特殊陸戦部隊長の平凡な日々
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第14話:新体制の幕開けー2
前書き
すごく、お久しぶりです。
翌朝。
朝まだ早い時間にもかかわらず、ティアナとエリーゼは特殊陸戦部隊の
訓練スペースの前に立っていた。
彼女たちの前にはいくつもの画面が立ち上がり、2人はそれらに目を走らせながら
かなりのスピードでキーを叩いていく。
「・・・じゃあ、戦闘訓練プログラムの設定はこんなとこかしら?」
隣り合って作業をしているエリーゼから声をかけられたティアナは、
一旦手を止めるとエリーゼの前にある画面をのぞき込んだ。
「そうですね・・・。うん、これでいいと思います」
「まったく・・・高性能なのはいいけど、設定する方は面倒ったらないわね」
「そう、ですね・・・」
設定を確認して頷くティアナの言葉に対して、エリーゼは苦笑で応じる。
しかし、ティアナはそんなエリーゼの様子を知ってか知らずか、生返事を返す。
そんな彼女の様子を訝しんだエリーゼは、ティアナの顔をじっと見た。
「どうかしたの?」
エリーゼに声をかけられ、ティアナはハッと顔を上げる。
「昔、6課にいたときにここで訓練を受けてたときは、なのはさんがこの作業を
ずっとしてくれてたんだなぁ・・・って思って。
今さらなんですけど、ほんとに恵まれてたんだなって・・・
ほんと、どうやって恩返ししたらいいのかわからないくらいで・・・」
真剣な表情で訓練スペースを見つめるティアナの頭に、暖かな手が触れる。
「そうね。 まあ、なのはちゃんに対する感謝を忘れずにいればいいんじゃない。
で、なのはちゃんたちにしてもらったことを後輩たちにしてあげれば、
それでいいんじゃないかしらね」
エリーゼの言葉にティアナはエリーゼのほうに顔を向けた。
「そうなんでしょうか?」
「さあ?」
肩をすくめて、気の抜けたような声を上げるエリーゼの返答に
ティアナは思わずガクッとずっこけかけた。
「さあ?って・・・」
呆れたような目を向けるティアナに対して、エリーゼは笑みを浮かべる。
「所詮、私がそう思ってるってだけだもの。
結局は自分がどう納得するかだし、人それぞれでしょ」
「はあ・・・」
ティアナは余計に悩みが深くなったように目を伏せる。
「おはよう」
そのとき、彼女らの後ろから声をかけるものが現れた。
2人が振り返ると、そこには制服姿のゲオルグが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう、ゲオルグ」
口々に挨拶を返す2人に、ゲオルグは片手をあげて近づいていく。
「今朝の訓練、見学させてもらっていいかな?」
「見学、ですか? 私はかまいませんが・・・」
「私もかまわないけど、部隊編成を変更してはじめての戦闘訓練よ。
あんたが見ても仕方ないんじゃないの?」
ゲオルグの問いに応じつつ画面に向き直って作業に戻った2人に向けて、
ゲオルグは軽く首を振った。
「はじめてだからこそ見るんだよ。 部隊運営上、人員構成に問題があるなら
体制が固まってしまう前に手を加えたほうが効率がいいからな。
あと・・・」
ゲオルツはそこで言葉を切ると、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「あと、なによ」
エリーゼがゲオルグに訝しげな眼を向けて尋ねると、ゲオルグは頬をかいた。
「運動不足を解消したいから、基礎訓練に参加しようかと」
ゲオルグがそういうと、エリーゼは肩をすくめて小さく首を振った。
「あんた、それが主目的でしょ」
エリーゼの言に対して、ゲオルグは無言で肩をすくめることで応じ、
エリーゼはそんなゲオルグに呆れたような目線を送る。
「エリーゼさん、フィールドの環境設定なんですけど・・・」
