麦飯
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第三章
「わしの為に漬けたものなのじゃ」
「あのお二方が」
「関白様の為に」
「そしてわしはこれまで色々美味いものを食ってきたが」
それでもというのだ。
「麦飯がじゃ」
「一番ですか」
「美味い」
「そうなのですか」
「そう思ったからな、だからこうした時はじゃ」
戦に向けて力をつける為に食うもの、そのこの世で最も美味く滋養にもいいというものはというのである。
「この二つなのじゃ」
「漬けものと麦飯ですか」
「その二つですか」
「この世で最も美味いものは」
「そうなのですか」
「わしにとってはな、そしてじゃ」
それでと言ってだった、そのうえで。
秀吉はその二つをたらふく食べた、そうしてからあらためて己の前にいる者達に話した。
「では明日朝と共にじゃ」
「出陣ですな」
「東国に」
「いよいよ」
「そうするぞ」
こう言ってだった、そのうえでだった。
秀吉は休んだ、彼が自身の床に入ってからだ。彼に仕えて短い者達は唸って話をした。
「いや、まさか」
「漬けものと麦飯とは」
「関白様が言われるこの世で最も美味いものは」
「それだとは」
「はい、あの方についてですが」
石田がその彼等に話した。
「百姓から身を起こされていますね」
「それは我等も知っておりますが」
「それこそ天下の誰もが」
「しかしです」
「あの二つをとは」
「長い間あの二つを楽しまれてきました」
百姓から織田家に入り足軽ではじまってだ、織田家の重臣となり身を立てるまでだ。
「それでなのです」
「漬けものと麦飯が」
「その二つをですか」
「最も美味い」
「そう言われていますか」
「人の舌はそれぞれです」
石田は彼等に淡々と話した。
「そうしてです」
「関白様にとって一番の美味はあの二つ」
「お母上、奥方様の作られた漬けものと麦飯ですか」
「その二つなのですか」
「左様です、では我等も食し」
石田は納得した新参の彼等にあらためて自分もと述べた、
「明日の出陣に備えましょうぞ」
「それでは」
新参の彼等も頷いた、そうして彼等は石田と共にたんと食った。そうして出陣に備えたのだった。
豊臣秀吉が天下人になってからも麦飯が一番美味いと言い母や妻の漬けた漬けものを好んだことは歴史にある、天下を握った彼であるがその好みは昔の百姓や足軽だった頃のままだったということであろうか。そう考えると今では粗食も粗食の麦飯と漬けものの組み合わせの食事も馳走に思えるであろうか。それは人それぞれであろうか。そこはわからないが面白い話だと思いここに書き残しておくことにする。
麦飯 完
2017・12・15
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