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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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マザーズ・ロザリオ編
  第258話 心に届く想い

 
前書き
~一言~

早めに投稿できてヨカッタ-! そして、とうとうここまで来られた^^
うぅ、オリ分不足感は否めませんが……、この辺りで限界です……。どりゃー、っと強敵ずばーーっとやっちゃって、皆でハイタッチでハッピーエンド! が一番分かりやすく、考えやすい展開なんですが……、こ、これはやっぱり重すぎです……。心情や感情論は置いといて、どっちも間違った事言ってないですし 涙
と、兎に角 投稿出来てよかったですーw

さてさて、次からはちょっとは書きやすくなるかもです! 

最後にいつも通りですが、この小説を読んでくださってありがとうございますっ!! 
最後の最後までガンバリマス!!

                                じーくw 

 


 丁度駅に戻ったところだった。
 リュウキ……隼人ともそこで別れ、そしてプローブのバッテリ残量のアラームが鳴る。明日また授業を受けよう、とユウキとランに約束を交わして、携帯端末の接続を切った。
 再び電車を乗り継ぎ、待たせてしまっている母が待つ家へと向かう。

 玲奈は、それなりに疲労がたまっていたのだろう。比較的人の少ない車両に乗り、空いている席へと座ると直ぐにうつらうつらと頭を揺らせていた。それを見た明日奈は そっと微笑むと優しく抱き留める様に手を回して自身に寄り添わせた。玲奈は はっ としていたが、明日奈が。

『今日はありがとう。私もレイが妹で良かったよ―――』

 玲奈に言われた時の事を、改めて返した。少々顔が熱くなってしまうセリフだが、構う事無い。ごく自然に出る言葉だったから。玲奈も少々顔を赤くさせていたが 直ぐに目を閉じて、明日奈に身を委ねた。

『……私も、だからね』

 そう返事を返すと、そのまま夢の中へ。
 明日奈は妹には本当に世話になったのだから、と心を改める。家にいるであろう母を思い浮かべながら、そこから先は 今度は自分がぶつかる番だと。

 そして――世田谷区の自宅に帰りついた時には夜の9時を回っていた。

 玲奈も流石に眠気が飛んだ様で、しんと冷たい空気に沈む玄関ホールを姉と共に進む。ドアロックのかかる音、灯りが自動で点灯する音、それらがやけに響くのを訊きながら、明日奈と玲奈は大きく深呼吸をした。

「レイ。少しだけ部屋で待ってて。……私、準備したら母さんの所に行くから、一緒に行こう」
「え……? 準備って?」
「うん。……想いをぶつける為に、ふさわしい場所があるから。ずっと、考えてた場所。……私達の始まりの場所。そこに母さんを連れて行きたい」

 明日奈の言葉で、何をするのかの察しがついた。
 母とALO……仮想世界で話をするのだと言う事が。

 そして、明日奈にはアカウントがもう1つある。《アスナ》ではではなく《エリカ》と言う名のアカウントが。玲奈は自身の種族 音楽妖精族(プーカ)のスキルを上げる事が楽しくて、まだ他の種族を――と考えられなかったから1つしかない。でも、姉はもう1つ風妖精族(エリカ)を持っている。
 ひょっとしたら――今日と言う日の為に、それを取得したのかもしれない、と思えてしまった。

「うん。判った。……お兄ちゃんは多分いないから大丈夫だよね。部屋の灯りついてなかったし、車も無かった。ちょっと勝手に入っちゃったらまた怒られちゃいそうだけど、今回は大丈夫……だよね」

 それは以前の話。SAO事件の時の話だ。
 兄を差し置いて、先にナーヴギアを装着し、あの事件に巻き込まれた。帰還した時 当然歓喜もあったが、それ以上に家族や親族、そして心底心配した兄に怒られてしまっていた。
 そのこともあって、部屋に入るのは聊か躊躇してしまうのだが。