2人の様子をうかがいながら自分の作業を続けていたティアナが声をかけると、
エリーゼはあっと小さく声を上げて、作業に戻った。
ゲオルグはその様子を見て、満足気に小さく頷くと体をほぐすために
ストレッチを始めた。
そうして30分ほどすると、20名の隊員たちが訓練フィールドの前に
集まってきた。
彼らはお互いに談笑しながら歩いてきたのであるが、ゲオルグの姿を確認すると、
急に背筋を伸ばして”おはようございます!”と大きな声とともに敬礼をする。
そんな彼らに対して、ゲオルグはわずかに笑みを浮かべて”おはよう”と
答礼していたのだが、隊員が全員揃ったところで近くに立つエリーゼに話しかけた。
「なあ、姉ちゃん。 俺ってそんな怖いのかな?」
「ん? なによ、突然」
「だってさ、さっきからあいつら俺を見ると急に態度が変わるだろ。
新しくうちに来た連中」
ゲオルグの問いかけを受けたエリーゼは、ゲオルグの言っていることに
ピンとこなかったのか、不思議そうに小首をかしげてみせた。
「えーっとですね、ちょっといいですか?」
控えめに手を挙げたティアナは、そういって苦笑を浮かべながら2人を見た。
「なんだ?」
ゲオルグが問うと、ティアナは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「訓練、はじめたいんですけど」
ティアナが分隊長が務めるイーグル分隊と、エリーゼが分隊長を務める
エレファント分隊は、それぞれ10人の隊員が所属している。
彼らは列をなして、隊舎の敷地をぐるっと回るランニングコースを走っていた。
ゲオルグ・ティアナ・エリーゼの3人は、隊員たちを追うように最後尾を走っていた。
2人の女性に挟まれて走るゲオルグは、眉間にしわを寄せていた。
「さっきの話、気にしてるんですか?」
「まあ、多少はな」
その表情を横から見たティアナが声をかけると、ゲオルグは押し殺した声で応じる。
その声にわずかな不機嫌さを感じ取ったティアナは、小さくくすりと笑ってから
ゲオルグに顔を向けて話かけた。
「あのですね、怖いというのとはちょっと違うと思いますよ」
「どういうこと?」
「えっと・・・なんて言ったらいいんでしょうね」
割り込んできたエリーゼの問いに、ティアナは言葉を選んで言いよどむ。
しばし視線を宙にさまよわせて考え込んだのち、ゆっくりと口を開いた。
「ゲオルグさんって、JS事件解決の主要な立役者の一人ですよね。
しかもそのあとはこの部隊で部隊長を務めてきた。
どちらも広く報道されてますし、割と有名人なうえに
功績が知れ渡ってるんで、ちょっと委縮しちゃうみたいです」
「それって、怖いってことじゃないのか?」
「近いですけど、違いますよ。
たぶん、尊敬で近づきがたいってのが一番近いんじゃないですかね」
「ふぅーん・・・」
ゲオルグはティアナの言葉に納得したようなしていないような、微妙な表情で首をひねる。
そうこうしているうちに隊列は、コースを一周走り終わり訓練施設の前に戻ってきた。
未だに腑に落ちない表情をしているゲオルグに向かって、ティアナは声をかけた。
「気にすることないですよ。 少なくとも嫌ってるわけではないですから」
「そうだな。 ま、そのうち慣れるだろうと思うことにするわ」
ティアナの言葉に納得したのか、ゲオルグは明るい表情を見せてそういうと、
真剣な表情を作ってティアナとエリーゼに向き直った。
「ところで、今日の訓練メニューはどんな感じだ?」
その問いにティアナとエリーゼは姿勢を正す。
「まずは総合アスレチックによる体力強化トレーニングです」
「次いで、1対1での模擬戦闘訓練を実施します」
まずティアナ、次いでエリーゼという順で訓練内容を報告すると、
ゲオルグは神妙な顔でうなずいた。
「了解だ。 事故のないように頼む」
