、まったくの偶然であったはずだ。
 街道を歩いていた私達と、砦に向かう彼女達に、接触の意志はない。
 結果的に、あの出会いは、兄の復讐のきっかけとなった。
 もし、あの出会いがなければ、兄はどうしていただろうか? 私はどうなっていただろうか?
 それでも兄は、復讐に向けて、最終的には1人で行動を起こしたかもしれないが、私の運命は大きく変わってしまっただろうと思う。

 あの出会いから、約2週間が経過。
 私達は、ベスフル城にいた。
 兄は、ベスフル城奪還の英雄として、入城したのである。
 そう、"奪還"である。
 ベスフル本城は、一度は、陥落していたのだ。
 ベスフル城の陥落と、国王の処刑。その事実を私達が知ったのは、姫を護衛して、砦についた時だった。
 泣き崩れる姫と、動揺する砦の兵士達。
 兄は、それをまとめ上げ、ベスフル城に攻め上った。
 砦の指揮官の中には、兄に不満を上げるものも少なくなかったが、そこで兄は、自身の身分、国王の甥であることを持ち出し、フェアルス姫の臣下となって、ベスフル城を奪還することを宣言したのだった。
 そして、自ら先頭に立って戦い、敵に劣る戦力でベスフル城奪還を果たすことで、反対勢力を黙らせてしまったのである。
 奇跡だと、ベスフルの人々は言った。
 その時より、英雄ヴィレント、と兄は呼ばれるようになった。
 入城した私達は、英雄の身内ということで、1人1人に城内の個室を与えられた。
 それは、これまで、私が体験したことのないような待遇だった。
 豪華な食事に、ふかふかのベッド、服もこれまでのボロボロだった物から、新品のドレスに変わった。
 これでも王族が身に着けるには、質素なものだと、侍女さんが教えてくれた。
 王族である。
 国王の血縁である私は、王族として、スキルドやシルフィより、一段上の扱いを受けているようだ。
 何もしなくても、侍女さんが、私の髪を整え、ドレスを着つけてくれる。
 まるで、夢でも見ているようだった。
「チェント、いるか?」
 部屋を訪ねてきたのは、スキルドだった。
 入城してから3日、スキルドは、私を気遣って、毎日様子を見に来てくれていた。
 私達は、部屋のベッドに並んで腰かけた。
「ここでの生活には慣れたか?」
 スキルドの言葉に、私は首を横に振った。
「慣れるわけないよ。今までと全然違って、落ち着かない」
 正直に、そう答える
 スキルドは、そうか、と相槌を打った。
「この国も、王様が処刑されて、この先、どうなるかわからないし、こんな生活が、ずっと続けられる保証はないんだよな。
 ヴィレントは、どうするつもりなんだろうか?」
 もし、城が再び陥落し、敵に捕まれば、私も王族として処刑される可能性すらある。
 そう思うと、逃げ出したい気持ちさえあった。
「兄さんは、どうしてるの?」
 入城してから、私は兄とほとんど顔を合わせていなかった。
 部屋の場所は聞いていたので、会おうと思えば簡単なはずだったが、兄の部屋を訪ねる理由が、私にはなかった。
「あいつは、ベスフル兵団の作戦会議に、毎日、顔を出しているみたいだけどな。昨日の夜会った時は、イラついてたな。この国の連中は腰抜けばかりだ、ってさ」
 英雄となった兄は、すっかり、兵団を仕切っているようだった。
 城内は、入城した初日こそ、浮かれた雰囲気があったが、翌日になると、また不穏な空気が漂い始めていた。
 それも当たり前のことだった。
 城は取り返したものの、それは戦いが振出しに戻っただけだからである。
 一度の陥落によって、王様は殺され、その他にも、決して少なくない犠牲を出していた。
 この国にとっては、まだマイナスの状態で、戦争は終わっていなかった。
「これ以上戦を続けても勝ち目はない、って思っている連中が多いらしい。なんたって、相手は魔王軍だしな」
 戦の相手が魔王軍。
 私がそれを知ったのは、ここベスフルに着いてからだったが、巷では、既に広まっていた情報らしい。
 ベスフルの同盟国が、魔王軍に降伏、従属し、連合軍となって攻めてきたというのが、実情のようだった。