「あっ、お姉ちゃん。私のアミュスフィア、使う?」

 兄のを前提として話してしまった玲奈だが、ここで自分のもあると言う事に気付く。なぜ先にそう考えなかったのか? と一瞬疑問に思ったが 自分のアバター姿であれば 例え中身が違ったとしても気の持ちようが変わるかもしれない。だから、それを提案してみたのだが、明日奈は首を横に振った。

「レイにも、一緒に来て欲しい。……私が母さんと話す所。……レイにも見て欲しいんだ。ちゃんとやる。母さんを、今度こそ。……今度こそぶつかって説得してみせるから。それを見守ってほしい」
「っ……。う、うん。あ、でも私は……」
「ふふ。レイはあの時頑張ってくれたじゃん? 次は私。順番だよー。もし、レイも何か言いたいんだったら、私にしてくれたみたいに、私も傍にいるから。……ね?」

 明日奈は 玲奈もまだ母に言いたい事がある、というのが何処かで判っていた。
 だけど……自分と同じように言い出せないでいる事も。

「じゃあ、行ってくるね」
「うん。判った」

 明日奈は二階奥にある兄・浩一郎の部屋へと向かった。
 父親と同じく殆ど家に居つこうとしない浩一郎は、玲奈が言うまでもなく、当然まだ帰ってきてない。一応、部屋についてノックをしてみる。やはり返事はないからそのまま構わず、勝手にドアを開けた。
 
 もう――二度とこんな事はしない、と思っていたのに、これで二回目だ。

 と明日奈は何処か自虐的に笑ってしまう。
 今、笑える事 事態少しでも前進できる力を皆からもらえているんだ、と改めて心に思い、そのまま目当ての物を取り出した。それは部屋の中央にある大きなビジネスデスクの左サイドに鎮座しているモノ。アミュスフィアだ。
 
 玲奈曰く、隼人とも何度か仮想世界にて交流があるとの事。それはほぼ、レクト関係の話ばかりだが、稀に隼人の技術と知識を今後に活かしたい、という理由でちょっとした講習会もしてもらっているらしい。 
 兄の優秀さも会社での実績も知っている身からすれば、やはり凄い! と思うのが当然である。中々それを出さない様にするのも難しいと思ってしまう程に。
 そして 笑っている顔はどうしても可愛く見えてしまうから 何だかより面白くも思ってしまうのもあった。それは、明日奈や玲奈だけでなく、兄や父も同様だった様だ。仕事関係に関しては真剣そのものの表情を変えないが、それとなく聞いた玲奈との馴初めや学校でのやり取り等を訊いた時にほころぶ彼の表情を見たら、誰だってその凄まじいギャップにヤられて(・・・・)しまう事間違いなし。老若男女問わず、というのがまたすさまじい……。

 と、話が脱線しかけたので元に戻そう。

 自分や玲奈のよりも数段新しいヴァージョンのヘッドギアを掴み上げると、自室に取って返した。側面のカードスロットにALOのクライアントがインストールしてあるメモリカードを挿入する。ベッドに横になって浩一郎のアミュスフィアを自分の頭のサイズに調節して被る。
 そこから先は、アスナれはなくエリカの身体(アバター)への調整だ。この身体を、一時的に母に貸す……、エリカの姿になって貰う為に調整をする。普段の武器装備はすっかり外して、その後は服装をチェック。おかしな所はないかを確認した後に、一時ログアウトコマンドを実行。これで、もう面倒なログイン過程を踏む事なく、被れば直ぐに先程のエリカの姿になる事が出来る。
 それを改めて認識した後に、明日奈は兄のアミュスフィアを手にしたまま立ち上がり、妹の玲奈の下へと向かった。