そこで言葉を切ると、ニヤッと笑ってティアナに顔を向けた。
「特に、ティアナ。 お前はあの体力馬鹿の薫陶を受けて育ってるからな。
アスレチックコースの設定が常人離れしてないか心配だよ」
ゲオルグの言葉を受けたティアナは、小さくため息をついた。
「あのですね、部隊長。 立場上、そういう言葉を聞いてしまうと報告せざるを得ないんですが。
シュミット3尉もそうですよね?」
「ええ、ランスター執務官。 部隊長には悪いけど、やむを得ないわね」
神妙な顔でそう言う2人の言葉に、ゲオルグは引きつった笑みを浮かべて振り返った。
エリーゼとティアナはそんなゲオルグの姿を見て、顔を見合わせて小さく笑った。
そして彼女らは隊員たちの方へと向き直る。
「では、ウォーミングアップも終わったところで本日の訓練を始めましょうか。
まずは、総合アスレチックから始めます。 今日のところは優しめのコース設定なので
大丈夫とは思いますが、無理はしないように」
「一応クリアタイムは計測するけど、今後の参考のためだからあまり気にしないで。
あと、今回は1人ずつ1分おきにスタートして。 何か質問は?」
ティアナの説明に続いてエリーゼが隊員たちに向かって問いかけるが、
隊員たちの手が上がることはなかった。
「ないみたいね。じゃあ、はじめましょうか」
エリーゼがそう言ってティアナに顔を向けると、ティアナは無言のうちに頷いて
訓練施設のコントロール画面を操作した。
次の瞬間、訓練施設の内部に光があふれ、都市の建造物を模した障害物が立ち上がった。
画面の中にある映像で異状がないことを確認したティアナは、エリーゼに向かって
小さく頷きかけると、整列した隊員たちに向かって一歩進み出た。
「では始めます。 まずはイーグル分隊から順番にスタート」
隊員たちは、はっ とよくそろった声を上げて敬礼すると、訓練スペースに向かって走っていく。
「じゃあ、ティアナちゃん。 よろしくね」
「はい。こっちは大丈夫なので、行ってください。ゲオルグさんもいいですよ」
ティアナの言葉に小さく頷いて、エリーゼとゲオルグの2人は隊員たちの背中を追うように
走っていった。
1時間ほどして、ゲオルグたちを含めた23人全員がアスレチックコースを完走し終え、
彼らは訓練施設の前に集まっていた。
彼らのうちほとんどは肩で息をしており、何名かは地面にへたり込んでいた。
そんな中、いい汗をかいたとばかりに息も切らさず歩く一団があった。
「うーん、やっぱりなまってんなぁ・・・」
「ゲオルグさんもですか? 私もです。 デスクワークが多いせいですよね、きっと」
そう言って汗をぬぐうゲオルグとティアナに向けられる涼しげな目線があった。
「2人ともだらしないわね。 戦闘部隊の所属なんだからちゃんと鍛えておきなさいよ」
エリーゼの言葉に、ゲオルグは手をひらひらと振ってはいはいと応じた。
その様子にエリーゼは苦笑を浮かべたあと、隊員たちの方に向き直った。
「さあ、次は個人戦訓練ね。 組み合わせはこちらで決めてあるから、
呼ばれたら訓練施設に入って。 ちなみにフィールドは完全フラットで、時間は1組5分よ」
エリーゼがそう言ってから最初の組み合わせを伝えると、呼ばれた二人はフィールドの中に入り
合図に従って模擬戦を開始した。
残った隊員たちはその様子を見ながら楽しげに声を上げ始める。
そんな彼らとは別に、真剣な表情で模擬戦をじっと見つめるゲオルグたち3人の姿があった。
3人はそれぞれの隊員とその役割について話ながら、1戦1戦の模擬戦をじっくりと見ていた。
やがて模擬戦が進んで最後の組の模擬戦が始まったとき、ティアナはゲオルグに声をかけた。
「ゲオルグさん、私たちはどうしましょうか、模擬戦」
「どうしましょうかって、当初の予定は?」
「もちろんやる予定でしたよ、私とエリーゼさんで。 でも、ゲオルグさんが入ったんで・・・」
