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勇者たちの歴史

作者:草刈雅人
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西暦編
  第五話 タイム・リミット①

 
前書き
 
おはようございます

感想が欲しいです
  

 
 二〇一七年十二月八日。
 
 昼下がりの丸亀城。
 仲間たちと昼食を済ませた後、乃木若葉は放送室にいた。
 そこは無骨な無線機が固定された机、そして折り畳みの椅子が一脚あるだけの部屋。毎日利用している若葉も、通信を行う以外にこの部屋を使用したことはない。
 彼女は、慣れた手つきで無線機を操作する。
 スイッチを入れ、隣のダイヤルを微調整していく。やがて通信が繋がると、暫く雑音が続き――――
「…………またか」
 向こうの調整不足だろう。雑音を吐き続ける機械を前に、若葉は思わずぼやいた。
 そのまま、待つこと一分間。
『――――もしもし、』
「聞こえています、遠坂さん。香川より、乃木です」
『ええ、聞こえています。すみません、少しばかり通信の準備に手間取ってしまって』
 聞こえてきた女性の声に、いつも通りのやり取りを交わす。
 通信相手の彼女—―――遠坂凛は、九州の冬木市における唯一の窓口だ。
「勇者」のいない冬木の地で「巫女」に似た役割を担っているという女性。幾度となく通信を行っている若葉もまだ、彼女の人となりを捉えきれていない。
『元気そうで何よりです、乃木さん』
「ありがとうございます。遠坂さん、そちらの状況はどうですか?」
『相変わらずですね。いつも通り、やってきた化け物を追い返して、破られた結界を修復して終わり。強いて言えば、接触から侵入までの時間が少し早くなっているかもしれない』
「……適応しつつある、ということですか」
『わたしたちもそう考えています。結界のパターンを変質させることで、後続を断つことには成功していますが……』
 あまり、芳しくない状況なのだろう。
 凛のうんざりとした声音に、若葉は冬木の状況を思い返す。二年前のあの日から一度も侵攻を受けていない四国と違い、諏訪と冬木は連日戦いを強いられているという。
 特に、冬木には勇者も巫女もいないと聞く。
 土地神の加護も受けられず、人の力のみで抗うことがどれだけ困難であるか、若葉は身をもって知っていた。彼女に勇者の力がなければ、親友であり巫女でもある上里ひなたがいなければ、二年前のあの日を生き延びることはできなかっただろう。
 それを思えば、冬木が今もなお残っていること自体、奇跡に近いのかもしれない。
『こちらはそんな所です。四国は何か、変わったことはありましたか?』
「いえ――、特にありません」
 胸にざわめく小さな罪悪感を、若葉は無視することができない。
 四国は平和だ――――少なくとも、この二年の間は。
 連日、バーテックスからの襲撃を受けている冬木と諏訪に比べ、不気味なくらい何事もない日々が続いている。勇者である若葉も、バーテックスと刃を交えたのは一番初めの襲来の時だけで、以降は他の四人の勇者たちと訓練を行う程度だ。
 最大の戦力を抱えておきながら、苦境に立たされているのは諏訪や冬木ばかり。
 若葉は、それを仕方がない、と割り切れる人間ではなかった。
『そうですか……ところで、この前話した件について、大社の方から回答はありますか?』
「…………いえ、何も。すみません」
 そうですか……、それは残念です。
 雑音交じりの声音は、あまり気にしていないように聞こえた。
 通信相手が気にしないように振舞っているのか、それとも本当に気にしていないのか……若葉には、どちらか判別がつかない。正直、自分よりひなたの方が通信相手として適任ではないかと、若葉は常々思う。
『まあ、こちらも切迫している訳ではありませんし。次の通信の時にでも』
「分かりました。大社の方にも、私からもう一度お伝えします」
 再度の確認を約束して、若葉は通信を切った。
 時計を見ると、まだ三十分も経っていなかった。予定では、冬木との通信に一時間ほどの時間を設けてはいるのだが、その時間が使い切られたことはない。
 若葉としては、諏訪との通信のようにもっと打ち解けたやり取りをしたいのだが、
「…………そう、上手くはいかない、か」
 カリカリ、とダイヤルを弄る。
 相手が年上、というのもあるのだろう。通信の内容が、情報の共有ばかりなのも原因かもしれない。
 週に二度、定期で行われている冬木との通信は、一年の間に若葉にとって大きな悩みの種になりつつあった。
 