「レイ。準備出来たよ」
「……うん」

 やや緊張感のある返事。これから先の事は不安がより大きく心の内を占める。ひょっとしたら、SAO時代の攻略の時以上かもしれない。

 それでも歩みを止める訳にはいかず、2人は母の部屋の方へと向かった。

 何度も躊躇いそうになってしまう。こんなにも気詰まりになってしまうのはなぜだろうか、とも思ってしまう。そんな時頭を過ぎるのは 隼人と綺堂氏の関係だ。本当の親子ではないのは判っているが、血の繋がり以上のものをその仕草に、雰囲気に感じられる。心から信頼し、愛していると。……少し特殊ではあるものの、理想的な家族だと思う。子を信頼し、親も信頼される。間違えている所はちゃんと指摘、理解し直す。……そして笑顔が絶えない。これだけでどれだけ幸せな事か。羨ましくも思う。今の冷え切ってしまった母娘関係を見ればどうしても。
 あんな風になるのは 今更無理かもしれない。……でも、少なくとも自分の意思は、考えは伝えられる間柄になりたい。ただ、言われるだけでなく。従うだけでなく。ちゃんと自分の未来への道を……。

 不意に自分の右手に感触があった。

 玲奈が、手を繋いでくれたのだ。安心させてくれる為……と一瞬思った。でも、玲奈の手も震えている事が分かった。戦っているのは自分だけでない事も改めて判った。

 だからそっと握り返すと同時に、右肩を小さな手が押してくれる様にも感じられた。


――大丈夫。2人なら絶対できるよ!
――私もそう思います。お2人はとても、とても強いです。きっと、大丈夫……。


 それはきっと玲奈も同じだろう。皆から貰った大切なものを胸に、明日奈はそっとドアノブをノックした。
 
 母の方は早いものだ。ものの数秒で『どうぞ』という声が微かに聴こえたから。
 ノブを回し、開いて2人は繋いだ手を解いた。

 母を前にする時、やはりどうしても萎縮してしまう自分がいる。でも、もう皆に甘える訳にはいかない、と明日奈は玲奈よりも一歩前に出て、母の前へと出た。

「……帰りが遅かったわね」

 明日奈が近づいたのを感じた母、京子は椅子に座ったまま、くるりと向き直った。

「「ごめんなさい」」

 帰るのが遅れた事。門限を守らなかった事。これは自分達に非がある為、そこは素直に謝った。

「夕食はもう始末しましたからね。何か食べたいなら、冷蔵庫の中の物を勝手にしなさい。……後明日奈。この間話した編入申請書の期限は明日ですからね。朝までに書き上げておくのよ」

 話は終わった、と言わんばかりにキーボードに手を戻そうとする京子。玲奈はぎゅっ と拳を握りしめた。あれだけ言ったのに…… 母にはやはり何も届かないのか……? と思ってしまったから。
 そんな玲奈に気付いた様で、明日奈はそっとその握りしめ、震えている拳にそっと自分の手を添えた。

「っ……」

 玲奈は、明日奈の手に包まれそっと力を抜いた。
 その明日奈の横顔は、覚悟を決めた顔だと言う事が玲奈には判った。だから、自分自身も覚悟(・・)を決めて、そして拳の力を緩めた。

「そのことなんだけど……。話があるの。母さん」
「言ってみなさい」
「ここじゃ説明し難いの」
「じゃあどこなら言えるのよ」

 明日奈はすぐには答えず、京子の傍らまで進み出た。
 後ろには玲奈が見ていてくれる。ランやユウキに続いて、自分の力になってくれているのが実感できる。
 だから、自分のいた世界を、自分が生きてきた世界を母に見せる為に、 あの兄のアミュスフィアを母に差し出した。

「VRワールド……。少しだけで良いから、ここで、来てほしい場所があるの」

 銀色の円環をちらりと一瞥しただけで、京子はおぞましい物を見る様に眉間に谷を刻んだ。議論の余地など微塵もない、と言わんばかりに右手を振る。

「嫌よ。そんなもの。ちゃんと顔と顔を向かい合わせてできない話なんて、聞く気はありませんよ」

 いつもの明日奈であれば、ここで引いていただろう。
 それは京子も判る。判っていたからこそ、断固拒否の姿勢を貫いた。

 だが、明日奈は怯まなかった。

「お願い、母さん。どうしても見せたいものがあるの。5分だけでいいから……。お願いします。私が、私達が、今何を感じて、何を考えているのか、それを話すのには、ここじゃだめなのよ。一度で良いから……、わたしたちの世界を母さんに見て欲しいの」
「…………」