「ああ、一人あぶれちゃうのか・・・」
ゲオルグはごちるように言うと、わずかにうつむいて考え込む。
ややあって、顔をあげティアナを見たゲオルグの顔には、意地の悪い笑みがうかんでいた。
「簡単だろ。 1対2でやりゃいい」
こともなげに言ったゲオルグの言葉に、ティアナはわずかに目を見開いた。
「1対2って、組み合わせはどうするんです」
「決まってんだろ、俺が1。 それ以外では成立しないだろうが」
ニヤニヤ笑いながら言ったゲオルグに対して、ティアナは不満げに声を上げる。
「・・・さすがになめすぎじゃないですか」
「なら、今日の模擬戦でそれを証明してくれりゃいいよ。 ほれ、ぼちぼち時間だ」
そう言ってポンと彼女の肩を叩き、模擬戦のフィールドに向かって歩いていくゲオルグの
背中を、ティアナはじっと見つめていた。
その拳を強く握りしめられていた。
「・・・なによ、やってやろうじゃない」
ゲオルグに鋭い視線を向けるティアナが、一歩踏み出そうとすると、その肩に手が置かれた。
「聞いてた。やってやりましょ」
ティアナが顔を向けると、眉尻を吊り上げたエリーゼが立っていた。
「ええ」
ティアナはエリーゼの言葉に頷き、模擬戦のフィールドに向かって歩き出した。
隊員たちの前に差し掛かると、“分隊長がんばれ~!”といった、はやしたてるような
声が彼女たちに送られていたが、進んでいくにしたがって彼女たちの険しい表情に
気圧されるように、静かになっていった。
彼女たちはバリアジャケットを身にまとい、フィールドへと入った。
すでに黒いバリアジャケットを身にまとって立つゲオルグと、30mの距離を置いて
2人は向かい合う。
「さて。 はじめるか」
ゲオルグがにこやかにそう言うと、相対する2人は固い表情を浮かべ無言でうなずいた。
3人の前に画面が立ち上がり、模擬戦開始までのカウントダウンが始まる。
ゲオルグはレーベンを2度3度と軽く振ると、わずかに腰を落として身構え
ティアナとエリーゼの方を見つめた。
(さて、どうするか・・・)
カウントが進むにしたがって、隊員たちの方からざわざわと聞こえてくる話し声が少しずつ
大きくなっていく。
(よし、決めた!)
ゲオルグが一瞬目を閉じ、再び目を見開いた次の瞬間、カウントは0となった。
同時に、ゲオルグは地面を蹴り、エリーゼに向かって跳ぶ。
一方、エリーゼも同じくゲオルグに向かって跳び、2人の距離は急速に縮まる。
(やっぱりそう来たか・・・)
あと一歩で両者が接触するというところまで来たとき、ゲオルグは腰をひねって
斬撃の構えを、エリーゼはヴェスペを引いて突きの構えをとった。
そして最後の一歩を踏み切った直後、2人のデバイスは激突した。
ゲオルグが横なぎにヴェスペを払いあげようとするが、エリーゼはそうさせまいと押さえつける。
結果として、レーベンとヴェスペの刀身がこすれあい、両者の鍔どうしが音をたてて衝突した。
鍔迫り合いに入りかけたゲオルグの視界の端に、オレンジ色の魔力弾が映る。
「ちっ・・・」
ゲオルグは派手に舌打ちすると、強引にヴェスペをはたき落として後ろにステップする。
同時に魔力弾をエリーゼに向かって打ち出す。
エリーゼはその魔力弾をかわすために後ろに跳び、ゲオルグとエリーゼの間の距離は離れるが
ゲオルグにはティアナが放ったオレンジ色の魔力弾が迫っていた。
ゲオルグはその10個ほどの魔力弾をひとつずつ切り裂きながら、
フィールドをティアナに向かって走っていく。
自らに向かってゲオルグの姿が迫ってくる間も、ティアナはゲオルグに向かって魔力弾を
放ち続ける。
そのすべてを切り捨てながら後退していくティアナとの距離を詰めていく。
だが、ひとつの魔力弾にレーベンが触れた瞬間、その魔力弾から鎖状の魔力光が
勢いよく飛び出した。
(拘束つきだと? しょうもないトリックを!!)