 
 放課後、若葉は再び放送室を利用していた。
『…………えっと、冬木との通信を、もっと気軽な雰囲気にしたい、ですか?』
「そうなんだ。その、白鳥さんとの会話のように気兼ねなく、とはいかないかもしれないが……」
 毎日の日課になっている諏訪と四国の「勇者通信」、その相手である諏訪の勇者・白鳥歌野は、通信機越しに考え込むような唸り声を上げた。
 若葉がこうして彼女に悩みを打ち明けるのは、初めてのことではない。自分の仲間が抱えている不安や協調関係の課題、勇者としての在り方など、状況報告の後に交わす雑談の中で時折相談に乗ってもらっていた。
 暫定的ではあるが、若葉は四国の勇者の中でリーダーの役割を担っている。
 同年代の仲間として、軽口を交わすことのできる歌野との関係は、今の若葉にとってかけがえのないものだ。彼女との関係があるからこそ、冬木との繋がりも大切にしたいと思うのは、自然なことなのかもしれない。
 歌野は、しばらく唸り続けた後、
『そうですね。若葉さんの場合は一度、気軽に会話をしよう、という目標から離れてみるのがいいかもしれないですね』
 自信ありげにそう提案した。
 ピンとこなかったが、手詰まりの状態で代案が浮かぶわけでもない。若葉は大人しく先を促した。
「……しかし、それは、少し本末転倒じゃないか?」
『いえ、そんなことはないと思いますよ』
 いいですか、と言い聞かせるように歌野は語る。
『若葉さん、私とあなたが今の関係になるまで、どんな話をしてきたか覚えていますか?』
「どんな話? ……そうだな。互いの状況報告に、私からは授業や訓練での様子を、白鳥さんからは畑仕事の話をよく聞いたと覚えている。それから、いかにうどんが素晴らしい食べ物かを、」
『いいえ、蕎麦がいかに優れているか、の間違いです』
 ……互いに譲れない領域を再確認しつつ、歌野が軌道修正を図る。
『えっと、つまり私たちは、互いに話したいこと、聞きたいことを会話の中で出し合ったんです。今なら、私は若葉さんがどんな人なのかだいたい分かるようになりましたし、それは若葉さんも同じでしょう?』
「ああ――――そうだな」
『冬木の遠坂さんとの通信も、同じことだと思います。若葉さんの方から、遠坂さんに聞いてみたいことをぶつけてみるのもいいんじゃないですか?』
 なるほど、と今度は納得がいった。
 いつも、若葉の方から世間話を持ち掛けても、そつなく返されてしまっていた。だが、向こうの内容に関係することなら、情報の共有も兼ねて答えてくれるかもしれない。
 そこから、会話の起点になれば、自然と話も弾むだろう。
 駄目ならまた、別の話題を見つければいい。
「ありがとう、白鳥さん。何とか、次の通信へ向けた方針が定まりそうだ」
『いえいえ、それでは若葉さんの悩み事も解消された所で、いつもの勝負を、』
「ああ、今日こそは決着を、」
 普段通り、苛烈な(蕎麦・うどん)論争を繰り広げようと高まった二人の熱意に、校内に響くチャイムが水を差す。見れば、時計の針がタイムアップを告げていた。
「……すまない、思った以上に付き合わせてしまったようだ」
『気にしないでください。明日の通信までに、長野の蕎麦の素晴らしさを納得させられるようなプレゼンテーションを準備してきますから』
「なるほど、ならばこちらもうどんのために、万全の態勢を整えるとしよう」
『明日の通信が楽しみです。では、これで。四国の無事と健闘を祈ります』
「諏訪の無事と健闘を祈ろう」
 不敵に笑い合い、通信を切る。
 手早く片づけを行い外に出ると、幼馴染が壁に寄り掛かって立っていた。
「お疲れ様です、若葉ちゃん。諏訪はどうでしたか?」
「ああ、特段大きな変化はなし、だそうだ」
 その言葉に、ひなたは安堵の表情を浮かべる。
 若葉たちにとって、諏訪は自分たち以外の勇者がいる唯一の地だ。気にならないはずもなく、彼らが無事なことは朗報以外の何物でもない。