 京子はますます眉間を強く、きつく寄せた。だが、明日奈の表情を見て、そして 後ろで控えて見守っている玲奈の表情を見て、 ふぅ、と長いため息をつき答えた。

「―――5分だけよ。それに、何を言われようと、お母さんはあなたを来年度もあの学校に通わせる気はありませんからね。話が終わったら、ちゃんと申請書を書くのよ」
「……はい」

 ここで明日奈が頷いた事に、玲奈は少しだけ眉を動かした。

 もし―――、これで母が折れず、姉が転校してしまう様な事になれば……。どうすれば良い? 

「(……嫌。ぜったい、いや。私は、どうしたら……)」

 明日奈の事は信じてる。でも、どうしても母を相手すると不安が押し寄せてくる。どうやったら、心が無い、とさえ言ってしまった程、母とは温度が違い過ぎるから。

「レイ」
「っ……!」

 明日奈は玲奈にウインクをした。

――信じて。

 そう言わんばかりに。
 姉の事は、信じられる。心から信じられる。
 
 母のことが信じられない自分が、何処か悲しいけれど。今、この瞬間だけは――良い。
 自分自身は見守るだけ。そして、姉の話が全部終わった後――だ。


「それで、どうすればいいの、これ?」

 京子は明日奈と玲奈の心の内や、その覚悟は露知らず、早々に手に取ったアミュスフィアを頭に載せた。ぎこちなに手つきはやはり一度も使用していないのだから仕様がない。

 それを見た明日奈は、手早く準備を手伝った。

「電源を入れたら、そのまま自動で接続するから。中に入ったら、私が行くまで待ってて」

 京子は軽く頷いた。椅子の背もたれに身体を預けたのを確認して、明日奈はアミュスフィアの右側にあるパワースイッチを押した。ネット通信インジケータが点灯状態になり、大脳接続インジケータが不規則に点滅を始める。すぐに京子の五感がアミュスフィアに、VR世界へと移行するのが判る。ふっと力を抜いたのを確認して、明日奈は移動を開始した。

「レイ。……見ててね。私、頑張るから」
「うん……。うん。見てるよ、お姉ちゃん」

 言葉は短く、早々に切り上げた。母をあまり待たせるのは宜しくないから。
 明日奈と玲奈はそのまま各自の部屋へと向かい、使い込んだアミュスフィアを頭に載せた。パワースイッチに触れると、目の前に放射状の光が伸びて――2人の意識を現実から切り離した。









 場面は――22層の森の家。


 隼人、リュウキと一緒に暮らしている玲奈にとってはもう1つの帰るべき家。見慣れた家の居心地は何物にも変えられない感じがするし、もっと此処にいたい――とさえ思ってしまうが、今はそれどころじゃない。

「急がないと――」

 これは意図的なものだ。移動すればものの数秒でアスナの家に着くから。
 アスナがエリカに変わって、接続をサスペンド状態にしていたから、母は パワースイッチを押すだけで、アスナが意図的に指定した場所から始める事が出来る。
 だから、玲奈自身もアスナとキリトの家で同じ様にしていれば、今から移動する必要などない。 

 少しのタイムラグで良い。少しだけ、2人のやり取りを離れた所で見ている。自分が入るのはその後。アスナとエリカ(母)の話が終わってから。
 
 レイナは翅を広げ空高く羽ばたく。

 林道に沿って空を泳ぎ、軈て見えてくる1つのログハウス。その傍で低空飛行に移行し、アスナとキリトの家の手前で着地した。

 そして、完全に翅を仕舞い、家の扉に手を掛ける。設定では自分も入れる様にしているから、特に問題ない。あまり得意ではないが、隠蔽(ハイド)スキルを駆使して、気配を消して家の中へと。

