| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

3話:母の憂鬱

 
前書き
・三点リーダー修正 2018/10/08 

 
宇宙歴752年 帝国歴443年 1月5日 ルントシュテット家所有車内
ルントシュテット伯爵夫人 カタリーナ

3男ザイトリッツが交通事故にあい、入院した。久しぶりに家族が揃う喜びを感じていたのは束の間の事だった。第二次ティアマト会戦でお義父様、先代のルントシュテット伯爵が戦死して以来、我が家も帝国軍部も非常事態が続いていた。

当主の戦死という事だけでも貴族にとっては一大事だ。だが、第二次ティアマト会戦は帝国軍部と武門の家柄であった貴族層に深刻なダメージを与えた。将官だけでも60名近くが戦死するという大敗を喫したのだ。さすがに6年前という事もあり落ち着きを取り戻しつつあったが、まだ夫は予備役への編入が出来ないでいる。

本来なら伯爵家当主として領地の経営を行う立場であったが、予備役編入を願い出る事ができる状況ではなかった。ただ、もっと深刻な貴族家もある。当家は夫が戦死することは無かったが、2世代ともに戦死した貴族家さえあるのだ。そういう意味では、先代レオンハルト様は何か予感めいたモノを感じていたのだろうか。

軍歴を重ねる中でお世話になったツィーテン元帥が指揮を取るため、自分が参加せねば顔が立たないと言いつつ、夫の従軍は頑なに許さなかった。

自分が不在の間、家をしっかり守るのも伯爵家嫡男としての務めである。とおっしゃっていたが、後からお義母様に聞いた所によると、帝国軍上層部は敵将アッシュビー提督を敵とみる貴族将官が多く、まとまりに欠く部分があったようだ。

嫁いだ私から見ても、先代は絵にかいたような軍人だった。公明正大で命令に忠実ではあるが部下にも配慮を欠かさなかった。そしてルントシュテット家が武門の家柄であることをとても大切にされていたように思う。

夫、ニクラウスとの関係も悪くなかったが、夫には前線指揮官よりも後方支援の適性が高いと判断していたようだ。先代の影響もあり、夫も当家が武門の家柄であることはかなり意識していた。そのせいか、前線指揮官を志向していたので、一時は衝突することもあったらしい。

とはいえ、ルントシュテット家にとっては良い判断だったと思う。先代のご兄弟も戦死されているし、武門の家柄といえば聞こえは良いが、ルントシュテット家の直系は私の子供たち3人しかいない。

領地経営の面を考えれば、夫が後方支援を軸に軍歴を重ねた事は幸運なことだし、血脈を立て直す意味でも、レオンハルト様は次代には前線指揮官はさせるべきではないと考えていたように思う。

最後に先代とお話しした事を思い出す。いつもは出陣前に領地に戻ることなどなかったが、あの時は違った。そして先代、お義母様、私で夕食をとっている際にあるお願いをされたのだ。先代からお願いされる事など初めてで、強く心に残っている。

お願いの内容は、もし3男が生まれたら「ザイトリッツ」と命名してほしいとのことだった。長男ローベルトも次男コルネリアスも先代の命名だった為、不思議に思うと理由が続いた。ローベルトもコルネリアスもお付き合いのある貴族の方から勧められた名前だったらしい。そしてザイトリッツはずっと温めていた名前とのことだった。

少し照れた様子で話す先代に、自分で命名するためにも無事にお戻りください。とお義母様がお話しされていた。考えてみれば温か味を感じた最後の時間だったように思う。

あれから6年。武門の家柄といえば聞こえはいいが、当家を含め軍部に軸足を置く貴族家は門閥貴族とは一線を引く形で婚姻関係を結んできた事が裏目に出た。軍部の貴族の力が弱まった事をいいことに、門閥貴族が軍部に入り込もうとしたのだ。

軍部系貴族は団結したが、いくつかの家は直系が途絶えており世代も若かったため、対抗するのも大変だった。団結できたのは、自分たちの次世代の為でもあった。大敗したとはいえ、今までは軍人としての教育をしっかり受け功績を基に昇進した将官が指揮を執っていたのだ。

爵位だけの素人の指揮で自分たちの子弟が使い潰されるのは私たちにとっては悪夢だ。

第二次ティアマト会戦で先代が戦死してすぐに妊娠してる事が分かった。妊娠後期に星間移動を行うわけにはいかなかった。ザイトリッツを出産して体調が戻ると、私はオーディンに向かった。長男ローベルトと次男コルネリアスは一緒に連れて行くことが出来たが、ザイトリッツはそのまま領地にて、お義母様に養育をお願いせざる負えなかった。

そして5歳になり星間移動にも耐えられる年齢になったためオーディンに呼び寄せた。やっと家族が揃うと思えば交通事故だ。交通事故の件も含め、お義母様にもご報告しておかなければ。

「お義母様、ザイトリッツの容体も安定した様子で安心いたしました。お話は伺っておりましたが、しっかり養育していただいた様子。オーディンで多忙であったとはいえ、お義母様任せにしていたことも事実です。本当にありがとうございます。」

「オーディンの状況は私も理解しています。そのような礼は不要ですわ。それに、私一人で領地経営ではさすがに寂しいもの。ザイトリッツがいてくれたことは私の救いでした。」

お義母様がしみじみと答える。
たしかに私がお義母様の立場なら一人で領地経営など出来ない。

本来、帝国貴族の女性は基本的に経済学・経営学などといった実学は学ばない。領地経営の為の組織がきちんと存在するが先代は早くにご兄弟が戦死したため、自分に万が一のことがあったらと考え、お義母様にご自分でいろいろと領地経営の事を教えていた。