 兄の方は、とっくにその事実を知っていたのだろう。
 両親の仇討ちのために、戦いに参加したというのであれば、兄の行動も説明がついた。
「王様の正式な跡継ぎは、あのお姫様しかいない、って話だけど。あの様子じゃ、何の決断もできそうにないしな」
 フェアルス姫は、16歳。この時の私と1つしか違わない。
 今まで、箱入り娘同然に育てられてきたそうだ。
 砦の中での様子を思い出す。
 交戦か降伏が、指揮官たちに決断を迫られ、口ごもる彼女に、兄が言った。
「ここは、姫様に代わって、俺が戦いの指揮を執りましょう」
 兄はそこで身分を明かし、自身には、その権利があると主張した。
 指揮官たちは、何の証拠もないデタラメだと言った。
「この場ですぐに出せる証拠などないが……そうだな、姫様さえ認めてくださるのなら、他の方々に異論を挟む余地はないはずだろう?」
 戸惑う彼女に、兄は畳みかけた。
「もし、姫様が認めてくださらないのなら仕方ない。ご自分で指揮を執るなり、降伏するなり、ご決断なさいませ」
 その言葉が決め手となり、彼女は、兄にすべてを任せることを告げたのだった。
 兄は、その時すでに、何の決断も下せない、姫の性格を見抜いていたようだった。
 きっと今も彼女は、自分の責務から、逃げたがっているに違いない。
 いっそ、兄が王位を継いでくれれば、とすら思っているかもしれない。
「兄さんは、戦いを続けるつもりなんだね」
 両親の仇を討つため、フェアルス姫の権威を利用してでも、戦い続けるつもりなのだろう。
 それから、スキルドは、私と他愛のない話を続けた後、部屋に戻っていった。

 その翌日。
 朝方、部屋の扉が叩かれたのを聴き、私はスキルドの来訪を予測して戸を開けると、そこには違う姿があった。
 スキルドより、そして、兄よりも大きい身長に驚く。
 その男は、ベスフル兵団の小隊長の1人、名前は確か、ガイといった。
 筋骨隆々とした体つきに、強面で禿頭の男。目の前に黙って立たれただけで、恐ろしい容姿をしていた。
 恐れ、戸惑う私に、彼が言った。
「ヴィレント殿の妹君、チェント殿ですな? 兄上がお呼びです。付いて来てください」
 兄さんが、今更、私なんかに何の用だろう?
 不思議に思ったが、そもそも、兄の考えていることなど、前からわからない。
 それよりも、逆らえば、また兄に殴られるかも、という恐怖が、黙って私を従わせた。
 歩いていくガイの後ろを、黙って付いていった。
 歩幅が違うせいか、ゆっくり歩くと、置いて行かれそうになる。
 兄の怒りを買いたくないがため、私は速足で追いかけた。
 そういえば、彼は、砦のやり取りでも、兄に賛同していた数少ない人物であったことを思い出す。
「この臆病者共め! 国王陛下への恩義があるなら、今すぐ、ベスフル城奪還のために兵を挙げるべきであろう!」
 そうやって、他の小隊長たちを怒鳴りつけたのを、覚えている。
 この短い間に、使い走りを頼むほど、仲が良くなったのだろうか?
 彼に限らず、城の兵たちの間では、兄を称賛、支持する声が、飛び交うようになっていた。
 戦場などにまるで縁のなかった私には、兄の成しえたことの凄さは、いまいち実感できていない。
 そんなことを考えながら歩いといると、気が付けば、城の外へ出ていた。
 こんな場所で兄が待っているのだろうか?
 私がきょとんとしていると、次の瞬間、私は口を塞がれ、喉元に短剣を押し付けられていた。
「!?」
 私には、一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「声を出すな」
 ガイの声。いつの間にか背中に回り込まれて、動きを封じられている。
「怪我をしたくなかったら、おとなしくしろ」
 恐怖で体が動かなかった。
 私は、布で口を塞がれ、縄で後ろ手をきつく縛られた。
 小柄な私は、ガイの片手で軽々と担がれて、どこかに運び去られようとしていた。
 何故? この人は兄さんの賛同者ではなかったのか? 私をどこに連れて行くつもりなのか? まさか、兄さんの命令で?