「よかった。今日は、大きな侵攻もなかったんですね」
「小型の襲撃は一度あったらしいが、それもすぐに蹴散らせたと言っていたな。春の準備の邪魔をされてストレスフルだと、彼女は憤慨していたが」
 笑いながら、歌野との会話を思い返していた若葉だったが、不意に小さな疑問が生じた。
「――――そういえば、冬木はバーテックスの襲来をどうやって防いでいるんだろうな」
「冬木、ですか……?」
 ひなたの確認に頷く。
 時々、思考の海に浮かんできては、深く考えてこなかった疑問だった。
「えっと、確か結界を張っている、という話じゃありませんでしたか?」
「そうなんだが、その結界も近頃はよく破られ、侵入されることも珍しくないらしい。それで、侵入してきたバーテックスを、一人の人間が追い返しているらしいんだが……」
 ここが本題だ。
 若葉は、ごく当たり前な疑問を口にする。
「一体、どうやって追い返しているんだ……? 冬木には、勇者は一人もいないはずなのに」
「確かに、考えてみればそうですね」
 二人は、揃って首を傾げた。
 大社からは、バーテックスは勇者や、勇者の用いる武器以外では傷つけることもできない存在だと聞かされている。それは近代火器も例外ではなく、実際に自衛隊の兵器ではバーテックスの一体も倒すことは叶わなかった。
 だというのに、勇者でもない人間が、たった一人でどうやってバーテックスに対抗しているのだろうか?
「例の、遠坂凛さんが何かしているんじゃないですか? 大社の話では、彼女が結界を張ったと言っていましたし」
 ひなたの推測を、若葉は頭を振って否定する。
「いや、あの口ぶりは彼女自身のことを話している、という感じではなかったと思う。多分だが――――彼女とは別に、勇者の役を担う人物がいる」
 はっきりと意識すると、勇者の代わりをしている人間に興味が湧いてきた。
 一体、どんな手段でバーテックスと戦っているのか。
 年上なのか、年下なのか。男性なのか、女性なのか。武闘派なのか、頭脳派なのか。柔和な性格なのか、粗暴なのか、冷静なのか。色々な人物像を思い描いては、消していく。
 これは、いい話のきっかけが見つかったかもしれない。
「そうだな……今度の通信の時に、遠坂さんに聞いてみよう。もしかしたら、私たちの訓練や戦術を発展させられる情報を教えてもらえるかもしれない」
「確かに、もしかしたら勇者にならなくても、バーテックスと戦える方法があるのかも知れません。そうなれば、人類側の戦力は一気に膨れ上がりますし」
 ひなたの同意を得られたことで、若葉の方針は定まった。
 
 ――――必ず、このきっかけをものにしてみせる。
 
 四国の勇者は、静かに決意を固める。
 
 
 
 
 同時刻、冬木市の遠坂邸。
 遠坂凛は、一向に繋がる様子のない通信用礼装を前に立ち尽くしていた。
「…………信じられない」
 目の前の事実が受け入れられない。
 しかし、状況は明確な答えを指し示している。疑う暇があるのなら、次の行動を取るべきだ。
 凛は己の疑心を振り払うと、苦手にしている携帯電話を手に取った。
 操作に迷いはない。この二年、同じ操作を繰り返していれば、筋金入りの機械音痴も一工程(シングル・アクション)くらいはものにできる。
「―――――士郎、聞こえる?」
 コールは二回。
 スピーカーをオンにして、凛は判明した事実を告げる。
 その声は、驚愕と焦燥、疑惑…………そして、畏怖によって震えていた。
「魔術協会が――――時計塔が、落ちたわ」
 
 
 
 冬木の大聖杯のリミットまで、あと三ヶ月。
  
 

 
後書き
 
とりあえず、書き終わっている部分まで投稿してしまいます
 
 
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