自身の動きを封じようとする拘束魔法から逃れるように、ゲオルグは後ろへ飛ぶ。
《マスター! 7時方向です!》
レーベンの声にゲオルグは一瞬動きを鈍らせる。
そのわずかな隙を見逃さないとばかりに、ティアナの拘束魔法がレーベンの刀身へと絡みつく。
(んだよ、めんどくせえ!)
心の中で悪態をつきつつ、ゲオルグは奥歯をかみしめてレーベンを握る手に力を込め
左に向かってレーベンを力任せに振るう。
拘束魔法の鎖を引きちぎりながら振りぬかれたレーベンの刀身から、刃状の魔力弾が
無数にばらまかれる。
その方向からゲオルグに向かって迫っていたエリーゼは、魔力弾を回避するために
真上に跳びあがった。
その様子を見ていたゲオルグは、ニヤリと口元をゆがめる。
次の瞬間、ゲオルグの放った魔力弾は上へと向きを変えた。
「なによ、それぇ!」
思わず声を上げたエリーゼは、魔力弾を迎撃するべくヴェスペを構えた。
(よし。これで姉ちゃんは片付いた!あとは・・・)
エリーゼの撃破を確信っしたゲオルグは、ティアナの方に向き直る。
一瞬、クロスミラージュを構えるティアナと目が合った。
ティアナはわずかに目を見開くと、ゲオルグから目をそらしてエリーゼの方に向き直った。
そしてエリーゼに向かって砲撃魔法を放った。
オレンジ色の魔力光の奔流がエリーゼへと向かう。
それに逆らうように、ゲオルグはティアナに向かって地面を蹴った。
一気にティアナとの距離を詰めていくゲオルグの方向に、ティアナは再び向き直る。
そしてゲオルグの目を見ると、不敵に笑った。
《マスター! 大規模な魔力素の収束を検知しました! 10時上方です!》
レーベンからの警告を受けて、ゲオルグは左上に目をやった。
そこには彼が見慣れた巨大な魔方陣が描かれていた。
(くっそ、ブレイカーじゃねえか・・・)
ゲオルグは速度を緩めることなく、ティアナへと迫る。
魔力弾を撃ちながら後退していくティアナの姿に向かって、ゲオルグはレーベンを振り下ろした。
(やっぱりか・・・)
レーベンの刀身がティアナに当たった瞬間、その姿は掻き消えてレーベンは空を切った。
ゲオルグが身をひるがえして後ろを振り返ると、その視線の先には並んで立つティアナと
エリーゼの姿。
そして、今にも放たれんとしているブレイカーがあった。
「これで決めます! スターライト・ブレイカー!!」
ティアナがそう叫ぶと、ブレイカーが放たれ膨大な魔力の奔流がゲオルグへと向かってきた。
その光を見つめ、ゲオルグは苦笑を浮かべていた。
「さて、どうするかね」
《もうマスターはお決めになっているでしょう?》
「そうだな。 いけそうかな?」
《魔力素収束の規模からみて、おそらくは》
「そうですか。 んじゃちょいと踏ん張るかね」
レーベンとのやり取りを終えたゲオルグは、レーベンを構えてその刀身に魔力の衣をみなぎらせ、
ブレイカーの光をにらみつけた。
その直後、ティアナの放ったブレイカーがゲオルグを直撃した。
そのさまを息をのんで見つめる隊員たち、油断なく見据えるティアナとエリーゼ。
それらの視線の先で、ゲオルグの姿を覆い隠していた光が弱くなっていく。
「あれ、直撃・・・だよな?」
「ああ・・・。いくらダメージコントロール入ってるとはいえ、やばくないか?」
隊員たちが小声でそんな会話を交わしている間に、ブレイカーの光が消えていく。
「やれやれ、さすがに防ぎきれなかったなぁ・・・」
そんな呟きを漏らしながら姿を現したゲオルグのバリアジャケットは、ブレイカーの影響で
左肩の部分がわずかに傷ついていた。
次の瞬間、模擬戦のタイムリミットを告げる音が鳴った。
エリーゼとティアナはゲオルグに向かって歩いていくと、苦笑を浮かべて話しかけた。
「プロテクションを抜けると思ったんですけどね」
「まあ、防御を固める時間はあったからな。 防御を抜くつもりならもう少し絞り込んだ
攻撃方法が必要だよ」
「あんた、普通にバリアで受け切ったの?」
「いや、それじゃあさすがに受け切れないから、レーベンに魔力を集中させて、斬ったよ」
3人がそんな会話を交わしていると、フォッケが隊舎の方から走ってきた。
「部隊長! なんでこんなところにいるんですか!? 今日は午後から議会に出席ですよ!」
息を切らせたフォッケが肩を上下させながらゲオルグに向かってまくし立てると、
