非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第72話『表と裏』
紅の月光が差し込む中、魔王との文字通りの頂上決戦が行われようとしていた。
「幹部をもう倒してくるなんて、やるね君たち。さすがは"抑止力"ってとこかな」
「抑止力…?」
「僕ら魔王軍のような存在を倒すために呼ばれた、君たちのような存在のことだよ」
そう解説しながら、彼は優しそうに微笑んだ。だが、その微笑みを素直に受け止めることはできない。なぜなら、彼こそがこの戦争の元凶なのだから。
「ごちゃごちゃうるせぇよ。こっちの要件はわかってんだろ?」
「この娘の解放だね? 悪いけど、それは認められないな」
「あっそ・・・じゃあ力づくだ!」ダッ
カズマが刀を携え、素早く青年との間合いを詰める。鋭い目付きで敵を射抜き、恒例の如く豪快に抜刀した。空気が震え、鋭利な太刀が青年の首を捉えて──
「おっと」ヒュ
「ちっ…!」
だがさすがは魔王と言うべきか、青年はカズマの大気をも断つ一刀を寸前で躱したのだ。これにはカズマも危機感を覚え、一度後退する。
「やっぱ只者じゃねぇみたいだな」
「そうかい。そう思ってくれると嬉しいよ」
「…おかしな奴め。いくぞ、晴登!」
「は、はい!」
カズマの行動力に気後れしつつも、晴登は右手を構えて掌に魔力を込める。するとそこで大気は渦を成し、次第に勢力を強めた。このまま放つと結月を巻き込みかねないので、晴登はその渦を握りしめると、
「烈風拳っ!!」ダッ
晴登は風の如く駆け出し、一瞬で青年の正面へと現れる。そしてその勢いで、荒れた風を纏う右手を顔面目掛けて振り下ろした。が、
「未知の敵に真正面から突っ込むのは、得策とは言えないね」ヴォン
「なっ・・・うわぁ!?」ブワァ
「ハルト!?」
拳が相手に届くその瞬間、何やら不可思議な力が働き、晴登は反発する磁石の様に押し返される。その時、風ごと跳ね返されたために、身体が勢いよく後ろに吹き飛ばされてしまった。
「大丈夫か、晴登!?」
「痛て…何だ今の…? 跳ね返された…?」
地面にぶつかって痛めた尻をさすりながら、晴登は自身の右手を不思議そうに見る。いや、今のは明らかに青年の仕業だった。一体どんな仕掛けが・・・
「当たり前だろ。僕は魔王だ、魔法が通じるはずがない」
「……それ、自分でばらすのか」
「どうせ何も変わらないしね?」
嘲るように微笑む彼に、晴登もさすがに苛立ちを覚えた。一発殴ってやりたいとこだが、風を纏うとリフレクトされるのがオチだろう。かといって、中学生の素手の威力なんてたかが知れている。なんと余りにシンプルで、かつ汎用性が高い力なのか。魔術師にとって厄介でしかない。
「だったら俺が出るまでだ!」ブォン
「君は少々面倒だね。まさか、魔法を使わないとは」ヒュ
「にしては、簡単には当たってくれねぇみてぇだな?」ブォン
「魔法だけだと思わないことだ」ヒュ
カズマの荒い一振りを次々と躱す青年。晴登からすれば太刀筋はもはや軌跡でしか見えないのだが、青年は表情一つ変えずに悠々と避けている。もはや別次元の戦いだ。
「共闘しようにも力不足。結月を救おうにもアイツが邪魔。あと少しなのに…!」
「ハルト。悔いていては前には進まん。足りないのであれば補えば良い。儂が力になろう」
「でもどうやって・・・?」
決して婆やを侮っている訳ではない。しかし、一体どのような手があるというのか。
「カズマの剣術・・・ありゃ儂が叩き込んだものじゃ。アイツが強くなれるようにと」
「それってつまり…?」
「儂も剣の使い手ということじゃよ」ジャキン
婆やは胸の谷間の中から短い鞘を取り出した。隠し場所に驚く晴登をよそに、婆やは短刀を抜くと一瞬で姿を消して、
「ふんっ!」ビュン
「おっと!」ヒュ
なんと刹那の間に青年の後ろに回り込み、短刀を振り下ろした。しかしその不意打ちすらも、青年はわかっていたかのように軽々と躱す。これでは婆やでも太刀打ちできないのではなかろうか。
だが晴登には婆やの意図がわかっていた。今、青年を婆やとカズマが相手取っている。こうなれば、彼は二人の剣撃を避けることに手一杯になるだろう。すなわち、結月の警備も甘くなる。
