インフィニット・ゲスエロス
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20話→太郎VS一夏
前書き
舞台の裏側で
学園長「あら…………織斑先生。今日の観戦は来ないはずじゃ…………」
千冬「いや、やはり身内の闘いですから、見ようかと」
アリーナのドアを開けても首元を掴んだままの太郎に、流石に一夏も手を回して剥がしにかかる。
だが、太郎もそれは分かっていた。
手が回ると同時に離され、地面に落ちる一夏は、慌ててバランスを取り、叫ぶ。
「いきなり離すなよ、馬鹿兄貴!」
「バランスとれないほど、運動音痴じゃないだろ、愚弟」
文句もどこ吹く風。
先に一人でスタスタと進み、広目のリングの中心に立つ。
ついでに、ISから片手で刀のようなものを抜き出し、ブンブン上下に振りながら、一夏を急かす煽りも添えて。
(兄貴め…………)
普段の人当たりの良い表情を怒りで崩しながら、一夏は早足で進む。
そして、一夏の体が全てアリーナのリングに入ると、『それ』は起こった。
聞きなれない電子音と共に、リングの周囲の景色が一瞬歪み、そして、直ぐに元に戻る。
「ん…………?んんん!?」
「お前…………田舎から都会に初めて出てきたお上りさんじゃねえんだから、少し落ち着けよ」
「大体そんな感じだよ!主に兄貴が説明しないせいで!」
驚愕する一夏に、本気とも冗談ともつかない突っ込みを半笑いで返す太郎。
一夏はそれに、即座に突っ込んだ。
(か、変わらねえ…………)
姉のように即座に暴力に訴えるコミュニケーションは行わないものの、相変わらず物事を強引に薦める悪い癖は抜けてない、と一夏は思った。
ちなみに、一夏は預かり知らぬ事だが、確かに太郎は割りと物事を強引に進めるが、ここまで顕著なのは一夏にだけである。
おそらく本人は決して言わないが、なんだかんだ、太郎も気心の知れた一夏に甘えているのだ。
「さて…………と。まだ慣れないうちに、色々詰め込んでも分からなくなるだけだろ」
そう言うと太郎は刀を両手で体の中心に構える。
「好きに動きな」
同時に、先程まで緩んでいた表情は一変し、一夏に鋭く眼光を向ける。
それに反応し、一夏も刀を…………
「て、どこ有るんだよ!武器!」
突っ込む一夏に、太郎はため息を一つ。
「実戦で毎回、『おにーちゃーん』とでも呼ぶつもりか、阿呆」
構えも表情も微塵も崩さず、太郎は続ける。
「最初に『自機』と同じだと教えた筈だが?」
「あ!…………」
気づけば一瞬だった。
シュミレーター同様、剣を呼び出すよう念じただけで、スロットにある剣は呼び出され、一夏の手に収まる。
ばつが悪そうな一夏に、太郎は言葉を重ねる。
「まあ、煩く聞こえるかもしれんが、一つ忠告しとくわ。周囲の情報から物事を読み取る大切さ、忘れんなよ」
そこに、欠片も嫌味等の感情を交えず、太郎は一夏に語る。
「剣を握りこむ時は少し手を内側に締めておけ…………そして準備が出来たら、掛かってこい」
普段の軽薄な『ふり』は鳴りを潜め、構え続ける太郎に徐々に一夏のエンジンもかかり始めた。
見せつけてやりたい。兄の背中に隠れるだけだった、俺の成長を。
(行くぜ、白式!)