領地経営を任せられるお義母様の存在は不幸中の幸いだった。今の状況に領地経営まで担うとなれば、夫も過労で倒れかねないし門閥貴族の軍部への浸透ももっと進んでいただろう。

「領地経営の事も大変ありがたく存じております。正直オーディンの事で精いっぱいの5年間でした。ニクラウス様ともお義母様に感謝しなければと常々お話しております。」

「領地経営の件はあまり思いつめないで欲しいわ。当家の状況も理解しているし、こういう時の為にレオンハルト様は私に教育されたのですから。ふとした時にあの方がお教え下さった事はこういう事なのねって思い出せるから私にとっても悪くない時間なのです。」

姑がお義母様のような方でよかった。他家では嫁姑の間で、戦死の責任を問いあって言い争うようなこともあると聞く。とはいえ、これでザイトリッツをオーディンで育てるのはもう少し後のことになりそうだ。
いくら気にするなと言われたからと言っても、領地経営をお願いしている以上、ザイトリッツを引き離してお寂しい思いをさせるわけにはいかない。

そうなると幼年学校に入る10歳までは領地で育てることになるだろう。もともと出産直後から先代の生まれ変わりと溺愛していたが、10歳まで養育をお願いするとなると、母としてしてあげられることはほとんど無くなってしまう。今更の事だが、思った以上に速い親離れに寂しさを感じる。
とはいえ、まずは差し迫った問題を相談せねば

「お気遣いありがとうございます。ところでお義母様、明日の件なのですが......。」

明日の話し合いは今回の交通事故の落とし所についてだ。今回の交通事故だが、法的にはこちらに過失はない。

また直系男子が意識不明の重体になり、同乗していた乳母は身を挺してザイトリッツを守る形で死亡していた。貴族同士の事故であれ本来なら謝罪の上、賠償がなされるはずだが、事故の相手が悪かったと言える。
事故の相手は門閥貴族で次期皇帝最有力のリヒャルト殿下を推す派閥の伯爵家の嫡男。しかも飲酒していた。もともと評判の良くなかった人物だが、やっと取り付けた婚約を控えてさらなる悪評は表に出したくない。
だが、多額の賠償金を払う位ならリヒャルト殿下の派閥形成に資金を使いたい。皇族の威光を盾に、無理難題を押し通そうとしてきたのだ。あまりの事に、当主ニクラウスは唖然としたが、やっと門閥貴族の軍部への浸透を抑えだしたタイミングで、門閥貴族と次期皇帝を相手に事を構えるのは躊躇われた。

このままいけばこの件は内々に処理し、通常の賠償金と、軍への糧秣の納入を優先的にできるという形になるだろう。お義母様は黙って話を聞いていた。溺愛するザイトリッツを有象無象のように扱われ、一緒に養育してきた乳母などどうでもいいかのような内容。いつお怒りになるかとハラハラしながら最後まで話終えると、お義母様は意外な反応を返してきた。

「貴方たちの苦労も理解しているわ。納得できるならその内容で進めればよいと思う。ただそんな取り巻きに好きにさせているようではリヒャルト殿下が帝政を担うときは暗い時代になりそうね。」

私が意図を図りかねているとお義母様は言葉を続けた。

「あの人が良く言っていたわ。部下への暴力は絶対にダメだと。また一兵卒だろうが司令官だろうが公明正大に対しなければならないと。特に理不尽なことをされた方は、そのことを一生覚えているし隙があればやり返そうとするもの。
公明正大でなければ贔屓された者は増長してさらに何かを引き起こすわ。当然、そのお馬鹿さんは恨まれるだろうけどそれを放置した人間も当然恨まれる。邪険にされたものにも当然恨まれるでしょうね。一度何かがあった時にそういうモノは一気に噴出するもの。

聞いた時は怖いと思ったけど、横暴な士官はよく戦死するらしいの。敵の攻撃で戦死したのか、部下に恨まれてなのか分からないことが多いらしいわ。門閥貴族も今は気づいていないでしょうけど、今までは軍部と門閥貴族はあくまで中立だったけど、今では敵とまで言わなくても険悪な状態にあるわ。いつか報いを受けることになるでしょうね。」

「お義母様、そのようなことをあまり大きな声でおっしゃらないで下さいませ。ただ、あまり褒められたことではございませんがあの方々のわがまま放題にはいい加減うんざりしておりました。報いを受ける日が来て欲しいと私もつい思ってしまいます。」

「あらあら。私たちはいけない淑女ということねえ。ただ、ザイトリッツとカミラの事を思うと何も思わないとは嘘でも言えないわねえ。」

お義母様の予言にも驚いたが、てっきりお伝えしたらお怒りになるのではと思っていたので、正直ホッとした。

「カタリーナ。カミラの件は私からザイトリッツに話します。申し訳ないけど退院したら一緒に領地にもどるわ。配慮が必要でしょうけど、パトリックは乳兄弟。今更引き離すのも変でしょうし、カミラに報いる意味でも、もう少し手元においておきたいの。わがままを許してちょうだい。」

「はい。お義母様。正直なところザイトリッツに関してはお義母様にお任せしたままで心苦しいのですが、養育に割ける時間が乏しいのも事実です。お願いいたしますわ。」

お義母様も久しぶりのオーディンだ。
少しでもお寛ぎいただかなければ。

そういう意味ではお義母様も私に配慮して下さっているのだろう。笑顔にはなったが目は笑っていなかったもの。 
 

 
後書き
主人公の父、ニクラウスの軍人としての適性に関して祖母マリア目線と、母カタリーナ目線で違うのは、ニクラウスが変に気にしなくて済むように、祖父レオンハルトが言葉を選んで伝えていた という裏設定があります。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