 私の思考は混乱するばかりだった。
 冷静に考えれば、この時、兄が私をどうこうする理由はない。実際のところは、私のことなど、もう歯牙にもかけていなかったであろう。
 城の裏口には、なぜか、見張りがいなかった。
 彼が、見張りを何らかの手段で、予め排除していたのだろう。
 裏口を出てしばらく歩いたところに、馬が止めてあった。
 こんなもので、いったいどこまで行くつもりなのか、目的がわからなかった。
「待て! あんた、チェントをどうする気だ!」
 声の先に、スキルドがいた。
 私が部屋にいないのを見て、追いかけてきてくれたのだろう。
 いつも、私を気にかけてくれる彼は、こんな時でも、ちゃんと駆けつけてくれた。
 スキルド、助けて! と、私は塞がれた口で全力で叫んだが、言葉にならないうめき声が、あたりに流れただけだった。
「ヴィレント殿には悪いが、この国にはもう愛想が尽きた。この娘は連れて行く。死にたくなければ、邪魔をするな」
 ガイはスキルドを睨みつけた。
 スキルドは、一瞬たじろいだが、
「チェントは返してもらうぞ!」
 覚悟を決めたように、腰の剣を抜いた。
 ヴィレントのように強くなりたい、といつも言っていたスキルドは、度々、兄に稽古をつけてもらっていた。
 だが、大した成果は出ていないと聞いている。今回の戦にも、スキルドは参加していない。
 今も、必死に恐怖を振り払おうとしている様子が、顔に表れていた。
 2人を見比べると、明らかに体格に差があり過ぎた。
 細身で、同年代の男性の中でも、背がやや低い方であるスキルドに対し、戦い慣れした体つきをしているガイは、大男と形容していい。
 スキルドは、他に人を連れてきてはいなかった。
 今、助けを呼びに戻れば、その間に、ガイは私を連れて、手の届かないところまで逃げ去ってしまうのだろう。
 私には、スキルドが助けてくれることを祈るしかなかった。
 スキルドが剣を抜くのを見たガイは、私を地面を放り出し、懐の短剣を取り出した。
 腰の剣は抜かない。目の前の細身の青年など、短剣で充分だと思っているようだった。。
 縛られている私は、1人で立つこともできず、視線だけをスキルドに向けた。
 ガイは、何の緊張も見せず、ゆっくりとスキルドに近づいていく。
 スキルドは、雄叫びをあげて、斬りかかっていった。
 お願い、頑張ってスキルド。
 スキルドの振り下ろした剣は、ガイの短剣にあっさりと受け流された。
 私の祈りも虚しく、ガイの短剣は、事務的な動作で、スキルドの脇腹に突き刺された。
「!?」
 私は悲鳴を上げた。
 短剣が引き抜かれると、どくどくと血が溢れだし、スキルドはその場に崩れ落ちた。
「チェント…を……返……」
 彼の伸ばした手は、私には届かない。
 ガイは、勝負はついたとばかりに、スキルドに背を向けた。
 何事もなかったように、私を担ぎ上げ、馬の背に括り付ける。
 私は、必死に叫んだ。
 助けて! 誰か助けて!
 口を塞がれていたのは、幸いだったのかもしれない。
 自分を助けに来て、死ぬかもしれない傷を負った青年を無視して、己の身ばかりを優先する私の、その身勝手な悲鳴は、スキルドにはとても聞かせられない。
 そんな悲鳴は、天に届くわけもなく、馬は走り出した。
 遥か遠い地を目指して。

 あの時、フェアルス姫達との出会いがなかったら。
 あの時、兄がベスフルの戦いに赴くことがなかったら。
 今も私は、スキルドの隣で、身勝手な自分を自覚せず、生き続けていたのだろうか?
 考えずにはいられない。
 このたった1つの偶然は、私の運命を大きく変えてしまったのである。 
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