インフィニット・ゲスエロス
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閑話4 ヒカルノと太郎(表面)【後編-1】
前書き
『清廉潔白で人を恨まず、恋人も友人も他人と同じく平等に扱う。それが【正義】というのなら、俺は一生、正義とは無縁でいい』
《山田太郎の手記より、抜粋》
彼女…………篝火ヒカルノとの濃すぎるファーストコンタクトから数ヶ月。
誠に残念…………いや、幸運な事に、篝火ヒカルノという女は、性格の突飛さと迷惑さに反比例するかの如く、優秀であった。
…………誠に残念な事ながら。
「お母さん、どう?私の彼の作った手ごねハンバーグは?」
目の前で、『四人分の』ハンバーグが、美味しそうな湯気をあげて、皿に並べられている。
家族向けの広いテーブル、その各々からバクバク口に放りこみながら、ヒカルノが自慢げに母親に話すと。
「良いわね!突然彼氏を自宅に呼びつけた挙げ句、料理を作らせるプロセスを含めて、百点あげるわ!」
母親はグッジョブ!と片手で誉めながら、ほぼ初対面の筈の太郎の肩を親しげに掴んだ。
その横では、父親が申し訳なさそうに、俺用のサラダを盛り付けている。
…………いや、何これ?
俺は官庁での用事を済ませた後、遅くまで遠出に付き合わせたヒカルノをバイクで送っただけなんだが…………。
何故、俺はヒカルノの自宅前にバイクを止めた瞬間、ヒカルノと母親に両腕を絡み取られ、自宅まで連行されたのだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「「ワッショイ!ワッショイ!オラ!篝火家に連行じゃ!」」
「何事!?」
勿論、突然の奇行に慌てる太郎は当たり前のように無視され、家の台所までつれていかれる。
いや、ホントになんなの?この家族。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
トントントントン
一定のスピードで付け合わせのキノコを刻みながら、横目でフライパンの上のハンバーグを見る。
表面のみを強火で焼いた『それ』が、弱火でじっくりとフライパンで加熱されているのを、包丁仕事の合間に、横目で確認しながら、菜箸で中心と端にあるハンバーグの位置を入れ換えていく。
火の通りを逐一確認しなければ、火を通し過ぎたハンバーグは、すぐにパサパサになってしまうからだ。。
ついでに、横の鍋を見る。
缶のデミグラスソースを開けたあと、細かく刻んだ玉ねぎを始めとする野菜類をフライパンで炒め、溶かしこんだブラウンソースが、肉類特有の良い香りを醸し出している。
その鍋とフライパンの前にいる俺は、もう汗だくだ。
…………おかしい、何だこれは?
注→これはグルメ小説ではありません。
いや、おかしいよやっぱおかしいよコレ。
「おーなーかーがーへったぞー」
「うるせえ!」
妙に間延びした催促の声が、汗だくで少し湯だった頭に響く。
なんでこうなった?
より具体的に言うと、何故俺は初めて入ったヒカルノの家のキッチンで、ハンバーグを焼いて、ソースまで自作したのだろう。
それは、今から丁度小一時間前に遡る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「挽き肉は買ってあるわ。調味料も基本は揃ってる。貴方の腕、期待してるわよ!」
髪を片手で流しながら、そう説明するヒカルノの母親に、当然、太郎は突っ込んだ。
いや、そんな料理勝負スタート!みたいなこと言われても。
…………その…………なんだ…………困る(本音)。
「いや、初耳なんですけど?」
ごく当たり前の突っ込みを返す太郎。
だが残念。
ヒカルノ達に、その突っ込みは効果がない。
「ええ、今初めて言ったもの」
いや、そんな胸張って言われても。
母親の言葉に、内心、冷や汗をかく。
しかし、いつもヒカルノにやってるような対応は出来ない。
流石に人様の家で、初めて会う女友達の母親に無体な態度を取る勇気は、太郎にはなかった。
笑顔を張り付けながら、心を落ち着けるために、眼鏡を弄る太郎の指先。
その動きは、母親の後ろ手のドアから出てきたヒカルノを見つけた瞬間に、止まった。
ギギギ、と音がなりそうな、ぎこちない動きで首を動かすと、笑みで固めていた口許を動かして問いかけた。
「どういう事だい?ヒカルノさん?」
「えー、さん付けは他人行儀でやだ」
そういう問題ではない。
「なんで料理を作ることになってるの?俺?」
諦めず問いかける太郎に、ヒカルノは笑顔で答えた。
ジト眼で見ても、笑顔で返される。
「ほらー、二日前の屋上の事を思い出すのだ~」
唐突に言われたその言葉に、太郎は首を傾げる。
(そんな大事なこと、忘れるもんかなあ)
そして、太郎は二日前に言われた事を思い出した。
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「アンタの弁当のミニハンバーグ、美味しいわね。お母さんが作ってるの?」
「まず、無断で人の弁当に箸つっこんで食べるの辞めろ」
ハムスターのように口を膨らませながら食べるヒカルノに突っ込むと、数十秒後、飲み込んだ後に言葉を重ねた。
「あー、美味しかった。で、お母さんが作っているの?」
「……とりあえず今度から欲しいときはちゃんと言え。後、そのハンバーグは俺の手製だ」
軽くコツンと、ヒカルノの頭を小突きながら返した事を。
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眉間を軽く揉みながら、太郎は確認した。
「え、何?あのやりとりは『作れ!』って意味だったの?」
この家に連れ込まれた後の、怒濤の展開を頭の中で反芻(はんすう)し、眉間を軽く揉む。
…………いや、よそう。
どうせこれ、逃げられない奴だし。
早々に諦めると、彼はヒカルノ家の歓談の為の、料理に戻っていった。
後書き
『千冬や束の、純粋に夢を追う姿を見るたびに、自分のようにならないように強く思う。他人の悪意に負けて、何年間も【利用する・される】という観点でしか、人を見れなかった、俺のように』
《山田太郎が、『手記に書けなかった』言葉》
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