瞬間、常人の脚では到達不可能な速度で一夏の体は太郎に肉薄する。
同時に、一夏は両手で剣を振り上げ、兄に到達する直前で振り下ろす。
高速の振り下ろし。
シンプルではあるが、故に回避しずらいその一撃に、太郎は一切の動揺をしていなかった。
慌てず騒がず、振り下ろしを狙い、刀で相手の鍔本を叩く。
一瞬で一撃を『死に体』にされた一夏の鳩尾に、強い衝撃が走る。
「思いきりの良い攻撃だな。ブーストも使えてる。」
衝撃に数メートル下がる一夏の耳に、太郎の声が届く。
その言葉に急いで体を立て直すも…………
「…………で、次を見せてくれ」
既に太郎の身体は、先程と同じ隙の無い構えに戻されていた。
微塵も揺るがない『強者』の姿。
かつて幼心に目指したその姿に、自然と笑みが溢れる。
幼い頃からの憧れ、無敵のヒーロー。
小学校の作文で書いたままの『強さ』に、負けたはずなのに心は喜びに溢れる。
だから、だからこそ。
一夏(俺)の強さを兄(太郎)に届かせたい。
「…………しゃっ!」
次は身体ごと剣を振り回し、胴を薙ぐ。
瞬時にしゃがみ、一夏の脛に斬撃が叩き込まれる。
ISのシールドエネルギーの減少アナウンスを無視し、喉元に突きを捩じ込む。
それを最低限の首の捻りだけでかわすと、胸の中心に同様に突きが刺さる。
(強くなったな…………一夏)
勝負の内容を見ると、一方的に見えるが、それは一夏の全力のレベルが高く、それに対処する太郎の一撃に遠慮や手加減が少ないからである。
少なくとも、太郎は一夏の実力を非常に高く評価していた。
(やるじゃねえか、一夏。全ての一撃にちゃんと体重が乗ってる)
(俺が会えない間、手紙に書いていた筋トレや、あげたシミュレーターをきちんとやっていた証だ)
接近戦に持ち込もうとする一夏の片手をとり、捻りあげて床に倒しながら、太郎は内心、一夏をべた褒めしていた。
そして、それは太郎だけではない。
アリーナ室、観客用の席の中でも、俗に言う『貴賓席』と呼ばれる席から眺める少数の人々も、太郎と一夏の戦いを見て、歓声をあげていた。
「あの子は本当に今日、初めてISを着たの?だとしたら凄いわね。流石貴女の弟さんね、織斑先生」
清楚な身なりの上品な年配の女性がそう、声をかけると
「いえ、まだまだ未熟な弟です、学園長」
スーツに身を固めた、まだ年若い女性が、謙遜する。
他にも様々な視線が、二人には寄せられていた。
学園の公然の最重要機密、山田太郎。
その男が、自分の肝いりとして連れてきた弟を一目見ようと、今日、この席には、多くの教員が詰めかけ、二人を観ていた。
そして、席外でも、二人を見つめる二つの視線があった。
とある深海の底を、ゆったりと進む潜水艦の中に、二人はいた。
ハッキングしたカメラからもたらされる映像を見て、一人の女性が手を叩く。
「もぉー、太郎ちゃんてば、相変わらずイッチーの事大好きなんだから。またネットにホモ疑惑ネタ流しちゃうぞ?」
ウサギのヘヤバンドをつけ、白衣を羽織る女性がそう言うと。
「止めて下さい、太郎さんに酷い事をするのは。別に弟の方はどうなっても構いませんが」
そう、もう一人の女性、いや少女が制止した。
「ふふっ、クーちゃんは相変わらず、太郎ちゃんと私の事大好きだね」
珍しく女性…………篠ノ之束は自身を諌める言葉を口にした太郎と千冬以外の言葉を、無条件で許した。
なぜなら、彼女は束が実の娘と同じように愛している、少女だからだ。
彼女の名は、クロエ・クロニクル。
流れるような銀のストレートヘアに、対照となるような金と黒で彩られる瞳が、整った容姿と相まって、神秘的な美を彼女に与えていた。
ただ…………
「束様?この映像をダビングして頂いても?」
そう口にする彼女は、太郎が真剣な顔で一夏を叩きのめす度に徐々に赤く染まり、息も荒くなっていく。
彼女はちょっと…………うん、ちょっと特殊な趣味をしていた。
自身が変人である自覚のある束は、それに少しだけ冷や汗を足らしながら、言葉を紡ぐ。
「くーちゃん、次の模擬戦でまた、ムチャな真似しないでね?」
「善処します」
「くーちゃん!?」
欠片も心もこもっていない返答に困惑するも、クロエから更に返って来たのは、割りと首肯くのに困る返答だった。
「だって、束様!太郎様は私がムチャな攻めをして手傷をおうと、手ずから手当てしてくれたり、食べたいもの作ってくれてアーンしてくれたり、ベットの中で優しくしてくれたり、良いことづくめなんですよ!」
そう力説する義娘と言うべき存在に、束にしては珍しく顔を覆って後悔していた。
「私がくーちゃんに、『太郎ちゃんは多少のワガママなら聞いてくれるからワガママなことしてみたら』と言った結果がこれか…………太郎ちゃんヘルプゥ!?」
聞こえるはずの無い叫びが、遠い深海の中で木霊した。
後書き
学園長「織斑先生、そんなに真剣に観て…………やっぱり二人は特別ですか?」
「え……ええ」(謝るタイミングが掴めん!)
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