ゲオルグの表情はさっと青くなった。
「あ、やばい・・・」
「やばいじゃないですよ! 行きますよ!!」
フォッケはゲオルグの手首を掴むと、隊舎に向かって歩きだした。
フォッケに引きずられて遠ざかっていくゲオルグの姿を見送りながら
エリーゼは呆れた表情を浮かべていた。
「なにやってんのよ、まったく・・・」
フォッケに引きずられていったゲオルグは、隊舎の玄関に待機していた公用車の後部座席に
押し込まれ、都心区域にある議会議事堂に運ばれていった。
車が議事堂の車寄せに到着すると、ゲオルグは係員の案内に従って控室に入った。
「あれ、早いですね」
「君が遅いんだよ」
部屋の中には、テロ対策室長たるクロノ・ハラオウン少将がソファに座って待ち構えていた。
ゲオルグはクロノと向かい合って腰を下ろすと、大きく一つ息を吐いた。
「あまりに遅いからフォッケ2尉に連絡してみれば、模擬戦をやってたというじゃないか」
「ええ、実戦部隊の長としては必要ですから」
「それはそうだろうが、予定管理くらいはしてもらわないと困るよ」
こともなげに言うゲオルグに対して、クロノは腕組みをして厳しい目線をゲオルグに向ける。
「まったくですよ。 僕が気づかなかったら完全に遅刻でしたからね」
クロノの言葉に力を得たようで、フォッケもいつになく強い口調でゲオルグに言う。
「議会に呼ばれて遅刻ではシャレにならないよ、1佐」
さらに畳みかけるクロノの言葉にゲオルグは仏頂面で口をとがらせた。
そのとき、部屋の扉をノックする音に続いて、議会の事務官が部屋に入ってきた。
「ハラオウン少将、シュミット1佐。 お時間ですのでお願いします」
2人は事務官に向かってうなずくと、ソファから立ち上がって廊下に出た。
毛足の長いじゅうたんの敷かれた廊下を警備の職員に伴われて歩いていくと、
大きな木の扉の前で立ち止まった。
警備職員が扉を叩くと内側から扉が開かれ、クロノとゲオルグはその部屋の中へと入っていく。
部屋の中には30名ほどの議員たちが座っていた。
クロノとゲオルグは議員たちと5メートルほどの距離を置いて向かいあう席に座った。
しばらくして議長が議場正面の扉から入室して、部屋の中央にある議長席に座り、
そこにある木槌をならした。
「これより、安全保障委員会を開始します」
議長は議場を見回してからもう一度口を開く。
「本日は、先般発生したクラナガン中央次元港における次元航行船乗っ取り事案の
時空管理局による作戦行動についての事後審議を行います。
ついては参考人として、時空管理局テロ対策室長および同特殊陸戦部隊長に
出席いただいております。
両名とも出席ご苦労様です」
そう言って儀礼的に会釈してくる議長に向かって、ゲオルグは軽く頭を下げた。
「それでは、本件における発生事実について参考人から報告願います」
その議長の言葉を受けて、ゲオルグは立ち上がって事件の報告を始めた。
「それではご報告させていただきます。 まず、事件の認知でございますが・・・」
事件の発生から次元港への出動、そして戦闘行為から現場撤収後の初動捜査について
その経緯を報告していった。
「・・・これをもって当部隊での対応を完了いたしました。 以上でございます」
ゲオルグは報告を終えると、自分の席に腰を下ろした。
「それでは質問のある諸君に発言を許します」
議長の言葉を受けて、ある議員が手を挙げた。
議長がその議員を指名すると、その女性議員は立ち上がってクロノとゲオルグの方に目を向けた。
「ハラオウン少将にお聞きします。 特殊陸戦部隊の出動はでき得る限り控えるべきであると
されておりますが、本事件の処理にあたって出動は不可欠であったとお考えですか?」
クロノは議員からの質問を受けて立ち上がる。
「基本的には必要であったと考えております。 あらゆる事件はその発生個所を担当する部隊が
対処するのが原則です。本事件の場合、次元港警備部隊に負傷者が発生したこと、また
応援要請もありましたので特殊陸戦部隊の出動は必要であったと考えております」
クロノが答え終えて席に着くと議員は小さく頷いて、今度はゲオルグに向かって問いかける。
「なるほど。 ではシュミット1佐にお聞きします。
テロリストの攻撃によって次元港警備部隊に負傷者が発生したわけですが
特殊陸戦部隊の出動タイミングは適切であったとお考えですか?