 そこには2人がいた。アスナとエリカ。レイナには2人とも当然見覚えがある。どちらも姉のアバターだから、2人が一緒に揃っている所は違和感を覚えるのも当然だろう。

「(お姉ちゃんが2人いる、って思っちゃうなぁ……。見た目が違うから良かったけど。これで顔まで同じだったら絶対に混乱しちゃうよ……)」

 エリカのスキルは、自身の隠蔽(ハイド)スキルを看破するだけのものは持っていないのも安心出来る所だ。……盗み見(リービング)する様で、少し気が引けてしまうけれど。
 
 そんな事は知らず、アスナとエリカは談笑? をしていた。


「なんだか妙なモノね。知らない顔が自分の思い通りに動くなんて。…それに」

 エリカは爪先で何度か身体を上下させる。

「ヘンに身体が軽いわ」
「そりゃあそうよ。そのアバターの体感重量は40Kgそこそこだもの。現実世界とはずいぶん違う筈よ」

 微笑を交えながらアスナがそう言う。でも同じ女同士とは言え、体重の話はあまり頂けないのだろう。京子は不愉快そうに眉を寄せた。

「失礼ね、私はそんなに重くありませんよ。――――そう言えば、あなたは向こうと同じ顔なのね。玲奈もそうなの?」
「う、うん。……まぁね」
「ふぅん……。でも少し本物の方が輪郭がふっくらしてるわね」
「母さんこそ失礼だわ。現実と全く一緒です!」
 
 言葉を交わしている2人。 それを静かに見ているレイナ。

「(お母さんとこんな風に話しをしてるお姉ちゃん…… いついらい、だろう。何だか、良いなぁ……)」

 自分も、遅れてきた体で会話に加わろうか……と思いもしたが、京子の方が両腕を胸の前で組むと、軽口を打ち切る意思を示したから 止めにした。

「さ、もう時間がないわよ。見せたいものって何なの?」
「……こっちに来て」

 アスナはため息を押し殺しながらリビングを横切って、普段はアイテム倉庫に使っている小部屋のドアを開けた。京子がおぼつかない足取りで付いてくるのを待って、小部屋の奥にある小さな窓へと導く。

 南向きのリビングからは大きな芝生の庭と小道、なだらかな丘とその向こうの湖を美しい風景画の様に一望できるが、北向きの物置部屋の窓からは草深い裏庭と小さな川、間近に迫る針葉樹の森が見えるだけだ。この季節ではそのほとんどが雪に覆われて、寒々しいと言う意外に表現できない長めである。
 しかし、それで良い。――ただ、綺麗な景色を見せる為にここに連れてきた訳ではないから。この光景こそが、京子に見せたかったものだから。

「どう、似てると思わない?」
「……似てるって何によ? ただのつまらない杉林じゃ――――ッ」

 言葉は、途中で吸い込まれるように消えた。口を半ば開けたまま、どこか遠くを見る様な眼差しで、窓の外を眺めている。
 それだけで、アスナは判った。いや、判ってくれた、と思った。

「ね、思い出すでしょう……。お祖父ちゃんと、お祖母ちゃんの家を」

 明日奈の母方の祖父母。つまり京子の実の両親は、宮城県の山間部で農業を営んでいた。家があったのは、急峻な谷間を抜けていった先の小さな村。水田は全て山肌を段々に拓いた棚田であり、機械化など使用も無かった。主に作っていたのはお米で収穫できるのは一家が一年食べればなくなってしまう程の量だった。
 それでも、どうにか京子を大学まで進学させることが出来たのは、ささやかながら先祖伝来の杉山があったからだ。
 旧い木造の家は、その山裾に蹲る様に建っており、縁側に座ると見えるのは小さな庭と尾川。そしてその奥の杉林だけだった。