「そこを狙うっ!!」ダッ
「…ちっ!」ドォン
足に風を纏い、力強く大地を蹴って晴登は駆けた。もちろん、青年はその動きには目敏く気づく。婆やとカズマは邪魔をしようと立ち塞がるが、青年は二人を衝撃波で押し退け、晴登の元へと向かった。
「でも俺の方が早い…!!」ダキッ
「ハルト!」
勢いをコントロールしながら、晴登は素早く結月を抱き抱えた。その時の安心した彼女の笑顔に、晴登は無意識に頬を緩めてしまう。だが、次の一歩を踏み出そうという所で魔王の手が迫る。
「…くそっ!」ブワァァ
「だから効かないって・・・うん?」
突然、青年がとぼけた声を上げる。それもそのはず、晴登が放った風は当然魔王の力で跳ね返されたのだが、幸運にもその風が晴登らを逃がすように吹き飛ばしたのだ。
「へぇ…考えたね。僕を出し抜くとはやるじゃないか」
「え、そ…そうだ!」
「ハルト…」
青年は晴登が意図的に行ったのだと解釈したが、晴登がそこまで策士なはずもない。実はがむしゃらに風を放ったら、偶然にも逃げることに成功しただけの残念な話だ。それに気づいた結月の哀れみが心に刺さるが、助けることができたので気にしないことにする。
「けど、困るんだよね。その娘が僕には必要なんだ。イグニスを復活させて、この世界を破壊しなきゃいけないんだよ」
「悪いけど、俺も結月が必要なんだ。そんな訳のわからない目的の為に利用されてたまるか!」
「訳のわからない…か。君はこの世界について何を知っている?」
「え・・・」
その質問に晴登は押し黙ってしまう。認識としては、"現実世界と比較的繋がりのある異世界"というものだが、もしかして、この世界には晴登たちが知り得ない裏事情が有るのだろうか。
「この世界は、君らの世界とかなり密接に繋がっている。それはもう、君らの世界を"表"とするならば"裏"とも呼べるくらいに。そんな世界の人々の正体って・・・何だと思う?」
「は…?」
「おかしな質問だよね。ただ僕は、"君らの世界に生まれることができなかった人間"だと思ってるんだ。この裏世界は君らの表世界の下位互換ってね」
その言葉を聞いて、晴登は婆やとカズマを見やる。婆やは肯定とも否定とも取れない苦い顔をしていた。
魔王は両手を広げて、演説でもするかのように語り続ける。
「そんな世界に生まれた人々は、果たして幸せだろうか。僕はかつて表世界にも行ったことがある。だからこそ言えるんだ!──この世界は不幸なのだと」
抑揚を頻繁に変える彼の話し方に、えも言われぬ悪寒が背中を走った。魔王はニヤリと微笑むと、最後にこう呟く。
「だから僕は決めた。この世界を滅ぼすんだ」
晴登は何も言い返せない。もはや、何が正しいのかもわからなくなっていた。もしかすると、間違っているのは自分なのではないか。そんな疑問が頭の中を過ぎる。
「お前は何度言えばわかるんじゃ! その為にどれほどの人が死ぬと思う?」
「未来の為の犠牲さ。裏世界が滅びれば、この先 表世界から外される者はいなくなる。皆が幸せになれるんだ。幹部達だって僕の意見に賛同してくれたよ」
婆やが青年にそう諭すが、青年は耳を貸さない。思うに、この意見の違いが夫婦であった二人を対立させたのではないだろうか。
晴登から見て、魔王の意見は主観的な部分を多く含んでいる。ただ、確信犯の彼にそのことを指摘しても無意味だろう。もう彼は止まらない。
「けど、イグニスの危険性はお前も知っておろう? 奴がこの世界を消したならば、次は彼らの世界を消すじゃろう」
「わかっているさ。僕には考えがある」
そう言って、青年はカズマを指さした。指された本人は予想もしなかったのか、自分で自分を指さしてキョトンとしている。
「イグニスに対する抑止力・・・それが君だよ、剣堂 一真」
「…っ、何で俺の名前を…!?」
「知っているさ、初めから。君は九年前、魔王軍との戦争の時に裏世界に召喚された抑止力なんだから」
その言葉に晴登は絶句する。なんとカズマ・・・いや一真も、晴登らと同様に召喚された抑止力の一人だったのだ。つまり彼もまた、現実世界の出身なのである。
それを言い当てられた一真は動揺するが、すぐに平静を取り戻した。
青年は話を続ける。