より早い段階で出動の決断をすべきであったとはお考えになりませんか?」
「現在のルールでは適切であったと考えております。
時空管理局運用規定およびテロ対策特別措置令によれば、テロ対策室からの出撃命令がなければ
当部隊の出撃は認められておりません。
それ以上のことは、申し上げる立場にございません」
ゲオルグは淡々とそう言って自分の席に座った。
小さくため息をつきながら。
それから3時間ほど議会での質疑は続いた。
質疑が終わって、議会の議事堂を出たゲオルグとフォッケが隊舎に戻るころには、
辺りは薄暗くなっていた。
フォッケと別れて自室に戻ったゲオルグは、席に座ると大きくため息をついて
ドカッと背もたれに寄り掛かった。
(うんざりだな・・・まったく)
数回首を横に振ってデスクの上にある端末に手を伸ばした時、
通信画面が彼の前に現れた。
ゲオルグが通信をつなぐとそこには、はやての顔が映し出されていた。
『お疲れさんやね。 今日は議会に出席やったんやろ?』
「そうだよ。 まったくうんざりだ」
ゲオルグはそう言ってもう一度首を横に振る。
そんなゲオルグの様子を見て、はやては苦笑を浮かべる。
『わかるわ。 私も何回か出たことあるし。 めんどくさいよなあ、あれ』
「型どおりのことを聞くだけなら文書報告でいいだろ、って思うんだよな。
いちいちど素人の勘ぐりに付き合わされるのは迷惑以外の何物でもない」
『まあ、ゲオルグくんがそう言いたくなるのはわかる。
そやけど、管理局が法執行機関である以上、必要な手続きなんもわかってるよね。
部下がやるべきことをしっかりできる環境を作るために』
「当たり前だろ。 だからこうして渋々出席したんじゃねえか」
真剣な顔で画面越しに視線を送るはやての言葉に少し声を荒げて答えると、
ゲオルグは目を閉じてこめかみをもんだ。
「ただ納得いかないのは、なんで毎度毎度俺が出席させられるかってことだよ。
あの程度のことならクロノさんが答えてくれればいいと思うんだ」
『そら確かに』
「だいたいな、俺が部隊長を引き受けるときに言ったんだぜ、あの人。
”行政的なことは自分が引き受けるから心配するな”って。 話が違うっての」
『あらら・・・。クロノくんも相変わらずやなぁ・・・』
口をとがらせてクロノに対する文句を言うゲオルグの様子を見ていたはやては
苦笑を浮かべて肩をすくめた。
そのとき、ゲオルグの部屋に来客を告げるブザーの音が鳴った。
ゲオルグは一瞬ドアの方に目を向けると、再び画面の中のはやてに目を戻した。
「悪い、誰か来たみたいだ」
『うん、聞こえてた。また今度やね』
「ああ、またな」
ゲオルグははやてとの通信画面を閉じようと手を伸ばしたが、寸前でその手を止めた。
「はやて」
同じく画面を閉じようとしていたはやては、ゲオルグの声ではやても手を止めた。
「愚痴聞いてくれてありがとうな。 助かったよ」
ゲオルグの言葉を聞き、はやては数度目をしばたたかせると、ニコッと笑った。
『ううん。 今度はちゃんと会えるとええね』
はやての言葉に口元を緩め、ゲオルグは頷いた。
その後いくつかの報告を聞き、ゲオルグが自宅への帰途に就いたのは午後8時頃だった。
帰宅したゲオルグが玄関の扉を開けると、暗い玄関にリビングから明かりが漏れていた。
リビングを通ってキッチンに入ると、洗い物をするなのはの背中が視界に入った。