「私は――ううん。レイもそう。宮城のお祖母ちゃんとお祖父ちゃんの家が大好きだった。夏休みと冬休みは、2人で駄々こねてまで連れて行って貰ってたよね」
「……………」

 京子が覚えていない訳はない。
 あの時は確かに明日奈と玲奈が京都の結城本家よりも京子の実家に行くことを好んでいたのは知っていたから。あまり体裁が良いものではない、と何度か注意をし、京都の集まりの方を優先したがっていたのだが、幼い頃の姉妹は頑なだった。物心つくころには飽きるだろう、と半ば放置していたとも言えるかもしれない。

「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんは、林なんかみても面白くないだろーって何度か私たちに言ってたけど、私とレイは全然つまらなくなんか無かった。……とても好きだった。白い雪の中に黒い杉の幹が何処までも連なっているのを見ると……なんだか心が吸い込まれそうになった。雪の下の穴で春を待つ子ネズミになった様な気もしてた。……ふふ。レイと一緒に毛布にくるまって、そうしてたら不思議と心細いような温かいような、不思議な感慨だった。とても、とても楽しかった」

 いつしか、約束の5分はとっくに過ぎ去っていた。それでも、時間を忘れた様に京子はこの光景を、無言で見入っていた。そしてアスナは隣に並び立つと、ゆっくり話を続けた。

「母さん覚えてる? わたしが中1、レイが小6の時のお盆の事。戸尾さんと母さん、それに兄さんは京都に行っちゃったけど、わたしたちはどうしても宮城に行きたいって言い張って、2人で宮城まで行っちゃった時の事」
「………覚えてるわ」
「あの時ね、レイはずっとあの場所が好きで、あの風景の全部が好きで、2人きりの電車の中で、バスの中でずっとその話をしてた。お祖母ちゃんやお祖父ちゃんに会うのも楽しみだーって。……でもね、わたし、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに謝ったんだ。お母さんがお墓参りに来られなくてごめんなさい、って。お祖父ちゃんにしっかりお姉ちゃんしてるね、って褒められて……嬉しかったりもして」
「っ……。あの時は、結城の本家でどうしても出なきゃいけない法事があったから……」
「ううん。責めてる訳じゃないのよ。だってね……お祖父ちゃんたち、私の事褒めるだけじゃなくて、謝った後。茶箪笥から分厚いアルバムを持ってきてくれて、中身みてすっごく驚いたんだ。―――母さんの最初の論文から始まって、色んな雑誌に寄稿した文章や、インタビュー記事が全部ファイリングされてたから。ネットに乗ってたやつまでプリントしてたよ。……2人ともぜんぜんパソコンなんて判らなかっただろうにね」
「……………」

 ここで、少しだけ会話が途切れた。
 雪の積もる景色の中で、子ウサギがそっと巣穴から飛び出してくるのが見えたんだ。そんな子ウサギを追う様にもう一匹出てきて…… それでこっちだよ、って言ってる様にまた巣穴へと連れて行った。きっと、その中では家族団らんをしているんだろう、って想像が出来た。
 それを見送った後、アスナは続けた。

「それで、わたしにはそのアルバムを見せてくれながら、お祖父ちゃんは言ったわ。母さんは、自分達の宝物なんだって。村から大学に進んで、学者になって、雑誌にたくさん寄稿して、どんどん立派になるのが凄く嬉しいんだって。論文や学会で忙しいんだから、お盆に変えれなくても当たり前だし、それを不満に思った事は一度もない……って……」

 アスナの言葉に京子はただただじっと盛を見つめながら聞いていた。その横顔には、何の表情も浮かんでいない様に見えるが、それでも懸命に口を動かし続けた。

「そのあと、お祖父ちゃん。こう付け加えたの。――でも、母さんもいつかは疲れて、立ち止まりたくなる時が来るかもしれない。いつか後ろを振り返って、自分の来た道を確かめたくなるかもしれない。その時の為に、自分達はここをずっと……この家をずっと守っていくんだよ、って。……もし、母さんが支えを欲しくなった時に、帰って来られる場所があるんだよって、行ってやるために。ずっとずっと家と山を守り続けていくんだ、って」

