人徳?いいえモフ徳です。
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九匹め
シュリッセル家の屋敷は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
なんとシュリッセル家の一人息子が家出したのだ。
昨日五歳になったばかりなのにと使用人達は驚いていた。
「メッサー!」
「はっ!シェルム様!」
「ちょっと王宮にこの手紙を届けてきて下さい。貴方が着く頃にはアルフレッドは庭で散歩しているはずです。直接渡してください」
シェルムは王に直接手紙を渡せと執事長へ言った。
「かしこまりました」
だが、そのような事を言うのは初めてではない。
また、そのような無理を『通せる』程の力をシュリッセル家は持っている。
執事長メッサー・フォルモントはシェルムに渡された手紙を王に届けるべく屋敷を飛び出した。
「あー…落ち着けシェルムよ。シラヌイの事じゃ。直ぐに見つかろう」
欠席届をわざわざ王に直接出すという暴挙を働いた娘を見てタマモは呆れながらに行った。
「そうですね…。王都からは出ていないでしょう」
「ブライ。お主はその貧乏揺すりをやめろ。
仮にもお主ハイエルフの…」
「はい止めます止めましただから言わないでください」
「じゃ、探しに行くかのぅ…」
タマモとシェルムの体が縮み、骨格が変化し、全身に毛が生える。
前傾姿勢になり、手を床につける。
『では儂らは行くでな。ブライ、お主は人の道を探せ』
『頼みましたよブライ』
狐の姿となった二人は、窓から飛び出して行った。
「あー…えと…」
ブライの後ろには指示を待つ使用人達。
「必要最低限の人員を残してシラヌイを探してこい!」
かしこまりました、と使用人達が声を揃えた。
そしてブライ自身も探しに行くべくドアを開けた。
「あ、そうだ。もしシラヌイを見つけたらお仕置きとして好きなだけモフッていいから」
それだけ言い残してブライは屋敷を出た。
この後、シラヌイを探しに行く人員を決めるために盛大なジャンケン大会が開かれたのは言うまでもない。
使用人達に血眼で探されているとは露知らず、シラヌイは王都を満喫していた。
「きゅー!」
初めて見る王都は広く、賑わっていた。
一等地では朝だからか、貴族達が王宮へ行こうと往来を繰り広げていた。
それを横目に見ながら、シラヌイは下町へと掛けていく。
目的地は冒険者ギルドだ。
存在を知っていても場所を知らないので、シラヌイは探しながら王都を見て廻る事にした。
市場に行くと、そこはシラヌイが知る正化日本のように賑わっていた。
八百屋では野菜や果物が所狭しと並んでいる。
魚屋では店主が取れたての魚や干物を見せている。
そして鍛冶屋が軒を並べ、鎚を振る。
宝石の類いを扱う怪しげな店の店主が客を手招きしている。
吟遊詩人が朗々と唱う隣では、大道芸人がジャグリングをしていた。
(わぁー…すごいなぁ…)
喧騒を見上げながら、シラヌイは呟いた。
もっともシラヌイでは「きゅー」という鳴き声しか出せないのだが。
「およ?狐だ。めずらしい」
後ろでそんな声を聞いたシラヌイは振り向いた。
「きゅー?」
そこにはローブをまとった茶髪の小柄で童顔の女がいた。
だがその豊満さはローブの上からもはっきりとわかるほどだ。
「きゅー(魔女だ)…」
「どうした?道にでも迷ったのかい?」
「きゅー…」
「じゃ、一緒に歩こうぜ?」
「きゅぅ!」
魔女はしゃがんで片手を下に向け、シラヌイに差し出した。
「きゅ?」
「肩にでも乗っておくれよ」
「きゅ!」
トントンっと手を伝って、シラヌイは魔女の肩に乗った。
足を肩の前後にたらし、腹這いの姿勢だ。
「アタシはボーデン。見ての通り魔女だ。
アンタは? ってわかるはずないか!」
「きゅ!」
シラヌイは前足を前方につき出した。
「きゅぅぅぅぅ…………きゅ!」
水が生まれ、その水は文字を形造る。
「し・ら・ぬ・い……シラヌイっていうのか?」
「きゅ!」
「よろしくなシラヌイ!」
「きゅぅぅ!」
そこでボーデン気づく。
「シラヌイ。おまえ人間か?」
「きゅ!」
「なんでこうなってるんだ?」
「きゅぅぅ…」
「んー…家出?」
「きゅ!」
「そか。なら好きにしたらいい。かく言う私も家出中みたいな物だしな」
シラヌイに邪気がないと感じたボーデンはこのまま歩く事にした。
それを近くの屋根から見下ろす別の狐が二匹。
「きゅー」
「きゅー。きゅぅー?」
「きゅぅ」
「きゅい」
何かを相談しているようだったが、それを見ていた者はカラスだけだった。
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