「ただいま、なのは」
ゲオルグが声をかけると、なのはの手が一瞬止まった。
だが、すぐに元のように動きだした。
「・・・おかえり」
なのはは振り返ることもなく小さくそう言うと、一枚の皿を水切り籠に入れた。
ゲオルグはなのはの様子を訝しむように見ると、ゆっくりと彼女の背中に近づいた。
「どうしたんだ? なにかあったのか?」
ゲオルグが肩に手を置くと、なのはの手が止まる。
そしてゆっくりと振り返った彼女は、むくれた表情でゲオルグの顔を見上げた。
彼女の冷たい視線で射抜かれ、ゲオルグは思わず固まった。
「ゲオルグくんさ、体力馬鹿って、どういう意味なの?」
その言葉を聞いた瞬間、ゲオルグはぴくっと身を震わせた。
(くっそ・・・あの2人・・・)
ゲオルグの脳裏には、ゲオルグの発言をなのはに言いつけたであろう2人が浮かんでいた。
その両肩になのはの手が置かれる。
「ねえ、黙ってたらわかんないよ。 体力馬鹿ってどういうことか、答えてほしいの」
なおも低い声で迫るなのはに、うすら寒い思いを覚えたゲオルグは、ゴクリと喉を鳴らした。
「答えられないの?」
「いや・・・その・・・」
さらに畳みかけるなのはの言葉に、ゲオルグはかすれた声でやっとそう答えた。
「そっか・・・・・」
するとなのはは小さくそう言って、ゲオルグの顔から目をそらしてうつむいた。
そして、ゲオルグの肩を掴む彼女の手に加わる力が徐々に強くなる。
やがて、ゲオルグが肩に痛みを感じ始めたころ、なのはの肩が震えだした。
「なのは・・・」
ゲオルグが小さな声でやっと名前を呼ぶと、彼女の肩の震えは大きくなった。
「っ、あははははっ!」
次の瞬間、なのはは弾けるように声をあげて笑い出した。
ゲオルグは何が起こったののか理解できず、目を丸くしてなのはを見つめた。。
「なのは?」
ゲオルグが訝しむように声をかけると、なのははその目に涙を浮かべながら
ゲオルグの顔を見た。
「ごめんごめん、ゲオルグくん。 ちょっと待ってね」
そう言って笑いを収めるために深呼吸してから、彼女はゲオルグに話しかけた。
「ごめんねぇ、ゲオルグくん。お義姉さんからゲオルグくんが私のことを体力馬鹿って
言ってたよって聞いたから、ちょっとびっくりさせようと思ったの」
「・・・びっくりはしたな。 焦ったよ」
「だね。 思ったよりゲオルグくんがびっくりしてたから、どうしようって思っちゃった」
なのはは苦笑を浮かべて小さく舌を出して言う。
「・・・怒ってないのか?」
「別に怒ってないよ。 だってこんなことで怒ってたらキリないもん。
結婚する前とか、もっとひどいこと言ってたもんね、ゲオルグくん」
恐る恐る訊くゲオルグに対して、きょとんとした表情で首を傾げながらなのはは答えた。
「ごめん」
「だからもういいって。
それより、おなかすいてるでしょ? 晩御飯食べる?」
「うん」
「じゃあ、着替えておいでよ。 あっためとくから」
「わかった」
ゲオルグはなのはに向かって頷き、2階の寝室へと向かった。
寝室にあるクローゼットから部屋着を取り出したゲオルグは、ベッドに腰を下ろして
大きく息を吐いた。
「怒ってなくてよかった・・・」
そうつぶやくと、ゲオルグはもう一度深くため息をついた。
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