 いいながら脳裏には魔はもう存在しない祖父母の家の情景が今一度蘇ってきた。そしてそれと重なる様に数時間前に見たばかりのユウキとランの白い家も。心の帰る場所。……だから、それを守る事の大切さを、心の安らぐ場所の大切さを、また学んだ。失われてしまいかけた光を、またくみ取ってくれた彼に感謝を浮かべながら。

 もし―――あの時、あの日、もっともっと早くに家を売却されてしまって、手の打ちようが無くなってしまったとしても、きっと真の意味では失ったりはしないと思う。入れ物の形ではなく、……自分の祖父母が抱き続けてきたような心や生き方そのものを指す言葉だから。

「――わたし、昔は、お祖父ちゃんの言葉の意味が全部は判らなかった」
『――わたしも、そうだったよ。お姉ちゃん』

 アスナの言葉に合せる様に、後ろで一緒にずっと聞いていたレイナも歩み寄る。隠蔽(ハイド)のスキルを解くのも忘れて、その眼に涙を浮かべて、頭にずっと浮かぶ情景と、この場の情景をシンクロさせながら。

「でもね、最近になってようやくわかってきた気がするんだ。……切っ掛けは、わたしなんかより、ずっとしっかりしてる自慢の妹……。 レイのおかげ、かもしれないかな。ずっとずっとレイは支えていたから。大切な人を。大好きな人を。その気持ちが本物だから。心から大切に思っていて、心から愛している人だったから。……だから、あの日の結城本家での事がどうしても許せなかったんだって思う」
「っ…………」

 初めて、京子の表情が揺らいだ。
 確かに、その件に関しては 知らぬ存ぜぬ……と言う訳ではない。自分自身にもそれに関しては責任があるから。増長していた。過剰な期待をと思っていたが、それを笑って乗り越える……どころじゃなく、自分の想定以上。遥か先まで笑って超えていき齎せてくれた。何でも願いをかなえてくれる……それこそ魔法の様に。それを見てしまって……きっと、自分も誘発させてしまう結果に繋がったんだと心の何処かでは自覚をしていた。

「レイはね。一途にずっとずっと支え続けてきた。私達の目から見える彼は、本当に凄い人。偉人かもしれない。でもね、そんな彼も時には蹲って、涙を流して――壊れてしまいそうだった事があった。そんな時も ずっと支えて、抱きしめて、……身体だけでなく、心の中から救おうと頑張ってた。そんな2人をみてたからわたしも、同じ気持ちになれた時が本当に嬉しかった。大切な人が、わたしにも出来たから。心から愛する人が。……だから思ったの。自分達のためだけに走り続けるのが人生じゃない。……誰かの幸せを、自分の幸せだと思えるようなそう言う生き方だってある、って。……だから」

 アスナの脳裏に浮かぶのは、笑顔の皆。仲間達とそして愛する人たち。もう……家族と言って良い人たちの姿。

「……わたし、周りの人達皆を笑顔にできるような、そんな生き方をしたい。時には躓いて、苦しくなって、立ち止まってしまうかもしれない。そんな時に。……疲れてしまった人をいつまでも支えてあげる様な、そんな生き方をしてみたい。そのために――今は大好きなあの学校で、勉強や色々な事を頑張りたいの」

 これが、自分の想いの全て。
 それをアスナは思い切りぶつけた。言葉を探しに探して、どうにか紡ぎ続け形にする事ができた。だが……母からの言葉は無かった。ただただ口許を引き結んだまま、森を見続けていた。それでも、それだけでも伝える事が出来た思える。いつもだったら――反論があれば直ぐに返ってくるから。
 きっと母は 自分自身を見つめ直しているに違いない。この情景を過去のあの家と重ね、かつての自分を……頑張り続けていた自分を見直して、そしてきっと振り返っているに違いない。祖父母たちの笑顔が待っていた……あの宮城の実家を思い描いて。