「君は恐らく、自分は魔王軍討伐の為に召喚されたと思っているだろう?」
「違うのか…?」
「あぁ間違いさ。さっき言っただろ? 『君はイグニスに対する抑止力だ』って。そもそも、抑止力は理由が無いと召喚されないからね」
自分らも一真も抑止力。ただ、自分らの使命は"魔王軍討伐"で、一真の使命は"イグニス討伐"。つまり、一真は当時ではなく、九年後の未来の為の抑止力だったということになる。なんと身勝手なシステムだろうか、抑止力というのは。
「…婆や、こりゃ本当か?」
「…否定はできん。お前をこの世界に召喚した時、全く役に立たなかったしな」
「あぁ…そういやそうだったか。軽いトラウマだな、ありゃ」
一真は思い当たる節があるようで、青年の話を信じたようだ。晴登は未だに疑わしいが、表には出さないことにする。
「てことは、お前はイグニスで裏世界をぶっ壊した後、俺に後始末をさせようと考えた訳か?」
「理解が早くて助かるよ。キミにはその力があるんだ。協力してもらうよ?」
「俺にそんな力が・・・」
一真は右手を見つめて、大きく息をついた。一真の返答次第でこの世界の命運が確定する。婆やは否定的だが、魔王の意見が正しいのであれば破壊も一つの手なのかもしれない。何が正しくて何が間違っているのかなんて、結局誰にもわからないのだから。
「──断る」
静寂を切って放たれた言葉はそれだった。その言葉に晴登は驚くことはないし、言ってしまえば青年すらも驚いてはいない。一真は青年を真っ直ぐに見据えて、言葉を続けた。
「お前が言うことも一理あるかもしれねぇ。でも俺はここで育てられて、気づいてんだ。この世界の人たちは優しくて、元気で、何より…幸せそうだなって。そんな人たちを犠牲にするなんて、俺にゃできねぇよ」
一真の脳裏に、この世界に来てからの記憶を思い出しているようだった。これが一真の心からの答えである。青年はその答えにやれやれと首を振った。
さて、魔王の企みはこれで頓挫したはずだ。どう出るか…?
「・・・そう言うと思ってたよ。あーあ、生贄も抑止力も全て取られてしまったか」
「そうじゃ。もう観念しな」
「いや、僕は諦めないよ。こうなったら強行突破さ。僕が──生贄になるんだ」
青年がそう言った途端、大地が大きく揺らいだ。不意な揺れに足を取られ、晴登は尻餅をついてしまう。一体何が起こっているのか。
──思い起こせば、ここに"竜の祭壇"らしき物は見当たらなかった。婆やが嘘をついたはずもなく、辿り着いた結論は・・・
「まさか・・・この山自体が"竜の祭壇"…!?」
「正解だよ。起動できるのは頂上からのみだけどね」
そう言って微笑む彼の足元に、紅く光る巨大な魔法陣が浮かび上がった。それは晴登たちの足元にまで及び、頂上全体まで広がっている。
「『満月が照りし深夜にて、生贄を捧げ復活を求めよ。さすれば邪炎竜、その望みに答えん』」
「やはりそれを知って・・・」
「一つ前の戦争での戦果だよ。これで僕はようやくイグニスを復活させられる」ヴォン
魔法陣が一段と眩く光り輝く。そのせいか、月光も一層怪しい輝きを増したように思えた。大地の揺れは収まる気配はなく、威力を増すばかりで立つことさえも難しい。
「やめるんじゃ!」
「僕は僕の信じた道を行く。今まで世話になったね──」
その瞬間である。
今にも割れそうだった大地から赤い鱗の生えた巨大な手が這い出て、青年の身体をがっしりと掴んだのだ。その掌は青年の身体を握るほど大きく、それに続く腕の太さも大木の比ではない。肘と思われる関節から鋭い爪の先までですら、晴登たちが見上げるほどの大きさだった。
「まさかこれが・・・」
「復活しおったか、イグニス…!」
地割れが起き、その隙間から巨大な生物がゆっくりと這い出てくる。その瞬間が絶望の幕開けであり、世界の終焉を意味した。ひしひしと感じる重圧に押し潰されそうになりながら、晴登は大きく息を吐く。
そして圧倒的な存在のその生物は、右手で掴んでいた魔王を一呑みにした。
紅い瞳をギラギラとさせる竜──イグニスは、ついにその姿を現したのだ。
「おーい、今の揺れは一体・・・って、何じゃこりゃ!?」
突如背後から聞こえた快活な声の正体は、振り返らずともわかる。危機的状況ではあるが、晴登は笑みを浮かべながら振り返って──