 そう、考えていた時だった。

 ぽた、ぽた、と滴り落ちていた光るものが、エリカの眼からあった。
 暫くして、京子は自分が泣いていることに漸く気付き、慌てた様に両手で顔を何度も拭った。

「ちょっと……、何ヨ、これ、私は、別に………っ」
「……母さん。この世界ででは、涙は隠せないのよ。泣きたくなった時は、誰も我慢できないの」
「っ……。ふ、不憫なところね」


 吐き捨てる様にいう京子だったが、軈て抗う事を諦めたのだろう。感情のままに――涙を流し、両の掌で顔を覆った。


―――…………ごめん、なさい。


 消え入りそうな言葉、だったけれど、確かに京子からの言葉。アスナには聞こえた。誰に対しての謝罪なのか判らない。いつも支えてくれた両親への感謝の言葉をもう少し残せたのではないか、と言う後悔からなのか……。両親が守ってくれていた家を……失わせる結果になってしまった事への後悔からなのか……。

 その時だった。

「お、おかあ……さん……」

 後ろから、声が聞こえてきたのは。掠れていて儚く、そして脆い。そんな消えゆく様な声。すすり泣く様な、声。

「ごめん……なさい……、ごめん、なさい……っ」

 いつからいたのか。恐らくは隠蔽(ハイド)のスキルで姿と気配を消していた事は判るが、京子は勿論、アスナだって 判らなかった。アスナはきっと今の自分を見ていてくれている、とは思っていたが、それでも今の今まで気づかなかった。直ぐ後ろにくるまで。

 レイナは、立ったまま――涙を流し続け 謝り続けた。
 京子も レイナが来た事に気付いたのだろう。両手で覆っていた手をゆっくりと離し、レイナの方へと向いたから。まだ止まらない涙と共に。


「わ、わたし…… おかあさんに、ひどいこと………いって……。ほんとう、に。ごめん、なさい……」


 レイナの気持ち。それをはっきりとくみ取る事が出来た。
 それはきっとあの感情が爆発してしまった時のことを伝えているのだろう。それを謝罪しているのだろう。


――あの時レイナは京子を罵る様に……罵倒する様に言った。
――幸せなんか願ってくれてないと言った。
――人としておかしい、とまで言った。

 

 ここで涙を流している母を見て――。本当に心が無いんだったら、本当に何も考えてくれていないんだったら。涙は流したりはしない。この世界は感情の機微を細部に至るまでの機微を読み取り、そして表現してしまう。止まる事の無い涙。泣いている母の姿。

 それが本当の姿。本当に――自分達の事を考えてくれている母親の姿。 


―――何も知ろうとしなかったのは、自分自身かもしれない。


 レイナは心の中で葛藤し、そして現実では涙を流し続ける。
 そんなレイナに寄り添おうとアスナが駆け寄ったが……。

「っ……!」

 京子の方が早かった。
 泣いているレイナを、抱きしめたから。

 これも、いつ以来の事だろう。ここまで温かく抱きしめてくれたのは。



―――ごめんなさい。


 
 また、聞こえてきた。
 それはレイナからなのか、それとも京子からなのか。はっきりとはわからない。

 それでも判る事はある。


――あの日から隔たってしまった大きな壁。母と私達の間に確かにあった見えない壁。それを今日取り除く事が出来たのかもしれない。 


 そして妹の事を――助ける事が出来たのかもしれない。 


 あの日、自分が出来なかった事をしてくれた妹へ………還す事が出来たのかもしれない。

「…………」

 アスナの眼にも涙が流れ出た。

 もう言葉は無い。

 ただただ小刻みに震えている互いの身体を共に止めようと抱きしめているだけだ。



 そんな2人の傍らにじっと立ち、見守り続けるのだった。

  
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