「・・・って部長、どうしたんですかその怪我?!」
「ちょっと猫に引っかかれただけだよ! それより、これがイグニスってんじゃないだろうな…?」
ようやく後続と合流することができたが、素直に無事を喜ぶことはできなかった。終夜の左腕は赤黒く変色し、緋翼の腹部は鋭利なもので掻っ切られ、二年生らは疲弊し切っており、何よりその背中に担がれている伸太郎がピクリとも動かない。嫌な予感が脳裏を掠めるが、大丈夫だと信じる。
終夜のその声は若干震えているように聴こえた。無理もない。目の前の生物こそが頂点と言っても過言ではないほど、それは強大なオーラを放っているのだから。
「復活しちまったのか…。じゃあ、結月は…?」
「ボクは平気です! 生贄になったのは魔王です!」
「ん、魔王…? そ、そうか。それなら良かった!」
困惑しながらも次々と状況を確認する終夜。やはり、部長とは名ばかりではない判断能力だ。
・・・と、そんなことを考える余裕はない。晴登はひとまず、結月の手首に纏う黒い何かを外そうと試みる。このままでは逃げることもままならない。
「くそっ、どうなってんだよこれ!」
「ハルト、ボクのことは後回しにして。今は魔術は使えないけど、走ることはできるから」
「こんな状態じゃまともに逃げられないよ! 待ってて、今外すから…!」
魔術によって作られたと思われる手錠は実体を持たず、掴むこともできない。しかし晴登はめげずに、小さな突風を起こして力ずくで手錠を壊すことにした。目には目を、魔術には魔術を──
「……よっし、壊れた! 立てるか、結月?」
「うん、ありがとうハルト!」
「あ、うん…!?」
この場においても結月の笑顔が眩しい。こうしてお礼をされると、いつも返し方に困ってしまう。「どういたしまして」の一言すら、小っ恥ずかしくて言えやしない。友達だったら簡単に言えるだろうに・・・
「…いい雰囲気のとこ悪いが、一旦離れるぞ! このままだと山が崩れる!」
その一真の言葉に周りを見渡すと、イグニスの出現に伴う地割れが拡大し、山頂全てを奈落に落とさんとしていたのだ。
全員は急いで山頂から下り始める。その時だった。
「…婆や?」
「…どうやら、儂の出番らしいの」
山頂と山道の境界。全員が山を下ろうとする中、そこで不意に立ち止まった婆やが堂々とした様子で言う。
すると彼女は右手を前に掲げ、一瞬空気を震わせたかと思うと、目の前に巨大な青い光の壁を作り出したのだ。その壁は見事に地割れを食い止め、晴登たちへの被害を抑える。
「この一瞬で壁を…!?」
「儂の持つ力は"魂の力"に由来するものでな。生命を削って強大な力を生み出す、いわば諸刃の剣じゃ」
「あ、じゃあ俺らを呼んだ魂も…?!」
「アレは儂が作り出した擬似的なモノじゃ。使い勝手は良いぞう」
そう言って婆やは快活に笑う。その間も地割れはしっかりと防がれており、晴登らはただただ圧倒されるしかなかった。
「…さて、少し下に降りようかね。そこでイグニスと決着を付けねばなるまい」
その言葉で全員に緊張が走る。これから、世界を揺るがす存在と戦うのだと思うと、生きた心地がしなかった。
でも──やらなきゃいけないのだ。俺らの世界を守るために。
青く透き通った壁の向こうで、イグニスは闇夜に大きく咆哮していた。
後書き
説明的なセリフありがとうございます。まぁ小説家初心者ですからね、細かいことは許してくださいよ(笑)
さてさて、いよいよ肝試し編がクライマックスに入ります。え、魔王の出番が少ないって? …だって喰われる予定しか立ててなかったから…ね?←
割と急ぎ足で書いてるせいで全体的には短いですが、許してください何でもしま(ry
この章が終わったら、しばらくは日常編をつらつらと書きたいです。何せリアルが忙しくなりそうでして(汗)
読んで下さっている方には申し訳ないですが、更新スピードも大幅に落ちるかと。あ、この章は何とか書き上げますので、そこは心配なさらず。
今後の話が長くなってしまいましたが、今回はこの辺で。次回も読んで頂ければ幸いです。では!
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